唯「うー」

律「だよなあ?だから、さ…」

唯「うん」

律「取り合えず、2人でやって行くならその方向性も決めなきゃいけないだろ?ただ、漠然とスタジオに入っても時間とお金が、さ」

唯「仕方無いかぁ…」

律「つー訳で、明日うちに12:00に集合な。遅刻すんなよ?」

唯「ぶー、残念でした。あたし一人暮らし始めてからもバイトに遅刻した事無いんだからね!凄い?」

ははは、そりゃあ凄いな。

唯にしちゃあ大進歩だよな。

でも、私は唯がもっと凄いって事に気付いてしまった。


律「10分遅刻とは上出来上出来」

扉を開けると、そこにはどや顔の唯。

唯「えっへん」

ま、遅刻はしてるんだけどな。

唯「おぉー、りっちゃん凄い!片付いてるー!もっと汚いかと思ってたよー」

律「唯んとこに比べたらか?」

唯「そんな事無いよ!私の部屋綺麗だよー?憂が二月に一度は掃除に来てくれるもんね」

唯はフンスと胸を張る。

何で自慢げなんだ?

まあ、この部屋の綺麗さも澪が手伝ってくれてたからなんだけどな…。

…。

ああ、もうっ!!

澪、ごめんな。

裏切るのは私の方も一緒かも知れない。

でも、私はお前みたいに考えられないよ。

唯だって友達だし、それに…。

唯「あ、これリマスタリング版再発されたんだー。ねぇ借りてって良い?良いよね。借りてっちゃお。あ、このEPってレアでプレ値付いてるやつだよね?どこで手に入れたの?」

律「あー、それはバイト先で…って、おい!何やってるんだー!」

唯「ぺヤング探しだよ!りっちゃん!」

律「こらー、今日は遊びじゃないんだぞー」

唯「だよね!」

律「新しい曲はさ、澪が途中まで作ってた奴があるじゃん?それを完成させる形で取り合えず、一曲やるのが良いと思うんだよ」

唯「うんうん」

律「でさ、アレンジとかリフ作りとかさ諸々、今まで澪がやってくれてた部分は唯にやって欲しいんだわ」

唯「うんうん…、って、えぇっ?!」

律「だから、アレンジとかさ…」

唯「一度言えばわかるよ。で、でも、そんなの私やった事無いし…」

律「大丈夫だって」

唯「ふぇ?」

律「この前みたいにさ、思いついたアイデアを形にして見てくれたら良いんだよ。私も色々するからさ」

唯「でも…」

迷ってんじゃねーよ。

律「澪だけじゃなくて、ムギや梓にも見えるようなおっきな塔を建てなきゃいけないんだぞ?」

唯「ん?」

律「大丈夫だって、唯なら出来るって」

唯「うん…」

もう、決心は出来てるんだ。

今までと違ってしまうかも知れない。

でも、それでも構わないんだ。

澪は逃げ出したくなったかも知れないけど、私は逃げない。

だって、唯がどこまで行けるか見てみたくないか?

それに、高いところまで行ければ、澪だけじゃなくて、ムギ、梓からだって見えるようになる。

戻って来る場所があるのは良いもんだぜ?なあ、澪。

唯に色々な事をさせてみると言うのは我ながら良いアイデアだったと思う。

今まで、楽をし過ぎてた反動だろうか、最初こそブーブー言う事が多かったが、どんどん新しいアイデアを出して来るようになる。


唯「ねえ、りっちゃん。こう言うのはどう?」


唯「りっちゃん、アレンジのここ変えてみたんだけど」


唯「ねー、このワウを効かせたイントロどう?爆発って感じだよね?」


私は唯の提案を聞きながらいちいちニヤニヤする。


唯「ね?これ良いでしょ?身体揺れちゃうでしょ?踊れるでしょ?」


今まで唯はほんの少ししか音楽に手を入れてこなかった。

ちょっとジャムってる時やライブの時に魔法を一つまみ。

そのちょっとした魔法にやられて入部した梓や、その凄さに気付いてしまった澪ってのは、それこそ今になってやっと分かった私なんかよりもずっと音楽の神様に愛されてるんだろうな。

でも、これからの魔法は純度100%だ。

きっと、凄い事になる。


唯「スネアをさ、もうちょい高音にチューニングして、で、もっと…、マーチ的に…」

律「あー、っと…?」

唯「だから、こうタタタタって」

律「手がつっちまうよ…」

唯「だからさ、ちょっと貸して。こう言う感じにして…。んで、リムショットでこうカカカカって…。分かった?」

ふふふ。

律「唯と音楽やれて良かったよ。凄くそう思う」

唯「りっちゃん、突然なに言い出すの」

律「まあまあ、急に感謝したくなったんだよ」

唯「変なりっちゃん」

律「そうかな?」

唯「そうだよ」

大義ってのは良いものだと思う。

HTTは、いや平沢唯はそれに値するアーティストだ。

つまり、こう言う事だ。

20年近くに及んだ友情の終焉。

退屈なレコード屋のバイト。

先が見えないアマチュアバンド生活。

そう言う諸々の苦痛の解消法を私田井中律は見つけたって事だ

デモテープは完成する。

澪の残したのを作りかけを完成させた曲。

私が鼻歌で歌ったのを、唯が起こして完成させた曲。

これはちょっと稚拙な曲だ。

これまでの曲、例えば昔にムギが作ってくれた曲のAメロBメロ、フック、フレーズを引っ張ってきて再構成させたみたいな曲だからだ。

才能の無い私にはこれが精一杯。

でも、逆に今までのHTTに一番近いかも知れない。


この二曲に唯のアイデア、アレンジを大量に盛り込んだ結果、作りも作ったりバージョン違いが6つずつ。

こんなデモテープを取り合えずどうぞ。

『放課後ティータイム』
Vo:平沢唯
G :平沢唯
B :平沢唯
Key:平沢唯
Dr:田井中律


ふはっ、女の子2人バンド。

送られてくる山ほどのデモテープの中、少しはフックになってない?

おまけに一人はマルチプレイヤー。

レコード会社のお偉いさんはまだテクニック信奉なんて言う間抜けさを持ち合わせてるに違いない。

だったら、それを利用しない手は無い。

皆が才能に背を向けないで済むように。

デモテープを送ってから一月。

連絡は来ない。

私はちょっとがっかりする。

さて、ここで問題。

唯が才能が無いのか。

私に見る目が無いのか。

メジャーのA&Rマンに見る目が無いのか。

チャンネルはそのままで。


メール着信。

律「ん?唯から?」

すぐ来ての文字。


唯のアパートに来るのって引っ越し手伝って以来だな。

いや、魔窟になってそうだから遠慮してたんだ。

唯「りっぢゃ~ん」

うぉ、玄関開けて0.1秒かよ。

律「ど、どうしたんだよ、鼻水垂らして」

唯「だっでぇ、だっでぇ…」

あっちゃー、やっぱ魔窟になってたか。

こう足の踏み場も無いと、唯一の生活スペースであろうベッドまで行くのも…。

あぁ、貴重な盤をこんな積み方をしやがって。

後でちゃんと言い聞かせなくては…。

唯「りっちゃん、早く早く…」

律「あ、うん。ほいほいっと…」

私は何とか孤島であるベッドに上陸して唯と共にノートPCを覗きこむ。

要するに、才能溢れる唯とだけ契約したいって事か。

唯「どうしたら良い…。こんなの私…」

しょうがねーなー。

律「契約するしかないだろ」

唯「で、でも…」

律「だって、私のせいで唯が先に進めないのって辛いしな。引き上げるんじゃなくて、自分のとこまで引きずり下ろそうってするようなのは友達じゃないだろ?」

もう一回言うぜ。

迷ってんじゃねーよ!

唯「りっちゃん…」

律「おいおい、抱きついてくるなよ」

唯「だって…」

律「唯がさ、武道館でやってくれればそれは私達の夢を実現してくれたって思えるからさ。ただ乗りなんて図々しいかも知れないけど、友達だと思ってくれてるなら、な?」

唯「う、うん…」

唯は最後まで渋ってたが、契約する事にした。

向こうの提示した条件はあまり良いものでは無かった。

アマ活動でも大した実績が無かったので、当たり前だが高額でも長期の契約でも無い。

1stアルバムの時点で契約の見直し、再検討。

全く、問題無い。

私には勝算がある。

唯の作りだすアートに自信がある。


条件闘争が出来るような評価でも無かったが、
それでも契約に当たって一つだけのお願い。


……

律「ほーら、唯早くしないと」

唯「ま、待ってよ、りっちゃ~ん」

律「インストアイベント15:00からだぞ?今何ん時だと思ってんだよ」

唯「13:00です、えへへ…」

まったく、モーニングコールのあと二度寝するとは。

いや、予測可能ではあったけどさ。

私は唯のマネージャーになった。

それはこの世界に唯を放り込んだ私なりの責任の果たし方だ。

本当はバンドのメンバーとして見て行きたかったけど、でもそれが出来なかったんだから仕方が無いだろ?

A Dream Goes On Forever.

そのために自分に出来る事は何か?と言う単純な話で。

律「あ、渋谷のタワレコまでどんぐらいかかります?」

タクシー「そうですね~、この時間だと40分ぐらいですかね」

律「あー、やばいな…。リハ間に合わないかなー。…首都高入ったら少し早くなります?」

タクシー「あー、どうですかねー、でも、気持ちってとこですよ?」

律「構いません、それでよろしくお願いします」

それまで神妙な顔をしていた唯は、私とタクシー運転手の会話を聞いて元気を取り戻す。

少しは反省しろ。

唯「なんだ、楽々間に合いそうじゃん。りっちゃん、大袈裟だよー」

バカ野郎。

律「スタッフへの挨拶とかあるだろ?」

唯「そーだけどさー」

律「それにリハだって」

唯「でも、リハなんていらないよー。すぐに弾けるし…。それにあんな曲…」

おいおい、自分の曲、おまけに初登場オリコン一桁のスマッシュヒットをあんな曲扱いかよ…。

唯「私は『YUI』じゃないよ。平沢唯だもん…」

律「そう言うなよ」

唯「だってぇー…」

まあ、唯の気持ちも分からないでは無いけどな。

律「あ、クマ…。唯、あんま最近眠れて無いのか?」

唯「あー、うん…。ちょっと寝付き悪いかも…」

律「そっか。じゃあ着くまでちょっとでも寝ときな。着いたら起こしてやっから」

唯「うん、そうさせて…」


唯の気持ちは分かる。

何しろ、このシングルで唯のやってる事は楽器を弾いてるだけだ。

しかも指定されたように。

曲の出来が悪いって訳じゃない。

とても良く出来たポップミュージックだし、私だって嫌いじゃないし、唯だって言うほど嫌ってはいないだろう。

PVも悪い出来じゃなかった。

天真爛漫にピアノ、ギター、ベース、ドラムととっかえひっかえ演奏する姿を撮ったPVは中々にキュートだし、そこに唯の才能の閃きってのを見出せるようにもつくられてる。

ただ、それもこれも唯のものじゃない。

周りが思う才気あふれる若手女性歌手ってのをシミュレートさせてるだけだ。

「平沢唯」とレコード会社の作り上げ、デビューさせた「YUI」と言う歌手は別物だ。


それでも、良いとこまで行く事は出来るかも知れない。

薄めて、能動的には音楽を聴かない人達に売る。

ダウンロード数を稼ぐ。カラオケで歌われる。

良いプロダクトだ。


そのかわり、天才の才能は失われる。

つまり、こう言う事だ。

鳥は翼を失い地面に墜落し、そして最後には出血多量で息絶える。


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