やがて目が覚めた。
ここはどこだっけ、
何をしているんだっけ……
右を見る。
ここはどこかの屋内のようだ。
木で作られた粗雑な家。
石器や土器と思しきものが
壁のあたりにいくつか転がっていた。
左を見る。
和がいた。


和「大丈夫?」

澪「え……」


そこで全部思い出した。
嫌な記憶が蘇ったせいで
気を失ってしまったんだっけ……
われながら情けない。


澪「ごめん、迷惑かけた」

和「気にしないで」

澪「ここは……?」

和「唯たちの家よ」

澪「……」


玄関から唯が入ってきた……
しかし2,3人連れ立っている……
同じ顔の人間が何人も並んでいるというのは異様な光景だな、
なんてまだ覚醒しきってない頭で考えた。

唯たちは果物を持っていた。
私のために採ってきてくれたらしい。
腕いっぱいに抱えた赤い果実を
私の枕元に並べてくれた。


澪「ありがとう……」


唯たちは何も言わず、
再び家から出て行った。
その後ろ姿を見送りながら
私はだんだん頭が覚めてきてるのを実感していた。


澪「そうか、私が倒れた後……
  集落の建物の中に運んでくれたんだな」

和「ええ、唯たちがね」

澪「そっか、お礼言いたいけど
  言葉が通じないな、あはは」

和「あははじゃないわよ、まったく」

澪「え」


和の言葉には少しばかりの怒気が混じっていた。


和「私はね、唯たちの集落には脚を踏み入れないようにしてたの。
  彼女たちの生活を尊重して、
  なるべく干渉しないほうがいいと思ってね」

澪「うう……」


だから和はわざわざ笛で呼び出していたのか。
集落に乗り込んで捕まえたほうが
手っ取り早いだろうとは思ったけど、
それじゃ唯たちが怯えてしまって
今後のこの集落にも悪影響が出る、ってことか。
大勢に顔を覚えられちゃうのも、まずいんだろう。


澪「すみません……」

和「いえ、もう過ぎたことはいいわ。
  元気になった?」

澪「うん、もう大丈夫……」

和「これからも大丈夫そう?」

澪「大丈夫……だと思う。頑張る」

和「そう。じゃあもうおいとましましょう」


家の外に出ると、出入口の傍らに唯が一人いた。
和はお礼代わりにバッグから果物を二つだして渡した。
その唯は私から見ても分かるくらいに
「平沢唯」とは似ていない唯だった。

ここにいると色々面倒、ということで
私たちは別の集落へと移動することにした。
さっき笛でおびき寄せた唯は不合格だったらしい。
再びジャングルへと入っていく。


和「一番重要なのは声よね。
  みんな外見は似通ってるけど声は結構違うの。
  分かるでしょ、唯と憂もそうだし」


和は歩きながらそんなことを話してくれた。
その3歩ほどあとを付いて行きながら
私は適当に相槌を打つ。
声を出すだけで疲れるのだ。
暑い。
汗が流れる。
道は険しい。
坂を登っている。
虫が湧いている。
環境は過酷。
しかし弱音をあげていはいけない。
私が望んでここに来たんだし、
私の責任を果たすためでもあるのだから。

やがて日が暮れた。
テントは一応持ってきたが
張るスペースはなかったので
寝袋だけで寝ることにした。
危険な生き物はいないから大丈夫、と和は言ったが
ジャングルの中で寝るのはやはり不安で、
疲れているはずなのになかなか寝付けなかった。




 ――――おまえさえ……

 ――どうして……


頭の中で声が響く……
あの日から4日……
いや今日で5日目か……
ずっと同じ夢を見る……


 ――おまえのせいで……

 ――――やめて……


あの唯の表情……
ごめん、ごめん……
夢の映像を見ながら
何度も心のなかで謝る……


 ――――私には友達が……

 ――ずっとだよ……


あれ、なんだこの映像は……
初めて見る……
私の記憶にはないはずの……
でも唯の姿が見える……
これは……?


そこで目が覚めた。


和「おはよう」

澪「お……はよう」


和は木の根っ子に腰掛けて
缶詰を食べていた。
空を見上げる。
太陽は高く昇っていた。
どうやら昼頃まで眠っていたらしい。


澪「すまん、寝過ぎた」

和「いいのよ、私もさっき起きたとこ。
  それに次の集落は近いわ」


寝汗でべとべとになったシャツを脱いで
新しい服に着替えた。
寝袋を片付けて私も缶詰を開ける。


和「次の集落はね、何度か憂の代役を
  見つけることができた場所なの」

澪「へえー」


それなら唯の代わりになる個体も
いてくれればいいなあ、なんて
のんきに考えながら缶詰を頬張る。
今さっき着たばかりの服も
すぐに汗で濡れてしまった。


腹ごしらえをした私たちは
再びジャングルの中を歩き始める。
和の手製の地図と方位磁石を頼りに
道無き道を進んでいく。
和が先導し、私はその3歩後ろを歩く。


和「水分補給はこまめにしなさいね」

澪「ああ」


しかしこまめに水を飲めと言われても
水が無くなってしまった時のことを考えると
そうむやみやたらに飲むわけにもいかない。
リュックの中にはペットボトルが3本、
そのうちの1本は既に空っぽ。
このさきどこで水を補充できるか分からないので
大切に飲まなければならない。
実際に和も歩き始めてから
一切水を飲んでいなかった。

喋ると喉が渇くので、二人とも無言。
落ち葉や樹の枝を踏みつける音で
前を行く和に私が無事付いて行っていることを伝える。

どれほど歩いただろうか、
さすがに脚が痛くなってきて
休憩を提案しようか迷っていたところ
和が振り向いて言った。


和「着いたわ、ここよ」


和に並んで見渡してみる。
ジャングルの木を切り倒して空間を作り、
そこに家を建てて集落を作ったようだ。
昨日の集落よりは狭いが
家の数はこっちのほうが多かった。
小声で和に話しかける。


澪「ここが、憂ちゃんそっくりの個体が
  よくいるっていう集落なのか」

和「ええ」

澪「私には良く解らんな」

和「近くで見れば分かるわよ。
  さ、行くわよ」


そこで私は気付いてしまった。
心臓がドクンと高鳴る。
一気に全身の汗が引く。
私はそこから一歩も動けなくなってしまった。


和「どうしたの?」

澪「おい、和……」

和「何?」

澪「憂ちゃんの代わりを何体も捕まえたってことは……
 憂ちゃんの代わりが必要だった、ってことだよな?」



和「……」

澪「なあ、何があったんだよ……
  憂ちゃんの代わりを捕まえて……
  その前にいた憂ちゃんはどうなったんだよ?」

和「……」

澪「なんで憂ちゃんの代わりを
  何体も捕まえなきゃいけなかっ……んぐ!」

和「静かにして」


思わず激昂する私の口を
和は素早く右手でふさいだ。
聞いちゃいけないことだったのだ……
でも聞きたい、知りたい。
純粋な好奇心と
理解の追いつかないものに対する恐怖心が
私の中で渦を巻いている……

なぜ、和は、
憂ちゃんの代わりを捕まえなければならなかった?
憂ちゃんも、また、
唯みたいに……ということなのか……?
いやでも、それが「何度も」なんて……

考えれば考えるほど恐ろしくなる。
鼓動は早くなる一方。
歯が震えて足が動かない。



和「いいわ、私一人で行ってくる。
  あなたそこで待っててね」


そんな私を見かねてか、
和は一人でさっさと行ってしまった。
取り残された私は
指を引っ掛けたトランプタワーみたいに
その場に崩れるようにしゃがみ込んだ。

何だ、和は一体何を隠してる?
そういえば半年おきにここに来てるって言ってた。
半年おきといえば結構なペースだ。
こんな辺鄙な地に。
日本から4日もかかるのに。
同じ顔を持つ裸族が住んでるこの島に……

おかしい、おかしい、
何もかもがおかしい。
和もおかしいし
こんな島の存在自体おかしいじゃないか。
和はなんなんだ……
唯も……憂ちゃんも……
この島から連れてこられて……
普通に文明人として生活してる……
いやちょっと待て、
そもそも何で平沢姉妹は
わざわざこんな島から日本に
連れてこられたっていうんだ……?
考えれば考えるほど
こんがらがってしまう……





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