桜高校防壁避難所から最後の避難者達を乗せた一報が超巨大メガフロート『桜の街』に設営された臨時指揮序に入った時
その場にいる人間全員に緊張が走った、完全撤収と同時に『ヶ号作戦』が発動される事が前から織り込み済みだったからだ。

防衛省のお偉方や、アメリカ国防総省のお偉方の面々がヘリのパイロットと無線交信を担当している
自衛官の後ろにズラリと並び皆一様に押し黙ったまま事の成り行きを見守っていた。

何故この場所に国防総省の人間達がいるのかについて話しておこう。

Z戦争が開始になり、早々に国が瓦解したのはなんと世界の警察とうたわれたアメリカだった。

アメリカは国土が広すぎた、そのため戦力を集中させることが不可能であり
『大いなる混乱』によるパニックによる死者の増大、それにニューヨークの戦いはアメリカ軍の大敗北だった
多数の最新鋭戦闘機、戦車、重火器、歩兵間データリンクを駆使してもZの進行を食い止めることは不可能だった。

いや、それ以前に戦力の半分を『対テロ』戦争に導入していた時点で国防に回せる戦力が不足していたのも大きく関係していた。

現在最後までホワイトハウスにいた初の黒人系アメリカ大統領となった人物はエアフォースワンに乗りこちらに向かってきていた。

ヶ号作戦発動に伴い、桜高校防壁避難所に向けて三機のB-52ストラトフォートレスが向かっていた、機内に特殊な爆弾を積んだまま。

思えば桜高校防壁避難所の様子をヘリのパイロットから無線交信していた自衛官の後ろに国連での発言権を持つ者がいたこと
そして唯達と共に最後のHH-60Hに乗り込み避難していた人物の中に防衛省の作戦立案担当者がいたこと
それら偶発的要素が重なったことによって唯のこれからの言われなき非難は決定づけられたのだ。


ヶ号作戦とは、旧日本軍が使っていた作戦名であり、意味は『乾坤一擲』である。

乾坤一擲の言葉の意味の通り、今サイコロは振られた。


背後でホバリングしはじめたヘリの風圧を受けて憂の髪の毛が揺れた。

憂は初めから生きてヘリに乗るつもりはなかった
いや、初めからではない、子供に石をぶつけられた瞬間からだろう
自分は最早人間ではない世界の異物なのだ、一緒にいれば大好きな姉に迷惑がかかる、それは憂にとって耐え難いものだった。

姉に迷惑をかけるぐらいなら…

その悲壮な決意に私はケチをつけるつもりはない、ないが敢えて言わせてもらえるなら言いたい
その悲壮な決意をほんの少し生きる勇気に変えたのならその後の展開も変わっていたのかもしれない
暫くして『ファランクス』という抗Zウィルス薬とは名ばかりの偽薬が世界中に氾濫することになるのだが、憂がいたなら完全なる抗Zウィルス薬が完成していたのかもしれない

だが、『もし』は歴史には記載されない願望だ
行動の痕のみが歴史には記載されるのだから。


憂は依然急ぐでもなく走るでもなくゆっくりとこちらに向かいくるZの大群に向かっていった。

ある場所まで歩いた憂は歩みを止めてZの大群を迎え撃つ
憂の目前まで迫っていたZの大群が意志を持っているかのように動きを停止した
憂からZの大群の距離、実に5mほどであった
Zウィルスの塩基配列に刻まれた『人間を食い殺せ』という指令を戸惑わせる存在になっていたのだ、憂は。

だが、そんな睨み合いが続いたのはほんの数秒 だった 憂の目の意志の光に『仲間ではない』とZの大群は判断した。

90度曲がり目の前テントに向かう憂に四体のZが食らいついた
憂の肩、左足、脇腹、臀部にZの歯が食い込んでいく
憂は痛みを感じない。

Zに食らいつかれたまま憂はテントの入り口を開けた 尚も大量のZが憂に殺到していく。

肩の肉を食いちぎられ、食いちぎられた箇所から赤黒い液体が流れる
憂の目的ははなからこのテントの中であった、 考えなく逃げ込んだわけではない このテントの中に目的の物があったからだ。

憂の目の前に目的の物が大量にあった 起動スイッチから伸びる線に繋がれた非人道的な兵器

指向性地雷クレイモアが大量に保管されているテントだった。

さらに大量のZが憂の体に食らいついてくる
腹の肉を食い破られ腸が剥き出しになっても憂 の歩みを止められなかった。

そのまま倒れ込んだ憂の口に起動スイッチがく わえられている
そのままZ達が憂に覆い被さるように殺到し た。

…生きたいなぁ…死にたくないなぁ…

憂の最後の我が儘は誰の耳にも届かなかった。

次の瞬間起動スイッチを歯で押し何百もの鉄球 とC-4を内蔵した箱は爆発して憂を中心とした 全方位に鉄球をまき散らしていく 誘爆に次ぐ誘爆で何千発もの鉄球が大爆発と共にテントを周辺一帯を凪払っていった。

大量のZの破片が空中に舞っている中憂の頭部も舞っていた
そのような状態になっても憂の思考は、考える力は残っていた。

…お姉ちゃん… 憂は一瞬後に自分が『終わる』ことが分かって いた 憂は最後の景色を想い出すために目を閉じた 最後の景色は決めてある…

20時04分12秒 憂の死亡により、桜高校防壁避難所攻防戦は完 全終了した。


『yui plan』

それは犠牲的精神による囮の事である。
戦略に囮を組み込むことによって最小限の犠牲で最大限の効果を与える特攻作戦である。

当たり前だが考えたのは唯ではない、作戦立案者は唯と同じヘリに乗っていた防衛省の人間であり
衛星通信による国連で囮作戦の提案者は国防総省の人間である。

なぜそれが唯の責任になってしまったのか?
・混乱の中発案された作戦の立案者の事など誰も気にしなかった事
・囮作戦の囮になった人間、つまり犠牲者なのだがその犠牲者の親族、恋人が明確に恨みつらみをぶつける相手を求めていた事
・国がスケープゴートとしての人物を唯とし情報操作したから(明確に国が認めたわけではないが私は半ば以上確信している)

それに、先程も書いたが
唯が妹の死を自分の責任とし、全ての非難を一身に受けたことも大きい。

最初は囮はくじ引きで決めていたらしいが、ここ最近は犯罪を犯した人間などを強制的に薬漬けにし作戦に参加させるなど
非人道的の極みに達していた。

このような特攻作戦が日本からまたしても生まれた事に私は日本人の犠牲精神は国民性として細胞レベルで植え付けられでもいるのだろうか?
と私は不思議に思うのだ。

余談だが、yui plan作戦立案者の防衛省の人間は
南アフリカ旧大統領による実施による作戦の有効性による正式立案の日に何者かによって殺害されている。

犯人はいまもって不明である。

桜高校上空10m付近をホバリングしながら方向転換しようとしたHH-60Hを大爆発の衝撃波と飛散してきた鉄球が襲った。

ヘリの体勢が大きく崩れたがなんとか持ち直した
ヘリの中に鎮座している唯の目は大きく見開かれて虚ろに虚空を見ている
早い心臓の鼓動だけが唯の耳に聞こえていた。

そんな唯に律が近づき
頬を『ぷにゅ』と摘んだ。

唯の目に一瞬正気の光が戻ったのを見逃さず律が唯を抱きしめた。

律「唯、生きるぞ!なにがなんでもな!!」

一瞬後唯の目から涙が流れて喉の奥から嗚咽が出てきた。

ヘリは唯達の生まれ育った街を飛翔していく
遅刻しそうになって一生懸命駈けた道路
皆と一緒に歩いた商店街
ギー太を買った音楽店
バイトをしたハンバーガー屋

そんな思い出もやがて霞んでいくんだろうか?
皆はヘリの中から眼下の街をぼんやりと眺めた。

その瞬間ヘリの真横を超低空飛行で三機のB-52ストラトフォートレスが通過して桜高校上空にて特殊弾頭20発を投下してとびさっていった。

弾頭が桜高校上空で爆発し、桜高校周辺に鉄の矢数万発の雨を降らせた
『特殊フレシェット弾頭』である。

桜高校の窓ガラスが全て割れ、校内に飛び込んだ鉄の矢が校内のすべてを引き裂いていく。

部室の中にも鉄の矢は絶え間なく降り注いでいく
紬のキーボードが、唯のギターが、梓のギターが、律のドラムセットが、澪のベースが
鉄の矢に貫かれ粉々になっていく。


桜高校防壁避難所攻防戦は、大敗北で終了する
ピンチの時に颯爽とヒーローが現れて助けてくれる
そんな都合の良さは現実の世界にはない、戦争とは負けて勝っての繰り返しである。

今日負けた相手に技術と戦術の進歩により明日には勝つ、人類はそうやって戦争に勝ってきたのだから。


唯達を乗せたヘリが、メガフロート『桜の街』ヘリポートに降り立っていった。



エピローグ


彼女達の10年間を書き記す前に、まずは世界の変遷について書こうと思う。

Z戦争が人間とZの戦いだけではないのは前に書いた通りである
世界の警察と言われたアメリカも早々に瓦解し
パキスタンとイランは難民問題による核戦争で双方自滅した。

その中で海上にメガフロートによる人工島を築き上げた日本は結果から見れば『大いなる混乱』をも乗り越え辛うじて文明を維持できた国家と言えるだろう。

さて、彼女達の10年間はまさに光陰矢の如しであった
待つという時間は長く感じる、だが彼女達に待つという平穏な時間はなかった
早々に『紅茶会』という対Z民兵集団を作り上げた四人は、日本の各地で孤立している人々の救出の為奔走、転戦した
その目も回る忙しさの中で、時間はあっという間に過ぎ去っていった。

『時間は人を待たない』

まさにその言葉の如く。

彼女達の過去について書き記すべき事柄はもうない
私がこれから書き記さなければならないのは彼女達の未来についてだ
現在から未来へ綴る希望の物語である。

その時ドアがノックされた。

ドアを開けると、そこには年月がすぎても昔の面影の残る先輩が立っていた。
『よっ、純!こないだは驚いたぜ?いきなり記者にインタビューされてさー!聞いたらお前のとこの若いのだっていうじゃん』

少し、私のことについても触れておこう
目まぐるしく動いていた彼女達に比べて戦闘に参加できるわけでもない私はなにをすべきか迷いながら日々を過ごしていた。

そんな時暇つぶしに始めた執筆作業、まぁようは小説だが(いま見れば稚拙もいいところだが…)未来が見えず絶望に満ちていた人間達に私の小説は受け入れられて
今では一角の小説家としてやっていけている。

『私が聞いても茶化しますよね?』と聞いたら『まぁな』と律先輩はにっこり笑った。

『小説の中で私達の事呼び捨てにしてないだろうな?』
図星だった、昔から鋭い人だ、侮れない…
私がしどろもどろになっている時、律先輩はカラカラと笑って私の頭を撫でた。

胸には首から紐でぶら下げた真っ黒に干からびた小指が律先輩が笑う度に揺れ一緒になって笑っているようだった。

『じゃあガキ共待ってるから行くわ』
と言い残して律先輩は去っていった。

律先輩の今について語っておこう、なんと律先輩は小学校の先生になった(教員免許を発行してくれるとこなど消滅してしまったため混乱に乗じて先生になった…と私は睨んでる)
『『ブッ殺すと心の中で思ったならッ!その時スデに行動は終わっているんだッ!』はい、これはZをブッ殺す際に放つ言葉です、先生の後に続いて言ってみよー!』
と漫画から引用した台詞を生徒に教えようとしたりするため
よく澪先輩に殴られているが、生徒の人気はかなり高いらしい。

そんな律先輩は、特に熱心になって子供達にお話を伝えている、宮沢賢治の小説集である。

『終わっても想いは語り継がれてあく』が律先輩の口癖だ。

『あら?』
律先輩が去ったすぐ後に後ろから声をかけられ振り向いてみると
ムギ先輩と、澪先輩が並んで立っていた。

ムギ先輩は、三年前にこの街の市長に就任した
素早いインフラ整備と、福祉施設の充実、治安維持隊の指揮によりなかば無法地帯に近かったこの『桜の街』を
普通の街に作り替えた功績によって住民の信頼厚い市長になった。

ちなみにムギ先輩は琴吹グループ、つまり自らの父親と断絶し、自らの道を歩いている
(yui plan立案に父親も関わっていたからと言われているが私は本人に聞くつもりはない)

『あ、あんまり私の事は詳しく書くなよ…』
昔の恥ずかしがり屋のまま澪先輩は顔を真っ赤にした
…漏らした事も書きました、と伝えたらたぶん卒倒するだろうなと私は思って笑った。

笑ったのは久しぶりだ、笑うのは気持ちがいい生きている感じがする。

『りっちゃん見なかった?』
とムギ先輩に言われ、私はさっき子供達のとこに向かった事を伝えた。

『なるべく一緒にいたいのね…次はいつ戻れるか分からないから…』
ムギ先輩は少し表情を曇らせた。

『律は私が守るさ』
澪先輩の腰に差された使い込まれたグロックが見える。

その日が来たのだ、と私は思った。

ムギ先輩、澪先輩と別れた私は
メガフロート桜の街西港辺りで潮風に佇む唯先輩に会いに来た。

唯先輩がこの場所をお気に入りにしていることは知っていた
唯先輩がただ黙って潮風に吹かれながら見ている視線のその向こうになにがあるのかも知っていた。

唯先輩は、いや何故彼女達はyui planの真実をいままで誰にも言わなかったのだろう?
唯先輩が皆に口止めしたのか、それとも皆からの非難こそ妹を死なせた自分への救いになるとでも思ったのか?
唯先輩は非難されたいのだ、そして、許されたいのだろう。

何に対して許されたいのか?両親か?隣のお婆さんか?最愛の妹にか?
私にはその心を窺い知ることは出来ない。

唯先輩は私の後輩に真実を語った

人がいままでの理念を変えるにはそれなりの理由がある

それは、つまりそういう事なのだろう。

yui planにより、人類の勝利は目前に迫っていた。
皮肉な話ではある、『小の虫を殺して大の虫を生かす』
それは和先輩の理念そのままなのだから。

唯先輩がこちらを振り返りいつもと変わらない笑顔を見せた。


2023年4月11日4時13分

メガフロート桜の街ヘリポートに15機のブラックホークが乗せるべき人間を待つため待機していた。

Zの数の激減に伴い、日本の領海に浮かぶ無数のメガフロート都市からおびただしい数のヘリ、戦闘機、人員を動員した大作戦が始まろうとしていた。

作戦名『故郷』、Zに支配された日本をいまこそとりもどす時が来たのだ。

律「さぁて、行きますかね」

沢山の子供達に『すぐ戻る』と伝え中折れ式猟銃を肩に担ぐ。

律「熊どもゆるせよ…」
律はブラックホークに向け歩みを進めた
モシンナガンを持った紬も律の隣に並ぶ
そしてグロックのマガジンを取り弾倉確認をしながら澪も並んだ。

唯は寝坊したようで皆の後ろから慌てて走ってきて皆に笑われた。

そして、皆がブラックホークに乗り込もうとした時気付いた。

律紬澪唯「あれ?」

律「なにやってるんだ?」

紬「見送り?」

澪「よく気付いたな今日だって」

唯「どうしたの?純ちゃん」

『私も行きます』と皆に告げた。
『武器は?』と皆に言われた。
私はただ黙って鉛筆一本を顔の前でふら下げた。

そう、未来への物語を語り継ぐ人間がいなければ

私はもう傍観者にはならない。


5時25分

唯達を乗せたブラックホークが薄明かりの中を飛行していく。

眼下にはもう記憶の向こうへと追いやられた懐かしき街があった。

10年前と変わらない姿でそこにあった。

『いい加減墓参りしなきゃな』
と律が腰からスラッグ弾を人差し指、中指、薬指で二発取り出すと猟銃に装填した。

『先生は怒るかしら』
と紬は渾身の力を込めてモシンナガンのコックを引いた。

『ずいぶん待たせたからなぁ、怒るだろ』
澪がグロックの安全装置を外した。

『怒らないよ…喜ぶよ、きっと、聡君もさわちゃんも…憂も』
唯が立ち上がった。

三人がただ黙って頷いた。

朝の光の中ブラックホークは目的の場所に向かっていく。

ブラックホークの横に別の戦闘ヘリが並んだ
『こちら沖縄メガフロート飛行隊アルファチーム、混ぜてもらうぜ』
無線が次から次へ飛び込んでくる
『こちら四国…』『こちら北海道…』
瞬く間に唯達のブラックホークを中心に大量のヘリが並んだ。

10年の間に唯達が救った命がいまこそ報いようと集ってきたのだ。

私は人類の勝利を確信した
世界はこんなに希望に満ちている。

目的の場所が視認できた
ブラックホークが高度を下げ始めた。

『さぁ、奪還しようぜ!!』と誰の声とも分からない作戦開始の開始が響き渡る。

ブラックホークや他のヘリが桜高校に向けて降下していった。