――それでは、乾杯!
律「カンパーイ! ほれ澪、カンパーイ!」
澪「ああ、乾杯」
律「……んぁーっ! シャンパンうめぇ!」
澪「シャンパンなんて、滅多に飲まないからな」
律「そっか? ここんとこ週に一本くらいいってるような。こんなにおいしいやつじゃないし、どっちかとテキーラの方が多いけど」
澪「あー……お前、まだクラブ通い続けてるのか」
律「んん? その言い方、何か文句がおありで!? あたしゃ酒と音楽を嗜みにクラブへ行ってるだけだぞ! ナンパなんて一度もされたことないからな!」
澪「いや、まあ、うん……文句はないけど。あんまり無茶するなよ」
律「へいへーい……よーし、ガンガン食べるぞー! 肉、にーくっ!」
澪「今日はフランス料理だから、肉は最後の方じゃないか」
律「マジで! このお通しみたいなのつまんでろっての!?」
澪「お通し言うな……そんな気はしてたけど、この歳になっても本っ当に変わらないな」
律「ずっと変わらない良さがある、田井中律でございます! 変わったことといえば……最近、腰が痛くてドラム一時間も叩けなくなった」
澪「あとは、出る言葉がちょっとおっさんくさくなった」
律「うるふぁい」
澪「食べながらしゃべるな」
律「んぐんぐ……!? 澪っ!」
澪「喉詰まらせたか」
律「ちがーうっ! コレ、メチャクチャ美味いぞ! お通しのくせに!」
澪「……さすがに、琴吹家の結婚式ともなると、そうだろうな」
律「ただ美味いだけじゃない! どことなくやさしさに包まれた塩加減で酒が進む! シャンパン、おかわりっ!」
澪「やっぱりおっさんじゃないか」

――紬様は、19xx年、フィンランドで生まれ――
澪「おお、謎に覆われたムギの過去がついに今、明らかに……!」
律「……ていうかさ」
澪「なんだ?」
律「この席さ……おかしくないか」
澪「? ……普通の椅子だろ。いや、かなり高そうではあるけど」
律「そういう意味じゃなくて。なんで、あたしと澪だけなんだ」
澪「ああ、そういうことか」
律「みんなはあっちに集まってるし、心なしか引き離されてる気もするくらい、遠い。周りも、知らない人ばっかりだ」
澪「うん」
律「……ムムッ、澪さん、訳知り顔ですな」
澪「たぶん、ムギの仕業だな。こないだ、ふたりで飲みに行った時に」
律「サシ飲みだとーっ!? あたしも呼べよー!」
澪「いや、ムギがたまたまこっちの方に来てたんだ。律も呼びたかったけど、平日だったし、結構夜遅かったし」
律「ぐぬぬ」
澪「……ほら、オードブルが来たぞ。これ食べて落ち着け。酔うには早い……ああっ! もう高校編突入してる……!」

――ハイ、コニチワ。シンロウダイヒョウノSpeechツトメマス、My Name Is――
澪「……あの人、こないだグラミー賞三部門受賞した……」
律「いやー、こんなところで遭遇とはさすがに思ってなかった……って、ムギの婿さん、一般市民って聞いてたんだけど」
澪「……ま、まあ、そういう友人を持つ一般市民も、世の中にはいるだろ」
律「そうだな。あたしたちだって、財閥のお嬢様と友達だもんな」
澪「ムギは、べ、別に有名人じゃないけどな」
律「あたしらがグラミー賞を取ったら、ムギも有名人だろ」
澪「そしたらお前も私も有名人、だ、ぞ」
律「いちいちうるさいなー、つーかさっきから何ソワソワしてんの」
澪「さ、サイン書いてもらおうかなって……こっ、このナプキンじゃダメかな!?」
律「このミーハーめ……ていうか。そんなクシャ紙に書いてもらうとか失礼過ぎるって」
澪「ああ、ベース持ってくれば良かった!」

――えーっと、ええーっと……ムギちゃん、おめでと〜!
律「何故」
澪「どうした」
律「何故、唯が新婦友人代表なんだ」
澪「うーん、お決まりなスピーチよりも、飾らない言葉が欲しかったんじゃないか」
律「最初の方、ガッチガチの定型文だったじゃん」
澪「その辺とか、最終的にしどろもどろになっちゃうところも見越してた、なーんて……」
律「……まあ、最初の段階からあたしもそうなるんじゃないかって気はしたからな」
澪「しかし、相変わらず、唯は唯だな。ポケットに入ったカンペの存在を完全に忘れてるあたりとか」
律「遠くから必死に『ポケットにあるよ〜!』ってジェスチャーしてた憂ちゃんにも気づかないあたりとか」
澪「……今、足を机にぶつけたあたりとか」

――大変睦ましい、新婚第一の共同作業、ウエディングケ−キ入刀でございます――
澪「…………」
律(こりゃまたずいぶんと、熱い眼差しだこと……やっぱり、憧れなんだな)
澪「……ふわぁ……」
律(あ、これは歌詞考えてる時の顔だ)
澪「…………」
律「って、ナプキンに歌詞書くなよ! しかもサインの上に!」

――新郎新婦、お色直しの為、しばらくの間、中座させて頂きます――
澪「……さっきの続き、話すぞ」
律「その前に。ヘイ、シャンパンだ」
澪「お前、顔を赤くしてからがホント強いよな」
律「これでも二次会に備えて控えめなんだけどね」
澪「家やクラブでも結構飲んでるんだろ? それでよく体型維持できるな、羨ましい」
律「ドラムは全身使うから汗もたくさんかく、そして楽しい! ドラムこそ最高のスポーツ!!」
澪「べ、ベースだっていっぱい動くぞ! だいたい律だって唯ほどじゃないにしても昔からそんな太らない体質で」
律「いや、いいから話せよ……」

――続きまして、スティーヴィー・ワンダー様からのご祝電です――
澪「ふたりで近況をいろいろ話してたんだ。仕事のこととか、恋愛のこととか……それはほとんどムギがしゃべってたけど」
律「ちょっとレアいな、それ」
澪「その時に、ポロッと言ったんだよ。引っ越してから全然、律と飲みに行ったりしてないな、って」
律「ああー……」
澪「正直に言うけど、お前と飲みに行きたいなって気持ちには、時々、なるんだ」
律「……まあ、それは、あたしもだけどさ」
澪「電車に一時間乗れば会えるくらいの距離って、思ったよりも気軽じゃないんだな」
律「そうなんだよなー……」
澪「別に、気を遣ってる……とか、そういうのでもないんだけど。もちろん、面倒くさい、でもなくて」
律「まあ、大学を卒業するまでが近すぎたからなー」
澪「一度離れると、こうなるなんて思ってなかったよ」
律「で、ムギが気を利かせてこの配置、ってことか」
澪「あくまで推測だよ」
律「どっちでもいいさ。まだまだ式も長いし、この海老バリバリ食いつつ語ろうぜ」

――うおー! ムギの小中時代の写真だ! すげー!――
――それはさっきお前が黙ってたら動画じゃなくて写真で見られたから!――

――お色直しの衣装、一介の音楽教師が作ったとは思えないレベルだ――
――澪ちゅゎんはもちろん、あの文化祭の衣装で……あいたっ!――

――余興が放課後ティータイムじゃなくてゆいあずなのも、私達に気を遣ったのかな――
――……だとしたら、それは失敗だな。唯、呂律が回ってないぞ――

――唯がスピーチの人に声かけられてる! これは放課後ティータイム、千載一遇のチャンス!?――
――あっ、メガネ奪って逃げた……キーンって、アラレちゃんかお前は――

――律、お待ちかねの肉が来たぞ。ほら食え――
――……キモチワルイ……――

――おい律! もう新郎新譜退場だぞ、起きろ!――
――ウィー――

――うっ、エンドロールはやっぱりグッとくる……本当に良かったな、ムギ……――
――ああ、あたしが潰れたところを撮られなくて良かった……――

 ***

律「やー! 二次会めちゃくちゃ盛り上がったなー!」
澪「次いつ潰れるかヒヤヒヤしてたけど、あれからむしろ元気になってたな」
律「これもクラブで鍛えた成果よっ! とっとっと」
澪「その足取りで偉そうに言うな」
律「へへへ……ああそういやさ、みんなと話して回ったんだけどさ、まだ誰も結婚してないって話だぞ」
澪「ひとりもいなかったのか」
律「そう、ひとりも! いちごとか姫子とか、とっくに結婚してると思ってたのになー」
澪「それは確かに」
律「そもそも彼氏持ちが指で数えられるくらいしかいないってのどうよ!」
澪「そういうところは変に女子高っぽいよな」
律「こうなってくると、次に誰が結婚するか全く想像できねー……」
澪「次は私だよ」
律「おーい澪ー、酔っ払い相手にボケるなって」
澪「ボケてないぞ。明日、婚姻届を出す」
律「…………」
澪「…………」
律「……マジかー」
澪「ああ」
律「細かいことは、また今度ゆっくり聞くとして。おめでとう」
澪「うん、ありがとう。で、そのまた今度なんだけど」
律「あー、すぐ向こうに帰っちゃうよなお前。いつにするかなー」
澪「実は、結婚したら、こっちに戻ってこようって決めてたんだ。引っ越しの準備も始めてる」
律「マジで!? えーっと……お互い、仕事とかどうすんの」
澪「あの人の仕事場もこっちの方が近いくらいだし、私はこっちで新しく仕事を探すよ」
律「へぇ〜……知らん間にすごいことなってて、頭が追いつかねー」
澪「そういうことだから、また今度はそんな遠くじゃない、すぐのことになるよ」
律「なるほどね。じゃあまずは引越し祝いのサシ飲みな! 旦那さんとの顔合わせは、その次なっ!」
澪「はいはい……ほら、向こうで唯達が待ってるぞ。シャキッと歩け」
律「お前の話でもう酔いが飛んでシャッキシャキだっつーの……おっとと、まだそうでもなかった」
澪「ほら、手」
律「おうよっ」

おしまい