18:22

西壁拠点付近

数分前にAH-1Sが北壁拠点付近に激突して通路が分断されたのを確認した紬は、南壁拠点から西壁拠点経由で北壁拠点に全力疾走で向かっていた。

それと言うのも、通路が分断された瞬間に全方位に散っていたZ達がまるで意志を持っているかのように一斉に北壁拠点付近に移動し始めたのだ。

一方通行の援護ルートほど危険なものはない、東壁拠点にも南壁拠点にも人員を残さなければならないのは当然の事だが
万が一北壁拠点が落とされでもしたら東、南壁拠点の人員が迎撃に向かう際にかなりの時間がかかってしまう。

紬は、父親の力で様々な銃器、兵站、食料をこの防壁避難所に揃えていた
その中でも紬が気に入っていたのは今紬が持っている狙撃銃モシン・ナガンである、ただ単に渋さが気に入ったというだけなのだが…

この骨董品レベルの狙撃銃、VAスコープを装着すればまだまだ使える狙撃銃なのである。

猛スピードで疾走していた紬が、靴底をすり減らす勢いで滑りながら急ブレーキをかけ
片膝を床につけ、モシン・ナガンを構えスコープを覗き込みながら暗闇に向けて一発発射した。

その一瞬後、暗闇から何かが崩れ落ちる大きな音と壁を揺らす微振動が響いた
モシン・ナガンの一撃が、蟻塚の要石の役目を担っていたZの頭部を破壊した結果であった。

紬「うん、よし!」

紬は可愛らしくガッツポーズをし、再び北壁拠点にむけて全力疾走を始めた。


18:19

通路分断箇所付近

90式戦車に自衛隊員の運転者と共に乗り込んでいたさわ子は、つい先程の物凄い衝撃を受けて
マッチョな自衛隊員と共に気を失っていた。

ただでさえ狭い防壁に戦車を配置するなど無茶以外なにものでもないが、さわ子の安全圏にいたがる性分と、紬の『強そう』というごり押しで配置された次第である。

つい先程北壁拠点に向かっていた最中であった、いきなり近くの壁にAH-1Sが激突爆発炎上した影響で戦車のケツが持ち上がる形になり
前代未聞の戦車のジャックナイフというウルトラCの代償は後頭部の強打であった。

さわ子「なんじゃぁこりゃあ!」

飛び起きたさわ子は、近くで気を失っていた自衛隊員のヘルメットを思いっきり蹴飛ばした。

狭い空間だと気取らなくてすむ
さわ子は、戦車の中が気に入っていた。
その影響がモロに出ている部分があるのだが、誰も見やしないと本人は気にしていない。

気を取り戻しあ自衛隊員に素早く指示をだす

さわ子「目標北壁!全速前進だぜ!!!」

90式戦車のキャタピラーが激しく回転し、北壁に向けて進路をとった。

そして戦車のハッチが開き、メイド服を着た異様な装飾なさわ子が出てきた。

さわ子が双眼鏡を覗くと、北壁付近で奮戦してる人間に見知った顔を見つけた
教え子の弟が64を構えながら戦ってた

うん、ちょっと先生らしい事をしてみようかなとさわ子は思った。

さわ子は運転者の自衛隊にある指示を告げた。

90式戦車が北壁に向けて全速で進みながら砲塔を上げた


聡の持つ銃の弾薬が切れた
そして眼前に蟻塚が出現した。
防ぎきれないと聡が覚悟した瞬間、すぐ頭上を砲弾が通過して見事に蟻塚に直撃した。

聡が砲弾が飛んできた方を向いてみると、微かにこちらに向かってきている戦車が見えた。

自衛隊戦車部隊が世界に誇る技術を皆は知っているだろうか?
その名は『行進間射撃』
戦車を動かしながらの射撃に対する目標命中率が世界一なのである。

さわ子は、軽く『うん』と頷き北壁に向かった。

world war Zはただ単にZとの戦争ではない、数ある国家の方針や主義までも転換させ国家間の紛争まで数限りなく産み出した泥沼の戦争の総称である。

桜の戦いが語り継がれている理由も上記の点をふまえて考えればなるほどと私は思うのだ。


18:41

北壁拠点付近

聡と合流した律、紬、さわ子の面々は各個の戦力でZの群れを押し返していた。

律「聡生きてたか!」
バシバシ

自分の後頭部をはたく姉を疎んじる目で見ながらも、嬉しさのあまり口元が緩んでいた。

紬「終わったらお茶にしましょう!」

モシン・ナガンを撃ちながら紬は楽しそうに皆に問いかけた。

律「そうだな、部室に行って唯や澪にも振る舞わないとな、後憂ちゃんのお見舞いにもな!」

迫撃砲に弾頭を落とした律が紬の提案に賛成した。

さわ子が90式戦車のハッチから顔を出し『私もー』という感じで手を振った。

いまだ各所で緊急事態の信号弾があげられてはいるが、この分では撤退させる事は可能であろう。

律「聡!弾持ってきてくれ弾!弾弾!!」

聡「弾弾うるさいよ!」

律「お前も後でうまい紅茶のご相伴に預かるんだから文句言うな」

ハイハイと軽く返事をした聡は、30mほど先にある弾薬箱を漁り弾を取り出して姉に叫んだ。

聡「姉ちゃん!何発持って行けばいい!?」

それが聡の最後の言葉だった
いきなり聡の真下あたりの壁が大爆発を起こし、聡の体をミンチにした。
爆風で飛んできた破片が律の額をかすってそのまま律や紬は爆風の勢いで吹き飛ばされた。

爆発の正体は、日本海に待機中の某国潜水艦から発射されたハープーンが壁に直撃したものだった。

全世界規模の『間引き』はすでに始まっていた。


その国は昔から日本をねらっていた、今回のZ戦争はその国にとっては願ってもいないチャンスであった。

自分の国の混乱などには目も向けない指導者により軍人総動員による熱狂的侵略行動が発令されたのは折しも梓が死んだ時間と同時刻である。

潜水艦による先制攻撃の標的になったのが桜高校防壁避難所になったのはただの偶然ではない
その場に『国政を左右するような有力者』がいたからである
言うまでもなく紬とその父親の事なのだが。

結果的にはハープーンの一発で防壁に大打撃を与えたことになるのだが、次の一発がこなかったのにはもちろん原因がある。

それはその国が他国侵略に人員を裂くことの愚かさに、もう手遅れになった後に気付いた事
そしてもう一つ
海底に鎮座していた原潜にZ達が襲いかかった事にある。

Zの体液の変容、タールのような体液は非常に『重い』のだ
これによりなんとZは海底を歩く事が出来る。

何百ものZに群がられた原潜搭乗員の狂乱が破滅への引き金になったと
この事実が明らかになったのは最近の事だ。


18:41

桜高校一階エントランス付近





憂を抱きかかえた唯は、全力疾走で階段を下りていた
上階から和の叫びとも嗚咽とも取れる叫び声が絶え間なく聞こえて、耳を塞ぎたい気持ちを唯は必死にこらえた。

もう道は違えてしまったのだから。

唯が下駄箱の横をすり抜けて外に出た瞬間、北壁拠点で大爆発が起き爆風の衝撃波で校舎が揺れた。

20mほどの高さの壁が、半分ほど崩壊してしまった
校舎周辺の自衛隊員、民兵達が慌ただしく北壁拠点にむけてピックアップトラックやハンヴィーに乗り向かっていった。

そんな狂乱の中、唯は冷静に逃げ道を図っていた
妹を守るという思いが、戦っている親友達の心配という思いやりを奪いさってしまった。

澪「唯…」

いきなり声をかけられたショックで、危うく憂を離すところだった。

目の前にいきなり現れた澪は、虚ろな目と、乾いた血にまみれた顔と、暗がりのせいで澪だと最初唯は気付かなかった。

澪「唯…助けて…」

唯「み、澪ちゃん…?」

声をかけられず躊躇する唯の真後ろで、エントランスの入り口のガラス扉が大きな破壊音の後散らばるガラスの中から髪を振り乱した和が飛び出してきて叫んだ。

和「唯ぃぃぃいいい!!!」


18:45

北壁拠点付近

律の脳裏の中の最後の聡の顔は笑っていた
弾を取り出してこちらを振り向き笑っている顔
その笑ってる顔が、強烈な爆発で見えなくなった
それと同時に律は額に強烈な衝撃を受けて爆風に吹き飛ばされた。

爆発で聡の最後が見えなかったのは律にとって幸福だったろう
近距離での爆発により壁の破片が体をズタズタに引き裂く瞬間など見てしまったら律は正気を失っただろう
さらに律の額をかすったものが聡の頭蓋骨の一部だったことなども知らなくてもいいことなのだ。

何分くらい意識を失っていただろう、律は痛む全身を引きずりながら手だけで上体を起こした。

律「う…聡…?」

聡の立っていた場所から幅5m、長さ10m、高さ10mほど、つまり壁の一部が完全に崩壊していた。

律「さ…聡?」

律は立ち上がり、あらぬ方向に曲がった右足を引きずりながら聡が立っていた場所に向かった。

右足の痛みで意識が飛びそうになるのを必死にこらえてぽっかりと空いた穴に到着した律は、穴の手前にある小さな物を見つけて屈み込んだ。

そこには焼けた小指があった。

律はその小指を両手で握りしめて深々とうなだれ叫びをあげた
さっきまで笑っていた自分の弟がこんなに小さくなってしまった
思えばいつも口喧嘩ばかりだったような気がする、大切な時に大切な事が言えないまま終わりは突如としてやってくる。

崩壊した壁に向けてZが大挙して押し返してきた、何十何百何千ものZの唸り声がこだまする中、律は焼けた小指と自分の小指を絡ませて呟いた。

律「指切りげんまん…」

何の約束だったのか私は聞いてはいない、聞いてはいけない気がしたからだ、真実を追う記者としては私は失格なのかもしれない、だが人間としての私はそれでいいと納得している、それでいいではないか。

律はもう焼け焦げ機能しない銃を拾い上げ肩に担いでZ達の群れに向き直った。

律は右手を伸ばし、指先を揃えて二三回ゆっくり曲げた。

律「…来いよ!!!」


18:49

北壁拠点付近

爆風に吹き飛ばされて気を失った紬は律の叫び声を聞いて飛び起きた。

目がかすんでよく見えないが、どうやら律は泣いているらしかった
知り合ってから長い時間がたったが律が泣いている姿など今まで一度として見たことがなかった。

涙は見えない、だけど確かに泣いている
紬はその訳も知っていた、先程の爆発の中心に彼女の弟がいたからだ。

紬は思わず律から眼を背けた、見ているのが辛かったからだ。
自分の体の状態を確かめる
腕、両手とも正常、折れてもいないようだ
足、両足とも正常、こちらも折れてはいない
頭、出血無し

紬は自分の強運に感謝した。

さらに自分の近くにモシン・ナガンが転がっているのも見つけて引き寄せた、VAスコープが割れているが狙撃銃自体は問題なさそうだ。

古い銃は構造が単純な分壊れにくい、メンテナンスが楽なのだ。

そうこうしてる内に壁の破壊箇所にZ達がうようよ集まってきた、グンタイアリの総称に相応しい動きだわと紬が感心してると
律が聡の銃を拾い上げて肩にかけながら『来い!!』とZの群に向かって叫んでいた。

やれやれ、私達の部長はまだやる気なようだ
なんだかんだ言っていつもあの部長は人間を引っ張っていく魅力があるようだ。

そうと決まればやることをやるだけ。

紬は使える銃を拾い上げてから軽やかな足取りで律の隣に並ぶと銃を差し出し肩を貸した。

紬「やる?」

律「もちろん」

『私もね』

後ろから自衛隊員に背負われたボロボロのメイド服姿のさわ子が律の肩を叩きZに向けて中指を立てた。

各所から増援が到着し始め、壁を抜けられたら負け、抜けられなかったら勝ち
の単純明快にして最大の防衛戦が北壁で開始された。


19:14

某所

大多数の人間が北壁に向かって、周囲の人間の気配がなくなった暗がりを、和と澪は歩いていた。

和の右手には頭から血を流して気を失った唯の髪の毛が握られていた
その状態のまま引きずられているせいで唯の右足の靴が脱げた。

それに気付いた和が髪の毛から手を離し唯は顔面から地面に落ち地面に血が広がっていく。

和「唯ったら、駄目でしょ?ちゃんと靴を履かないと」ニコニコ

気を失ってる憂を抱きかかえている澪には、激戦が続いている北壁からの照明弾の太陽のような灯りを背にしている和の表情は見えなかった
だが何故だろう、澪の額から理由の分からない汗が一筋流れた。

先程、エントランスから飛び出してくるなり凄い勢いで走りながら唯の頭を棒で強打した和に澪は付き従っていた。

自分の中の何かが壊れた人間は、目の前にいる人間にすがりたくなるものだ
たとえその人間の眼に狂気の光が宿っていたとしても。

唯の靴を履かせてあげた和は、満足したように小さく『ふふっ』と笑って唯の髪の毛を掴んでまた引きずり始めた。

和「さぁ、行きましょう」

澪「ど、どこに?」

和「焼却炉よ」

澪「なんで…?」

和「焼却炉は物を焼くためにあるのよ?澪」

その時、微かに憂の眼が開いた
その眼は血液の成分交換に伴う毛細血管の破裂により充血していた。

その眼に引きずられて気を失っている唯の姿が写った瞬間、憂の手が澪の喉を掴んだ。


19:02

北壁防御線

さわ子「熊。おれはてまえを憎くて殺したのでねえんうだぞ。おれも商売ならてめえも
射たなけぁならねえ。ほかの罪のねえ仕事していんだが畑はなたれし木はお上のものにきまったし里へ出ても
誰も相手にしねえ。仕方なしに猟師なんぞしるんだ。てめえも熊に生れたが因果ならおれもこんな商売が因果だ。やい。この次には熊なんぞに 生れなよ」

さわ子は中折れ式猟銃を構えながら朗読し二連装スラッグ弾を発射してから猟銃を折り薬莢を排出してから
その薬莢が地面に落ちる前に素早くスラッグ弾を二発中指人差し指薬指で挟み装填した。

物凄いスピードリロードだった。

ハープーンが北壁を破壊してから、その割れ目を中心とした半円の迎撃陣地を壁の中側に敷いた。
もはやZの侵入を完全には防ぐことは出来ない、ならば進入した瞬間に殲滅すればいいだけだ。

ギリギリ射線軸の仲間に弾が流れないように布陣された半円迎撃陣地に三人は参戦していた。

律「さわちゃん!それ何語!?」

律はM4の照準を割れ目から次から次に飛び出してくるZに合わせて引き金を絞りながらさわ子に問うた。

さわ子がボルトアクション式銃と変わらない速度で猟銃を乱射しながら答えを返した。

さわ子「水に入んの嫌んなたような気がするじゃ」

律「答えになってないよさわちゃん!」

M4のマガジンが落ちた瞬間に予備マガジンを装填して弾幕を切らさないようにしている律の足からは先程の爆発の影響の裂傷と骨折で血が滲んでいた。

さわ子「後で教えてあげるわよ」

律「あいよ」

後で、そんな保証などどこにもないのに二人は生き残るのがさも当然のように拳と拳を合わせた。


19:19

某所

『細胞傷害性T細胞』

別名キラーTと呼ばれる最強のウイルスキラーである。
自然発生することなどまずなく、現在では癌のCTL治療などに用いられるようとしている。

憂は、自身の体の中に細胞傷害性T細胞を生まれつき保菌している奇跡のようなキャリアであった。

そのお陰でZウイルスの完全発症を押さえていたのだが、Zウイルスの繁殖速度が細胞傷害性T細胞を上回っていたため、憂は確実に発症に向かっていた。


憂は右手で澪の喉を握り力を込めて持ち上げた
憂の指が細い澪の首の肉に食い込んでいって『ぐぎゅ』と嫌な音をたてた。

澪「…カッ…」

『助けて』と声を出そうとしても、『ヒューヒュー』と喉から空気を吐き出す音しか出てこなかった。

筋肉の弛緩により澪の股間から小便が漏れた瞬間、憂は澪を和に向かって投げつけた。
小便が宙に舞って澪の頭が和の鳩尾に直撃して二人はもつれ合ったまま5mほど地面を転がった。

人間離れした力の原因は、Zウイルスにあった
いや、Zウイルスと細胞傷害性T細胞のせめぎ合いが産んだ力と言って差し支えないだろう。

憂は地面にうつ伏せに倒れてピクリともしない唯の元まで歩き、唯を仰向けに起こした。

憂「お姉ちゃ
言い終わらない内に乾いた音が辺りに響いた。

憂のお腹に小指ほどの穴が開いていた。

和「なめんじゃないわよ…化け物…」

和の手に握られていたのは澪の持っていたグロックだった。


19:15

某所

紬は、聞き慣れたお気に入りのCDを持ちながら暗闇を歩いていた。
放課後ティータイムの一員になる前はクラシック漬けだったなと紬は回想する
放課後ティータイムの皆と会わなければ私はどうなっていただろう?恐らく世間知らずのお嬢さまのままピアニストか何かになっていたに違いない。

暗闇の中から暗視装置を身に付けた自衛隊員が何人も現れ紬の周りに集結した、そのうちの一人に紬は持ってきたCDを手渡し『よろしくお願いします』とペコリと頭を下げた。

自衛隊員の一人が『避難なさってください搬出用ヘリを用意しております』と声をかける
『友達が戦っていますのでごめんなさい』と紬がまたもやペコリと頭を下げた。

『貴女のお父様からの命令でもあるのですよ?』と自衛隊員
『私は私の命令にだけ従います、友達を守れない人間に琴吹家を名乗る資格はないと私は考えます』と紬

その場の自衛隊員全員が紬に対し踵を合わせて直立不動の最上級の敬礼をした。

余談ではあるが、5年後に市長になり、紬こそが市長に相応しいと紬に市長職を譲った三左がこの場にいた。

紬は踵を返すと、律達の元に戻るべく全速力で暗闇を駆けた。


10分後、東壁拠点付近、西壁拠点付近から発進したスピーカーを底部に取り付けたAH-2 11機が紬のCDをかけ、大音量の音楽と共に11機横一列の扇隊形で北壁の割れ目に向かって空対空ミサイルを一斉に22発撃ち込んで律達の上空を通過していった。

正確に壁の割れ目に殺到するZたちに直撃していく空対空ミサイルの爆発を見ながら律は紬に聞いた。

律「ムギ、なんだこりゃ?」

紬「昔映画で見て…」

さわ子「やってみたかった?」

紬「はい!」


流れていた音楽はワーグナー『ワルキューレの騎行』である。


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