203X年

律「あいてて……。肩が上がんない……」

澪「こりゃ、本格的に四十肩だな」

律「年齢を実感してしまう……」

澪「整体通ってるんだろ?」

律「そうそう。だからこの程度で済んでるのかも」

澪「私も行ってみようかな」

律「おうおう、行っとけ。明日はどうなってるかわかんないしな」

律「それにそこの整体師の先生なんだけど、これがけっこういい男で」

律「それ目当てに通ってる人もたくさんいるらし……」

澪「なっ!? 駄目駄目!! お付き合いは人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり!!」

律「意味わからん……」

 204X年

律「唯もおばあちゃんなんて呼ばれちゃうのか」

澪「孫は目に入れても痛くないって言うくらいだし
  それはそれは可愛いんだろうな」

律「ついに私たちは自分の子供の顔も見ることは出来なかった訳だが……」

澪「……」

律「まぁ、子供はさすがに無理でも、この歳からでもそれ相応の相手を見つけることも出来るだろうし」

律「なにより一緒に寄り添ってくれる存在があれば、それだけで嬉しいもんだろうけど」

澪「!?」

律「TVなんかでも50歳を過ぎてからの晩婚も増えてるって話だし」

澪「だ、駄目だ!! お付き合いは還暦過ぎてから!!」

律「……」

 205X年

律「だだいまぁ~」

澪「おかえりぃ~」

律「いや~。今日も老人会のゲートボールでハッスルしたわい」

律「ところで澪は膝の調子はどないなもんか?」

澪「日が出てきて暖かくなってからは痛みも引いたわて」

律「よかったのぉ」

澪「で、今日はシゲさんどうだった?」

律「相変わらず、律さんや律さんやってアタックがすごいて」

律「今度温泉に行こうって誘われたわ。シゲさん奥さんおるのにのぉ」

澪「!?」

律「こんな歳になっても、そう言われるのは悪い気はせんが……」

澪「いかんいかん!! お付き合いは喜寿を過ぎてから!!」

律「……」

 206X年

律「のぉ、澪ばあさんや」

澪「なんじゃ、律ばあさん」

律「ゲートボール仲間のシゲさんのことじゃがのぉ」

澪「あ? なんじゃって?」

律「シゲさん」

澪「あ~あ~。あの律ばあさんに言い寄ってた爺さんじゃ」

律「そろそろシゲさんも奥さんを亡くして年月が経つからのぉ」

律「最近じゃ寂しくなって、私と一緒に暮らしたいとか言い出しての」

澪「!?」

律「とは言っても、シゲさんもそろそろくたばりそうな感じで……」

澪「お、お付き合いは米寿を過ぎてから!!」

律「そうかのぅ……」

 207X年

律「唯もムギも梓も、以前の軽音部にいたメンバーはみんな先に逝ってしもうた」

律「寂しくなったのぉ……」

律「結局子供はおろか相手にも恵まれなんだし……」

律「のぉ、澪ばあさんや」

澪「律ばあさんや、昼飯はさっき食うたじゃろ」

律「そうじゃったかの~。そんな話だったかのぉ~」

澪「まったく、昔から律ばあさんはわたしがしっかりしてないといかんのだから」

律「すまんのぉ~」

TV「7時になりました。ニュース7です。それでは今夜のトップニュース
   ついに人類の太陽系外への進出。亜光速宇宙船が及ぼす人体への影響は……」

律「なんだか随分飯を食べてない気がするのぉ」

TV「それでは次のニュースです。政府の発表によりますとの日本の人口のおよそ60%が65歳以上である
   というのは先日お伝えしました。そんな超高齢化社会ならではのビジネスが展開されているようです」

TV「最愛の人との死別。しかし医療技術が進歩した今。そうそう死んでもいられない
   そんな余生を長く楽しむため70~80代の間で再婚を望む声が増えています」

TV「そんなニーズに応えるのがこの会社。合言葉はお墓に一緒に入ろう」

律「そろそろお墓のことも考えんといかんようになったのぉ」

澪「どれ、久しぶりに唯たちとせっしょんでもする段取りをしようかの」

律「澪ばあさんもボケてしもうて……」

澪「誰がボケ……フガフガ」

律「入れ歯が外れとるぞ」

律「それにしても、唯達は最愛の人と一緒のお墓に入れて幸せじゃろうて」

澪 フガフガ

律「せめて一緒に墓に入ってくれる相手でも見つけたいのぉ」

澪「ふぉふふぃふぁいふぁふぇんふふぉふぁっふぉうふぃふぇふぁふぁ」

律「入れ歯入れ歯」

澪 カポッ

澪「お付き合いは天寿をまっとうしてから!!」

律「……」

 208X年

澪「律や、こんなに綺麗にしてもろうて」

澪「……本当だったら、子供や孫、もしかしたらひ孫もおったかもしれん
  そんな大勢に囲まれて最期を看取られとったのかの」

澪「こんな婆さん一人だけに送られても、嬉しくないじゃろうて」

澪「本当に、すまんかった」

澪「律だったら、その気になればいくらだって相手がおったじゃろ」

澪「だけど、どういう訳か、大学を卒業してからというものずっと一緒に暮らしておったの」

澪「わたしは、幸せだった」

澪「でも、律はどうだったんじゃろうか……」

澪「律は心残りだったじゃろうのぅ」

澪「わたしも、律に本当の気持ちを伝えることがついにできなんだ」

澪「怖かったんじゃ……」

澪「わたしの本当の気持ちを伝えて、それを律が受け入れてくれるのか」

澪「だから、ず~っと、何も言わなくても律がず~っとそばに居てくれたから……」

澪「ついつい、律に甘えておったんじゃ」

澪「でも律は、本当は誰かと結婚したかったんじゃろうのぉ」

澪「律がそんなことを匂わせる度に、それを引き延ばそうと必死じゃった」

澪「わたしは、自分の事しか考えとらんかった」

澪「歳を取ってからボケたふりをしていたのも、そんな律に対しての後ろめたさからじゃった」

澪「現実から目を背ける為に、何より律への申し訳なさから逃げるために」

澪「それでも、律はわたしを見捨てることなどせなんだ」

澪「お付き合いは天寿をまっとうしてから、か……」

澪「それ以降はさすがにもう律を縛り付けるのは無理じゃな」

澪「わたしの言い付けを守った律はきっと天国でイケメンの仏様でも見つけてよろしくやっとろうて」

澪「そして律を自分の為に縛り付けたわたしは、死んだら地獄に落ちるじゃろう」

澪「だから、もう邪魔はせんから心置きなく楽しんでおくれ」

澪「のぉ、律」

澪「死んでからしか言えん自分が情けないが聞いてくれんか」

澪「大好き」


 … … …

澪「……」

澪「ここは……?」

澪「確か、私は病院のベッドの上で苦しくなって……」

澪「……」

澪「そっか、死んだか」

澪「だとしたら、ここは地獄か」

澪「覚悟はしてたけど、いざそうなるとやっぱり恐いな……」

「悪い子はいねが!!!!」

澪「ひぃっ!?」

律「な~んちゃって」

澪「り、律!?」

律「まったく、待ちくたびれちゃったぞ」

澪「な、なんで律がここに?」

律「なんでって、死んだから?」

澪「そ、そうか……」

澪「私はてっきり律は天国へ行ったもんだと思ってたから
  まさか地獄で鉢会うなんて思ってもみなかったよ」

澪「にしても、死んでから天国へ行く審査って結構厳しいんだな」

澪「私はまだしも、律まで地獄行きだとは」

澪「やっと私と離れることができて天国で楽しくやってると思ってたんだけど」

澪「まぁ、よっぽど徳を積んだ人じゃないと天国って行けないんだろうな」

律「ちょっとさ、あそこ見てみな」

澪「ん?」

 『天国へようこそ。逝らっしゃいませ』

澪「あれ?」

天使「秋山澪様ですか?」

澪「あ、は、はい」

天使「人生お疲れさまでした」

澪「あ、いえ。どうも」

天使「つきましては、天国への簡単な入国審査をいたしますので、こちらの書類に記入をお願いいたします」

澪「わ、わかりました」

天使「りっちゃんが待ってた子ってこの人?」

律「そうそう。私が死んだら寂しくなってすぐ来ると思ったんだけどさ。意外としぶといんでやんの」

天使「そっか、会えてよかったね」

律「天国観光もせずにずっと待ってた甲斐があったってもんよ」

澪「あの。書けました」

天使「はい、結構です。では以後はご自由にどうぞ」

澪「……」

律「あれ? 澪、どうした?」

澪「な、なんで」

律「ん?」

澪「なんで私は天国に来れるんだ」

律「地獄の方がよかったのか?」

澪「その覚悟はしてた」

律「なんで?」

澪「だ、だって。律に対して酷いことしたし」

律「そうだっけ?」

澪「私は、自分のことしか考えずに律の人生を滅茶苦茶に」

律「例えば?」

澪「事あるごとに、お付き合いをするのはまだ早いって……」

律「あー。なるほどな」

澪「挙句、天寿をまっとうするまでだなんて言っちゃって……」

澪「私は律の人生を奪ったに等しいことをしたんだ」

律「でも、もうまっとうしちゃったしな」

澪「うん。だから、もう律がどこの誰と付き合おうが止めはしない」

律「まぁ、もう死んじゃってるけどな」

澪「……うん」

律「じゃあさ」

律「澪、付き合って」

澪「……」

澪「へ?」

律「まさか、この期に及んで『お付き合いは生まれ変わってから』とか言うんじゃないだろうな」

澪「付き合う? 私と律が? え? なんで?」

律「私だって、ずっと待ってたんだぞ!」

澪「で、でも、なんか男の人とお付き合いしたり、結婚したそうな雰囲気漂わせてたし」

律「好きな人の気を惹く方便だって」

澪「ええっ!?」

律「私だって乙女なんだから、できれば相手から告白されたいって思うし!」

澪「じ、じゃあ、私からの何かしらのアクションを待ってたってこと?」

律「そうだよ~。でも澪ったら何時まで経っても『お付き合いはまだまだ』って言うから」

律「結局死ぬまで待っちゃったじゃん!」

澪「なんだよそれ!」

律「でも、私が死んだ後、しっかり澪から愛の告白を聞けたし」

澪「なっ!? あれ、全部聞いてたのか!?」

律「はい~。嬉しいやら恥ずかしいやらでもう顔から火が出そうで」

澪「わ、忘れろ!」

律「律、愛してる、もう一生離さない」

律「だっけ?」

澪「違うし! しかも、もう死んでるんだから一生終わってるし!」

律「そのツッコミはちょっと無粋だな」

澪「はぁ……。ってことはずっと両想いだったってこと?」

律「そうじゃなきゃ普通はずっと一緒に暮らさないだろうな」

澪「今考えてみるとそれもそうだな……」

律「でも、私もそんな澪との関係を崩したくなかったから、一緒に居られるならって
  そういう曖昧な関係も受け入れてたわけだし」

律「そもそも、通夜の時、澪に告白されるまで、なんで澪は私とずっと一緒に暮らしてくれてたんだろ?
  って思ってたくらいだし」

澪「なんて私たちは鈍感なんだろう」

律「まーまー、いいじゃん。結局最後はこうやってお互いの気持ちに気づけたんだし」

澪「最後も最後で死んじゃった後だけどな」

律「とりあえず、もっと天国を楽しもうぜ!」

澪「そうだな。どこか案内してくれるの?」

律「いんや。私もこの天国への入口広場から出たことないからどこに何があるのかわかんない」

澪「え? なんで?」

律「天国ってさ、凄く広いんだって。天使に聞いてみたら
  東京ドーム109億683万3千494個分って言ってたし」

澪「それくらいになったら、なんで東京ドームで表現しちゃったんだろってレベルだな」

律「とにかく広いから死んでから目当ての人に会うのってすごい難しいって聞いてさ」

律「澪がいつこっちに来るかわかんないし、とりあえずここで待ってれば会えるかなって思って」

澪「そっか」

律「そんな待つ姿に感銘を受けたってんで、この辺では私そこそこ有名になってるんだぜ! すごいだろ!」

澪(ハチ公か……)

澪「ところで、唯たちも来てるのかな?」

律「名簿確認したらちゃんといたよ」

澪「そっか」

律「会いに行く?」

澪「そうだな」

律「まぁ、どこにいるのかわかんないけど」

澪「時間はたっぷりあるんだろ?」

律「それもそうだな」

澪「唯とムギ、それから梓にも会えたらバンド再結成だな」

律「お、それで天国ツアー開催か。なんかワクワクしてきた」

澪「お気に入りの線香焚いて~♪ 今夜も南妙法蓮華経♪」

律「ぽくぽく時間♪」

澪「でも、まぁ、とりあえずのところは、生前にやり残したぶん楽しまなきゃな」

律「今度はお互いの気持ちがわかってる間柄としてな」

澪「ふふっ」

律「なぁ、澪」

澪「ねぇ、律」

 「「大好き」」





天使「おい、急に天界の気温が上昇しだしたぞ!」

天使「換気しろ、下界に熱気を逃がせ逃がせ! 暑くてかなわん」

 この冬は記録的な暖冬だったそうな


 おしまい