19:49

律、紬、澪を乗せたピックアップトラックが、HH-60Hの待つ場所へと
エンジン全開で突っ走っていく。

地面の起伏でピックアップトラックの荷台が跳ねる度にお腹に包帯を巻かれた澪が泣きそうな顔で、いや、泣いていた。
さっき律と紬の二人に無理矢理押さえつけられピンセットで弾を摘出されたばかりなのだ。

いや、涙の理由は痛みだけではない、律から聡とさわ子先生が死んだことを聞かされたからだ。

死に目に会えなかった、最後に言葉をかけてあげたかった
澪の目からさらに涙が零れた。

律「おいでなすったぞー!」

HH-60Hが多数待機してる場所に向かってる律達だが、Zの群れも同じように待機場所に殺到しはじめていた。

たく、どんだけ人間に執着してるんだコイツラは
と律は嫌な気分になったが、気を取り直して中折れ式猟銃を構えた。

律「殺到されたら避難できないからここらである程度ぶっ潰そう」

紬「そうしましょう」

紬が最早相棒と化しているモシンナガンを構えてZを迎撃するべく構えた。

澪「なぁ律…」

澪は弱々しい声で律を仰ぎながら疑問に思ってる事を聞いた。

律「ん?なに!?」

澪「何で…お前たちは戦えるんだ
律「生きたいから!!!」

気持ちいいぐらいの即答だった。

律「それがさっきまで!今は聡とさわちゃんと梓の仇をとるため!あいつらをぶっ潰す!以上!!」

猟銃を撃ちながら薬莢を排出し、薬莢が地面につくまでに薬指と中指と人差し指でスラッグ弾を二発
と思ったらすっぽぬけて澪の顔面に直撃した。

『ごめん澪、めんご』と律は澪の方を振り向いて笑った
『まだまださわちゃんみたいにいかないなー』と一発づつスラッグ弾を込めていく律を見ながら澪は微かに笑った。

澪「単純だなぁ…律は…」

律「澪は考えすぎだ!!」

澪は痛みをこらえて立ち上がった
昔っから単純な友人を持って不幸だなぁ私はと澪は思いながらも
律の言葉にある問いの答えを見た。

澪「考えすぎないようにしてみる」

澪は銃を構えた、もう迷いはなかった

脱出時間まで、あと10分。


最終脱出時間まで、後7分


和に頬を殴打された唯が、頬を腫らした顔で鼻血を撒き散らしながら地面に倒れ込んだ。

『ふぅ…疲れちゃった…唯行きましょう』
相変わらず邪気のない顔で自分の両手についた唯の血を舐めながら和は唯の胸元を掴んだ。

口をパクパクさせてる唯を不思議そうで眺めながら、和は柏手をうった。
『何か喋りたいの?』
と和は唯の顔の近くまで自分の顔を近付けた
尚も口をパクパクさせる唯
『ん?どうしたの?』
さらに唯の顔に自分の顔を近づけた瞬間
唯の口から『ペッ』と吹き出してきた血と唾が混じったものが和の顔面に直撃した。

精いっぱいの唯の戦いであった、自分はりっちゃんやムギちゃんのように強くない
あるのは意地だけだ、妹を守り抜くという意地だけだ
目の前にいる和ちゃんに似た違う生き物に屈するわけにはいかない。

和の眼鏡が真っ赤に染まり、和は静かに眼鏡を外して立ち上がり眼鏡拭きで拭き始めた。

和「唯…」

そのまま右足を一歩踏み出すと、唯の鳩尾を渾身の力を込めて踏みつぶした
『メキッ』という音と共に、唯の胃から血が逆流してきて口から血が吹き出してきた。

『なんでわかってくれないのかなぁ…』と悲しみに満ちた顔のまま唯の鳩尾を踏みしめてる足にさらに力をこめた。

和は考える
暴れるから連れていきにくいんだ
じゃあ静かにさせて引きずっていけばいいんだ。

和は難問を説いた時のように恍惚とした表情になり、付近に落ちていた血の付いたマチェーテを拾ってきた。

『両手と…両足かな…』と呟いた和がマチェーテを振りかぶった瞬間

暗闇の中から物凄いスピードで駈けてきた憂が、ピューマが獲物に飛びかかるように和に飛びかかった。


最終脱出時間まで、後6分


純は、最後の発進待機をしている6機のHH-60Hの一機に搭乗していた
ヘルメットを被った操縦者が慌ただしく乗り込んできて無線で何やら交信している。

純は、ヘリの窓から外の景色を眺めてみた
近くで迫撃砲の爆発や、絶え間ない銃撃音が聞こえてくる
やはりもうこの、慣れ親しんだ学校ともお別れなのだと純は肩を落とした。

梓が死んでから無気力な生活を送っていた
全てがどうでもよかった
仲のよかった友達の一人は死に、もう一人の友達は部室に面会謝絶扱いの病人としてかつぎ込まれて会うに会えない。

純は世界に自分一人のような感覚に陥り無気力な、いや、きっと鬱病だなのだろう
このような状況で、自分の命などどうでもいいと思う人間なのだから。

一体あの楽しかった日々はどこにいってしまったのか…
純は、両手で顔を覆ってしゃっくり混じりの嗚咽を漏らした。

家族も全員死んでしまった、もう自分を心配してくれる人など誰もいない
純はそう思い込んで追い詰められていた。

ここであるものと出会わなければ純も『裏返り』を起こして自滅していたのかもしれない。

純が自分を抱きしめるかのように手を交差させてギュッと力を込めた時、胸ポケットに何か堅いものがあるのを感じた。

『これは…』
Zの殺戮がはじまる前の晩、寝ながら聞いてたiPodだ…
ずっと持っていたのを忘れていた、一体何を聴いていたんだったか…
純は脳裏に無茶苦茶だが心に残る歌を歌う先輩達の顔が浮かんだ。

『もう一度…ライブで聴いてみたいなぁ…』純は涙を流しながら両手を合わせた。

神様どうか先輩達を無事に避難させてあげてください、お願いします。

だが純は知らなかった、神様とやらは行動しないで願うだけ願うものの願いなど叶えない事を

そしてその先輩達はZの群れと、大切な友達は同じ人間と桜の戦い最後となる激戦を繰り広げている事も。


最終脱出まで、後5分


中折れ式猟銃を発射し、目前に迫ったZの頭部を律が正確に吹き飛ばし薬莢を排出した瞬間
律と背中合わせにZ達をベレッタM92を片手で乱射していた澪が律の腰ポケットから素早くスラッグ弾を二発取り出し
律の猟銃に装填すると、律は手首を軽くスナップさせて猟銃を『ガチン』とはめ込み猟銃を発射した。

見事な連携だった、幼い頃から一緒に育ちお互いに酸いも甘いも分かっている2人だからこそ出来る連携であった。

そんな仲むつまじい2人を若干嫉妬混じりの目で見ていた紬は頬をプクーッと膨らませると
ついいままで乱射していたモシンナガンを肩にかけ腰に装着された若干ガンスミスにカスタマイズさせたベレッタM 92を二丁取り出し二丁拳銃の構えをとった。

『お願いしまーす』と紬が周りの自衛隊員に呼びかけると
自衛隊員が、周囲に底部が球体になっている異様な形をしたマガジンを辺りにばらまき始めた。

地面に落下したマガジンは、球体を下にして起き上がり小法師のように直立した。

それを確認した他の自衛隊員も、グリップエンドに釘のような突起物のついたベレッタM92を二丁装備し始めた。

『対Z接近銃撃戦開始!』紬が叫ぶと迫ってきているZ達から逃げるどころか自衛隊員達は向かっていく
紬も同じようにZに走っていき、Zの頭部を釘のような突起物のついたグリップエンドで砕いた反動で体を半回転させ反対側から向かってくるZの頭部を撃ちまくり
弾が切れた瞬間銃からマガジンを落下させもう片方の銃で身を屈めながらZの膝を打ち抜き
倒れたZの頭部を正確に撃ち抜く。

やがてもう一丁の銃からマガジンが落下した瞬間、紬はジャンプして前転しながら地面に数限りなく乱立しているマガジンに向かって両の手に握りしめたベレッタM92を叩きつけた
そのままベレッタM92のグリップにマガジンが吸い込まれていった。


紬が映画からパク…インスピレーションを感じた『対Z接近銃撃戦』の考案の、これが結果だった。
周りに転がる無数のZ、そして呆けた顔をした律と澪だった。

律「ぉおい!ムギ!弾こっちに飛んできたぞ!かすったぞ!」

小さく舌を出し『ごめんなさい』と謝る紬を見ながら
澪は多分自分達は生き残るなと思った。

余談だが、『対Z接近銃撃戦』
紬は映画のままの名称にしようとしたが、反対され仕方なくこの名称になったらしい。

殿の一陣が再度車に乗り込み最終避難時間に間に合わせるために急発進した時

澪「ん…ちょっと止まってくれ」


最終脱出時間まで、後5分


『ブチン』という鈍い音と共に右手が宙を舞った
右手は空中で二回転して地面に落ちた
赤黒い粘性の液体が地面に広がっていく。

憂の右手だった。

和に俊敏な動作で飛びかかり、伸ばした右手が和の頬に触れた瞬間
和は人間の反応速度を越える速度で首をひねるとそのままマチェーテを振り上げ憂の右手を切り落としたのだ。

当たり前だが、ある程度憂が襲い来ることを予測しなければこのような動きは出来ない。
そう、和は予測していた、あの時唯を抱えて歩き出した時憂の右手が微かに動いたのを和は見逃さなかった。

冷静な判断力
それは昔の和でも今の和でも変わらない。
あのまま憂に止めをさそうとしたらZ達に囲まれ死んでいただろう、憂が追いかけてくるのは分かりきっていたが
もう目の前に避難民達を回収するためのヘリの待機場所がある
決着をつけてから向かっても十分間に合う。

和はマチェーテを構えなおした。

憂はウィルス変異により人とは違う人になった
だが、不老不死でも何でもない。
心臓の鼓動が止まれば、首が胴体から切り離されれば死ぬ
生き物であればあたりまえの事だ。

さらに、いくら人間離れした力を手に入れたとしても
それをうまく使いこなせなければ意味がない。

自転車にようやく乗れるようになった人間に車に乗れと言っても乗れる筈もない。

憂は切り落とされた右手を気にする様子もなく庇うように倒れている唯の前に立ち
猫科の動物が力を溜める動作のように力強くては身を屈めた。


最終脱出時間まで、後4分


和は唯や憂から目線を外し暗闇を見た
憂は和から目線を外そうとせず和を見据えている。

それが和と憂の差だった、つまり判断力の差だ
憂は目の前の和のみに集中し、和は周りの全てに集中していた。

和は憂の方に向き直ると、二三歩下がった
その行動を憂が不思議に思った瞬間、和が憂に向けて手を軽く左右に振った。

その意味は『バイバイ』だった。

いきなり憂の横の暗闇からZが飛び出してきてその場にいる中で一番弱い存在、つまり唯に向かって突進してきた。

不意をつかれた形になり憂の対処が完全に遅れた形になった
唯の足にしがみついてきたZのアゴを蹴り上げて空中に浮いたZの喉を左手で掴むとそのまま地面に叩きつけた。

Zの頭が地面にめり込み絶命直前の痙攣を始めた頃、憂は気付いた。

和はこれを狙っていたのだと。

憂の真横に移動していた和がマチェーテを振り下ろした
マチェーテが憂の左手にめり込み、そのまま骨を断ち、また憂の左手が空中に舞い地面に落ちた。

憂が絶望の叫び声をあげた瞬間、和が最後の一撃を加えようとマチェーテを憂の首筋に対し横凪にしようとした瞬間
和の足の甲に鋭い痛みが走って和の動きが一瞬止まった。

和も計算すらしていなかった

いつの間にか和の足元に這いずりながら移動していた唯が
渾身の力を込めてナイフを和の足の甲に突き刺していた。

蟻のひと咬みであった。

和「唯ぃぃぃいいい!!!!」

唯に向けてマチェーテを突き立てようとした時、両手を失いながらも跳躍した憂が狙いを定めた和の喉に
憂の歯がめり込み肉を引き裂いた。

和の首から噴水のように血が流れ出した。


最終脱出時間まで、後3分


喉から大量の血液が流れ出し、和の上着を赤く染めていく
それでも和は虚ろな顔をして立っていた。

…私は一体何を、誰を守りたかったのか…
明確だった答えはやがて曖昧になっていった。

…あぁそうだ…私は唯を守りたかったんだ…人一人が助けられる命なんてたかが知れている…
…だから唯一人を救おうと私はその他を切り離したんだ…

致命傷にもかかわらず、和は倒れようとはしなかった
唯一人を救うため全てを犠牲にした
心という曖昧なものが、体が倒れる事を許さなかった。

…私は間違っていたの?…

和の手からマチェーテがこぼれ落ちた。

…誰か教えてちょうだい…私は…

『パン』と暗闇の中から銃声が響き、和の体が微かに震えた。
和の背中から入った弾丸が、心臓を通って胸元から抜け出た。

振り向いた和の目に、銃口から煙を出したベレッタM92をこちらに向けている澪の姿が写った。

…間違っていたの?澪…

和はゆっくりと、とてもゆっくりと前のめりに倒れた。

脇腹を押さえながら倒れてる和の脇まで歩いてきた澪はかがみ込み和のズボンの腰に差されていたグロックを取った。

澪「…返してくれ、これは律からもらった御守りなんだ和…」

…誰か教えて、私は私は…答えを知らないまま…嫌だ…誰でもいい…誰か……誰か教えて頂戴…答えを…答えを…


和は絶望の中絶命した。


最終脱出時間まで、後1分


夜の闇の中、盛り土の上に石が乗せられているだけのお墓に備えられた花が風に揺れた。

同じ時間、地面に横たわり心なしか穏やかな表情をしている下半身を吹き飛ばされた死んださわ子の髪も風に揺れていた。

全ての終わりは静寂と共に訪れる、だが忘れてはいけない
全ての終わりは全ての始まりなのだという事を。

待機していたHH-60Hのうちの一機から純が飛び出してきた。

そのすぐ後に何台かのピックアップトラックが猛スピードで走ってきて急ブレーキをかけて止まった。

純はその何台かのピックアップトラックを見渡しながら目的の人物達を探そうと試みるが
荷台から降りてきた自衛隊員達の波に飲まれてしまいそのままヘリの中に押し戻されようとしていたその時、聞き慣れた声が聞こえてきて純は振り向いた。

律と澪が唯を両脇に抱えて、紬が憂を抱えながら荷台から降りてきたのを見た純は、思わず叫びながら皆の元に駆け寄った。

皆に『無事でよかった!』と声をかけようとした瞬間、純は皆の状態を見て言葉を詰まらせた。

律と紬はZの体液まみれ、澪は脇腹に重傷を負い、唯は両頬ともに腫れ上がり口から血が流れている
だがもっとも純が衝撃を受けたのは、友達である憂が両腕を無くし頬も裂け息も絶え絶えに紬に抱えられている姿だった。

純は頭が真っ白になり憂に駆け寄ると思いっきりの力を込めて憂を抱きしめ泣いた。
そんな純を憂は優しい笑顔のまま純の頭に自分の頬を擦り付けた。
本当は手で頭を撫でてあげたかったのだろう。

ヘリの搭乗員から早くのりこむよう催促され、全員でヘリに乗り込んだ
と思ったが、憂だけはヘリに乗り込まなかった。

唯「…う…い?」

頬が腫れ、うまく喋れない唯は喉に精一杯の力を込めて大事な妹の名前を呼んだ。

憂はヘリから体を乗り出してる唯に近付き頬をすり寄せ『お姉ちゃん…暖かいなぁ…』と呟きさらに

『さよならお姉ちゃん…お姉ちゃんの妹で憂は幸せでした…』
と唯の耳元で呟くと、ヘリから一歩、また一歩と後ずさっていった。

唯、律、紬、澪、純がヘリから降り憂を連れ戻そうとした時自衛隊員達が全員を押さえつけ『もう時間がない!』と叫ぶ。

暗闇の中、目視できる距離まで大量のZ達が殺到してきていた。

憂は優しい笑顔のまま、律、紬、澪、純の顔を
順に見渡すと、深々とお辞儀をした。

その意味は
『お姉ちゃんをどうかお願いします』
だった。

気が狂ったように泣き叫ぶ唯を一回だけ見た後、憂は皆に背を向けてZ達の大群に向かってゆっくりと歩き始めた
その目には涙が溢れていた

そして、唯達を乗せたヘリが桜高校防壁避難所から離脱すべくホバリングした。


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