チャイムがなると同時に防壁の上に大量の軍人や銃をもった生存者が集まってきた
日に一度はあるZの功城行為への防衛である。
最初に見た時は皆度肝を抜かれたものだ
なにせZが壁に貼り付き下のZを踏み台にするように蟻塚構築のようにZの山が出来上がって行くのだから。
実を言えば10年かけてもZが何故人間を襲うのかは分かってはいない
予めウィルスに人間を見たら襲えとDNAに記されてるとしか思えない。
律「よーく狙えよー…」
Zが眼下10mまで迫ってきても誰も発砲しなかった、比較的頭部に銃弾を集中できる距離まで近付けなければ意味がないからだ。
律「よっしゃ撃てー!!」
律の号令と共に、何百もの89式銃が火を噴き薬莢があちらこちらに散らばっていく。
天辺にいるZから頭部に銃弾を受け脳幹を破壊され10m下に落下していく。
澪「…」
澪は撃たずにその光景を黙って見ていた、撃つことに恐れは確かにある、だが、それ以上に恐ろしかったのは無表情のままかつて人間であったものに銃を乱射出来る人間が恐ろしかった。
「ぁぁぁあ…」
澪の近くにいる人間が銃を放り投げてZのような動きをし始めた。
まただ…と澪は思った
あまりのストレスで『壊れて』しまった人がこうなってしまう、Zの真似事をしはじめるのだ。
『寝返り』と名付けられたこの行動は、最近この塀の中で多く見られるようになった。
その哀れな人は、自ら防壁の下に落ちていった…
遠くで銃声の音が聞こえる。
唯「またりっちゃん達が戦っているのかなぁ…」
唯は誰に告げるでもなく独りごちた。
目の前に横たわる憂の様子は一週間前に比べさらに酷くなったように見える。
熱は引かず、日に何回も痙攣を繰り返す。
だが、愛しい妹を介抱しているのは唯にとってなんの苦にもならなかった。
今まで妹に迷惑をかけていた分、その恩を返さねば、唯はそう決意していた。
憂「…」
憂の苦しそうな吐息が止み、憂の目が静かに開かれた。
唯「憂、起きた?今体拭いてあげるからね」
憂「お姉ちゃん…」
唯「ん?なに?」
よく聞き取れなかったので耳を憂の口元の近くまで持って行く
その時不意に憂は唯の肩を衣類の上から甘噛みした。
憂「ほへーひゃんほへーひゃんほへーひゃんほへーひゃん」ハムハムハムハム
唯「憂くすぐったいよー」
その時、部室内で保護している動物の内、犬だけが一斉に吠え始めた。
段々噛む力が強くなっていき唯は痛さで叫び声をあげかけた。
憂「ほへーひゃんほへーひゃんほへーひゃんほへーひゃんほへーひゃんほへーひゃんほへーひゃん」ガブガブガブ
唯「い…痛いよ憂!」
その瞬間憂は唯の肩から口をはなした、そしてそれと同時に犬達の鳴き声もやんだ。
和「…」
その光景を見ていた和は、二人に気付かれないようにそっと部室のドアを閉めた
その両目からは涙がとめどなく流れ落ちていた。
律「…ふぅ…うまい」
紬「ほんと?」
律と澪と紬と聡が床に座って紬の淹れてくれる紅茶を飲んでいる。
真っ赤な夕焼けの中、そんな光景を昔を懐かしむように眺めている自衛隊員の羨望の眼差しを受けながら、澪は顔を真っ赤にした。
この風景だけみれば昔、もう昔と呼んで差し支えないほど日常が遠くなった昔の、部員全員で集まってくつろいでいた放課後のティータイムだったろう。
だが現実には部員の一人はもうこの世にはいない、死を看取ることすら出来なかった。
それに足の踏み場もないほどの大量の薬莢、鼻をつく硝煙の匂い肉が焼けた匂いが全員にもう一週間前の昔には戻れないことを伝えていた。
律「ふんふんふーん」
ふわふわ時間を鼻歌で歌いながら律はスティックを持った振りをして叩き始めた。
の瞬間素早く立ち上がって近くのハイマー君を取り壁から顔を覗かせたZ目掛けて振り下ろした。
律「まーだいたか」
※兵士用塹壕構築補助具
スコップに両刃の戦斧を取り付けた接近戦用の武器、通称「ハイマー君」
和はもう気付いていた、憂はもうウィルスに感染している。
だが感染から発症までわずか1日、遅くとも3日には発症するはずのZウィルスにも関わらず、憂はまだ完全に発症はしていない。
もしかしたら憂には特殊な免疫があるのだろうか…
そこまで考えて和は首を二回三回横に振った。
いや、憂がいずれこの避難所を危険に陥れる事は分かり切っている事だ。
完全に発症していないとはいえ、そういう人間が中にいると分かったらどうなる?
分かりきってる、皆がパニックになり収拾がつかなくなりやがて内部から崩壊するだろう。
友達を取るのか、避難所の皆を取るのか、和は今までこんな重い決断を迫られた事はない。
人間は重い決断の時内容を簡略化する、和はならば憂と唯なら?それに対しての答えはすぐに出た。
もう時間はそんなに残されてはいないだろう。
和は壁に簡易的に『殲滅作戦本部』と書かれた部屋の扉をノックして中に入っていった。
唯「よし、可愛い妹の為にお姉ちゃんが一曲弾いてあげようではないか」
『あの日』は部室で遊ぶ、いや練習する予定だったため、部室内に皆の楽器を置いたままにしていたのだ。
非常用電源は必要な時にしか使わない為部室に電源が通ってない為アンプに接続は出来ないが
アンプを繋がなくても弾けるのがギターの良いところである。
ギー太の横に、もうそれを弾くべき人間がいないムッタンが鎮座しているのを見て唯は一瞬沈んだ表情になったが
妹を心配させないように振り向いた時にはもう笑顔に戻っていた。
唯「さて、なにを弾いてあげようかね、何がいい?」
憂「お姉ちゃんの好きなので」
唯「よし、それじゃ最近食べてない『ごはんはおかず』にしようかね」
憂「ふふっ」
避難所内では軍用レーションばかりで炊いたご飯などほとんど食べられないのが現状である。
乾パンやレーション缶詰はぶっちゃけ美味しくはない。
憂「…また、美味しいご飯食べれる日がくればいいね」
唯「…そうだね」
唯「よし、それじゃいくよー…1.2
3と同時に部室のドアが乱暴に開けられ、防護マスクに白衣の人達が何人も入ってきた。
その人間達の後ろに隠れるようにいた和の姿を見つけた唯は和を問い詰めた
唯「和ちゃん?」
和「…」
唯「和ちゃん!」
ちょうどその頃、防壁付近での動きも慌ただしくなっていた、Zの動きがおかしいとの報告があったのだ
10年後の今でも語り継がれている桜の戦いの始まりであった。
聡「夜は動き停止するんじゃなかったの!?」
Zは夜は活動が鈍くなるというのが通説だった
だが通説は通説、確実ではない。
非常用電源をフル稼働させスポットライトを辺りに照射してZの動きを観察する、明らかに先程の数倍のZが防壁付近に集結してきていた。
律「なんだこりゃ…」
律は震える手で64式銃の弾倉交換をしようと試みたが、震える手ではうまく弾倉交換が出来ない
左手で弾倉を持つ右手を叱咤するかのように叩いた。
澪「こんなの…無理だろ…」
澪は真っ青になった顔で絶望に満ちた声を出した。
元来夜襲というのは奇襲が基本である、相手に気付かれてはあまり意味はない
だが、相手は頭部を破壊しない限り死なない化け物なのだ
それにこの薄暗闇の中では正確に頭部に命中させれる自信など誰一人としていない。
それにこの人数にまかせた物量作戦で来られたら持ちこたえられるかも分からない。
防壁の兵士たちは緊張のあまり誰一人動こうとはしなかった
やがて、ある一人の兵士が吸っていたタバコの火がフィルターにまで達し兵士の指を焼き、気付いた兵士がタバコを防壁の下に捨てタバコが闇に呑まれていった
それを合図にしたかのようにZ達が不気味な呻き声を一斉にあげ
地響きと共に全方位から防壁に殺到してきた。
誰かの発砲を引き金として、全員が乱射を始めた頃
中庭からAH-1SコブラとAH-64Dアパッチがグンタイアリ(Zの群の総称)の蟻塚破壊のため律達の上空を爆音と共に発進していった。
18:15
部室内
銃撃音が激しく響き渡る中、唯は明らかに楽しい要件で来たのではない事が分かる装いの訪問者を前に身の危険を感じ身構えた。
そして、防護マスクと白衣に身を包んだ人間達を掻き分けるように和が前に出てきた。
防護マスク隊のリーダーらしき人間に『私が話をする』とでも話したのであろうか、リーダーらしき人間は周りの人間を見渡し一回だけ頷いた。
和「あのね唯聞いて頂戴、この人達は憂ちゃんを助けに来たの」
引きつった笑顔で和は答えた。
唯「助けに?」
和「うん、だからね、憂ちゃんを渡して」
歪んだ笑顔であった、心に疚しい物がある人間が見せる笑顔であり、その表情で話す人間を信用するに値しないと思わせるには十分な歪な笑顔であった。
もっとも、和の行動は『小の虫を殺して大の虫を生かす』理念から生まれたものであり、単純な悪意から生まれたものでない分、和を悪と断ずることも出来ない。
唯「…やだ」
唯は、ベッドに半身を起こして不安そうな顔をしている妹の手を握りしめてハッキリと拒絶の言葉を口にした。
和「…何言ってるの?唯、今まで私の言ったことに間違いあった?」
確かに今までは間違いなどなかった、幼稚園の頃からだ。
だが、これは間違いだとハッキリ分かった。
唯「やだ!!」
和「唯!!」
防護マスクのリーダーが、『もういい、退け』という感じで和を右手で払い、一歩前に踏み出した瞬間遠くから金切り音のような音が聞こえてきた。
防護マスクのリーダーがその音の正体を確認しようと窓を覗いた瞬間、リーダーの頭部は窓ガラスを割り飛び込んできたTOWの直撃を受けて吹き飛んだ。
部室内に和の悲鳴が響き渡る中、防壁各所で緊急事態を示す信号弾が発射されていた。
18:09
円形防御防壁北壁拠点付近
桜高校を中心とする円形防御防壁は東西南北にそれぞれ拠点を設けている
このような円形の防御陣地は、実をいえば大量の警備人員を必要とするため防御には全く向いてはいない
それでも東西南北に拠点を設けさえすれば最低限の警戒ラインを敷くことが可能なのだ。
つい数分前に東壁拠点で皆と別れて北壁拠点防御に回ってきた聡は、無反動砲を構え蟻塚目掛け撃ち込んだ。
弾頭が蟻塚の中腹付近に着弾し、蟻塚が山滑りを起こしたかのように崩れ落ちていく。
聡は無線機に向かって叫んだ。
聡「こちら聡、ねえちゃんどうぞ!!!」
『こちらお前の姉ちゃんだよ!今忙しい!』
無線の向こう側の声は怒号や銃声で姉の声がよく聞きとれないほどだった
だがとりあえず生きているようで安心した
聡がホッとした瞬間、聡の視界に蟻塚らしき物が見え、無線を放り投げて再度無反動砲を蟻塚に構えた。
その蟻塚は今までの蟻塚と違った形をしていた、不思議に思った聡が目を凝らすと、それは蟻塚に『捕まってる』AH-1Sコブラだった。
先程まで低空飛行で蟻塚を凪払ってたAH-1Sが、今蟻塚で大量のZにしがみつかれて操縦不能に陥っている悪夢のような光景だった。
聡「…まずいよ…」
ようやく振り切って蟻塚から離れたAH-1Sが操縦不能でこちらに向かっているのを確認した聡は横っ飛びで地面に伏せた
その上方スレスレを狂乱に陥ったAH-1Sのパイロットが放ったTOWが通過していった。
そのままAH-1Sは防壁にぶつかり爆発炎上し、北壁と東壁のルートを分断した。
行動範囲の分断により、人類側の主導権は今失われた。
18:07
東壁防壁拠点付近
律は、V8と呼ばれている個人用暗視装置のスイッチを入れた。
先程までの暗闇で10m先すらよく見えない視界が嘘のように広がった
しかしその結果グンタイアリの呼び名の如く防壁に殺到しているZがよく見えただけの話であり、律はこんなもん着けなきゃよかったと後悔した。
律「空飛ぶ日産マーチ!!」
律はそんな落ち込んだ気分を解消するかのようにパンツァーファウスト、弾頭の特徴的な形から自衛隊内で『空飛ぶ日産マーチ』と呼ばれている対戦車砲をZの群れに向かって発射した。
空飛ぶ日産マーチは、見事に蟻塚を形成しようとしているZの群れに命中し、Z達は吹き飛んだ。
律は思う、学校の勉強では赤点スレスレで澪に教わる立場だったが、今回は私が教える立場だな、と、思い思わず顔をほころばせた。
『こちら聡!姉ちゃんどうぞ!』
無線機から急に弟の声が聞こえてきて律は持ってたパンツァーファウストを足の上に落として悶絶した。
律「こちらお前の姉ちゃんだよ!今忙しい!」
どうやら生きてるようでなにより、口やかましい弟だが死なれるとやはり悲しいから。
律が北壁拠点の方を向いた瞬間、北壁拠点付近で大規模な爆発が起きた。
律「聡!!」
18:11
桜高校付近
澪は防壁を下り部室にへと向かっていた
やはり自分に銃など撃てない、部室で唯と一緒に憂の看病をしよう
だけど今現在必死に戦っている親友の事を思えば後ろめたい気持ちもある
戻るか戻らないかで思考の戦いが数十秒続いた時だろうか、校舎の影に女性の顔が見えた。
女性は地面にうつ伏せになりながら体全体を揺らしていた
校舎の影になっているため、ここからでは女性の頭しか見えないがどうやら女性の意識は無いようだった。
痙攣かも?と澪は介抱してあげるべく女性に近付いていった
「だいじょうぶですか?」と声をかけた瞬間澪は固まった。
影に隠れていた部分には口から涎を垂らした男性がおり、下半身裸のまま女性を犯していた。
澪はそのまま膝をつき「あっ、あっ」と声にならない声をあげる。
女性は頭部に大量の失血をしており、すぐに女性が事切れていることが分かった。
獣のような呻き声をあげ女性に覆い被さった男性は、暫くしたあと顔を上げ恍惚とした表情を澪の方に向け立ち上がって澪のいる場所に歩を進めた
その数秒後の出来事だった
部室の窓ガラスをTOWが破壊した音と律から『御守り代わり』と無理やり持たされたH&Kグロックの射撃音が重なったのは。
澪が『正当防衛』の名の下に一線を越えた瞬間であった。
18:19
部室内
TOWがリーダーの頭部を粉砕しながらも推進力を失わず部室内に置かれていた皆の落書きが書かれているホワイトボードも貫通し
壁にぶつかって部室内にコンクリートの欠片と埃が舞った。
緊急事態にはめっぽう鼻の利く動物達が、狂騒に陥っている和や部隊の皆の足元をすり抜けて部室の外へと駈けていく。
唯「憂、逃げよう!」
唯は、憂を担ぎ上げて部室から逃げ出そうと走り出す。
『火事場の馬鹿力』人間の潜在能力を如実に表す言葉である
普段はギー太より重い物が持てない唯が体重40弱の憂を軽々と抱き上げて駆ける事が出来る、裏を返せばそれだけの緊急事態という事だった。
部隊の人間を肩で弾き飛ばしそのまま部室の外に出ようとした唯の肩を誰かが掴んだ。
和「唯!待ちなさい!待って!」
その両目は大きく見開き、額に広がる大量の汗が和の必死さを雄弁に伝えていた。
和にはハッキリと分かっていた
幼稚園からの仲である、だからこそハッキリと分かっていた
決別の瞬間がいままさに来ようとしていることに。
私はただ唯や皆を救いたかっただけだ、幼い頃から品行方正に育ってきたその性格が導き出したベストな答えなのだ!
私は間違っていない!私の選択は今まで間違ってはいなかった!唯も分かってくれる!!
和「私のこと信じられないの!!??」
魂から叫んだ言葉の返答は、軽く振り向いた際の唯が見せた侮蔑の表情と
肩をつかんだ手を振り払われたことで何も言わずとも伝わってきた。
唯はそのまま埃の中を進み部室の外へと出て行った、振り返りもせずに。
和「うわぁぁぁああああ!!!」
最終更新:2013年04月27日 01:08