和「そうよ。あなた達が普段から接している
  平沢唯と平沢憂はこの島で収穫されたものなの」

澪「唯や憂ちゃんみたいなのが
  この島にいっぱいいるってのか」

和「ええ。でも一概に全て同じとは言えない。
  唯や憂はそっくりだけど個体差があるようにね」

澪「なるほど」

和「なるべく唯と似た個体を探し出して捕獲する。
  それが私達の使命よ。いいわね」

澪「ああ……」


澪「しかしこんなジャングルに
  本当に唯が住んでるのか」

和「唯だからこそ……ね。
  あの子の適応力の高さは
  常人のそれをはるかに上回るわ」

澪「……それはなんとなく分かる」

和「ここをもう少し行けば群れがいるわ」

澪「唯の群れ……」

和「一応言っておくけど、
  厳密に言えばここにいるのは唯じゃないからね。
  分かってるわよね」

澪「分かってるけど……」

和「しっ、声が聞こえてきた」

澪「近いのか?」

和「ええ、あそこを見て」

澪「……!」


その光景に私は息を飲んだ。
鬱蒼と茂った木々の間を流れる小川、
そのほとりに私がよく知る平沢唯と
瓜二つの人間が何人も集まっていたのだから。

彼女たちは川の水をすくいながら
なにか言葉を交わしているようだった。
しかし何を言っているのかは聞こえなかった。


澪「……あれを一人捕獲すればいいんだな」

和「早まってはダメよ。
  言ったでしょう、なるべく唯と同じ個体を探すって」

澪「私には全部唯とそっくりに見えるけど」

和「ここから見ればそうだけど
  近くで観察すると結構差異が見つかるの」

澪「近寄るか?」

和「待って、慌てちゃダメ。
  彼女たちの集落を突き止めましょう」

澪「集落……?」

和「まだ私が知らない集落があるかも知れないし、
  観察する個体は多いに越したことはないわ」

澪「そうだな」


私たちは木の影に隠れて見張り続けた……
川辺で遊んでいた唯(のそっくりさん)たちは
しばらくすると森の奥へと戻っていった。
私と和はその後を追う。

言い忘れたが彼女たちは皆一様に裸であった。
服を着る文化がないのか、
それともたまたま着ていないだけなのか?
前者だとすれば彼女たちの文明は
かなり低度なものだと思われるし、
ここから連れてこられたという平沢姉妹が
都会の生活に馴染んでいることが不思議だ。


和「平沢姉妹の適応力をなめちゃいけないって言ったでしょ」

澪「そういう問題なのか?」


私と和は彼女たちのあとを追った……
彼女たちはかなりすばしっこかった。
森の木々の生え方も頭に入ってるみたいで
ひょいひょういと木や枝を避けながら
森の奥へ奥へと入っていく……
和もこの森には慣れているようだったが
私は初めてだったので
何度も根っこにつまづいたり枝に頭をぶつけたりした。
和はそんな私のペースに合わせてくれていたので
すっかり彼女たちを見失ってしまった。




澪「ご、ごめん和……私が遅いせいで」

和「いえ、いいわ。
  こっちの方角に来たって言うことは
  A16集落に戻るみたいだし」

澪「なんだ、知ってる場所なのか……じゃあ良かった」

和「ちょっと休憩しましょうか」

澪「ああ……ふぅ」


私は地面から出っ張っていた木の根に腰を下ろした……
そんなに長い距離を走ったわけでもないのに
なんだかどっと疲れてしまった気がする……
慣れない環境のせいだろうか。


和「はい、水」

澪「ありがとう」

和「驚いた? 本当にこんな場所があるなんて」

澪「驚くに決まってる……
  まさか唯と憂ちゃんがこんな島から
  連れてこられただなんて」

和「そうよね」

澪「ああ、そうか……
  唯の両親を見かけなかったのも
  最初からいなかったからか」

和「そう。唯も憂もこの島で生まれたの」

澪「……」

和「憂は……うまくやってるかしらね」

澪「もう4日になるのか……」

和「ええ」

澪「帰りにもまた4日かかるし……」

和「なるべく早く見つけて帰らないとね」



休憩を終えた私たちは再び立ち上がり
森の奥へと向かって歩き始めた……
ときおり聞こえる鳥の声と
私たちが落ち葉を踏みしめる音以外は
何も音がない静かなジャングルだ。
ただ気温と湿度は高い。
私も和も歩きながら何度も汗を拭う。
いっそあの唯たちみたいに裸になろうか、とも思う。
和に変な目で見られそうだから声には出さないけど。


澪「和は」

和「ん?」

澪「よく来る……んだよね、ここに……」

和「ええ、そうよ。
  半年に一回くらいね」

澪「一体なんなんだ、この島は?
  あの唯のそっくりさんは……」

和「この地球上にはまだまだ解明されない謎がいっぱいあるってことよ。
  意図的に真実が隠されて謎になってることもあるけどね」

澪「……」

和「さ、もうすぐ例の集落よ」


枝が絡みあうくらいに密集していた木々の並びは
少しずつ隙間が大きくなっていった。
どこかひらけた場所に出るようだ……
集落……
唯と同じ顔の原住民がたくさん暮らしてる場所……
見るのは恐ろしい気もした……
しかし向き合わねばならない……
私の責任でもあるんだから……

覚悟を決めると声が聞こえてきた。
いくつもの、少女の声。
その中には聞きなれた声……
すなわち唯や憂ちゃんの声も混じっていた。
ただ何を話しているのかは分からなかった。




和「ついたわ」


和が足を止めた。
私も倣って立ち止まる。
和の視線の先……窪地になっているところに
木で造った簡単な家がいくつか並んでいるのが見えた。
そしてその家々の周りにいるのは……
さっき小川のそばで見かけた、唯のソックリさんたちだ。
ざっと20人はいるだろうか?
木の枝を振り回したり、地べたに寝そべったり、果物を食べたり
それぞれ思い思いに過ごしているようだった……


和「行くわよ」

澪「えっ、あ、ああ……」


私たちは集落へと近づく。
和は忍び足で歩いているので
私も同じように音を立てないように歩いた。
唯たちに見つからないよう
そっと集落の外延を回り、
適当な茂みに身を隠した。


澪「これから、どうするんだ?」

和「しっ……」


和は小さな器具を取り出した。
親指ほどのサイズで、穴が開いている……
和はその穴を口に付けると、息を吹き出した。
すると、ピューイというきれいな音が鳴る。
どうやら笛らしい。
多分この音で唯をおびき寄せるのだろう。


和「ピューイ、ピューイ」

澪「……」


しかし一向に反応がない……
私たちの視界にいる唯たちは
笛の音にまったく興味がない様子だ。
一人が一瞬だけこっちの方を向いたが
すぐに顔をそらすとどこかへ行ってしまった。
和は顔を真赤にして笛を吹き続ける。
そんなに力入れて吹かなきゃいけないのか、これ。


と、その時であった。
何者かが私の肩を叩いた。


澪「!?」


一体誰だ!?
ここには私と和しかいない、
私たちに接触してくる人間なんて……!
一瞬のうちにそんな思考が脳内を駆け巡り
反射的に私は後ろを振り向く。

そこには……唯がいた。
いや、正確には唯じゃない。
この島で暮らす裸族の一人。
私がよく知る平沢唯の顔を持った人間。


和「おっと、後ろからとは……不意打ちね」


和はひとりごとを言いながら笛をしまった。
代わりにバッグから果物を取り出して
目の前の唯……のそっくりさんに与えた。
唯はそれを受け取ると、
地べたに座って嬉しそうに食べ始める。
和はそのすきにノートを取り出して、
その唯とノートとを見比べ始めた。
多分この唯を「平沢唯」として
連れ帰っても問題ない個体であるか、を調べているのだろう。

私は……といえば、
そんな和の傍らで悪寒に震えていた。


目の前に、唯がいる。
ゆいがいる。
いやこれは唯じゃない。
ゆいじゃないけど。
この唯と瓜二つの裸族が。
私の記憶を掘り返す。
4日前の記憶。
いやだ。
思い出したくない。
もう思い出したくないのに。
頭の中で、あの日の映像が。
どんどんとクリアになっていく。
寒気が増す。
おかしい。こんなに暑いのに。
寒いなんて。
両腕で自分を抱きしめる。
まだ寒い。
吐き気もする。
息が苦しい。
頭の中の、嫌な記憶が。
血液を冷やしながら全身を巡って、
体中を蝕んでるみたいだ。
和が私を呼んでいる。
何を言っているのかは分からない。
私の内側が嫌なもので満たされすぎて、
外からの情報が入ってこないんだ。
嫌なものを出さないと。
私は嘔吐した。
同時に気を失った。


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