家の中に不法侵入してきた人間を全員片付けた後
姉弟でバットには釘を、モップの先に包丁をくくりつけた即席槍を作った。

姉弟で一緒に何かをやったのはいつの事だったろうか
と、律は振り返る、部屋が別々になってからそんなことは一度もなかったなと思った。

律「よし、いくぞ聡」

聡「え?どこに?」

唯や、ましてや澪がこの状況で無事であるなど律には到底思えなかった
ならばまがりなりにも部長の取るべき道は一つである。

さわ子「うらぁぁぁあああ!!!」

ドガシャーン!
3年ローンで買った愛しい軽のバンパーにぶつかった人間が
フロントガラスに頭から激突して物凄い勢いで疾走する車の後方で頭から落ちたのをさわ子はバックミラーから見た。

さわ子「なんじゃぁぁあこりゃぁあ!?」

混乱のあまりいつもの穏やかな仮面を脱ぎ捨てたさわ子は、道路にたむろするZ達をはねながらT時路を華麗なドリフトで曲がる。

車のラジオからは無機質な機械音声が同じ緊急情報を垂れ流している

『現在…なるべく家に…

車からおりられない為当て所もなく車を走らせているさわ子の目に見慣れすぎた愛しい教え子の姿が映って急ブレーキを踏んだ。

ギャギャギャ!
さわ子「大丈夫!?」

唯「さわちゃん!?」

さわ子「乗って!」

唯「うん!憂行こう!」

憂「…」

唯「憂?」

憂「味噌汁目玉焼きベーコンお姉ちゃんの朝ご飯お新香卵焼き…」ブツブツブツ

唯「憂?」

目を閉じながら寝言のようなものをブツブツ呟いている憂を後部座席に寝かせ、唯はさわ子の隣に乗り込んだ。

さわ子「一体どうしたの!?」

唯「家を出ようとしたら憂がフラフラでお父さんとお母さんがフラフラになって階段から落ちてフラフラで!…」ポロポロ

親しい人間に会えた安心感からか、張り詰めていた気が緩んだのか、目から涙を流しながら
自分でも意味の分からないことを唯は取り留めもなく喋った。

さわ子「うりゃぁあ!」

バコーン!
道をふさぐZをはねた瞬間、唯はそのZが見慣れた人間であることに気付いた。

唯「店員さんだ…」

ギー太を散々に値切って最後にはムギちゃんパワーで押し切られて涙目になっていた店員の死を目の当たりにして
唯は目の前の現実がもう『普通』ではないことに気付かなければならなかった。

さわ子「どこにいく!?」

唯「…皆との待ち合わせ場所に!」

自衛隊が誇るAH-64D攻撃用戦闘ヘリが広大な敷地内の中庭に着陸しローターの回転により巻き上がる砂埃の中を中腰になりながら少女はヘリに近づいていく。

ヘリの扉が開き中から屈強な自衛隊達が何人も重武装のまま降りてきて目の前の少女に対し敬礼をした。

少女はその場の緊迫した場に似つかわしくない笑顔でその敬礼に敬礼をもって返した。

「一度敬礼してみたかったのー」

間延びした声が辺りに響き、自衛隊員達も今おかれている状態を忘れ顔を綻ばせた。

「ここに取り付けてありますので」

自衛隊員が敬礼姿のまま目の前の少女と接点があるとは思えない無骨な形の重機関銃を眼で指した。

「わぁーM2!一度撃ってみたかったのー!」

少女はそのままAH-64D、自衛隊に払い下げされる前はアパッチと呼ばれていた軍用ヘリコプターに乗り込みパイロットに告げた。

「友達との待ち合わせ場所に行きます」

AH-64Dのローターが激しく回転し、またも周囲に砂埃を巻き上げながらAH-64Dが飛翔していく。

「皆、待っててね!」


紬は眼下に見える地獄を見ながら待ち合わせ場所をパイロットに指示した。

和「澪大丈夫!?怪我は無い!?」

和は荒い息のまま床にへたれて放心している澪の肩を掴んだ。

澪の目には目の前の友人が聖女のように、後光がさしているようにみえた、または救世主と呼ぶべきか。

澪「和ー!!!」ポロポロ

涙を流しながら澪は和に抱きつこうとしたが、その手が空を切りまたもや澪は前のめりにつんのめった。

澪「和…?」

和「うーん、澪、その…汚いというか…」

和に言われて澪は自分の股間が小便と汚物まみれなのに気付いて顔を真っ赤にした。

そんな長閑な瞬間も

ゥゥゥゥ

遠くから聞こえる大量の人間の呻き声によって破られた。

澪「ひっ…!」

和「移動しましょう澪!」

澪「み、皆と待ち合わせしてるんだ!そこに!」

二人はトイレから飛び出し走り始めた。

律「よし行け聡!!」

律は弟の運転する自転車の後ろの足をかけるところに両足を乗せて手作り槍を右手に持ち
左手を信頼する弟の肩に置いた。

聡「いくよねえちゃん!!」

聡は全力でペダルを踏み込み歩道を全力疾走で走り始めた。

律「行け行け行け行け!!」

自転車は風を切りながら昨日までは見慣れていた町を疾走していく。
そう、昨日までは見慣れていたが今はもはや別物になってしまった町。
煙の匂い、人の死の匂い、血の匂い。
人間というのは不思議なもので、そんな非日常な匂いもわずかな時間で慣れてしまう。

律「澪ー!!待ってろよー!!」

緩慢な動きで自転車の進行を妨げようとしたZの顔面を刺しながら律は叫んだ。

異変に気付いたのは猫だった。

猫というのは人間には備え付けてられてはいない第五感というものを持っているという
その第五感が何かを伝えたのか、猫は寝ていた状態から素早く起き
猫特有の油断のならない目つきで低い声をあげた。

猫の目線の先には先程生命が終わった生き物がいる

その生き物が首を傾げたまま立ち上がって、低い声で唸っている猫を焦点が合ってない目で見つめた。

一瞬だった

素早い動きで猫を掴んだ生き物はもの凄い力で猫を壁に叩きつけた。

猫の口から内蔵とも汚物ともつかない何かが吐き出されて、猫はしばしの痙攣の後絶命した。


その生き物は渇きと空腹、そして生前の習慣に習った行動を満たすため、死の支配する『外』に、入り口のドアを開け出て行った。

澪が潜んでいたビルから一歩外に出た瞬間、二人は走るのをやめた。

目の前の光景があまりに信じられない光景だったからだ。

道路にあるもう焼け焦げて原型をとどめていないバスを何十人ものZが転がしていた
いや、正確に言えばZの進行上にあったバスを避けようともしないでそのまま直進しているのであった。

和「なんなのよ…コレは…」

澪「和!早くいこう!」

澪に袖を掴まれた和は我に返り待ち合わせ場所に向けてまた走り始めた。

和「待ち合わせ場所って!?」

澪「部室!今日休みだけど特別に練習するからって許可貰ってたんだ!」

和「学校…」

和は危惧していた、学校という空間は閉鎖的だ、開放すぎるところも危険だが閉鎖的な所も逃げ場所がない分危険だ
なにせ一度進入されれば逃げ場がない。

だけど澪の話では唯達もそこに向かっていると思われるという話だから他に道はない。

元より和に友達を見捨てるという選択肢はなかった。

律「学校だ聡!」

律は弟の後頭部を叩きながら叫んだ。

聡「学校!?」

律「そうだ、皆も多分そこにいるはずだ!今日待ち合わせしてたからな!」

聡「そこにいるとは限らないじゃん!!」

律「感だよ感!」

そう、ただの感だった
町がこんな状況である以上皆が律儀に待ち合わせ場所に向かうとは限らない
それに最悪な場合はもう…
そんな嫌な予感を振り払うように首を振った律は叫んだ。

律「とにかく皆学校にいる!!」

聡「いないよ!!」

即座に否定されて律は自転車から落ちそうになった。

聡「そこにいるじゃん!!」

律の眼にZに追われている澪と和二人の姿が見えた。

律「いたいたいたぁぁあ!!聡、突っ込め!!!」

さっきから肺がもう限界を迎えている、呼吸も満足に出来ないくらい息が早い
澪の手を掴みながら走ってる和も息絶え絶えに必死に走っている。

先程から数人のZに追われているせいだ、和の手にあるバールだけでは対処は出来ない
それ以前に私が確実に足手まといになるだろうと澪は思った。

かなり走ってるのに追いかけてくる側には疲労の色も見えず一定のスピードで追いかけてくる、捕まるのは時間の問題だ。

和だけなら逃げ切れる、澪はそう判断した
自分一人のせいで和まで巻き添えにするのはまっぴらだ
澪は掴まれていた手を強引に振りほどき、驚いて振り向いた和に手をヒラヒラさせて『先に行け』のポーズをした
もう声も出ない。

追いついたZの手が澪の首筋に延びた瞬間、そのZが横凪に吹っ飛んでいった。
車か何かの体当たりをくらったのか?酸素が足りないせいか澪には目の前の光景がぼやけて見えた。

「澪、待たせたな!なんちゃって」

例え見えなくてもその声に聞き間違えなどない、喜びで澪は涙を流し、嗚咽を発した。

それから和、澪、律、聡の四人が学校前に到着したのは数分後だった。

見慣れた車を見た律が声をあげた

律「あれ?さわちゃんの車じゃない?」

四人は車に近づき中の様子を見た
車の中にいたのはさわ子と、唯と、後部座席で眠ってるように見える憂だった。

さわ子と唯は、人形のような無表情で校門付近を見ていた、その顔は真っ青だった。

律一行は、二人が見ている目線の先にあるものを見て、二人と同じ絶望に襲われた。

律「マジかよ…」

澪はそのまま膝をつく形で力なく地面にへたりこんだ
和は両手を口に当て目を見開いたまま微動だに出来ない


そこにたむろしていたのは、かつてのクラスメート達だった
そう、『だった』者達が校門付近に何十人と呻き声をあげながら焦点の定まらない目でウロウロしていた。   

聡以外の全員の気力、生きる気力と言い換えてもいいかもしれない
その気力は尽きかけていた。

昨日まで一緒に学び、一緒に話し、一緒に学園祭など学校行事を楽しんだ仲間たち
その仲間たちがZになった、その事実は、他人がZになることの何十倍も皆の気力を奪った
学校とは、言わば唯達にとっては『日常』だったのだから。

唯達の姿を確認したかつてのクラスメート達はゆっくりと、意志が統一されているかのように唯達の方に向かってきた。

飢えを満たすために。

戦う気力もなくなった皆が死を覚悟した瞬間、もの凄い轟音が響き、突風が辺りに舞った。

最初にそれが攻撃ヘリだと気付いたのは聡だった

攻撃ヘリの扉が開き、M2重機関銃から出るフラッシュノズルとヘリから落ちてくる薬莢を眺めていた間に
かつてのクラスメート達は原型を留めない肉片になり辺りにちらばった。

紬「みんなー、大丈夫ー?」

自衛隊員による学校周りの籠城陣形が敷かれた少し後、皆は部室にいた。

そして、それより前に学校内に来ていたZが皆が部室に移動したのを見計らったかのように、階段を上り始めた。

Zの知識レベルについては、10年後でも意見の分かれるところではあるが、人の退路がなくなるところを狙い撃つかのように襲いかかる事象を見る限り、狩猟本能については動物並みにあると判明はしている。

かつて梓だったものは、見慣れた階段、見慣れた亀の彫刻が施された手すりを見ながらもなんの感傷も浮かんでこなかった。

あるのは耐え難い空腹のみ、その空腹を満たすために梓だったものは階段を上る。

階段を上りきり、ドアノブに手をかけようとした瞬間中から声が聞こえてきた

唯「あずにゃん…大丈夫かな…」

その声を聞いた瞬間、ドアノブにかけようとした手が動かなくなった。

律「危険だけど後で家に行って見ようぜ、家に籠もってるかもしれないし」

どうしても手が動かなかった

耐え難い空腹はこの中にいる者に食らいつけば解消できるのに

澪「そうだな…怖いけど後で行ってみよう」
律「漏らすなよ」
澪「うるさい!!」
ゴチーン!
律「いてぇ!」

唯「あれ?」
ガチャ
律「唯どうした?」

唯「誰かいたような気がしたんだけど気のせいかな…」

梓だったものは自分の家のドアを開けて自分が先程まで座って事切れていた場所にまた座った。

耐え難い空腹は未だあるが、なぜだかこうするのが正しいのだと梓だったものは思った
こうして座り続けるのが梓だったものの本能が選んだ選択だった。

10年後の研究により、Z化したものた親しい人間が声をかけると微反応を示す者がごく稀に存在することがわかっている。

人の脳は実に不可思議だ、昏睡状態にある人間に対し親しい人間が声をかけると何らかの反応を示す場合も多いという。

梓「ゴメンナサイ…」

どういう意味の言葉なのか梓だったものには分からない
何に対する謝罪の言葉なのかすら分からない
だがその言葉は発せられなければならない言葉だったのだと梓だったものの本能は思った。


やがて家のドアが開き、聞き慣れた声が聞こえた瞬間、梓だったものの脳はZウィルスの宿主を生かそうとする意志をも無視し、完全に機能を停止した。


唯達の長い1日はこうして終わりを告げた。




私は記者だ。

Z dayから10年が過ぎ去り、この戦争も集結に向かおうとしている今、生存者からのインタビューを元に回顧録を作ろうと官僚、軍人などを中心にインタビューをしている。

現在私がインタビューをしているのは、『紅茶会』と呼ばれている民兵集団(現在は自衛隊の一部隊に組み込まれてしまっているが)の指導者の女性達だ。

何故民兵集団のインタビューなのか?官僚や国の指導者など大物ではなく民兵集団なのか?
それはこの民兵集団紅茶会の指導者の一人である皆から唯と呼ばれている平沢唯がとても興味深い人物だからだ。

10年前、平沢唯が立案したとされる『yui plan』
あまりに非人道すぎるとして各国首脳から総批判されたplan
だが南アフリカ共和国の大統領による賞賛、実行による絶大な効果による全世界への戦術の拡散
その戦術の考案者が平沢唯だと思われているからだ。

何故『思われて』いるだけなのか、それは本人が否定も肯定もせず沈黙しているからであり、心無い人間達からの罵倒も沈黙をもって答えとしているからでもあった。

本来ならば戦争を終結に導いた英雄としてそれなりの地位についていなければおかしいのだが、あまりにも非人道すぎる戦術の発案者が彼女をただの民兵集団の指導者に貶めている。

彼女達に話を伺うにつれ、『yui plan』の真実が見えてきた、それはとても悲しい覚悟から産み出された戦術であり、平沢唯になんら責任などないという『真実』であった。

私は、記者としてのポリシーに基づき、ここに『真実』を書き記したいと思う。

梓の埋葬から一週間後。

紬の父親と日本国家の対応は早かった。
桜高校を本陣とする避難都市建設まで一週間で速やかに行われた。
周囲を高さ20mに達する防壁で覆い、かつて女学生の華やかな声や、部室から流れる賑やかな音楽で彩られていた場所は
いまや生存者搬出用のヘリの音と、絶え間ない銃声の音に支配されていた。

純「梓ぁ…」

校舎脇に簡易的に作られた梓のお墓の前で、梓の友人が力無く膝を折りうなだれていた。

部室の中は、簡易ベットが持ち込まれ、その上には憂が息も絶え絶えになっているにも関わらず、額の汗を必死に拭ってくれている姉を逆に心配するような顔で見つめている。

憂「…ごめんなさいお姉ちゃん」

唯「いいのいいの!」ニカッ

端から見れば仲むつまじい姉妹にしか見えないだろう
だがこの時の二人は想像だにしていなかったに違いない
敵はZだけではないということを、どの国にも例外なく行われる事
国の非常事態の際には必ず行われる『間引き』が行われようとしていた事に。

紬「はい、これが89式銃ね」

澪「え…いきなり渡されても…銃なんて…」

紬「自分の身は自分で守らなきゃ!」フンス

紬から手渡された銃を手に持って、澪はその重さを実感していた、ただ重いだけなのではない、この引き金を引くだけで人が殺せるのだ。
『殺すことの簡略化』なるほど、戦争というものが根絶されない原因はこれなんだな、と澪は思った。

律「よし聡撃て!」
聡「了解!」
ズダダダダタ!
律「頭ねらえ頭!」

銃を撃つ事に抵抗のある澪に比べ、律と聡の割り切りはとても早かった。
今も防壁の上から下にわんさと集まっているZに向かって銃を乱射している。

ウィルスの変異は早い、Zウィルスの変異によりZの体液はタールのようなとても粘性の高い体液へと変貌し
脳神経さえ無事であれば頭のみでも活動が可能な化け物へと変貌した。

タールのような粘性の高さ=銃弾が通らない事を意味し、正確に頭脳を破壊しなければならない以上、ある程度の接近戦を余儀なくされてしまうわけだ。

さらに炎に包まれても構わず行動するため、F-22などによる焼夷弾投下による殲滅作戦もことごとく失敗し
絶対数の多さからミサイルによる攻撃も非効率的であるとし、戦闘機は予備役に回されているのが現状である。

キンコンカンコーン
律「来るぞー」
紬「了解ー」


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