翌日。
梓は澪の出生証明書を手に入れたものの、
それをどのように使えばいいのか分からずにいた。
とりあえずカバンの奥底に忍ばせて、
いつもどおり学校へとやって来たのだった。

中庭の掲示板の前には人だかりが出来ていた。
澪ファンクラブ会報の号外が貼り出されていたのだ。
そこには昨日、梓に出生証明書を渡した3年生の写真が掲載され、
その上にどでかく「反体制者に粛清を!」と書かれていた。


梓(あの人、立花姫子さんって言うんだ)


澪ファンクラブに捕まった立花姫子……
今ごろどのような目にあっているのだろうか?
梓は想像を巡らせた。
澪ファンクラブに逆らうと粛清される、というのはみな知っているが、
具体的にどうなるのかは明らかにされていなかった。


憂「怖いよねー、こういうの」


いつのまにか梓の隣には憂がいた。


梓「……でも、おとなしくしてれば、何もされないし」

憂「そうだね。でもまあ、何もしてなくっても、
  何かを隠し持ってたりしたら、マズイだろうけどね」

梓「ぎくーっ」

憂「どうしたの? 梓ちゃん」

梓「いや、なな、なんでもない……」


そうだ、持っているだけでもマズイのだ。
仮にここで澪ファンクラブの誰かにカバンを取られて
中身を見られでもしたら、その時点で
自分も反体制者として捉えられて粛清されてしまう。


梓「あのね憂、仮に、もしも、イフの話なんだけどさァ。
  そういうファンクラブに目をつけられそうなものを持ってたとして、
  どこに隠しておくべきなのかなぁ」

憂「うーん、難しいね。まず不用意に持ち歩くのは危ないだろうねぇ」

梓「だ、だろうね」

憂「ファンクラブの手が届かないところに置いとくのがいいんじゃないかな?」

梓「そ、そうだよね……」

憂「でも、そんな場所ないだろうけどね」

梓「そ、そうかな……」

憂「梓ちゃん……何か持ってるの?」

梓「持ってない、持ってないよ!」

憂「ふーん」

梓「ちょと友達から預かり物があって、
  他の人に見られるとマズイんだよね。
  だからちょっと聞いてみただけ」

憂「そっか。
  いきなりファンクラブに目をつけられそうとか言い出すから、
  焦っちゃったよ」

梓「あははは……ごめんごめん。
  さ、もう教室行こ。HR始まっちゃうし」

憂「そうだねー。梓ちゃん」

梓「何?」

憂「あんまり危ないことはしちゃだめだよ」

梓「へ? うん……?」




生徒会室。
そこには澪ファンクラブ会長、真鍋和と
幹部の一人である佐々木曜子の姿があった。


和「来年のファンクラブ活動費はさらに上乗せできそうね」

佐々木「どうせなら今期から上乗せできないの?
    来年、私たちはもう卒業よ」

和「ム・リ・よ。他の部活や行事との兼ね合いもあるし」

佐「このさい要らない部活とか行事は潰しちゃってもいいんじゃない?」

和「またあなたはそんなことを……」


ガラッ

会員「澪のパンツは!」

佐「縞パンツ!」
和「縞パンツ!」  ←会員同士のあいさつ


佐「どうしたの、会員ナンバー0115佐藤さん」

会員「はい、また反体制者を発見しました。
   秋山さんの悪口を言っていたのですが、どうしましょう?」

佐「悪口の内容は?」

会員「秋山さんは権力を傘にきていけすかない、うざい、などと」


佐「ふうん……それなら『粛清』をくれてやるまでもないわね。
  上靴水没、ノート破り、体操服切り裂きくらいで許してやりなさい」

「はっ! 明日までにやっておきます!」

ガラッ

和「……」

佐「ふう……最近反体制者が多いわね。
  どう思う? 真鍋さん」

和「あなたはやり過ぎだと思うわ」

佐「バカね、これくらいはやらなきゃ。
  私たちの権力を支えているものが何だか分かる?」

和「一般生徒たちの恐怖……」

佐「そう、恐怖よ。
  私たちは圧倒的な力によって生徒たちに恐怖を植え付け、
  それによって今の権力を築いた。
  今でもまだヌルいくらいだと思ってるわ。
  それこそ反体制者が一人も出ないくらいになるまで締め付けないと」

和「そんなことをしていれば、
  いつか足元を掬われるわよ」

佐「掬われるものですか。この私が」

和「……」


佐々木曜子。
澪ファンクラブの勢力拡大に一役買った功労者である。
そのカリスマ性によって次々と会員を増やし、
現在のファンクラブの地盤を築いた。
特筆すべきはその類まれなる演説能力であろう。
刺激的な物言いと完璧に緩急を心得た喋り方で人心を掌握するさまは
初代会長・曽我部恵をして「プロパガンダの天才」と言わしめたほどである。
彼女は澪ファンクラブに逆らう者を反体制者とし、
気に食わない人間を粛清していった。
生徒会権力をファンクラブのものとするために
真鍋和を生徒会長に仕立て上げたのも佐々木の仕業である。
そんなわけで澪ファンクラブの会長は真鍋和であるが、
実質的に権力を握っているのは佐々木の方であった。
和はそんな状況に危機感を募らせていた。


佐「反体制者へのお仕置きについては色々と実験中でね。
  もっと強くするべきか否かをね」

和「……まさか、律がトラックに轢かれたのって」

佐「ふふん」

和「バレー部の豊崎さんが階段から落ちて骨折したのも、
  お笑い芸人研究部の日笠さんが本棚の下敷きになったのも……」

佐「私じゃないわ。一部の会員がちょっとやりすぎたのよ。
  私は実験程度に留めておきなさいといったのにね」

和「あなたねえ……!!」

和「流石にそれはやりすぎでしょう?
  下手すれば死人が出るわよ」

佐「もし出れば、さらにこの学校の人たちは
  私たちの恐ろしさを自覚するでしょうね」

和「いいかげんに……」

佐「何? 私に逆らうの?
  私のおかげで生徒会長になれたあなたが?」

和「……」

佐「真鍋さん、あなたは何も心配しなくていいの。
  私に任せてくれさえすれば、澪ファンクラブはもっともっと強くなる。
  あの反体制組織のARCHの連中だって、すぐに屈するはずよ」

和「…………ARCHといえば、
  昨日捕まえた立花さんはどうなったの?」

佐「地下壕で尋問中よ。
  あの書類の在り処はまだ吐かないみたい」

和「そう」

佐「一緒に様子を観に行ってみる?」

和「そうね。見ておこうかしら」



地下壕。
戦時中、桜が丘高校の下に掘られた防空壕を改造したものである。
ここに入れるのは澪ファンクラブの中でも限られたメンバーだけだ。

この地下壕に、反澪ファンクラブ組織・ARCHの構成員である立花姫子が囚われていた。


佐「立花さんはこの捕虜収容室で尋問を受けているわ。
  どう、立花さんはなにか吐いた?」

会員「いえ、昨日から尋問を続けているのですが、なかなか」

和「尋問……? これが?」


部屋の中は姫子がひとりだけ。
その姫子はロープで体を縛られ、
頭に大きなヘッドホンを付けていた。


会員「はい、秋山さんの『ときめきシュガー』の朗読テープを、
   あのヘッドホンで聴かせているんです」


『大切なあなたにカラメルソース、メイプル、ハチミツ……』


姫子「ぐあああっ! いやああああ!!」

和「な、なんてむごい……
  これじゃあ尋問じゃなくて拷問でしょう!!」

佐「立花さん、全身が痒くなるでしょう、もう聞きたくないでしょう。
  早く吐いちゃったほうが身のためよ」

姫子「くっ、誰が吐くものですか……」

佐「さあ答えるのよ。アナタ以外のARCHのメンバーは誰?
  あの極秘書類をどこへやったの?」

姫子「……」

和「ちょっと、もうやめなさい。
  こんな拷問、人道に反しているわ」

佐「立花さんが吐かないんだから仕方が無いでしょう」

和「だからって……!」

佐「音量を最大にあげなさい」

「はっ!」

『あなたの火加減でおいしくなるの!!』
姫子「ぎゃああああああああああ!!」ガクッ

佐「気絶しちゃったか……まああの恥ずかしい朗読を
  大音量で聞かされればこうもなるわね」


和(佐々木曜子……やはりこの人は危険だわ。
  なんとかできるのは会長である私だけ……
  そのためにも早くあの出生証明書を取り戻さないと、
  佐々木さんよりも先に……
  しかし、一体どこに行ったというのかしら)


佐「さすがに口が堅いわね。
  ところで真鍋さん、これからどうする?」

和「……まずは書類を取り戻すのが先決ね、
  なにはなくとも」

佐「でしょうね」

和(ARCHの手に出生証明書が渡ったとなれば
  確実に向こうは打倒ファンクラブの行動を起こす……
  そうなれば私も佐々木さんと共倒れだわ)

佐「問題は、どうやって取り戻すか……ね」

和「難しいわね。間違いなく、どこかに隠しているでしょうし」

佐「そう? 今書類を持っている人は、
  肌身離さず身につけてるんじゃないかしら」

和「それは逆に危ないでしょう」

佐「よく考えてみなさい。ARCHにとって
  私たちと戦うための唯一の切り札、それがあの書類なのよ。
  いつ何があってもすぐに使えるように、
  常に持ち歩いているに決まっているわ」

和「そう……かなぁ」

佐「よし、抜き打ちで持ち物検査をしましょう」

和「持ち物検査、ね。
  まあ一応やってみるのも悪くはないわね」

佐「ええ、これで見つからなければ
  学校中を虱潰しに探せばいいわ。
  それでも見つからないなら学校の外も」

和「で、いつやるの?」

佐「明日よ。他の会員たちには私から連絡しておくわ。
  教師たちには生徒会の名で申請しておくから」

和「ええ……
  じゃあ私、これで」

佐「どこいくの?」

和「ちょっと寄るところがあるから」

佐「ふうん……? じゃあまた、明日」

和「ええ、また」



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