紬の身体はふくらはぎの辺りまですっぽりとドラム缶の中に納められてしまった。
両の足首はダメ押しとばかりに、男によってしっかりと握られている。
どれだけ身体をくねらせようが、ドラム缶の中で動くことが出来ない。
だが、紬の意思は、というよりも生存本能は身体を必死に動かして無駄な努力をさせようとする。
そして、意外なほど短い時間、おそらく二、三分といったところか。
その程度で紬の身体はあっけなく動きを止めた。
ドラム缶から突き出た両足は動く気配を見せない。

男「A rýchlejšie, než som si myslel」

男は肩をすくめてこちらに語りかけると、後ろへ振り向いた。
そこにいるのは顔を血まみれにして倒れた和とそれを気遣う唯。
男は先ほど澪の命を奪ったアーミーナイフを取り出し、二人の前に立ちはだかった。

唯「あ、ああ……」ガタガタ

ついに自分の番か、と震え上がる唯。
和はいまだに目をギュッと閉じ、眉根を寄せて痛みをこらえている。
男がナイフを突き出して二人に迫った。

唯「いやあああああああ!!」

しかし、次に男が見せた行動は実に予想外のものだった。
和の両手両足の拘束を手にしているナイフで断ち切ったのだ。
そして、さらに驚くべきことに、そのナイフを和の前へ放り捨てた。
男は和を指差す。

男「ハラキリ」

和「な……!?」

日本語だ。発音はだいぶ怪しいが確かに日本語だった。
男は次に唯を指差し、またも片言の日本語で和に話しかけた。

男「タスケル」

和「わ、私が、切腹すれば…… 唯を助けてくれるというの……?」

男「ハラキリ。タスケル」

和はナイフを見つめ、荒い息を吐いている。

和「ほ、本当に…… 本当に唯は、助けてくれるのね……?」

男「ハラキリ。タスケル」

和はしばらく荒い息を吐いたまま動かなかったが、やがて覚悟を決めたかのように目の前の
ナイフを力強く掴んだ。

和「やるわ……!」

唯「やめて! 和ちゃん、やめてよ!」

突如、唯が声を上げた。

唯「私の事は構わないで! 和ちゃんが死んじゃうなんて嫌だよ!」

和「これしかないの…… これであんたは家に帰れるのよ……」

唯「でも! でもっ!」

しばらく二人のやり取りを無言で眺めていた男であったが、やがてバッグから小口径の
回転式拳銃を取り出すと、銃口を唯に向けた。
「いいかげんにしろ。早くやれ」とでも言いたいのか。

和「やめなさい! やるって言っているでしょう!!」

腹の底から叫んだ和は弾かれたように立ち上がった。
そして、男を睨みつけたままナイフを振り上げると、自身の左脇腹に勢いよく突き立てた。

和「うぐうぅ!!」

和は身体を折り曲げて二、三歩後ろへよろめいた。
ナイフの刃が10cmほど刺さったままの傷口からは少しずつだが鮮血が流れ始めている。
むしろ顔や首筋を流れる脂汗の方が多いくらいだ。

和「ぐ…… ぐぎ、ぎいいいいい……!」

部屋中に響き渡っているのは和の口から漏れ出す歯ぎしりとうめき声。
だが和の動きはそこで止まってしまった。

それ以上刺すことも切ることも出来なくなっている。
身体を細かく震わせながら、自分の手を伝って床に流れていく生温かい物を見つめるばかりだ。
唯は涙を溢れさせた目を見開いて、声にならない叫びを上げた。

唯「のっ、の、のど、のどがぢゃあん!」ポロポロ

男「Koniec to? Takže ste sa pokúsili zabiť tú ženu」

男が低く呟き、唯に向けた拳銃の撃鉄を起こす。

和「ま…… 待ちなさい……!」ガクガク

身体をくの字に曲げたままの和は顔だけを上げると男を睨みつけた。
そしてゆっくりと唯の方に顔を向ける。
和は優しく微笑みつつも必死に言葉を絞り出した。

和「ゆ、唯…… 大好きだよ…… あんたが、大好き……」ニコッ

それだけ言うと和は鬼の様な形相となり、震える手に力を込めた。

和「ううっ、うううううううう!」

ナイフがゆっくりと和の体内奥深くへと押し込まれていった。
食いしばった歯の間から血の泡が吹き出し、顎の先から床に滴り落ちる。

和「うぐあああああああああああっ!!」

そして理知的な彼女には似合わない獣にも似た雄叫びを上げながら、和は脇腹のナイフを
左から右へ一気に引き回した。
ブブブブブッという肉が破れる低く太い音が部屋中に響く。
その細いウェストは端から端まで大きく切り裂かれ、パックリとガマガエルのように大きな
赤い口を開けた。

和「がはぁっ!」

血混じりの息を吐くと同時に、和の腹の裂け目からビチャビチャと大量の小腸が溢れ出した。

和「あぁ…… うあぁ……!」

ナイフから手を放し、本能的に傷口を押さえるも、腹圧によって勢いよく押し出された小腸は
次々と床に散らばる。

和「あ、ああ……」フラフラ

和は虚ろな目で撒き散らされた自身の臓物をしばらく眺めていたが、やがてその場にドサリと
崩れ落ちてしまった。

男「Veľký japonský hara-kiri. To je umenie smrti」

和「の、和ちゃん! 和ちゃあん!」

唯はすぐに和の元へにじり寄った。

唯「和ちゃん、しっかりして! 和ちゃん! 和ちゃん!」

大声で呼びかけられても、和は生気の無い眼を薄く開けて、ヒューヒューと弱々しく呼吸を
繰り返すだけである。
内臓がはみ出た傷口からは後から後から血が溢れ、床の血溜まりはどんどん大きくなっていく。

唯「いやぁ…… 和ちゃんが死んじゃう…… 和ちゃんが死んじゃうよぉ! うわあああああん!」

唯は為す術も無く和に己の身体を預け、子供のように泣き叫ぶ。

唯「うわああああああああああん! お願い、和ちゃん死なないで! 死んじゃやだよぉ!
  うわああああああああん!!」

それを見ていた男は唯の元に近寄り、彼女の両手足の拘束を切った。本当に解放しようというのか。
しかし、男は唯のそばにしゃがみ込み、耳元でこう囁いた。

男「タベル」

唯「え……?」

唯は言葉の意味を理解出来ていないらしく、オドオドした表情で男を見つめている。
男は和の腹からはみ出して床に散らばった臓物を指差し、もう一度唯に言った。

男「タベル」

そして、和の顔を指差す。

男「タスケル」

唯の顔から見る見るうちに血の気が引いていく。

唯「ええっ……!? で、でもっ…… そんな…… だって…… そんなことしたら和ちゃんが……」

男「タベル。タスケル」

唯「出来ない…… 出来ないよぉ!」

激しく首を振る唯。
その様子を見た男は立ち上がり、先ほどの拳銃を和の方へと向けた。

男「To je nuda. Poďme zabiť tú ženu」

唯「ま、待って! だめぇ! 和ちゃんを殺さないでぇ!」

唯が男の腕にしがみつくも、簡単に振り払われる。

男「タベル。タスケル」

オウムのように繰り返される男の声に、唯は横たわる和へと視線を落とした。
すでに顔面蒼白の和はヒュッヒュッと短く小さい呼吸を繰り返しており、それは今にも止まって
しまいそうだ。
さらに下を見遣ると、和の身体から飛び出した彼女の臓物が目に入った。
血と脂にヌラついた優にバケツ一杯分はある小腸が、部屋の薄明かりに照らされて不気味な
輝きを放っている。
唯はすぐに視線を外すと、男に問いかけるでもなく一人呟いた。

唯「ほ、本当に、和ちゃんを助けてくれるの……? コレを…… た、食べたりなんかして……
  和ちゃんは死んじゃったりしないの……?」

死ぬに決まっている。
腹を切り開いたナイフは腹大動脈をも傷つけているかもしれない。それほどの大量出血だ。
次の瞬間に息絶えても決しておかしくないだろう。
唯はなおも考え込んでいたが、やがてゆっくりと和に近づいた。

唯「の、和、ちゃん……」

そしてカチカチと歯を鳴らしながら、和の傍らに溜っている小腸に震える手を伸ばす。
だが、血と脂でドロドロな小腸はなかなか上手く掴めず、ヌルリと手から滑り落ちてしまった。

唯「うぅ…… うえっ……」

次々に押し寄せてくる猛烈な吐き気。
それでも唯は喉元まで込み上げてくる物を必死に飲み下しながら、小腸を掴もうと悪戦苦闘
している。

唯「つ、掴めない…… 早く、早くしなきゃ…… 和ちゃんが、死んじゃう……」

そうこうしていると、唯の横にまたも男がしゃがみ込んできた。

男「Jedzte veľké mäso viac」

男は唯に何事かを語りかけると、突然和の切り開かれた腹腔内に手を突っ込んだ。

和「がふっ……」

和はゴボゴボと口から血を溢れさせながら、ビクンと身体を大きく痙攣させる。

唯「いやあっ! 和ちゃん!」

男はマイペースに腹腔内を探り、そして手の動きを止めると一気に何かを引っ張り出した。
それは大腸だった。
その時、和のスカートの中からブッという下品な音が響いた。
大腸を有り得ない強さで刺激されたせいで宿便が肛門から飛び出したのだろう。
和の下着が大きく盛り上がり、隙間からは茶色い糞便が顔を覗かせている。
男は唯の両頬を掴んで凄まじい力で口をこじ開けた。

唯「あがあっ! あがががががっ!」

先ほどの決意はどこへ行ったのか、唯はジタバタと激しい抵抗を見せる。
だが、男はそんな抵抗など問題にせず、無理矢理唯の口中に和の大腸を捻り込んだ。

唯「うぐっ! んぐううううう! うぶぅっ!」

口の隙間、さらには鼻の穴から嘔吐物が勢いよく吹き出す。

男「Nepáči sa mäso priateľa?」

唯「ぶはっ! おえぇ! うえええええっ!」ビチャビチャ

男は嘔吐を続ける唯の身体を乱暴に突き飛ばした。

唯「げほっ、げほっ…… うぅ…… 食べた…… 私、和ちゃんを食べた…… 食べちゃった……
  どうしよう、食べちゃった…… 和ちゃ――」

しかし、唯は意外なほど素早く起き上がると和の方を見つめた。見つめるその瞳には尋常ではない
光を宿らせていたが。

唯「和ちゃん…… ごめんね、吐き出しちゃって…… わ、私…… ちゃんと食べるから……
  今、助けてあげるね……」

フラフラと和の元へ辿り着くとしゃがみ込み、転がっている大腸の前に顔を伏せた。
掴み上げることを諦めた唯は、まるで犬が餌を食うように、両手で大腸を床に押さえて
かじりついた。

唯「あぐっ…… はぐ、ぐぐ……」

大腸は弾性が強くなかなか歯が通らない。唯は焦りながら遮二無二歯を立て続ける。
ただ一心不乱に和の大腸にかじりつく。

唯「あぐぐぐ…… うぐっ、ぐっ……」

そうしているうちに唯の犬歯がついに腸壁を突き破った。
その破れ目からは次々と糞便が漏れ出し、唯の口中は刺激の強い苦味でいっぱいになっていく。

唯「う、うげっ…… はぐ…… むぐむぐ…… んぐっ……」

唯は込み上げてくる吐き気と闘いながらも懸命に大腸を喰い千切り、糞便と共に咀嚼し嚥下する。
しかし、そこで唯の肩が叩かれた。

唯「へ……?」

血と糞便で口の周りを汚した唯は顔を上げた。
男はクイックイッと親指である方向を指している。
指された方向へ移した視線の先には、ピクリとも動かない血の気の失せた白い顔があった。

唯「和、ちゃん……? 和ちゃん、和ちゃん……」

和の名前を呟きながら、唯はその肩を何度も揺り動かした。

唯「和ちゃん、和ちゃん、和ちゃん、和ちゃん、和ちゃん、和ちゃん、和ちゃん、和…… ちゃん……」

だが、いくら名前を呼ぼうと身体を揺らそうと返事は無い。
呼吸することを止めた和は乾いた瞳を天井に向け、血と臓物と糞便を晒しているだけである。

唯「う、嘘つき……」

唯は涙で潤んだ目で男を睨みつけると、彼の方へフラフラと近づいた。

唯「嘘つき! 嘘つき! 助けてくれるって言ったのに! 嘘つき! 和ちゃんを返して!
 返してよぉ!」

そして、男を罵りながら、彼の身体をポカポカと叩く。
そんな唯の攻撃など意に介さず、男は拳銃の台尻で唯の頭部を殴りつけた。

唯「ぎゃっ!」バタッ

短い悲鳴を上げ、床に倒れる唯。両手で頭を押さえて動けずにいる。
その様子を見ていた男はまたも画面の外へと消えていってしまった。
画面は床の上で身体を丸めてすすり泣く唯を映し続けている。
映像に動きが無いまま数分ほど経過した後、どこからか犬の吠える声が聞こえてきた。
それはどんどん音量を増してこちらへ近づいてくるようだった。
吠え声が最高潮にまで高まった中、男はとんでもないものを押しながら戻ってきた。
小さな部屋と言っていい広さの、頑丈そうなケージ。
その中では二匹の大型犬が、血の臭いに反応しているのか、ひどく興奮した状態で唯や男に
向かって吠えたてている。
男がケージのキャスターにブレーキを掛け、扉を開けると、犬達は素早く襲いかかろうとしたが、
短めのリードがその突進を阻む。
男は幾分余裕のある動きで準備を整え、唯の前に戻ってきた。

唯「あ、あ……」ガクガク

すでに顔を上げていた唯はケージを見つめて震えている。
一人残された自分。扉を開けられた広いケージ。狂暴な犬。男。
自身の置かれた状況がごく近い未来を想像させたのか、男から逃れようと後ずさりを始める。

唯「いや…… いやだよぉ……!」ズリズリ

男はいとも簡単に唯を捕らえ、ケージの前へと引きずり、彼女を中へ放り込んだ。
ガシャリと非常な音を立てて、扉が閉められる。

唯「やだぁ! お願い! 出して! 助けてぇ!!」ガシャガシャガシャ

ケージの柵を叩いて泣き叫ぶ唯を尻目に、男は犬側の方へと回る。
威嚇する犬に手間取り、しばしの間は空いたが、男の手によって結ばれたリードが解放された。
そこからはあっという間の出来事だった。
一匹目が唯に飛びかかり、彼女の手首に食いついた。

唯「きゃあああああ! 痛い! 痛い痛い痛い!」

大型犬の咬筋力は瞬時に手首の骨を噛み折り、犬の口からはみ出した手が不自然な位置で
ブラブラと揺れていた。
間を置かず二匹目が唯の顔面に食らいつく。

唯「ひいいいいいいいいいい!!」

犬はすぐに離れ、涎を垂らしながら唯の顔の肉を咀嚼していた。
もんどり打って倒れた唯の右顔面は大半の肉を持っていかれた悲惨極まるものだった。
潰れた眼球が飛び出し、鼻は削げ落ち、頬の肉の大半を失った口元は並びの良い歯列を
覗かせている。

唯「た、た、たひゅけ…… たひゅけへえぇ……」ビクンビクン

そして、終幕は実にあっけなく訪れた。
手首に噛みついていた一匹目が狙いを変え、唯の喉に食いついたのだ。

唯「ぐぉえっ!!」

喉の肉は簡単に食い千切られ、それ以降唯の悲鳴は一切聞こえなくなった。
ただガラガラとうがいをするような音が響くだけだ。
大の字となった唯は断続的に全身を痙攣させていたが、二匹の犬に頭部と喉を集中的に
捕食される中、やがてその動きも無くなってしまった。
少しの間、画面は犬達の食事シーンを流すだけであったが、不意に地震が起きたかのように
映像が大きく乱れた。
どうやら男がカメラを手にしたようだ。
画面は、頭蓋に釘を打ち込まれた梓、消し炭の律、失血死した澪、ドラム缶から両足を覗かせる紬、
臓物をはみ出させた和、犬の餌となった唯と、物言わぬ屍を順序よく映していき、最後に男の
バストアップとなった。

男「Tento film je u konca. Ďakujem. Dovidenia」

こちらへ朗らかに語りかける男がバイバイとばかりに手を振る映像を最後に、画面は始めと同じ
真っ暗闇へ戻ったのだった。



[完]

終わりです。さようなら。