和が向かったのは病院だった。
別に病気になったわけではなく、
ここに入院している律に会いに来たのだ。

和の姿を見て、律はあからさまに嫌な顔をした。


律「……何しに来たんだよ」

和「怪我して入院してる友達のお見舞いに来ただけよ」

律「ああん? 何をひとごとみたいに言ってんだ。
  私がこんなことになったのは全部お前の澪ファンクラブのせいだろ」

和「その点については申し訳なかったと思っているわ。
  ごめんなさい。治療費は全額払うから」

律「いらんわ」

和「それから、言い訳がましくなってしまうかも知れないけど。
  ちょっと聞いてくれないかしら」

律「そんな前置きするなら最初から話すんじゃねえよ」

和「聞いてほしいのよ。
  律をトラックで轢くように言ったのは、私じゃない」

律「はあ? 命令したのがお前じゃなくても
  会員がやらかしたことならお前の責任だろうが!」

和「分かってる。落ち着いて聞いてちょうだい」

律「言い訳なんて聞きたくないし」

和「そう、じゃあ聞かなくていいわ、勝手に話すから。
  澪ファンクラブの会長は私だけど、
  もう一人、私並みの権力を持っている人がいるのよ」

律「……」

和「それが、佐々木曜子さん。
  彼女はいわゆるカリスマでね。
  会員にも彼女の思想に染まった人が多いわ」

律「……」

和「律を轢いたのも佐々木一派の会員よ。
  それだけじゃなくて、狩りだとか、粛清だとか、
  暴力的なことをやっているのは全部。
  そうやって彼女は澪ファンクラブの絶対的な権力を築こうとしてる」

律「……」

和「そして律も分かっていると思うけど、
  澪もどっちかというと佐々木さん寄りなのよ」

律「……」

和「私だってこんな現状は望んでいない。
  できれば佐々木さんをどうにかしてしまいたいわ」

律「じゃあ早くやれよ」

和「それがね、私一人の力じゃどうにも……
  私は確かに会長ではあるけど、完全にお飾りの状態なのよ。
  澪ファンクラブが生徒会を後ろ盾にするためのね。
  だから実質的に、私はファンクラブ内での権力はないに等しい」

律「……」

和「だから律に協力してほしいの」

律「ああん?
  なんで私が巻き込まれなきゃいけねーんだ。
  ファンクラブのことはファンクラブで解決しろよな」

和「だからそれが難しいから頼んでいるの。
  律にはファンクラブに入ってもらって、
  澪を佐々木さん側からこっち側に寄せてほしいのよ」

律「それに何の意味があるんだ?」

和「ファンクラブの最大権力者は私でも佐々木さんでもなく、結局は澪なのよ。
  澪を私の側に付けられれば、佐々木一派に対して断然有利になれるわ。
  今、澪はお姫様のように持ち上げられることに酔いしれて、
  佐々木一派の方に付いている。だからそこから引き剥がすことは難しいけど」

律「澪の親友である私が和側について、澪を説得すればできる、ってか?」

和「そういうことよ」

律「バーカ、あいつはファンクラブの力をちらつかせて
  私からケーキを取っちゃうような奴だぞ。
  今のあいつが私の話を素直に聞くとは到底思えん」

和「それはファンクラブに入っていないからでしょう?
  ファンクラブに入って澪の仲間になれば、
  あなたが邪険に扱われることもなくなるはずよ」

律「なんか怪しげな勧誘をうけてる気分だ」

和「とにかくまずはあなたの力が必要なのよ」

律「でもそんなことでうまくいくのかよ。
  お前の話聞いてると、澪がお前側についたくらいで
  佐々木一派はびくともしないと思うんだけど」

和「いいえ、大丈夫よ。
  もうひとつ、この状況を覆せるファクターがある」

律「なんだよ、それ」

和「それはまだ言えないけど、私はなんとかして
  佐々木さんより早く手にいれてみせるわ。
  その暁には協力頼んだわよ、律。
  澪ファンクラブ第1隊・エンペラーの座は
  あなたのために空席にしてあるんだから」

律「まだ協力するとは言ってない!
  お前のことも信用してないしな」

和「そう、でもいつか心変わりしてくれると信じてるわ。
  今の澪ファンクラブは、全校生徒からの憎しみの対象だと思ってるから」

律「その澪ファンクラブのトップが言う言葉じゃねえやな」

和「かもしれないわね。じゃあ私は帰るわ」

律「ああ」

和「……ところで律」

律「なんだ?」

和「澪のご両親がどこの生まれか、知ってる?」

律「……」

和「……」

律「……」

和「……」

律「知らんな」

和「そう」

和は短く別れの挨拶を告げると、
律の病室を後にした。




その数分後、唯と紬、そして梓が
見舞いにやってきた。


唯「やっほーりっちゃん、お加減いかが?」

紬「フルーツバスケット買ってきたの。良かったら」

律「おー、ありがとう……
  ところでお前ら、会わなかったか?」

梓「え、誰にですか?」

律「いや、会ってないならいいんだ」

梓「?」

唯「いつまで入院?」

律「2ヶ月くらいだってさ」

唯「ふーん、結構長いんだねー」

律「退院しても通院しなきゃいけないからなー。
  やってらんないぜほんと」

紬「許せないわね、澪ファンクラブの人たち」

唯「一発ぶん殴ってやりたいね」


梓「あのー……そのことなんですけど」

唯「ん、何?」

梓「律先輩のかたき……取れるかも知れないです」

紬「どういうこと?」

梓「実は……言おうかどうか迷ったんですが、
  こんなものを偶然手に入れまして」すっ

唯「何この封筒」

梓「中、見て下さい」

唯「? うん……」ぺらり

紬「これ、澪ちゃんの出生証明書?」

唯「え、ええーっ! 澪ちゃんのお母さんって朝鮮人だったの!?」

紬「ということは、澪ちゃんって在日朝鮮人ってやつ?」

唯「えええええ……在日だったなんて……
  薄々そんな気はしてたけど」

紬「在日と一緒に毎日部活やってたなんて……」

律「……」


唯「あずにゃん、どこでこんなものゲットしたの?」

梓「立花姫子さんって知ってますか。
  今日壁新聞に出てた……」

唯「姫子ちゃんならうちのクラスメイトだよ」

梓「あ、そうだったんですか。
  その人から渡されたんです、それ。
  私が受け取って逃げてる途中に、立花さんは
  澪ファンクラブに捕まっちゃって……」

紬「そうだったの……」

梓「そ、それでですね……
  これを大っぴらにしてしまえば、
  澪ファンクラブは転覆するんじゃないか、と」

唯「おー、確かに! すごいよあずにゃん、大手柄じゃん!」

梓「えへへ……」

紬「でも、大っぴらにするって言ってもどうやって?
  掲示板なんかに貼ってもすぐ剥がされるでしょうし」

唯「コピーして大量にばらまく、とか?」

紬「いいわね、それ」

律「オイ」


唯「なに、りっつぁん」

律「……あんまり先走ったことはしないほうがいいんじゃないのか?
  相手は澪ファンクラブだぜ。
  規模もデカイし、手段を選ばない卑劣なヤツらだ。
  小手先のやり方じゃ逆にやられるだけだと思うぞ」

紬「うーん、確かに……
  じっくり作戦を練ってから行動したほうがいいわね。
  これを持った立花さんを澪ファンクラブが追っていたということは、
  生徒の誰かにこれが奪われたことは澪ファンクラブも知ってるだろうし……」

律「ああ、知ってるだろうな」

梓「そうですね、ファンクラブも警戒を強めてるはずですね……」

唯「えー、じゃあどうするの? 黙って見てるだけ?」

梓「そうは言ってません、とにかく安直な行動は避けたほうがいいってことです」

紬「そーね。この出生証明書は唯一の武器だもの……
  使いどころは考えないと」

律「ああ、そうだな」

梓「そうだ、律先輩、これ預かっといてもらえませんか」

律「え、私がか」

梓「はい、私が持ってるより安全でしょうし」

律「……そうだな。
  あいつら、血眼になってこれを探してるはずだ。
  学校には持っていかないほうがいい」

梓「それにここなら、流石の澪ファンクラブも
  暴れられないでしょうしね」

律「おう、預かっとくよ」

梓「お願いします」

紬「ところでどうする? 今後の作戦!」

梓「ムギ先輩、なんかテンション上がってませんか」

唯「はい、ととのいました!
  まずあずにゃんが爆弾を抱えてファンクラブに突っ込みます!
  私たちはそのスキに……」

梓「真面目に考えてください!」

律「つーか病室で騒ぐなよ。個室だからいいけど」

そのあと、4人は遅くまで作戦会議を続けた。
これといった案は出なかったので、
また明日への持ち越し、家に帰って各自考えておくように、
と律が総括して、解散になった。




病室には律ひとり。
消灯後、布団の下から封筒を取り出し、
窓から差し込む月明かりにかざす。


律「今日、和が言っていたのはこれのことか……」

律「澪が在日だってこと……
  ずっと隠せるかと思ったけど、
  こんなとこで明らかになっちゃうなんてな」

律「でも仕方ない。
  今はこれがあの忌々しい澪ファンクラブを
  ぶっ倒すための、ただひとつの武器なんだ」

律「梓たちにはどうにか頑張ってもらって、
  これをなんとか全校生徒に公表してもらわないと」

律「そうすれば澪も、目をさますはずだ」

律「悪いな和、やっぱりお前には協力できない。
  澪ファンクラブ内の派閥がどうなっていようと、
  お前がファンクラブにいる時点で私の敵だ」

律「こっちはこっちでやらせてもらうぜ。
  この出生証明書があるぶん、
  私たちのほうが一枚上手なんだからな……」




翌日。

先生「えー、生徒会の風紀活動の一環ということで、
   抜き打ちの持ち物検査をしまーす」

「持ち物検査ー?やだー」
「うわーゲーム持ってきてるんだよ今日」
「私もゲームキューブ持ってきたー」
「ファッション誌ってアウトかなー」
わいわいがやがや


梓「……」


先生「持ち物検査は生徒会直属機関である
   澪ファンクラブの真鍋会長と佐々木さん他幹部の方たちが
   順々にクラスを回って行われるそうなので、
   みなさんはそれまで待っていてください」

「やべーぼしゅられるー」
「あっアイツに今日CD貸したんだったー」
「まじでーそれ没収されるんじゃねー」
わいわいがやがや


梓(澪ファンクラブが……ということはやっぱり
  あれを探すための持ち物検査か)



持ち物検査終了後。

梓「ふぅーっ」

憂「どうしたの梓ちゃん、すごくホッとしてるみたい。
  なにか危ないもの持ってたの?」

梓「いやー、今は持ってないよ」

憂「今は?」

梓「昨日のうちに律先輩に預けといたんだ。
  それが何かは言えないけど」

憂「そうなんだ」












憂「そうなんだ」


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