足音が聞こえた……
和が戻ってきたのかと思い顔を上げると、
唯の顔の裸族が一人、こちらを見ていた。
いや、これは唯じゃないな。
どっちかといえば憂ちゃんだ。
付き合いは長いし平沢姉妹の顔の区別くらいは付く。

到底受け入れられないような
狂った事実ばかりを見せつけられて
気が滅入っていた私は、
別人とは言え知った顔の人に会えて
少しだけ安心した。
私は憂顔の裸族に向かって手招きした。
憂は少し怯えているようだったが
おずおずとこちらに近づいてきた。

私が腕を広げると
憂は素直にその中に入ってきた。
そして私は憂をぎゅっと抱きしめる。
こんな熱帯の島で
誰かと抱き合うなんてのは
これでもかってくらい暑かったが
それ以上に暖かかった。
憂は私の腕の中で
特に嫌がりもせず大人しくしてくれていた。


澪「ごめん、ごめんな、憂ちゃん」


私はあの日から何度言ったか知れない言葉を
肌を寄せ合う憂ちゃんにささやく。


澪「ありがとうね」


私はそう言って腕を解いて
憂ちゃんを開放してあげた。
でも憂ちゃんは名残惜しそうに
私の鎖骨のあたりに頬をこすりつけてくる。
どうやら人懐っこい子らしい。


澪「ごめんな、こんなとこ連れに見られたら
  また怒られちゃいそうだし」


憂ちゃんを体から押しのける。
言葉が通じたのかどうかは分からないが
憂ちゃんはしばらく私の顔を眺めた後
集落の方へと戻っていった。

いちおう心は落ち着いたが
疑念が払拭されたわけではない。
この島に関して……は、
自然の奇跡、地球の神秘、人類未踏の謎、
ということで片付けておくことにして、
問題は和だ。
和はなんのために
頻繁にこの島を訪れて
たびたび憂ちゃんの代役を立てるために
ここの裸族を連れ帰っているのか……
そもそもどうやって連れ帰るんだろ、
言葉通じないし……と思っていると
和が戻ってきた。
裸族の一人を連れてきている。


和「いたわ、唯のソックリさん」


そう言って和は自身の後ろにいる
一人の裸族に目をやった。
私もその視線の先を見やる。
平沢唯とそっくりそのまま同じ顔かは
判別がつかない……が、
それにしても生気のない顔だ。
虚ろというか、無気力というか。


和「ああ、薬をかがせたのよ。
  こうやって抵抗できないようにして連れて帰るの」

澪「なるほど……?」


非人道的だな、という言葉が出かかったが
すんでのところで飲み込んだ。
そもそも勝手に連れて帰る時点で非人道的だし、
あんなことをした私が言えることでもない。

でもこれで終わりだ。
これでこの島ともおさらば。

罪を、償える。
私がやってしまったことも、ごまかせる。

そうだ。
この唯を連れてかえって、
本物の平沢唯にしてしまえば。
それで。終わる。



和「澪? どうしたの、行くわよ」

澪「え、ああ……」


私たちは来た道を戻る。
行きと違うのは唯の代わりが+1されたこと。
和が水の入ったペットボトルをくれた。
さっきの集落の近くで汲んだらしい。ありがたい。


澪「海辺までどのくらいだっけ」

和「今日中に着けるわ。
  もっとも暗くなってからだろうけどね」

澪「そっか……しかしそっから
  日本に戻るまでまた4日か……」

和「そうね」

澪「憂ちゃん、うまくやってるかな……」

和「……」

澪「和?」

和「……早く、戻ったほうがいいわね」

澪「ああ……」


和の言葉の端には明らかな焦りが見えた。





日が沈んだ後、
懐中電灯の明かりを頼りに森の中を進み、
なんとか海岸に辿り着くことができた。
唯もいるのでスムーズには歩いて来られなかったが、
日が変わらないうちに来られて一安心だ。

桟橋には来た時と同じように
モーターボートがつないであった。
まずこれに乗ってアイナマ共和国へと戻る。
運転するのは和だ。
ハワイで父親に習ったらしい。
荷物と唯を積み込んで、夜の海へと出発する。


和「私が運転しておくから、寝てていいわよ」


いや、そういうわけにもいくまい。
和が運転してるのに私だけ寝るなんて。
と強がってみたもののすぐ眠気に襲われた。
傍らには薬のおかげで
人形のようにおとなしくなった裸族唯。
見てみると彼女もうつらうつらしていた。
私もそれにつられて眠りへと落ちて行く。
ボートのエンジン音が
必死に私の眠りを妨げようとしていたが
どうやら睡魔のほうが強かったらしい。
まぶたが落ちる。
意識が遠くなる。
そういえば私、この島に来て何もしてないな。
ほんとうに私はダメな人間だ。
だから、あんな……




 ――おまえさえ、いなければ

 ――――どうして、こんな……澪ちゃん……

 ――うるさい、お前が、奪ったんだ

 ――――奪って、ない、よ……



また夢だ。
同じ夢。
あの日から見る。
今日で何度目だ?



 ――黙れ、黙れ黙れ

 ――――私は、みんなと、一緒に、バンドを、したいだけだよ……

 ――そのみんなの中に、私は含まれてないじゃないか

 ――――そんな、こと、ない……



いつになれば、この夢は消える?
唯を連れてかえれば、終わる?
終わるよね?
そのために、来たんだもんね。



 ――嘘だ、嘘だ嘘だ

 ――――みおちゃ……

 ――じゃあ、やめてよ

 ――――な、何……を……

 ――歌詞なんて書かないでよ

 ――――どう、して……

 ――歌詞を書いていいのは私だけなんだよ

 ――――でも……

 ――ずるいよ、私なんていい歌詞書くためにずっと頑張ってたのに

 ――――う……

 ――あんな適当な歌詞でみんなに褒められちゃってさあ

 ――――みおちゃん、だって、褒めて……

 ――みんなが褒めたんだから私だって褒めるしかないじゃん!!

 ――――痛っ!

 ――梓だっておまえのことばっかり見てる! お前ばっかり尊敬してる!

 ――――痛い、痛い……よっ……!

 ――ギターもやめてよ! 今ここで叩き折ってよギー太を!

 ――――はな、して……

 ――離したらギー太を折ってくれる? あの歌詞を破いて捨ててくれる?

 ――――それは……や、だ……

 ――なんでよ! おまえが奪ったんだよ、軽音部から、私の居場所を

 ――――う、あ……

 ――知ってる?律とムギ付き合い始めたって!馬鹿だよねあいつら女同士でなんて

 ――――ぐ……

 ――私どうすればいいのかな? 歌詞書くポジションはおまえに取られて

 ――――みおちゃ……

 ――唯一の後輩はおまえにべったりで、私はこの軽音部で何してればいいのよ、ねえ!

 ――――ごめ……

 ――今さら謝っても遅いんだよ! おいっ!

 ――――…………

 ――唯っ、おいっ……唯っ……!?



そうだ、気づいたら死んでいたんだ……
あのときは唯の首に手をかけていた……
脅しのつもりだった……
でも力が入りすぎたんだ……
本当に殺すつもりなんてなかった……
なかったんだ……

私は愚かだ……
あんなことで……
あんなばかみたいな理由で……
友達を恨んで……
唯は何も悪くなかったのに……
全部私がダメなせいだったのに……

私は恐ろしくなった……
部室にふたりきり……
いつか誰かが来る……来てしまう
そうなればバレる……
唯の死体……
どうする……
隠す……
いや、どこに隠すんだ……
人ひとり隠せる場所なんてない……
どうしよう、どうしよう、どうしよう……

その時、部室の扉が開いたんだ……
心臓が爆発しそうになった……
人を殺したのがバレたんだからな……
殺した瞬間より殺したのがバレた時のほうが
焦っちゃうものなんだよ、知ってたか



入ってきたのは憂ちゃんだった。
唯の忘れ物を届けにでも来たんだろう。
部室に入ってきた瞬間、憂ちゃんは固まった。
床に力なくうなだれる唯と、
全身のあらゆる毛穴から汗を流して
息を荒くしている私がいたんだから
状況はすぐに飲み込めたろう。
憂ちゃんは唯と私を交互に見比べて
やがて私の目を見据えたまま視線を固定した。

すべて見透かしたような目。
真っ黒な瞳の中に
情けない私の姿が写っている。
人間の目っていうのは
どうしてああも力があるのか。

私は視線に耐えられなくなり
憂ちゃんの前に跳びかかるように跪いた。


 ――ごめん、ごめん、憂ちゃん、ごめん!殺すつもりなんてなかった!なかったんだ!


憂ちゃんは何も言わなかった。
どんな言葉を出せばいいか迷っているようだったが、
やがて重々しく口を開いた。


 ――――殺したのは、許せませんけど


そのつぎの言葉に、私は耳を疑ったのだ。




 ――――体は入れ物でしかありませんから、大丈夫です



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