・・・


ね、りっちゃんベースでメロディーラインを奏でたらクールじゃない?

律「そうか…な…」

うん、そうだよ。

私とりっちゃん二人だって、客は踊らせられるし、世界も踊るよ。

だから、でも…、そう、やっていくんだよ。



・・・

憂「メジャーから!?」

唯「うん・・・」

お姉ちゃんは凄いって信じてたけど、さすがにそこまでとは思っていなかった。

それと何となく浮かない雰囲気が電話越しでも伝わって来るのが気になる。

でも…。

凄い凄い。

私は心の中では大はしゃぎ。

表向きにはお姉ちゃんに、合わせて慎重に。

憂「何か気になるの?」

唯「だって、私一人でって言うから・・・」

私は、お姉ちゃんからしたら納得出来ないものだろうけど、
レコード会社の判断を妥当なものだと思ったので背中を押すことを決めた。



その事がお姉ちゃんのその後に大きな影響を与えたのは、今になれば分かる。




・・・

知らない人だらけのレコーディングスタジオのつまらなさ。

お仕事お仕事、ギターをかき鳴らせシャンシャンシャン。

「唯ちゃん、良かったよおー」

えっと、アナタ誰ですか?

律「ああ、~さん。ありがとうございます」

ちょっと、マネージャー勝手に答えないでよ。

私はこの人が誰だか知りたいの。


マネージャー?

Q①:誰が?

Q②:誰の?

Å①:りっちゃんが。

A②:私の。

え!?

え?え?


唯「つまらないなあ、こう言うの」

私はタクシーの外を流れる夜の街の景色をぼんやり見ながらなんとなく腹が立って、
隣に座るりっちゃんに聞かせるつもりで不満を吐き出す。

りっちゃんは聞こえないふり。

それなら・・・

唯「田井中律のばーか」

痛っ!?

りっちゃんはこっちを向いたと思ったら、私の頬をいきなり引っ張る。

唯「痛っ、イタタタ、痛いよっ!」

りっちゃんは最後に捻る様に大きく引っ張って手を離す。

律「唯、大人になれよ」

唯「は?ばかって言われて手を出すのが大人なの?」

律「そう言う事じゃねーし」

唯「そうじゃん」

私はこれが八つ当たりだって分かってるし、きっとりっちゃんも分かってる。

ソロでメジャーデビューしたらこうなるって分かってたんだ。

でも、憂もりっちゃんもやった方が良いって言ったから、やってやってるのに。

だから、私は無言でやり返す。

りっちゃんもまた仕返しに私の頬に手を伸ばす。

私たちはお互いの頬を思いっきりつねり引っ張り合う。

酔っ払い同士の喧嘩に馴れている運転手さんは冷静な声で到着を告げる。

運転手「お金払ってから、外でやってよ、お姉ちゃんたち」

カーン!

脳裏に響くゴングの音。

路上での第2ラウンドの開始だよ。


りっちゃんのパンツスーツは皺だらけ。

私のTシャツの首は伸びてダルダル。

目の端の痣。

口の端の切り傷。

私の方が二発多く殴ってやったと思うけど、りっちゃんの方が一発一発が強かったから引き分けだね。


律「痛ってぇ、もっと優しくしろよぉ」

りっちゃんは私の華麗な消毒液捌きにも関わらず文句をつける。

唯「えー、十分に優しくしてるよー」

律「おい、唯、ここを良く見てみろ」

そこには、表皮が裂け、くっきり残った歯形。

律「これは誰がつけたもんだ?」

私は口笛を吹いて誤魔化す。

ミンナガダイスキ♪

律「おい、こら」

当然誤魔化せない。

でも!

私はTシャツを捲り上げる。

見て!

この乙女の柔肌につけられた一条線。

唯「この引っ掻き傷深いし、痕が残っちゃうかも知んないしー」

私たちは睨み合う。

そして、同時に噴き出す。

それから文句を言いつつお互いの傷を消毒し合って、‘痛み止め'を飲んでそれから色んな事を考える。



  • ・・・

雨降って地固まる、だっけ?

何だかんだあったけど、やっぱ、りっちゃん以外に私たちのリーダーはいないよね。

だって、結局私たちはこの後、自分達のやりたい様にやれるようになったからね。

サンキュー、りっちゃん!



・・・
自由にやるのとお仕着せでやるのは全然違う。

そう、栄養ドリンクのアルミ缶で作ったお手製パイプとジョイント位に違う。

こう言うのって本当に違うんだ。

律「な、唯、最高だよなー」

唯「うん、そうだよねー」

私がギターをかき鳴らせば世界も歌う。



梓「もう一度、この世界で生きていきたいんです」

唯「あずにゃん、おかえり」

私はニッコリ笑ってあずにゃんを抱きしめてやる。

ハイになってるからキスもして上げる。

照れてる?

ツンデレって奴だね。

ツンツンデンデン

私が足を踏み鳴らせば世界も踊る。

Welcome to Ma World!

そう、この時は本当に世界が私と共に有ったんだ。


…うん、そうなんだよ…

有ったんだよ?

有ったんだよぅ・・・



・・・

私はドアを開き、柔らかなレザーのシートに腰を落とす。

しっかり製品化されているので、動物の皮革と言っても獣の臭いはしない。

車内に染み付いた煙の臭いだけがする。

寝ているあずにゃんから勝手に拝借して来たモッズコートを助手席に放り投げる。

キーを捻ると、車は少しだけむずがる様子を見せているのか、スターターが空回りする。

唯「最近、調子悪いなあ・・・」

それでも、アクセルを煽りながらもう一度捻ると車体を一度だけ大きく揺らす様にしてエンジンは始動する。

車内にいればエンジンが力を絞り出す音は伝わらず、微かな振動だけが伝わって来る全てなので、
オートマティックに全てが始動した様に思えさえする。

唯「機械は良いよね、なんだかんだ言ってもスイッチを入れればちゃんと始動する。ギー太だって、触れば音を出すよ」

中々、動けないのは私だけだね。

シフトノブをドライブレンジに放り込むと、私はウインカーも点けずに道路に飛び出す。


人間の脳は生命の危機を感じると、活性化するらしい。

アクセルを深く踏み込めば、周りのほとんどの車を置いてきぼりにする様な性能を持つけども、
少しばかり旧式のこの車はそう言う体験を行うにはうってつけ。

私は怪しげな脳科学者のアドバイス通りにことさら乱暴にアクセルを踏み込む。

リアタイヤはグリップを失いかけ、一瞬お尻を振り出しそうになる。

唯「あははっ」

そこでなんとかスピンせずに堪えた車体はグングンとスピードを上げる。

前を走っていた先行車は、猛烈な勢いで迫ってくるこの車に恐怖を感じたのか、こぞって路側帯に車を寄せる。

まるで無人道路。

安楽運転。

そのおかげで私は生命の危機を感じられない。


“暖かい革のシートに包まれて”

“ガード下で割れるガラスを見てみなよ”

“砕け散る鋼の音を聞きなよ”

“ハンドルの感触を感じなよ”

“暖かな革のシートが君の焼け焦げた身体の上で溶けゆく”

“ピカッと言う閃光の中に君の影が見えるよ”

“ガソリンの涙が君の目に浮かんでる”

“パーキングブレーキが君の足に突き刺さる”

“君が死んでしまう前に早くセックスしないと”

“交通事故の世界に飛び込もうよ”


私はブレーキをガツンと踏み込む。

急ブレーキだったが、運悪く車体はピタッと地面に張り付いた様に減速し、そして路肩に停止する。

私はハンドルに拳を叩きつける。

唯「こんなんじゃスピードが足りないよ!」

それに、きっとアイスも足りない。

このままでは終末に追い付かれてしまう。


・・・

梓「取り合えずは、DL販売オンリーで出せば良いんですよ。下手なプロモーションにお金かけるよりは・・・」

りっちゃんはあずにゃんが言い終える前に、喚き声でかき消す様に遮る。

律「あーあー、梓お前分かってないよ」

あずにゃんは一瞬ムッとした様子を見せた後に、凄い剣幕で怒鳴り返す。

梓「何がですか。唯先輩のネームバリューなら、もうマネタイズで悩むレベルじゃないでしょ!」

私は二人の言い争いをソファに身体を埋めて聞いている。

向かいに座っている純ちゃんは、ヒートアップする二人にハラハラした様子を見せているが、
私にとってはどうでも良い話だよね。

どちらにしろ、私が良いものを作ると言う前提があっての話だし。

りっちゃんは、あずにゃんの剣幕に少し驚きながら、年長者の余裕を見せる様な振りをしつつ、

律「違うんだよ。フィジカルリリースがあるとないとじゃ、その先のムーブメントに至る道で・・・」

梓「だからその安い業界人みたいな言い方は止めて下さいって言いましたよね、前にも」

律「は?唯が安っぽいのかよ」

梓「何でそこに唯先輩出て来るんですか、話逸らしてる上に人質みたいにするの止めて下さいよ」

律「お前がちっちゃく纏まろうみたいな話をするからだろ」

あずにゃんは呆れたように言い放つ。

梓「律先輩の誇大妄想でリスクの大きい事やってる余裕がないってだけですよ」

律「は?私たちはずっとそうやって来たし」

梓「始めた頃と今とを一緒にしないで下さいってのも言いましたよね、何度も」

私は、言い争いが不毛になって来たのを感じて、割って入る。

唯「ね、そろそろティータイムにしよ?私たちらしくさ」

睨み合ってた二人は、私の言葉でクールダウンしたのか、ちょっと恥じたように視線を逸らし、
純ちゃんはあからさまに安心したような顔をする。


律「あー、ちょっと屋上でチルってくるわ」

りっちゃんは、決まり悪そうに部屋を出て行く。

あずにゃんは私の方を何か言って欲しそうに見ている。

だから、私はニッコリと笑って返してやる。

唯「大丈夫だよ」

あずにゃんは安心したように、部屋を出て行く。

きっと、りっちゃんの後を追いかけて行ったんだね。

仲直りのアフェアですぐに元通りになれるよ。

二人が出て行ったのを見計らった様に純ちゃんが口を開く。

純「大丈夫ですか?」

私は、私の求められている言葉を返してやる。

唯「大丈夫だよ。二人とももう大人だよ?」

純「そうじゃなくて…」


純ちゃんは少し迷った様子を見せる。

あんなに喋りたそうにしてたのに、変なの。

純「唯先輩が、って事です」

唯「私が?」

純ちゃんは、躊躇いをみせつつ頷く。

もしかして…

唯「新しいEPが出来てない事に関して?」

純ちゃんは慌てて否定する

純「ち、違いますよ!そ、その、何か、こう言う事がある度に唯先輩に負担が掛かり過ぎてる感じがして…、
私がもう少し間に入れればとも思うんですけど・・・」

私は、苦笑して純ちゃんの肩を叩いてやる。

唯「二人とも長い付き合いだもん、そこら辺は弁えてるだろうし、それを考えたら私のあれを負担だなんて思わないよー」

純「そ、そうですよね」

純ちゃんも安心した様な顔をしたので、私もその場を去ろうとドアに手をかける。

純ちゃんは最後に一言だけ私に声をかける。

純「新しいEPは私も期待してますから」

唯「中枢スタッフにそんな言われ方するとさすがにプレッシャーだよ」

純ちゃんはその私の言葉をジョークだと思って、ニシシと笑う。

それはジョークじゃないの、純ちゃん。

実は、本当に問題なのは新しいEPの方なんだ。



気分を変えてくれるなら何だって差し出すよ。

ちょっとばかりの慢性鼻炎とかね。

今の私はそう言う気分。



・・・

梓「ね、前にコンタクトあった海外のレーベル有りますよね」

あずにゃんがひとつの提案をして来たのはそんな時。

唯「あー、うんあったねー」

私は良く覚えていなかったけど、あずにゃんの言うことなら間違いないだろうと話を合わせる。

梓「唯先輩が素材を作る」

唯「うん」

梓「彼らの抱えるアーティストがそれを料理する」

唯「うんうん」

梓「で、彼らが作った素材を逆に」

唯「私がいじる」

梓「そうです」

唯「スプリット盤を出す」

梓「私たちのレーベルと彼らのレーベルからそれぞれ違うバージョンで」

面白そうだし、それに・・・。

私は諸手を挙げて賛成する。

梓「で、向こうで録音しようって話があって」

唯「海外?」

梓「はい!」

唯「面白そう!」

私の反応にあずにゃんは満足そうな表情を作る。

実際、面白そうだし、きっと良い気分転換にもなる。

梓「気分転換にもなるかも知れませんしね」

あずにゃんって、テレパシー使えるの!?

そんな訳はない。

疑心暗鬼に陥っているのが、わたし。


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