和『……空気を抜き始める前に説明するわ。

  今、この飛行機は、高度1万メートルを飛んでいる。高度1万メートルの気圧は100mmHgほど。

  エベレストの山頂より1000mも高いといえば、その凄さがわかるかしら?

  突然、人間が、そこに放り込まれたら……

  生身なら、まず酸素が薄すぎて気絶するわね。それから高山病と同じ症状で死ぬ。

  でも大丈夫。酸素マスクからは、新鮮な濃い酸素が送られる。

  でも、もっと恐ろしいのは、その気温よ。

  大体-50度の空気に、晒され続けるの……何の防寒装備もなしに……

  耐えきれるかしら?Tシャツと毛布だけで……』


唯「やめて!和ちゃん!これ以上罪を重ねないで!私は、今、本気で和ちゃんの事を心配している

  これ以上踏み込んだら……私はもうあなたの事を友達と思えないし、あなたは……」

律「唯。言っても無駄だ。和は、私達の想像を遥かに超えた悪だ。」


和『……あなた達は、何もせずに、

  ここの画面から、彼らの悲鳴と、ゆっくり凍り付いていく様子を見ればいい。

  傍観者ほど楽なものはないと言われているけど、楽なことほど辛いのよ……

  でも、暖かい場所にいて、苦しむ人々を見るのは幸せと感じる人間は、この世にみちみちている。

  ねえ、唯。あなた、暖かいコタツに入りながら、私と一緒にアラブの戦争のニュースを見た事があるわよね?

  中学生くらいの時かしら……

  あなたは現実感も湧かずに泣き叫ぶ子供たちを見つめて、真剣な顔をしていたけど……

  どうして本当に悲しいのなら、その時家を飛び出して、世界を変えようとしなかったのかしら?

  その答えをじっくり考えながら、八寒地獄を見つめなさい。

  仏教も、キリスト教も、地獄の一番底は、世界のどこよりも冷たい世界と考えられているのは、興味深いわ……』


律「和。この工具は何をするため?」


和『……真実へ一歩踏み出したみんなに私からのプレゼント。

  実は、その工具箱の底に、小さなリモコンがあるでしょ?それに正しい5桁の番号を入力できたら……

  あなた達の勇気に免じて、客を救うわ。空調を元に戻してあげる。

  そして、その番号を知っているのは私だけ。

  さあ、賢いみんなは何をするべきかわかったわよね?』


梓「じょ、冗談ですよね……」


和『さあ、空気を抜き始めるわよ。

  時間は遅いようで早い。

  ちなみに日常的な服装で-50度の世界に放り込まれたら……

  人は大体2時間で死ぬと言われているわ』


いったい和はどんな気持ちで、声をはずませながらこの録音をしたのだろうか?



律「おい!のどか!起きろ!この畜生!」

和「……」

紬「嘘でしょ……何よ、なんなのよ……何が目的なのよ……」


和『‥…ムギ。

  ……私はただ、あなた達とゲームがしたいだけ。

  けいおん部の団結力を持ってすれば、きっと英雄になれるわ!!

  必要なのは、人類愛と、自己犠牲の精神よ!それを忘れてはいけないわ……

  さあ、何か質問は?』


澪「私にはできない。見えない、聞こえない」

紬(澪ちゃんは、本気で怖がると、床に丸まって腕で全身を包み込むようにしながら、泣きじゃくるのね。

  でも……私に出来ることって……本当に何も無いわ。何も考えつかないわ)



梓「……律先輩。あなたは……」

律「ちょっと不気味だ。なぜ、和は自ら進んで、苦痛を受け入れるのか?わからない。

  でも、用意された以上、やるしかないと私は思う。」

唯「な、何を……」

律「そのための工具だ。なあ、誰かやりたい奴はいるか?」


梓(……そんなの律先輩以外にいないじゃないですか。)


紬(りっちゃんも苦しんでいる。彼女は進んで、自分で一番つらい選択を選ぶ。

  さっきのにしてもそう。やり過ぎかも知れないけれども、

  状況を打破するために、和ちゃんの意識があるかどうかの確認は必須だった。

  誰もやりたがらない、でも必要な行為……

  それは、いわゆる悪だとか、賎しいだとか言われているものだけど

  りっちゃんは、みんなのためを考えて、きっと、それに染まってゆく。

  私は……そんなりっちゃんを救いたい)



唯(みんな苦しんでいる。りっちゃんがきっと、一番この中で喘いでいる。

  りっちゃんがいなければ、私達の心は、爆弾で折れていた。

  いや、きっと注射で折れていた。

  いや、私たちは集まることもなかったかもしれない。

  だから、私も、りっちゃんのために……)


紬・唯「「私がやる……あっ」」

律「唯……ムギ……」

唯「ちょっと、ムギちゃん。私が……」

紬「いいえ、唯ちゃん、わたしが……」


梓(……ああ、そうか。この先輩たちは……私はなんて恥ずべき人間なんだ!

  律先輩こそ、真の人間!二人はいち早く、それに気がついたんだろう。

  私は、律先輩を怖がって……)


律「ありがとう。でも、私がやるよ。もう手は汚れているし」

梓「あ、あの。律先輩、ほんとうにすみませんでした」

唯「あずにゃん……」

律「梓。気にするな」



違和感の正体……その一つがわかった……律と和は同質なのだ。

自分が傷つくこと、汚れることを一切恐れない

躊躇していないのだ。痛がり屋の自分とは比べ物にならないほどに、二人は……

でも私にはわからない。なぜ律は問うたのだ?

『誰かやりたい奴はいないか』、と。同類を私たちの中に求めたのか?

この時、私は幼い頃から一緒にいた律が人間の顔を持った化物に見えてきた


和(律は澪に助けを求めた。澪はそれを無視している。

  きっと今は震えてるんでしょう。でも、このゲームの勝者は……

  律はきっと生き残る。最後にワクチンを手にするのは律。

  律には魅力がある。他の人は、律の為にもはや死を選ぶのも厭わないでしょう。

  ただし、一番恐るべきは律ではなく……一番人間的な人間なのだと思うわ……

  まあ、ただでワクチンを打たせるほど、焼きは回ってないわよ。

  私が死ぬまでたっぷり楽しみましょう、私の最大の敵)


律「和。最後に尋ねさせてくれ。これから私はお前の体を壊す。

  私の気が済むまで壊す。

  さあ、番号を教えろ」

和「……」

律「もう私には救えない」


和『さあ、空気を抜き始めて20分。

  室温は-30度。風がないから、そこまで深刻じゃないけどね。

  でも、酸素マスクを外したら、薄い空気で一気に死ぬわね。

  叫び声も聞こえなくなってきた頃かしら。

  みんな震えていると思うわ。その光景が目に浮かぶ。みんなはそれを見れて、ちょっと羨ましいわ。

  ……』


紬「りっちゃん……りっちゃん……もう……あなたまで……」

律「痛いだろ?さっきからうめき声を漏らしているぜ、和。

  尿まで漏らして、どうしてここまでするんだ?

  なぜ起きない?なぜだ……何が望みだ。ほら、答えろ!

  今度はキリで背中中に穴を開けるぞ!痛いだろ、私だって……」

和「……っ……あ……ひっ」

唯「りっちゃん……もうこいつは何があっても起きないよ……

  前歯をペンチで抜かれても、許し一つ乞わないなんて……

  人間じゃない、こいつは……だから、もう……」

梓「律先輩ごめんなさい律先輩ごめんなさい」

律「ちくしょう、早く答えろ、時間がないんだ、

  今度は釘を、抜けた前歯の痕に打ち込むぞ」

澪「な、なあ。律。もうやめてくれ。

  もう十分だ、もう十分やっただろ。誰も責めないぞ、律、お前はほんとうに…

  さあ、この爆弾を使おう。もう乗客も助からない。苦しそうじゃないか、お客さんたちも。

  寒さに震えて、マスクを離せば死ぬ、

  だからそれに必死にしがみついて、切れると分っている糸に、みんなで必死にしがみついて

  もう楽になろうよ、爆弾を……」

紬「澪ちゃん!……あなたって人は……

  りっちゃんがどれだけの覚悟で……こんな事をやっているかわかってるの!?」

澪「りつぅ……もう見てられないよ……」


和『そろそろ、寒さに耐えられない子供が全滅した頃かしら?

  日常からの突然の転落……

  あなた達と同乗したばっかりに……なんて不幸なの!なんて運がないの!

  飛行機に一切のトラブルはない。

  それなのに、なんでこんな寒い中、指先がすり切れるほどの寒さに暴露されなくちゃいけないの!

  悲しすぎるわ、人生。さ、よく画面を見て。あそこは極寒の地。

  シベリアよりも寒い、高度1万メートルの世界。』




ノドカは人間の形をかろうじて留めているだけとなった。


律「もう……やりつくした。ごめん、みんな。和。お前も……もう……」

和「……っ……はぁ……さ…す……が…っ……ね……」

唯「和ちゃん!どうしてこんな事!」

和「………ワ…クチ…っ……ン……は……ビィ……」

紬「え?」

和「……ビィ…よ……いま……まで……あり……が…」

律「和は死んだ」




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