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 部屋に戻った律は、椅子に腰掛けて考えていた。
確かに、手を出し過ぎたかもしれない、と。
本命の澪に絞る事も頭に浮かぶが、やはり唯達の身体も捨て難かった。

 一応律の脳裏には、このままの関係を続ける方法が浮かんではいた。
三人が最終的に律の提案を呑むに至った経緯を思い返せば、簡単に辿り付ける方法である。
即ち、別れ話を盾にする事で、彼女達を従わせるという方法だった。
だが流石の律とて、愛されている事を利用するこの方法に抵抗がない訳ではない。

 律は溜息を吐くと、窓の外に目を遣った。
思案に暮れた脳を休めようと眺めた外だが、そこにも律を悩ませる事象が展開されていた。
空はいつの間にか曇天となっており、小粒の雨を降らせている。
心なしか、雨の勢いも徐々に増しているように感じられた。
唯達は、傘を持っていないのだ。

 唯達ももう、各々の家に向かう道が別れる岐路を過ぎている事だろう。
傘を渡しに行くにしても、誰か一人しか選べない。
携帯電話で全員を呼び戻そうかとも思ったが、
先程の論争が再燃しかねない状況を作りたくはなかった。

 これも、誰か一人を選べという天からの示唆だろうか。
そう考えて、律は殊の外思い詰めている自分に気付き苦笑した。
秋だから天候が変わり易いだけだ、そう現実的な解釈を胸中に言い聞かせる。

 その時だった。律は自分を正当化する論理に思い当たって、思わず瞠目していた。

「そうだよ、仕方ない事なんだよ。だから私、許されてる」

 律は声に出して、自分を鼓舞する。
そうして、三人とも今の関係を続けると結論付けた。
その結論に至る為に律が拠った論理とは、『女心と秋の空』という慣用句だった。
女心は秋の天候のように変わり易いのだから、
自分の心が数人の間を行き来する事は止むを得ない、と。
挙句数人と付き合う事になったとしても、
激しい変心の最中にあっては正当な行為に思えた。
天候のように人力が及ばない領域にある恋心を責める資格など、誰にもないだろう。
その自分の論理に満足した律は、表情に笑みを湛えて呟く。

「だって私は心変わりっちゃんで、日替わりっちゃん、だもん」

 律は傘を誰にも渡しに行かないと決めた。三人とも付き合い続けるのだから。

 彼女達が濡れようとも構わなかった。
秋の天候のような女心に翻弄されているのだから、仕方のない事だと。


*

6.

 紬は律を眺めて、訊こうか訊くまいか決めかねていた。
律の不倫が明らかになってから、一週間が経つ。
それでも尚こうして紬の部屋を訪ねてくれるのだから、
本当なら自分に心が傾いていると思いたいところだ。
ただ、律が未だ唯や梓との逢瀬を重ねつつ、澪とも付き合っている事を紬は知っていた。
唯や梓は自分が優勢だと示したいのか、盛んに関係が続いていると匂わせてくる。
澪に関しても、律との学校での良好な関係から未だに交際が続いていると推知できた。
自分の部屋に来てくれた程度の事では、楽観にも安堵にも至れない。

「ね、りっちゃん。そろそろ、決まったかしら」

 迷った挙句、紬は訊ねる事にした。

「ん?何が?」

 分かっているくせに、と紬は思った。
それでも紬は惚けている律に、努めて柔らかく言う。

「この前言っていた、一人に絞るって話。
急かすつもりはないんだけどね、気になっちゃって」

 そう言いながらも、本当は早い結果を求めている。
だが、急かして律の機嫌を損ねる事は避けたかった。

「まーだだよ。
だって、重要な話じゃん。
急いで結論を出すなんていい加減な事はしたくないから、
よーく考えて決めたいんだよ」

 紬は額面のままに律の言葉を受け取れなかった。
律は誰を選ぶか決めぬまま、自分達との交際を続けているのだ。
いい加減な事をしたくないと言うのなら、
結論が出るまでは自分達との逢瀬を控えるべきだろう。
紬には律が、軽佻浮薄に言を弄しているようにしか見えない。

「そう……。でも、その熟慮する期間に、私と遊んでもいいの?
私だけじゃなく、唯ちゃんや梓ちゃん、それに……澪ちゃんとも、仲が良いみたいだけど」


「ああ、よく考えるって言っても、頭の中だけで検討する訳じゃなくってね。
実際に遊んだり話したりして受ける直感的な要素も重視しているんだよ。
唯や梓達と相変わらず仲良くしてるのも、その一環だよ」

 律の言葉が自分達を試して決めるという意味に聞こえて、紬は愕然とした。
まるで乗り心地で購入する車を選ぶかのような口振りだ。
それが感情と尊厳を持った人間に向けられている事に、紬は憤りを禁じ得ない。

「そう、お試し期間っていう訳ね」

 律に嫌われたくはない、それでも言葉に刺を含めずにはいられなかった。
律も皮肉を感じ取ったらしく、言葉を返す唇が尖っている。

「悪意ある言い方しなくてもいいじゃんかー、
ポイント下がっちゃうぞー?
ちょっと実践を交えた、ただの検討期間だよ。
ていうかムギ達だってさ、結果がどう転んでも、
あらゆる角度からの検討と熟考が尽くされた上なら、納得いくでしょ?
皆への配慮でもあるんだよ」

 紬は内心、律の言葉に共感を寄せる事ができなかった。
仮にどれ程の熟考を経た結論であれ、
自分が選ばれなかった場合に大人しく受け入れられる自信はない。
ただ、ポイントを下げるという律の言葉に抑圧され、
紬は素直な感情を口から出す事ができなかった。

「そうかもしれないわね……」

 紬は曖昧な言葉で濁したつもりだったが、律は賛意と受け取ったのか満足気に頷いている。
まるで、これで解決したかのような仕草だ。

「でしょ?
まー、悩ましい話はそろそろ終わりにして、さ。
私、したくなっちゃったな。だから、ね?いいでしょ?
澪や唯、梓にはないハーフの味で、恋に憂う私を癒してよ」

 律は勝手に話を終わらせて、紬の身体を欲してきた。
そもそも紬は律が澪と別れる事を条件に、身体を差し出したはずだった。
それがいつの間にか無かった事にされ、紬も律の不倫に組み込まれてしまっている。
決して一途になってくれない律に対して、紬は嫌味で報復せずにはいられなかった。

「りっちゃんだって、ハーフっぽいじゃない。
そうね、りっちゃんって、フランス辺りが似合ってる感じよ。
パリにでも行けば、結構上手く人付き合いできるかも」

「まぁっ、私がおフランスっ?」

 律は頬に両手を当てて、甲高い声で小さく叫んでいた。

「って、言い過ぎだよ。私、そこまで優雅かなぁ?」

 今度は紬の嫌味が通じなかったらしい。
律は照れ隠しのように謙遜しているが、決して紬は優雅などという意味を込めていない。


「言い過ぎてなんかいないわ。
りっちゃんって、お料理も上手だし、西洋人形みたいな顔立ちしてるし」

 紬は気付かない律に合わせて言った。
律が皮肉に気付いていないからこそ、安全圏から腹癒せができる。
それでも、本意を伝えてやりたい衝動はあった。
浮気性、と。

「えー、ムギったら、上手なんだからー」

 喜ぶ律を見て、その衝動は更に高まった。
それでも律を愛しているが故、真っ向から対立して嫌われたくはない。
紬は更に深く踏み込んだ皮肉を放つ事で、衝動を胸の内へと留める。

「そう?心の底から、フランス人が喜ぶ恋も似合いそう、って思ってるわ」

「いや、私なんかじゃ似合わないよー。
でも、マノン・レスコーとか椿姫とかに憧れはあるから、ムギは慧眼かな?」

 紬は律の口からフランス文学の名が上がるとは思っていなかったが、
それがマノン・レスコーである事には納得もしていた。

 紬はマノン・レスコーを読んだ時、悲しみを感じつつも共感はできなかった。
小説に登場するマノンという女性が、度を超えた浮気性に思えて許せなかったのだ。
だが律は、マノンに憧れさえ抱いているらしい。
そこにも全く共感を覚える事のできない自分は、
やはり母と同じフィンランド人の血を半分は引いているという事だろう。

 カトリックが多いフランスは、浮気に対して寛容な国柄として知られる。
反面、プロテスタントは浮気に対して非常に厳しい姿勢を取っている。
そしてフィンランドはそのプロテスタントが圧倒的多数を占めており、
紬の母親もその多分に漏れなかった。
その為か、紬の母親は非常に浮気や不倫を軽蔑していた。
紬も厳格な母の影響によって、浮気に対する蔑視の念は強い。
紬は改めて胸中で、神と母に浮気を許容しないと誓った。
律が相手を自分に定めるまで、もう身体を許しはしない、と。

「あら、やっぱり、そういうの好きなのね。
でも私、慧眼なんかじゃないわ」

 慧眼だったのなら、澪と別れるという律の言葉など信じなかっただろう。
そうして、神や母親の教えに背くような真似にはならなかったはずだ。
だがそれもここまでだと、紬は強く強く自分に言い聞かせた。
つい先程、それを誓ったばかりだ。


「そ?ムギには、何でも見通されてるような気がするけどね。
ま、いいや。そんな事よりさ、やろーよ、やろーよ。
ムギの事、欲しーなー」

 律にとっては、肉欲こそが最重要なのだろう。
それを満たす為に、律は紬を含めて数多騙してきたのだ。
紬は誓いを試されている思いで、返答を放つ。

「今は駄目、めっ、よ。
少なくとも誰か一人選ぶまでは、身体の契りを交わすべきじゃないわ。
その時まで、我慢すべきよ」

 案の定、律は簡単には退かなかった。
唇を尖らせて、尚も迫ってくる。

「何さー、ケチー、いいじゃんかー。
さっきも言ったけど、これだって検討材料になるんだよ?
身体の相性だって、大事だし」

 まるで試食だ、紬は憤懣を胸に滾らせて言う。

「女体がデパ地下に並んでいるんじゃないのよ?
身体は一人と決めた相手にしか、許しちゃいけないの。
何人もの相手と同時に関係を持つなんて、冒涜だわ」

「それはムギの価値観でしょ?
だからムギが私とだけ関係を持てばいいよ。
それにムギ、私の事、欲しくて堪らないでしょ?」

 律はそう言うと服を脱ぎ始めた。
徐々に露わとなる律の肌に呼応したように、紬の身体は意思に反して疼く。
律へと靡く自分の身体に愕然としながらも、紬は誓いを思い出して反駁する。

「堪らないなんて、そんな事、ない。
身体の関係なんて、私を選んでくれた上での話よ。
そうじゃないと、私は不倫という不徳に加担した事になっちゃうもの」

 紬が言い終わる間に、下着を除いて律の身に纏うものはなくなっていた。
その扇情的な姿を見せ付ける律の顔に、不敵な笑みが浮かぶ。

「澪と付き合ってた私とあれだけヤっといて、今更何言ってるの。
別れるとか言う条件付けたところで、不徳で不埒な事に変わりはないよ。
それにムギも、私の事が欲しいんでしょ?
ほーら、素直になって、ムーギッ」

 紬の疼く身体を見透かしているように、律が身体を寄り添わせてきた。
側にある律の肌が、紬の誓いも理性も瀕死へと追いやってゆく。
それでも律の肌から目を逸らせない、律を突き放せない。
身体が本当に、言う事を聞いてくれない。


「だ、駄目よ。駄目なの。こんなの、いけないわ」

 紬はもう律になど言い聞かせていなかった。
自分の身体へと、必死に言い聞かせていた。
勿論律には彼女への言葉として聞こえたようで、更に言葉を募らせてくる。

「愛に禁止はないよ。それは私が、身を通してムギに教えた事。
ほら、見て、ムギ。私のここ、ムギも好きだったでしょ?」

 律がブラジャーを外して、胸を見せてきた。
律の言うとおり、何度何度も重ねて愛した胸だ。
可愛らしくて、蠱惑的で、美しくて、本当に好きだった。

「ここなんか、特に好きだったよね?」

 律は続けて言うと、ショーツまでも脱いでしまった。
陰毛のない無防備な性器が、紬の瞳に飛び込んでくる。
桜の花弁のような優しい桃色が、律の情欲を表すように濡れていた。
それは漂ってくる甘い香りと併せて、紬を発情へと引き込んでゆく。

「で、でも……」

 紬の口から、とうとう迷いが出てしまっていた。
本当に律を愛してしまっていたのだと、紬は今更ながらに思い知る。
母よりも神よりも、律が大きな存在となっていたのだと。
その事を表すように、紬の性器は既に律以上に濡れているのだ。

「これ以上はもう、チャンスなんてあげない。
いい加減、全部服着て、帰っちゃうから。
どうするの?ポイントを上げるも下げるも、ムギ次第なんだよ?」

 律に耳元で囁かれた言葉が、形骸化していた誓いに対する最期の一撃となった。

──ごめんなさい、お母様

「りっちゃんっ」

 紬は決壊したように、律へと抱き付いていた。

「そうそう。それでいいんだよ。さ、ムギ。
ムギも脱ごっか?」

 後はもう、律に言われるが侭だった。
紬は胸中で母と神に詫びながら、肌を晒した。
母を裏切り涜神してでも、律を拒む事などできやしない。
律に対する愛憎を胸に抱いて、紬は律に抱かれた。


*

7.

 律が今日という日に来てくれた事を、梓も最初は喜んでいた。
だが、律との会話が淡々とした言葉のやり取りに終始している為、
時とともに偶然かもしれないという不安が擡げてきた。
そしてとうとう不安に耐え切れなくなった梓は、意を決して訊ねる。

「あの、ところで律先輩。
話題を変えちゃって悪いですけど、今日が何の日か、ご存知ですか?」

「んー?ポッキーの日でしょ?
何?ポッキーゲームでもやりたいの?」

 律は少し考える素振りを見せた後で、指を一本立てながら返してきた。
その返答に梓は落胆して、訊ねた事を後悔した。
十一月十一日とは、律にとってはその程度の意味合いしかないのだろうか。
自然、律に向ける言葉も投げやりになる。

「いえ、もういいです。何でもありません」

「どうしたんだよ、急に拗ねちゃって。
あ……そっか。
そういえば今日、お前の誕生日か」

 今更思い出されても、嬉しくはなかった。
梓は律が無手で来た事にさえ不審を感じず、
自分を選ぶという宣言こそが誕生日プレゼントなのかもしれないと期待していた。
だが実際には誕生日さえ気に留められておらず、自分が選ばれる希望は逆に遠のいてしまった。
その事も失望の反動を大きくさせている。

 一方で、僅かながら安堵の気持ちもあった。
もし自分が選ばれれば、それは澪に対して表立って弓を引く事となるのだから。

 澪を思うだけで、梓の顔は自然と曇った。
律と関係を持った日から、澪に対する罪悪感は変わらず梓を苦しめている。
そろそろ、この気持ちにも一区切り付けるべき時かもしれない。
律が一人を選ぶと宣してから半月が経とうとしている今、
併せて質すにはいい頃合いだろうと感じていた。


「悪かったよ。おめでとうな、あーずさっ」

 浮かない顔をしている事で、梓が拗ねていると感じたのだろう。
律が機嫌を取るように言い足してきた。
梓にとって誕生日を忘れられている事は痛恨だったが、
今は謝罪よりも祝いよりも律から聞きたい事があった。

「いえ、もうその話はいいです。それよりも、です。
律先輩が誰か一人に絞るって言ってから、そろそろ半月ですけど。
この事、澪先輩には話されているんですか?」

「いや、話してないけど」

 当然のように言う律を見て、梓の澪に対する罪悪感がいや増した。
澪が与り知らないまま、彼女と別れる事も含めた検討を律は行っている。
その事が澪に対して、酷く不公平で卑怯な事のようにも思えてくる。

「律先輩が行う選択に澪先輩も関係する以上、教えるべきだと思いますけど。
というか、一度律先輩の浮気を、澪先輩とも話し合うべきです。
私達と違って、澪先輩は何も知らないんですよ?」

 梓の提案に、律は渋い顔を浮かべた。

「いや、言わなくていいって。
これ以上トラブルの種を増やしてどうすんの。
梓だって、澪から恨み言を言われたくないだろ?
澪にしてみれば、梓だって恋敵になるんだから」

「いえ、言われても構いません。
私は現に、澪先輩に対して酷い事をしているんですよ?
その事を謝る、いいチャンスです」

 ここまで愛してしまった律から身を引く事など、梓には今更できなかった。
それでも面を合わせて澪に謝罪する事で、罪悪感を多少は和らげる事ができる。
だがそれも、澪が律の浮気を知る事が前提となるのだ。

「梓は構わなくてもさ、私は構うの。
そりゃ、梓達の誰かを選べば、澪とは別れる事になるよ?
でもさその場合、例えば澪と別れてから梓と付き合いました、って言えるんだよね。
浮気してました、って言うのとじゃ、
澪の受ける印象が大分違ってくるっていうのは分かるよね?
それって、円満なバンド活動を続けていく為には大事だよ?」

 律の身勝手な都合で、梓の思いは切り捨てられていた。
円満なバンド活動の為など、梓には言い訳としか聞こえない。
そもそも律の描く案を成立させる為には、梓達が揃って口裏を合わせる必要がある。
だが律とて、自分が捨てる相手に協力を期待してはいないだろう。
要するに、律は澪へと露見する時を先に延ばしたいだけなのだ。
恋人を一人に絞ると言った、あの時のように。

 それ以前に、円満なバンド活動などもう幻想でしかない。
律が誰か一人を選んだ段階で、HTTが崩壊する事など目に見えている。
仮に澪の納得を得られたとしても、唯や紬は自分が選ばれない限り納得しないだろう。
それは梓も同様だった。
今バンド活動が外見上平穏に続いている事は、律に選ばれたい思いの一致が見せた均衡でしかない。
律が一人を選んだ時点で、それは簡単に崩れ去る。


 梓は溜息を堪えて、尚も言い募る。

「それじゃ、一人気付いていない澪先輩が可哀想ですよ。
自分が知らないところで、話が進んでいくんですから。
それに、隠してた方が、バレた時の反動は大きいですよ?」

「澪に付いては、私の方が梓より詳しいよ。
安心してよ、最悪の場合でも、澪は私の方で何とかするからさ。
何だかんだ言って、澪は私に甘いんだから。
どんな事しても、きっと澪は最終的には私を許してくれる。
だったらさ、何も揉めてる今、トラブルの種増やす必要ないじゃん。
梓達との問題片付けてからでも、澪に当たるのは遅くないって」

 澪の足元に付け込むような物言いに、梓は憤懣を禁じ得ない。
澪を尊敬し胸中で姉と慕う梓は、即座に律へと反発の言葉を放つ。

「それじゃ、本当に澪先輩が可哀想です。
大体、私の気持ちが無視されてるじゃないですか。
私だって、澪先輩に謝りたい……」

「大丈夫、澪は優しいから、梓の事も許してくれるよ。
ほら、妹のように可愛がってくれてるだろ?
それに、バンドの継続や結束を誰よりも重視してる。
あいつは軽はずみな事はしないはずだよ」

 律の言うように、澪は優しかった。
だからこそ謝りたいというのに、それは律には通用しない感覚らしい。
また、澪がバンドの継続や結束を誰よりも考えているからこそ、
彼女の知らない間にバンドが崩壊してしまう事は不憫だった。

「でも、だからといって優しさに甘えるのは」

「あーずさっ」

 律に名を呼ばれて、梓は言葉を遮られた。
更に続けて、律は言う。

「もういいよ、その話は。そんなんよりさ、誕生日プレゼント、あげるよ。
私の身体、あげるね。
それだけじゃない、今日は特別に、梓の事も気持ちよくしてあげる」

 梓の唇に、律の唇が被せられた。
直後には口腔へと律の舌が侵入し、発情を促すように梓の舌と絡み合ってきた。

 律が唇を離した時には、梓の色欲も昂ぶっていた。
このまま話を有耶無耶にされてしまうと分かってはいたが、
それでも滾った身体は律を求めてやまない。
律もそんな梓の身体を見抜いているからこそ、性交へと切り替えたのだろう。
梓は恨みがましく言う。

「ズルいです……律先輩」


「そう?梓が喜ぶ事を提案しただけなんだけどな」

 そう言いながら伸びてくる律の手を、梓は受け入れた。
梓は性感帯を弄られながら、律の手に服を脱がされてゆく。

 そうして梓が裸になったところで、律は気付いたように言った。

「あ、そうだ。いい事考えた。
梓さー、要らない紙袋、ある?」

「ありますけど……」

 買い物は通販が多いが、それでも実地の店舗へと足を運ぶ事はままあった。
その際に包装として使われた紙袋も、幾つかは部屋に取って置いてある。
梓はその中から一つ、律へと手渡した。

「ああいや。私に渡す必要はなかったんだけどな。
まぁでも、大きさは丁度いいかな。
ほら、被って?」

 律の意図が読めず、紙袋を再度手にした梓は困惑を浮かべた。
その梓に向けて、律が自信に満ちた笑みを浮かべて説明してきた。

「いや、梓ってさー。澪に罪悪感を抱いてるじゃん?
だからさ、それ軽減するの、プレゼントにしようかと思って。
髪とか似てるんだしさ、顔さえ隠せば、体型除いて澪に瓜二つだよ。
だから、澪として梓を抱いてあげる。
それなら、私は澪としているみたいになって、梓も納得できるでしょ?」

「は?」

 梓は頓狂な声を上げると、信じ難い思いで律を見つめた。
どれ程残酷な事を言っているのか、分かっているのだろうか、と。


「何、その反応?嫌なの?
澪に申し訳ないとか言ってたの、梓じゃんかー。
だから私が折角考えてやったのに」

 律は梓の反応が不満なのか、唇を尖らせている。
澪へ告げるよう迫った梓に対する意趣返しなのか、
それとも本当に名案だと思っているのか。
律の真意は判じかねるが、どちらにせよ首を縦に振るしかないだろう。
強硬に断って、別れ話を切り出されたくはない。

「いえ、嫌じゃありません。
思いもよらない案だったから、驚いちゃっただけで。
分かりました、やります」

 梓は内心に湧く抵抗を抑えて、紙袋を被った。

「良かった、梓も喜んでくれて。ささ、俯せになってよ。
そうそう、そんな感じ。
じゃ、ヤるなー、みぃおっ」

 声の聞こえた方角から察するに、律は梓の後方へと回ったのだろう。
その体勢で、梓は性器を律に弄られた。

「ふふっ、可愛いよ、澪。
いつもは私がしてもらってるけど、今日はそのお礼だよ、澪。
あはは、いつもの澪は凛々しいけど、小さくなると可愛いねー」

 梓は律が必要以上に、澪の名を呼んでいるように感じた。
少なくとも自分が律と寝た時には、ここまで名前を呼ばれていない。
単なる当て付けかもしれないし、澪が相手の時には本当に名を多く呼んでいるのかもしれない。

 律の意図はどうあれ、澪の名が呼ばれる度に梓の心は切り裂かれてゆく。
梓は涙を零しながらも、漏れそうになる嗚咽だけは抑えて耐えた。
紙袋を被っているおかげで、嗚咽さえ堪えれば律に涙が悟られる事はない。

「澪ー、だぁい好きっ。
ふふ、こんなに濡らしちゃって、澪ったらエッチさんだー」

 梓には律に抱かれている感覚など、あまりなかった。
律は梓を通して、澪を抱いているだけなのだ。
なのに、梓の身体は敏感に反応して、体液を性器から漏出させている。

「愛してるよー、澪ー」

 澪を抱いていると思っても、梓の罪悪感は消えなかった。
所詮、律が澪を抱いているつもりでも、これは梓の身体なのだから。
抱かれて悦んでいる身体は、決して澪のものではない。

──ごめんなさい、澪先輩……澪お姉ちゃん……

 梓は律に抱かれながら、胸中でひたすら澪に詫びていた。



7