世界は今日、終わるらしい。
それは三週間前から伝えられていたことで、
最初の頃はワイドショーなんかでしか取り上げられなかったが、
だんだんと真実味を帯びてきて、二週間前になるとどこのニュースもその話題で持ち切りとなった。

「世界が終わるなんてノストラダムスなんかじゃあるまいし、2012年でもまだあるし。」

………その言葉は現実を見たくない者の言い訳になりつつある。

そして人類、いやこの世界に生きるもの全ての命日となる今日、私は音楽室のドアの前にいた。





「遅れて、すみません。」


ガチャリ、と入るとそこにはいつもの光景。
むぎ先輩が紅茶をいれていて、唯先輩はケーキを食べていて。
澪先輩は律先輩の頬についた生クリームを拭き取っていた。
………本当に、変わらない。
まるで世界が終わることなんて嘘のように思えて、つい笑ってしまった。


「おっ、なんだよ梓?うりゃうりゃ~!」

「なっ、律先輩止めてくださいよー!」


律先輩がこちらに駆けてきて、頭をぐりぐりとしてきた。
一応止めて、なんて言ってみたけれどこれも最後なんだ、と思うと何だか、離れがたい。


「やっぱり皆さん、来たんですね。」

「律がどうしても!ってな。」

「な、澪ちゅわんが寂しがると思って私は部長としてだなぁ!」

「うふふ、でも皆に会えて良かったわぁ。」

「夜になったら帰んなきゃだけどねぇ。」


最後はやはり、家族と。
時計を見ると、午後二時。七時ぐらいまではいれるだろうか。
幸い、学校にはこんな日だからか先生も守衛さんもいない。
来ている生徒も私たちしかいない。
つまり、何をしても許される最初で最後の時間だった。

特に、やることはいつも通り。お茶飲んで、ケーキを食べて……多分、練習。
意味がない?うるさいなぁ、これが放課後ティータイムなんだって言えば、納得してもらえる?

むぎ先輩がとっていてくれたバナナのタルトを自分の前に置くと、まず一口。
バナナの甘みが口の中に広がっていって美味しい。

もぐもぐと食べている間も、会話はどうでもいいことばっかりで。
唯先輩が憂と夜中にコンビニへ行った話とか、むぎ先輩が初めて駄菓子を食べた感想とか。
そんな話をしてあはは、と笑っていたけれど、………いつの間にか、静寂が部屋を包む。
あのいつも元気がいい唯先輩や律先輩でさえ、悲しそうな顔をしていた。

終わるのだ、何もかも全部。
不条理に、全てを奪い取られていく感じで。
これを人は公平と言うだろうか、それとも不公平と言うだろうか?
今日、天寿を全うして死んだ老人も、今日この世に生を持った赤ん坊もいるだろう。

………駄目だ、こんなこと考えちゃ。
とりあえず、私はまだ生きている。
生きていて、こんな素敵な先輩たちといる。だから、こんなことで。

私はフォークを置くと前を向いて、改めて先輩たちを見渡す。
そしてここに来る前から考えていた、一つ聞きたかった質問を、した。


「皆さんの夢は、なんですか?」


未来は、もう来ない。
そんなこと、嫌ってほど分かってる。
だけれど、だからこそ聞きたかった。
先輩たちの反応が気になったけれど、
………話にのってくれるらしく、まず律先輩から口を開く。


「そうだなぁ……なんだろう、意外と保母さんとかやってみたかったなぁー。」

「………律は宅配便とかしてそうだけど。」

「なにおう!?澪はOLとかそんなんだろー!!」

「な、わ、私は………お嫁さん、とか……。」

「私は一度、さわ子先生みたいに音楽の先生をやってみたかったの~。」

「私はやっぱりミュージシャン!ギー太の可愛さを世に伝えるんだよっ!」

「あ、そういや聞いた梓はでうなんだよ?自分だけ言わないのは不公平だからな!」

「私ですか?私も勿論、ミュージシャンです。音楽に身を捧げて生きていくつもりですよ。」


話がさっきみたいに、どんどん弾んでいく。
スタッカート、フォルテ、クレッシェンド。
この会話に記号をつけるならこんな感じだろう。
笑って笑って、………笑って。来るはずのない未来に、希望を乗せて。

弾いている間は、何と言うか、もう……夢中だった。
相変わらず律先輩のドラムは走っていて、唯先輩は間違えるけれど。
よく昔に見た特撮で、ヒーローが地球の危機に立ち向かう
───そのヒーローにさえなれそうな気がした。

ふわふわ時間、ホッチキス、U&I………一体何曲演奏したのだろうか、
気づいたら汗がもうだらっだらで、楽譜なんか無視して即興で弾いちゃったりして。
それでも楽しかった。観客もいないし、広いステージや夢の武道館でやったわけじゃないけれど。
曲が終わったら誰かが弾き始めて、それに応えて。ねぇ、世界が終わるなんて、嘘でしょ?





「………もう、帰らなきゃ。」


誰が言ったのかなんて分からない。
けれど、その声に合わせて時計を見る。午後、七時。

ここまでか。皆黙って、片付けを始める。
……今までありがとね、むったん。
そう感謝しながら、私はむったんをケースの中にしまった。
これで、放課後ティータイムの活動は終わり。私たちの人生も、全て全て全て。
唯先輩のだらしないけど頼れる背中を見るのも、律先輩のぴかぴかなおでこを見るのも。
澪先輩の優しく指導されるのも、むぎ先輩の可愛い笑顔を見るのも。
これで、終わり。ジ・エンド。


「………、あずにゃん?」


心配そうな顔をして、私を見つめてくる。
やだなぁ、そんな顔しないでくださいよ。
あ、唯先輩だけかと思ったら先輩方、全員じゃないですか。
ほらほら、笑って終わりましょう。
最後には笑って、……いえ、最後じゃなくても全部、笑っている。
それが放課後ティータイムじゃないですか。


「だからっ……!!」


こんな涙なんて、見ないでください。


顔を見せないように、と両手で顔を覆う。
先輩たちだって泣かないように頑張っているんだ。
なのに、私は。
早く止まれ、涙。
でも次第には嗚咽も出てきて、もうどうしたらいいのか分からなくなってきたとき。
……身体が、暖かいものに包まれた。


「おー、よしよし。」


そんな声が聞こえた、と思うとさらに暖かみが増す。
律先輩、澪先輩、むぎ先輩。
先輩たちも抱きついてきて、私の頭や背中を優しくそっと撫でてくれた。


「放課後ティータイムはまだ終わらないぜ?終わらせてたまるかってんだ。」

「またお茶やケーキの準備もしとくからね?」

「そして、武道館にも行って、」

「皆でね、これでもかっていうほど演奏するんだよ?」


だから、だからまだ終わりじゃないから。




帰り道。
私達は黙って歩いていた。
外の寒さに震える。けれど手だけは暖かい。


「さむい、さむい、」


律先輩が繰り返して言う。
それが涙を隠すための言葉とは、誰も言わなかった。
澪先輩の手が私の手をぎゅっと握る。
怖がりなはずなのに、今日は何も言わなかった。
唯先輩はまっすぐと前を向いている。
まるで、何かに立ち向かうかのように。
むぎ先輩は、…私が見ていると分かるとふんわりと優しく笑ってくれた。
これが、放課後ティータイム。


「もう、さよならなんだな…。」

「悲しいこと言うなっつーの。ぐずっ……大丈夫、またバンドできるよ。」

「ギー太もちゃんと持ってかなきゃね!エリザベスも、むったんもだよ!!」

「唯先輩じゃないんだから、忘れたりしませんよ!」

「うふふ、じゃあ曲も用意しておかなきゃね?澪ちゃん。」

「あ、うん!実は新しい歌詞が出来てるんだ……。」

「楽しみにしてっからなぁ?じゃあ、」

「うん。」

「すぐにね、」

「あっという間だから、」




「また、会いましょう。」



end.