10

唯の自宅には、すでに律と梓がいた。

澪が腰を下ろすと、憂が紅茶を入れて持ってきた。


「いきなりごめんね、澪ちゃん」


唯が申し訳なさそうな笑顔を浮かべて弁解した。


「いやいや、こんなことになったら話し合いは必要だよ」


澪は微笑して言った。

皆、始めのうちは何から切り出せばいいのかわからないようで、へどもどしていたが、

澪が話を進めるとだんだん話の整理もついてきて、とりあえず部活は続けるとの結論になった。


「ああ、それとムギちゃんのお葬式の時にムギちゃんの家の執事さんに会ったんだけど」


話が一段落したところで唯が話し始めた。


「ムギちゃんが殺された時に使われた凶器の一つがティーポットだったね。

 それでね、ムギちゃんのご家族が、ムギちゃんの好きだったものは残らず持っていたいみたいなんだけど、

 そのポットがどうにもどこで買ったかわからないみたいでね、執事さんも全然知らなくて、

 少しでもいいから情報が欲しいらしいんだけど、わからない?」


そう言って唯は皆の顔を見回した。


「いやー、ムギのことだからイギリスかどっかのアンティークの物でも使ってたんじゃないか?

古ーい、高価そうなポットとか結構持ってきてたからな」


律はあごの先に手を当て、考えながら言った。


「いや、そうとも限らないよ。

 ポットに描かれていた青いカーネーションの絵は少しも色あせてなかったし、

 そもそも、青いカーネーションは確か1995年に世界で初めて遺伝子組み換えで誕生したんだ。

 だから一概に古いとは言い切れないだろ?」


澪は人差し指を立てながら得意げに言った。


「ふーん、しっかしホントに澪は物知りだな。桜高の澪は博学才穎ってとこか」


律がそう言うと、澪は愉快な気持ちで笑った。




11

「ポットで思い出したんだけどね、ムギちゃんをポットで殴った人は、

 つまりムギちゃんを殺した人は左利きじゃないかなって思うんだ」


唯が思い出したような口ぶりで言った。

まさに左利きであった澪は、思わぬ指摘に少なからず狼狽したが、

これは唯のでまかせだと思い、黙って話を聞くことにした。


「まず、ムギちゃんの後頭部の少し左寄りに傷があったのは警察の人が説明してたよね」

「でもそれだけで犯人は左利きだって言えるかな。

 警察も犯人は両手でポットを持って振り下ろしたって考えているみたいだし」


間髪入れずに澪が口を挟んだ。


「そうだね。でもね、それでも私は両手を使ったとは思えないんだ」


ここで話を切って、唯は紅茶を一口飲んだ。

澪は内心ビクビクしながら唯が話し始めるのを待った。


「床に落ちていた破片の中にね、ポットの取っ手が落ちていて、

 よく観察してみると、取っ手とポット本体の接合部分が綺麗に取れていたんだ」


そう言って唯はテーブルの上の小さなティーポットを手に取り、

取っ手と容器本体の接合している部分を二箇所、指で切り落とす真似をした。


「何を言いたいのかよく分からないなあ」


澪は唯がどういう意図でこのようなまわりくどい言葉を弄しているのか

てんで理解出来なかったので、思わず言った。


「つまりね、もし両手でポットを持って振り下ろして割れたなら、

 この取っ手には少なからずもっと破片がくっついているはずだと思うんだよなー。

 そんな割れ方をするのは、片手で力いっぱい振り下ろして後頭部にあたったとき、

 この取っ手がガコッって外れたからじゃないかな。もちろん、確実にそうだとは言えないけど。

 それで、頭の傷のつき方から見て、相手は左手にポットを持って殺害したと思うのが自然じゃないかなって」


澪は今まで安全だと思っていた足元の地盤が、突如として薄氷に変わり、ひびが入り始めたように感じた。

そして、目の前にいる唯がいつもと違う、何か別人のような気がして恐ろしかった。

出来ればすぐさまその場から逃げたかった。


「あはは、それじゃあ澪が犯人みたいな言い方だな」


律が澪の顔色を窺いながら言った。


「そうだぞ、なんだか私が犯人みたいじゃないか」


澪はやっとのことで平静を保ち、作り笑いを浮かべて同調した。


「うーん、私はね、澪ちゃんが犯人じゃないかなって思うんだ」




12

唯の言葉はなによりも恐ろしい響きをもって澪の耳朶を打った。

一瞬、悪い夢ではないかと疑った程だ。


「どういうことですか唯先輩、私には澪先輩が人を殺すなんて考えられませんよ」


梓がいきり立って反駁した。


「青いカーネーションだよ」


唯がぽつりと言った。


「あのティーポットは確かに青いカーネーションが描いてあったそうだね。

でも、執事さんから聞いたんだけど、あのポットをムギちゃんが音楽室に持ってきたのは、

事件の当日だったんだよ?

それも今まで持ってきたことは一度もないって。

澪ちゃんの言うとおり、最近買った新しい物みたいだね。

でも、どうして澪ちゃんは青いカーネーションが描いてあるってわかったんだろう。

私たちが駆けつけた時には、ポットはもうバラバラに壊れていて、とてもカーネーションが

描いてあるなんてわからないよね。

それでも、澪ちゃんはどうしてそれがわかったんだろう」


澪は冷や汗を額に浮かべ、顔には恐怖の色がありありとにじんでいた。

口も利けず、自分の犯した重大な失策を頭の中で反芻し、唯の罠にまんまとかかった自分を呪った。

そして、唯の鋭い推理に対して言い知れぬ敗北感を感じて、何を考えることも弁明することも出来なくなり、

一口も飲まなかったほの暗い紅茶のカップの底を、ただぼんやりと見つめていた。



Fin



読んでくれた方、ありがとうございました。
最初は、あまりにSSとして出来が悪いように思えて、ボツにしようと
思ったのですが、せっかく書いたからと思い、投下しました。

うう…澪すまない。