今日は2011年1月25日。雪がちらつくのがカーテンの隙間から見える。
今朝も唯は仏壇の前で手を合わせ、
少し焦げたトーストをかじりながら学校へ向かう準備をしている。

靴を履き、ギターを背負い精一杯叫ぶ、
-いってきます-
返事は無い。
もちろん、親は今サイパンで愛を深めているので
返事が無い事は分かりきっているのだが。

「一人って・・・やっぱりさびしいなぁ。」

そう言って鍵をかけ、
降りしきる雪の中唯は一人学校へと向かった。

もう何度も通った校門をくぐり、何度も入った教室の扉を開ける。
唯の顔を見ると、大半が顔を曇らせた。もうずっとだから、そんな扱いも
唯はすっかり平気なようだ。
窓際のいつもの席に座ると、1つ前の席の女の子が振り向き声をかけてきた。
「唯、どう調子は?」
この赤いメガネの生徒会長面した女の子は、唯の幼馴染の和だ。
唯に気をかけてくれる数少ない・・・いや、唯一かもしれない味方、

「もうすっかり元気だよ、のどかちゃん!!いつも・・・ありがとね」

「そう、ならいいんだけど。空元気が出るようになっただけましのようね」

和は、唯が最後に一瞬見せる素の表情を見逃さなかった。

「もうあれから1ヶ月経つんだよねー」

「時が経つのは早いものね。唯にはそろそろ炊飯器の電源の位置で電話してくるのはやめて
欲しいものだわ」

「うぅ・・・。だって・・・」

言葉を遮るように始業のチャイムが鳴り、唯は慣れた手つきで
「人殺し」「市ね」「犯罪者」などと書かれたノートのページを破り捨て、授業を受けた。


雪やまないなぁ、帰り滑ったらやだな。
そんな事を考えている内に放課後を告げるチャイムが鳴った。

もうクラスの大半が進路を決めてしまったからだろう。

「ねえ、どっか遊びいこうよ」

「いいねーカラオケいこっか!」

などといった言葉が教室中から聞こえる中、そんな言葉がかかるはずも無い唯は
たった一人ギターと共に音楽室へ駆け足で向かった。


「唯、もうよしなよ」

「なんで?やめないよー、こうやって一生懸命ギー太弾いてたらさ、澪ちゃんも律ちゃんもむぎちゃんも、
あずにゃんだって・・・きっとみんな帰ってきてくれると思うし!そのためにギー太もがんばって直したんだし」

「ほんと、あんなボロボロなのよく直ったね」

「うん!」


二人っきりの音楽室で、絶望に等しい希望を描いて純粋に笑いギターをかき鳴らす唯を見て、
和は何も言い返すことが出来ずにいた。


唯はいつだってそうだった。どんなに苦しくても、どんなに辛くても、どんなに希望が見えなくても、
誰かの前では必ず明るく笑っていた。
そして乗り越えて、実現させてきた。だから・・・もしかしたあの人たちも帰ってくるのかも
なんて思えてしまうから不思議だ。

「そんなはず、ないのに・・・。」

和は、次第に強くなる雪を窓から眺め、呟いた。


「唯、雪強くなってきたし、帰ったほうがいいって!」

「わかった、じゃありっちゃんのスネアチューニングだけするから待っ」

物騒な音がして和が振り返ると、
そこにはうつぶせに倒れた唯の姿があった。

「唯!」

和の心配をよそに、はにかみながら立ち上がり何事も無かったかのように振舞う唯。
スカートの誇りを手で払い、

「へへ・・・こけちった。もうチューニングいいや、帰ろっか」

やっぱり、この子は心配だ。憂がいないと――

そう思ったところで唾を飲み込んで、ギターだけで無くピックまで入念に磨き終えた唯の後を続き、音楽室を出た。




足跡も残ら無いような雪の中、二つの傘が小さく揺れていた。

二人で学校から帰るなんて事なんて日常茶飯事で、
いつも、必ず騒がしい唯と呆れ顔の和が並んでいた。
しかし、今では会話すら少なくなってしまっている。

長い長い沈黙を打ち破るように、唯が急に口を開いた。

「そうだ!のどかちゃん、これあげる。いつもありがとね」

そう言って唯はポケットから腕時計を取り出した。
時計の形をしたなんとも奇抜な腕時計だ、唯らしいと言えばらしいかもしれない。
それに、普通はラッピングして渡すだろう。

「え?そんないいのに」

空気に耐えかねたかのようなタイミングで渡され、
和も話を広げる事が出来ずまた黙ってしまう。
容赦無く降りしきっていた雪が、少し収まってきた気がした

そうこうする内に別れ、二人は自宅へ戻った。



和は自室の机で頬杖をつき、先ほどの腕時計を眺めながら物思いにふけっていた。

無音の部屋に、秒針の音だけが響く。
時計の音きいてると音眠くなるななんて事を考えていると、すっかり夜になっていたようだ。

「唯みたいだな」

と小さくつぶやき笑い、腕時計を机に置いた。



その時、声が聞こえた


なんだ!?腕時計?
そう思い和はまた腕時計を手にした。
微かに、光を帯びた腕時計が語りかけてくる。

――すまん、俺の声聞こえる?聞こえたら返事...してくれ。

和にはまだ理解出来ないが、どうやらこれは現実のようだ。
半信半疑のまま、夢でも見ているのだろうと思い何も言わない。

――くそ、そりゃまあ信じれんわな
   まあいいわ、これは間違いない現実や
   さっさと本題にはいるで。
   憂、知っとるやろ?一ヶ月前の事件で死んだ。
   第一発見者は姉の唯。

饒舌な関西弁が耳に障る。
それはもちろん知ってる、と和が返す。

――なら話は早い、あんたが真実を暴いて、唯の疑惑を晴らしてくれ。
   証拠不十分で犯罪者にはならずに済んだが、周りの人間はあんた以外
   誰も信じちゃ居ない。
   今から一ヶ月前にあんたを連れていくから、よろしく

え?ちょっ、おま
反論をする時間が和にあたらえられるはずも無く、そのまま意識を失った。



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