1.

 唯は軽い冗談のように、律に向けて言葉を放ってきた。

「じゃあ、私と付き合ってみる?」

 実際、冗談なのだろう。
冗談の言い合いこそが日常だと、律にも分かっている。

「なーに言ってるんだよ、唯。
私には、澪が居るんだからさ」

「あはは、さっきまでその澪ちゃんの愚痴言ってたくせにー。
まーた喧嘩したんでしょ?エッチがマンネリ気味だとか指摘されてさ。
でも私となら、エッチの相性もいいかもね」

 唯は悪戯っぽい笑みを浮かべながら、茶化すように言ってきた。
確かに自分の返答は滑稽だと、律は唯の笑みを見つめながら思う。
今まで、当の澪に対する不満を零していたのだから。
唯の部屋で当の唯と二人きりというこの状況に、律の口も軽くなっていた。
ましてや九月も中旬に差し掛かった今、
夏休みに蓄積された澪との恋愛の話を誰かに聞いてもらいたかったのだ。

 ただ、決して本音で不満を言った訳ではなく、愚痴の形を取った惚気でしかない。
悪戯っぽい笑みにも表れているように、それは唯とて承知している事だろう。
だからこそ、律は唯の言葉を冗談だと捉えているのだ。

 一方で、冗談だと分かっていながらも、唯の言葉に律は考えさせられてもいた。
唯の言う通り、澪以上に相性のいい相手が居るかもしれない。
また、新しい相手と交わる事で、
惰性のようだと指摘された澪との性交を一新できるように思えた。
そう思うと澪が好きながらも、他の人間も試してみたくなる。
特に唯ならば話も合う上に、肉付きの良い肢体に惹かれる事もあった。
実際に唯と付き合ってみるのも悪くはない、その思いが律の胸裏で大きくなってゆく。

「なーんて、冗談、だよ。本気にして考え込まないでよ。
りっちゃんを盗ったりしたら、澪ちゃんに悪いしさ」

 律が黙り込んでしまったので、冗談を解されていないと思ったのだろう。
唯が明るい声で冗談だと宣してきた。
だが律は、敏感に唯の言葉から見込みを読み取っていた。
澪に対する遠慮を理由に挙げているあたり、決して自分に脈がない訳ではなさそうだ、と。

「何だよー、冗談なんて酷いよー。期待しちゃったのにぃ」

 律は拗ねたように言って、唯の反応を窺った。
唯は驚いたのか、口を開けて固まっている。


「えっと、期待、って?」

 数秒もの間を置いて、漸く唯の口から困惑したような声が絞り出された。

「唯が私の事、好きだと思っちゃったよ。
私の事、貰ってくれるのかなって」

 律は言いながら、唯の身体にしな垂れかかった。
密着した事で、唯の荒い息遣いがはっきりと感じ取れた。

「そ、そんな。だ、だって。澪ちゃんに、悪い、よ?」

 唯の途切れがちな声からも、彼女の内心を見舞う動揺が察せられる。

「でも澪とは、いい加減に長いしさー。
それでマンネリだって言うなら、他の子に流れても許されると思うな。
その受け入れ先として唯が名乗りを上げて、そして抱いてくれるなら、
頼もしくって私も嬉しいし」

 律は澪に対する愚痴と、唯に対する甘えで声質を使い分けて言った。
更に庇護を求めるような視線も、忘れずに添える。

「そこまで言うなら、私も悪い気はしないけど……。
私だって、りっちゃんと話すのは楽しいし、可愛いとか思っちゃってるから。
でも、一つ、約束させて?」

 唯が言葉を切って、律と密着したまま目を合わせてきた。

「ん?何ー?」

 無邪気に問う律に対し、唯は躊躇うように目を一瞬だけ逸らした。
だがすぐにその躊躇を断ち切ったらしい。
再び目を合わせてくると、強い語調の声で言葉を放ってきた。

「澪ちゃんとは、しっかりとケジメを付けてね?
私と付き合う以上は、必ず別れてね?
私、二番さんじゃ嫌だから」

「唯の気持ちは分かってるし、大事にしたいよ。
ただ、急に事を進めて、バンド活動に支障を出したくないからな。
別れるにしても、慎重にやらなきゃいけないんだ」

 そうは言うものの、律に澪と別れるつもりなどなかった。
だから前向きに繕いつつも、言葉を濁して答える。
そして唯は律の目論見通り、前向きな部分を重視したらしい。
嬉々とした様子で律を抱きすくめ、耳元で囁いてきた。

「えへへ、嬉しいな。勿論、今すぐにとは言わないよ。
その代わり、そう遠くないうちに、必ず別れてね」

 律の耳に唯の息がかかり、首筋に心地好い興奮が走る。
律は体重を更に唯へと傾けて、滾る興奮のままに急かした。

「唯ー。言葉はもう要らないから、これ以上焦らさないでよ。
私、すっかり熱くなっちゃった」

 唯との約束を避けたいが為の求愛ではない。
快楽を求める身体の欲求に、素直に従っただけだった。

「ごめんね、疑うような事言っちゃって。
私もね、りっちゃんの事考えてたら、変な所が熱くなっちゃったよ。
鎮め合お?」

 唯の左手が弄るような動きを伴って、律の胸へと伸びてきた。
唯の右手は早くも律のショーツへと潜り込み、荒々しい動きで陰核を探っている。

「はぁ、唯ぃ……気持ち良くって、だぁい好き……」

 律も応えて、唯の胸へと顔を埋めた。


*

 律と唯の関係は、一時の過ちでは終わらなかった。
その日以降も、律は唯と何度も肌を重ね合せている。
逢瀬も初めて交わった日と同じく、唯の部屋が多かった。
律は家族と同居しており、家も澪と近所である。
その点、唯の家ならば澪に見つかる恐れなどない。
家族にしても父母は家を空ける事が多く、唯と妹の憂しかいない。
そして憂は姉の情事に対して、配慮のできる人間でもあった。
自然、律の家よりも唯の家で、性行為に及ぶ事が多くなっていた。

 今日もまた、交わる場所は唯の家だった。

「えへへ、二日に一回くらいは、してるよね」

 唯が律の陰核に這わせていた舌を休めて、無邪気に笑いながら言ってきた。
この関係が始まってまだ二週間も経っていない事を考えれば、確かに唯の言う通りなのだろう。
その頻度の多さには驚かされるが、律は快楽に耽溺していたかった。
昂ぶっていたところで、愛撫を中断されたくはない。
自然、拗ねたような声が律の口から漏れ出る。

「それ、ヤる前も言ったじゃんかー。
折角気持ち良かったのに、止めないでよー」

 言った後で律は身振りでも唯を促すように、腰を上下に揺り動かした。

「だって、何度考えても嬉しくって。
こんなにいっぱい、りっちゃんとエッチできるなんて夢みたい。
ねぇ、りっちゃん。澪ちゃんとは、こんなにいっぱいエッチはしてなかったよね?」

「うん。もっと少なかったよ」

 実際には、毎夜の如く肌を重ねた日々もあった。
特に長期休暇中は連日褥を共にする事も多い。
去年の夏休みなど、二週間も澪のベッドから出ない日があった程である。
ただ、最近は唯と耽る事の方が多いのであながち嘘でもないと、
律は胸中で言い訳のように付け足した。


「でしょ?じゃ、私と澪ちゃん、どっちの方が上手?」

 唯は喜びを顔に浮かべると、更に問い掛けてきた。

「唯、かなぁ」

 律の語尾が濁ったせいか、不服を表すように唯の眉が顰められた。
尤も、律にとっては、これでも気を遣った方である。
澪の方が上手かもしれない、という本音を抑えているのだから。

 それでも唯は澪とは違い、気楽に交わる事のできる貴重な相手だった。
澪は夏が終わりに近付いた辺りから、性交に対する不満を漏らすようになっていた。
反面、唯はほとんど無条件で律の快楽に尽くしてくれている。
そのような唯の機嫌を損ねたくない律は、急かす事で話題を逸らさせようと思った。
それは、早く快楽の続きに耽りたい、という欲望故の本音でもある。

「そんな事より、早く、早くぅ」

「そんな事じゃないよ、大事な事なのっ」

 途端、唯の怒声が響いた。
驚いた律は身を縮めると、涙交じりの上目で唯を見上げて言う。

「ゆ、唯ぃー。いきなり怒鳴んないでよぉ」

「あ、ごめんね、驚いちゃったよね」

 唯は忘我から返ったように謝ってから、眦を決して決意の滲んだ顔で続けていた。

「でも、りっちゃんの一番になりたいんだよ。澪ちゃんに負けたくない。
だから、私にとっては、澪ちゃんとの優劣は絶対に拘りたい部分なんだ」

 唯の語勢は強く、澪に向けた並々ならぬ対抗心が伝わってくる。
律は愛されている事を喜ぶ半面、唯の愛を重く感じてもいた。
気軽に肌を合わせられる相手として、律は唯を見ているのだから。
重い精神的な繋がりよりも、軽い肉体の繋がりを求めて律は再度促す。

「唯ー、だったらさ、尚の事早く続けてよ。
焦らしてると、唯より澪の方が良かった、みたいに私の考えが変わっちゃうかもよ。
私って、柔軟な人間性してるから」


「ごめんね、りっちゃん。
生殺しにしちゃった分、りっちゃんをいっぱい、気持ちよくしてあげる」

 唯は漸く律の求めに応じて、行為を再開した。
その愛撫は中断する前よりも、幾分か激しさを増している。
以前から抱いていたであろう思いを口にした事で、
対抗心が明確な形で浮き上がって唯を衝き動かしているのかもしれない。

 陰核を吸い上げられながら、律は思った。
やはり唯は便利だ、と。
自分の方が明らかに多くの快楽を享受しているのに、
その事に不公平を漏らさず愛撫してくれるのだから。

 だが同時に、澪の言う「マンネリ」という言葉の意味を突き付けられてもいた。
澪は性交の多様化や変化を望んで、単調だと批判した訳ではないだろう。
恐らく、律の性交に対するスタンスに不満を抱いている。
即ち、自分ばかりが快楽を味わい、
澪に対する愛撫が欠けていると指摘したかったのだ、と。

 今更気付いた訳ではなく、言われ始めた当初から薄々勘付いていた事ではあった。
澪が「マンネリ」「単調」等と言う時は決まって、
満足した律が性行為を切り上げる際だったのだから。
だがこうして実例をまざまざと体験すると、
自分の身勝手さを糾弾されたような気分になる。
律に後ろめたさが芽生えかけたその時、陰核が一際強い刺激に見舞われた。

「っ……」

 律は堪らず絶句を漏らした。その衝撃で、思考も後ろめたさも霧散していく。
下腹部に視線を向ければ、上目で満足気に笑む唯と視線が合った。
律の陰核が唯の口腔に含まれているので、何をされているのか視認はできない。
だが、目で見ずとも、敏感な感覚を通じて分かった。
唯が陰核を根元から歯で摘み上げ、頂上を舌先で転がしているのだ、と。

「唯ぃ……いいよぉ……」

 律は切なげな吐息とともに、朧に覆われかけている思考の中で声を漏らした。
対する唯の顔に、悪戯っぽい笑みが浮かぶ。
それが律には更なる快楽を期待させる仕草に移り、胸が興奮に昂ぶった。

 唯は的確に律の期待へと応えてくれた。
陰核を挟んだままの唯の歯が前後に動き、律の敏感な部分が激しく擦られる。

「っ」

 律は再び絶句を漏らしたが、唯はこの程度の反応ではまだ満足していないようだった。
陰核の頂上を転がしていた舌先の動きも、更に強くさせてきたのだ。
今までの舐めまわすような動きではない。捏ね繰り回すような力強さだった。

「ひゃっ、ゆぅいぃ……はぁっ、はぁぁぁんっ」

 律は堪え切れずに絶頂へと達し、身を仰け反らせて鳴いた。
それでもなお、唯の動きは止まなかった。
それどころか更に激しさを増して、快楽の余韻に更なる快楽を重ねてくる。

「ぁっ」

 律は仰け反らせたままの顔を固定するように、側頭部を両手で抑え込んだ。
そうでもしていないと、意識が頭から離れていってしまいそうだった。

「ゅ、ゆぅぃー……」

 口中から止め処なく溢れる涎に邪魔され、声さえ満足に出せない。
それでなくとも快楽に痙攣する身体と心では、満足に言葉を紡げやしないだろう。
実際、思考など快楽によって、意識の外へと弾き飛ばされかけている。

「ゅぁっ──」

 一際大きい痙攣が身を襲い、それとともに律は再び絶頂へと突き上げられた。
連続した絶頂に脳がキャパシティの限界を迎えたのか、思考が白くなってゆく。

「ぁ、はー……」

「りっちゃん、私から離れたらヤだよ」

 律は快楽に身と心が溶かされてゆく中、唯の切なげな声を聞いた気がした。
.

.


 性行為が終わり興奮も静まった頃、唯が申し訳なさそうに呟いた。

「澪ちゃんに、悪い事しちゃってるよね」

 律は添い寝している唯の顔を見つめた。
常夜灯の黄色い小さな明かりと、カーテンから漏れる月明かり。
その二つの頼りない光源でも、唯の沈んだ顔が視認できた。

「今更なーに言ってるんだよ」

 呆れが声に混ざらないように努めながら、律は言う。
つい先程まで澪に対抗心を剥き出していたとは、到底思えない。

「うん、確かに今更なんだけどね。
でも、思い返すと、楽器の事なんて何も知らなかった私にギターを教えてくれたの、
澪ちゃんなんだよね。
その澪ちゃんのカノジョを寝取るような事して、
私って恩を仇で返すような人間だったんだなぁって」

「でもさ、その澪に負けたくないって、唯はさっき言ってたよ。
もう澪に対するそういう後ろめたい感情って、吹っ切れてるんじゃないの?」

 律の指摘に唯は小さく頷いてから、言葉を返してきた。

「んー、確かにね、りっちゃんの一番になりたいよ。
特に、エッチしてる時は自分でも驚くくらい、
りっちゃんを独占したくなっちゃう感じ。
でもね、エッチの興奮が冷めると、ふと思っちゃうんだ。
こんな事するなんて、澪ちゃんに酷いって。
ねぇ、りっちゃん。私、やっぱり悪い子なのかなぁ?」

 律は移ろう唯の態度に、得心がいった思いだった。
察するに、唯は普段から律に対する恋情と澪に対する罪悪感を、心の中に同居させている。
性交の最中では律と交わる大きな喜びに浸され、澪に対して嫉妬してしまう。
反面、性交の直後の反動も大きく、澪に対して強い罪悪感を抱く事になる。
そういう事なのだろう。

「いや、悪くはないと思うけど。
それを言うなら、ちゃーんと私をキープしてない、澪だって悪いんだから」

 律の言葉は本心でもなければ、慰めでもなかった。
唯と肉体的な関係を続けたい、という淫らな思惑しか込めていない空言だ。
それでも唯は泣き出しそうな表情を浮かべて、律の言葉に縋ってきた。

「澪ちゃんがキープしてない事に落ち度があったんなら、
澪ちゃん、私の事、許してくれるよね?
澪ちゃん、私と友達だもんね?
りっちゃんをもっともっと幸せにできる私に、譲ってくれるよね?
ねぇ、りっちゃん、私達、付き合い続けてもいいんだよね?」

 律は首肯すると、唯の髪を優しく撫でながら言う。

「勿論だよ。澪だって、分かってくれるさ。
きっと私達を祝福してくれる。澪はそういう人間だよ」

 律は唯の愛を重いと感じる事があっても、今は付き合い続けていたかった。
柔らかく肉付きが良い唯の肢体を、まだ手放したくはない。
何より、律の快楽の為に尽くしてくれる便利さは捨て難い。

 加えて、憂も寛容な理解を示してくれているのだから、尚更だった。
憂は律が泊まりに来た時は、決まって精が付く料理を作ってくれている。
悪戯っぽい笑みを浮かべながら、
「スタミナ付けて、頑張って下さいね」などと冷やかしながら供する事もあった。
ここまで恵まれた交際条件を、見す見す手放したくはない。

 律がそう胸中で量りながら髪を撫で続けていると、唯の表情も次第に落ち着いてきた。
やがて唯は気持ちよさそうに目を細めて、安心したような声で肯んじてきた。

「そうだよね、澪ちゃん、優しいもんね。
りっちゃんが別れを切り出しても、幸せを願って私の下に送り出してくれるよね。
私、りっちゃんの事、絶対に幸せにできるもん」

「うん、相手の為に身を引くのも、好きな相手に対する義務だからね」

 だから唯も別れ話を切り出された時は、私の幸せを願って送り出してくれ、と。
律は胸中で呟いた。

「澪ちゃんなら、そう思ってくれそうだよね」

 律の言葉が実は自身に向けられているとは露知らず、唯は嬉々と応じていた。

「唯だってそう思うでしょ?大丈夫だよ」

 唯の反応に満足した律は仰向けになり、視線も天井へと向けた。
唯との性交が激しかったせいか、身体が疲労困憊を訴えている。
話に区切りが付いた事で、そろそろ眠りたかった。

「じゃ、夜も遅いし。そろそろ寝よっか。おやすみ、唯」

 そのまま瞼を閉じようとしたが、唯の声に引き止められた。

「あ、あのね、りっちゃん。
りっちゃんは寝てていいし、りっちゃんには何もしないから。
だから、寝顔、ずっと見てていいかなぁ?」


「ん?別にいいけど」

 律は了承を返したが、内心では訝しくも思っていた。
今までも律は唯よりも早く眠る事が多かった為、既に何度も寝顔を見せているはずだ。
またその際にも唯は、許可を求めた事はなかった。
なのに今更許可を求めた事が、恥じらうようなその声と併せて気にはなった。

「ありがと、りっちゃん」

 ただ、律は眠気を催している事もあり、抱いた怪訝を深く追及しようとは思わなかった。
唯が礼を言ったタイミングに合わせて、律は今度こそ瞼を閉じる。

「おやすみなー、唯」

 だが、そのまま眠りに落ちる事はできなかった。
隣から聞こえる唯の吐息が喘ぐように艶めかしく、律の意識が掻き乱される。
先程の怪しげな態度と併せて、律の不審は更に深まった。

 律がそれでも寝ようと試みていると、
今度は水飴を咀嚼するような粘つく音まで聞こえてきた。
唯の吐息が激しさを増すに伴い、その音も大きく響いてくる。
続いて鼻を衝く、生臭く甘い匂い。
もう、異変に気付いていないよう振る舞う事は限界だった。

 律が不審に押されて重い瞼を開くと、上気した唯の顔が間近にあった。
蕩けた瞳で律を見つめる唯の口から、艶めかしく熱した吐息が断続的に漏れ出ている。
そしてその口元には、涎の筋まで見えた。

「あ、はぁ。りっちゃん、寝るって言ったのにぃ……」

 抗議めいた言葉を口から零して、唯は恥ずかしげに笑んだ。
その覚束ない呂律からは、唯の尋常ではない興奮が感じ取れる。

「いや、唯が妙な事してないか気になって、眠れなかったし。
息遣いとか、音とか、匂いとか」

 律は言い訳のように返すと、視線で匂いの元を辿った。
唯の顔から徐々に視野を下半身へと向けてゆき、そうして下腹部に視線が至る。
そこで律の目の動きは止まった。
指が差しこまれ体液を溢れさせる、唯の性器から視線を逸らせない。

「えっと、唯。エッチしたばかりなのに、なーにやってるの?」

 唯の性器を凝視したまま、律は問い掛けた。
自慰が露見しても、未だ唯の動きは止まっていない。
性器を弄る唯の指は動き続け、粘液と音と匂いを撒き散らしている。

「し足りなくて、身体が疼いちゃって。
それで、りっちゃんの顔見ながら、オナニーしちゃった。
ねぇ、りっちゃんには手を出さないから、続けていいよね?
もう指、止まってくれないもん」

 律ばかりが満足して性交を終え、
唯の身体には発散できなかった性欲が燻っているのだろう。
それを鎮めようともがく唯が、堪らなく可愛く思えた。
疲労故に再度の性交へと及ぶ気にはなれないが、
愛撫程度の手伝いなら労を費やしてやっても良かった。


「いーや、指止めてよ。私がしてあげるから。疲れてるから、一回だけだけど」

 律が言うと、途端に唯の口から喜色露わな声が飛んできた。

「ほんとっ?ほんとに、りっちゃんがしてくれるの?」

「構わないよ。たーだし」

 律は枕元の照明パネルを操作しながら、言葉を続けた。

「唯の深くまで、見せてよ」

 蛍光灯から溢れる光が、唯の身体を赤裸々に剥く。
明るくなった部屋の中、唯は赤面しながらも裸体を隠さなかった。
承諾の表れなのだろう。

「う、うん。いいよ。恥ずかしいけど、りっちゃんにいっぱい、見て欲しい」

「うんっ、いっぱい見てあげる」

 律は唯の身体を貪った事があまりなかった。
自身の快楽を優先するあまり、愛でる機会が少なかったのだ。
だが、自分が存分に満足した今ならば、唯の身体を堪能する事ができる。

「えへへ、こんな身体だけど、愛してね」

 唯は指を性器から離して、身体を広げた。
律は開放された性器に顔を近付けて、唯に応える。

「いーや、いい身体してるよ。特にここ、フェロモンが半端ない」

 律は唯の陰唇を指で広げ、その内奥を改めて見入った。
熟して爆ぜたザクロのように、襞状の肉が鮮烈な赤色を帯びている。
そして陰核は粘液に塗れて艶を放ち、蠱惑的な形相をザクロに添えていた。
陰唇の脇に揃う陰毛の黒さも、唯の果肉の赤みを際立たせている。

「やっ、そんなにまじまじ見られると恥ずかしい……けど嬉しいな、りっちゃん」

 唯の羞恥と歓喜を表すように、襞はより鮮やかな赤色を浮かび上がらせた。
分泌される体液の量も増し、ベッドのシーツに染みを作っている。

「唯って淫らだね」

 律は茶化すように笑うと、鼻で息を吸い込んだ。
生臭さと甘さの同居した強烈な匂いが、鼻腔から嗅覚を突き抜けて脳へと刺さる。
意識が揺さぶられる程の衝撃に、律は軽い眩暈を覚えた。

「り、りっちゃん……そ、そんな至近距離で嗅がないでよぉ」

 唯は慌てたように抗議しているが、上目で顔を窺うと満更でもなさそうだった。

「どうせ部屋には唯の生々しい匂いが籠もってるんだし、同じでしょ?
まぁ濃度が違うから、キックも全然違うけど」

 律は更に鼻をひくつかせ、峻烈な匂いに酔う。

「りっちゃぁん、嬉しいけど、そろそろ欲しいよぅ。
弾けそうに熱くて、切なくなっちゃってる」

 そう促す唯の声は切実さを帯びて、嘆願のようにも聞こえた。


「分かったよ、お待たせ」

 律は唯の催促に応えて、陰核へと舌を伸ばした。

「ひゃっ、ぁ」

 陰核に舌先が触れた途端、唯の口から痙攣したような声が跳ねた。

「唯って、敏感な身体してるよなー」

 律はそう言う間にも刺激を継続すべく、指で唯の陰核や陰門を弄っていた。
舌と指を機動的に入れ替える事で、間断ない快感と滑らかな会話を両立させている。

「ふわぁ、りっちゃん程じゃないよぅ」

「言ったなー。こうだっ」

 律は唯の陰核を口に含んで、強く吸い上げた。
唯の身体が痙攣したように震えたが、容赦せず舌による刺激も加えた。

「んっ、りっちゃ、凄……ぇあっ」

 唯は快楽に喘いではいるものの、未だ絶頂へと達していない。
快楽に耐えようとでもしているのか、きつく目を閉じている。
それがまるで性的な沸騰を拒んでいるかのように、律には映った。

「なぁ、唯。イキたかったら、イッてもいいんだよ?
ほら、気持ちいいんでしょ?我慢してないで、撒き散らしちゃいなよ」

 律は指による愛撫へと変えて、自由になった口で促すように言う。
だが唯は薄目を律へと向けて、頑なに首を振っている。

「だ、駄目だよぅ。一回、イくまで、なんだもん。
もっと、してたいから、まだ、イっちゃ、駄目」

 唯は喘いだ息を挟みながら、断続的に言葉を紡いだ。
その一途さを、律は優しげな笑みで報いてやった。

「大丈夫。今日は疲れてるけど、まーだ次の機会があるからさ。
その時にまた、いっぱいエッチしようよ」

「ほんと?また、してくれるの?
でも、ねー、りっちゃん。私と澪ちゃん、どっちとの、エッチが、好き?」

 唯を襲う快楽が激しいのか、呂律を回す事にさえ苦心が滲んでいる。

「唯かなぁ。まぁでも、どっちもタイプ違うじゃん?
ここの凄絶なインパクトは似たようなものでもさ。
美味しいトコ取りみたいだけど、それぞれのエッチに良さがある、みたいな?」

 全面的に唯だと答えてやっても良かった。
だが、あまり好意を示し過ぎると、捨てる段になって揉めかねない。
それ故に律は唯に寄った回答を返しつつも、断定的に言い切る事はしなかった。

「あ、私だけの、りっちゃんで居て、欲しいな。
ね、りっちゃん、私、髪伸ばすね。澪ちゃんみたいに、伸ばすね。
タイプが似ちゃっても、私だけを選んでくれるように、って。
私、性感帯だけの、女じゃないから」

 唯は性器だけではなく、髪でも女として澪と張ろうとしていた。
この激しい対抗心は、澪と唯があまりにも異なっている事が原因のように思えた。
唯は律の交際相手である澪の要素を持たないが故に、
律から愛されている事に根拠を持てないのだろう。
いっそ初めから澪と似た者を浮気の相手とした方が、
その面倒を回避できるのではないかと律は唐突に閃いた。

「ん?いいんじゃないか?澪と髪質は違うけど、緩い感じの長髪も好きだよ?
逆に、新鮮でいいかな」

 律は胸中の閃きを隠して、唯を肯定してやった。

「えへへ、好きって事は、私を選んでくれる、って事だよね?
安心して、次を期待できるよ」

 律の言葉に満足したように、唯は一瞬だけ穏やかな表情を浮かべた。
直後、唯の身体が一際大きく跳ねる。
飛び散る体液を顔に浴びながら、漸く眠れると律は思った。



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