580 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/29(土) 18:10:11.79 ID:AmXg8dhyo



9月28日


エリ「今日で辞めたんだよね」

姫子「うん」

エリ「おつかれさま!」

姫子「ありがと、長かったな……」

いちご「……」

和「……」

姫子「あれ、二人はテンション低い?」

和「というより、音が五月蝿いから、話しづらいのよ」

姫子「あぁ……まぁ、しょうがないよ」

エリ「いいよね、このリズム♪」


いちごと和は喋るのも面倒といった風で、エリは楽しそうだった。


姫子「今日はこれだけ?」

和「――え?」


聞き取れなかったみたいだ。


姫子「今日はこのメンバーだけ!?」

和「後で、――と信代――が来るわ」

姫子「――え?」

和「……」


ドンドンドン!


わたし達の声を遮る重低音が防音設備の整ったダンスフロアに鳴り響く。


「はい、姫ちゃん」

姫子「ありがと、風子」


マスターと楽しそうに話をしていた客――風子がオレンジジュースを持って来てくれた。


エリ「マスターと仲良いよね」

風子「うん。マスターの話楽しいよ」


柔らかい素材で出来たソファに座って一息つく。


姫子「……ふぅ」


自然と着ける様になった香水と、アクセサリー。

着る服も変わってきた。

581 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/29(土) 18:12:39.42 ID:AmXg8dhyo



風子「ね、姫ちゃん、今度マスターと遊びに行かない?」

姫子「ん……考えとく」

風子「前も同じこと言ったのに、忘れたよね」

姫子「忘れてないよ、忙しくて連絡できなかっただけ」

風子「息抜きにって誘ったのに」

姫子「……ごめんね」

風子「だから、行こうよ」

姫子「……」


確かに、マスターは魅力があるし、風子が好きになる気持ちも分かる。

けど、……なんというか。


「姫子、アルコールはいいの?」

姫子「明日、朝から大切な用事があるので、遠慮します」

「せっかく新しいカクテルを開発したんだけどな」

風子「ごめんね、マスター」

「どうして風子が謝るのか、分からないんだけど」

エリ「あはは」

姫子「笑うととじゃないでしょ」


ドンドンドンドン!


和「……」

いちご「……」


二人はしずかに見ているだけだった。

この音に慣れていないようで居心地が悪そう。


俺「マスター! 音響設備の点検終わりました!」

「うん、ありがと」

俺「その、明日一緒に食事でもどうっすか!」

「ごめん、無理」


玉砕してしまった。

肩を落として歩いていく。

582 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/29(土) 18:17:51.09 ID:AmXg8dhyo



風子「あー……」

エリ「いいんですか?」

「帰って漫画を読んでいるほうが楽しいから、気にしないでよ」

姫子「気にしてるのは向こうの落ち込みなんだけど」

風子「マスター、今度遊びに行きませんか?」

「いいけど、そのマスターってやめてよ」

風子「瀬織さん、今度遊びに行きませんか?」

瀬織「遊びって言っても、どうせキャンプでしょ? 飽きないね」

風子「楽しいよね、キャンプ」

姫子「……まぁね」


この夏は行っていないけれど。


音が鳴り止み、しずかな空間に変わる。


俺「マスター、また来週お願いしやっす」

瀬織「うんー、おつかれー」

俺「うぅ、そっけない……」


このクラブのマスターである瀬織さんは綺麗だから人気があるけれど、本人は気付いていない。
というより、完全に興味が無いといった風だった。


和「やっと喋られるわ」

いちご「……うん」

瀬織「それじゃ、用があったら私のところまで来させてね、風子」

風子「はい、分かりました」

瀬織「それじゃ、ごゆっくり」


瀬織さんはカウンターの中へ。


姫子「……貸切?」

風子「うん。今日は休みなんだけど、気前良く貸してくれたよ」


なにか、企んでる顔だな……。
ここに呼ばれた理由をわたしは聞かされていない。


エリ「マスターとはどういう出会いだったの?」

風子「橋の下でテント張ってたの」

エリ和「「 えぇ!? 」」

いちご「……嘘っぽい」

姫子「いちごの気持ちも分かるけど、本当だから」

風子「いちごちゃん、酷いよね」

姫子「狼少年だから、しょうがないよ」


偶に嘘吐くからこうなる。
すぐにバレる嘘だから被害は無いといっていいけれど。

583 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/29(土) 18:22:12.29 ID:AmXg8dhyo



和「それで、明日の準備は出来てるの?」

姫子「うん。自信を持って受けられるよ」

和「そう、良かった」

姫子「ありがとう、和」

和「頑張ったのは姫子よ、私は応援しただけ」

姫子「応援のおかげでここまでこれた、だからありがとう」

和「……えぇ」

風子「照れてる」

和「素直になられると、ね。そこが姫子の長所だけど」

エリ「それじゃ、明日はバッチリだね」

姫子「どうかな」


ドアが開いて、わたし達のところへ近づいてくる二人の姿。

信代と春子。


信代「みんな久しぶりー」

エリ「ひさしぶり~」

春子「今日は和も出席なんだ、珍しい」

和「いつもタイミングが悪くてね」

姫子「春子、おめでとう」


そう言って鍵を放る。


春子「おっと……?」

姫子「お祝い」

春子「マジで……?」

姫子「うん。大事に使って」


バイクの鍵。最近乗っていなかったから、譲ることにした。


風子「……」

いちご「…………いいの?」

姫子「乗っていられる時間が減ったから、丁度いいかなって」

春子「やったー、柔道がんばっててよかった!」

風子「このために頑張ってたの?」

春子「もちろん違うけどさ」

信代「で、明日の面接はどうなの? 最終は内定者案内のようなものって聞いたけど」

姫子「それは分からないけど、頑張るよ」

風子「……」

姫子「なにしてるの、風子?」

風子「ちょっと見せて」


腕のブレスレットを勝手に外された。

584 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/29(土) 18:24:06.26 ID:AmXg8dhyo



明日が最終面接。

周りと遅れる形になってしまったけれど、望んでいた会社だから一念発起で気合を入れた。

論文を出すということで、和に手伝ってもらっていた。


エリ「和さんの会社でしょ?」

姫子「うん」

信代「和、拾ったビー玉なんだけど、これで内定を取り付けてくれませんか」

風子「あと、今拾ったアクセサリーもお付けします」

姫子「返して、これわたしの腕からとったブレスレットでしょ」

和「信代、それを受け取ったら姫子の印象が悪くなるわ」

春子「まぁ、そうだよね~」

和「今頃ビー玉なんて、小学生じゃないのよ?」

春子「そっちかぁ……」


~♪

着信メロディが流れる。


この着信音は……。

ディスプレイに懐かしい名前が表示されている。


姫子「席外すね……風子、冬から」

風子「え! 代わって」

姫子「まだわたしが出てないでしょ」


小走りに外に出て通話ボタンを押す。


『もしもし』

姫子「もしもし、久しぶり」

『はい、お久しぶりです』


前に会ったときより落ち着いた声。


姫子「どうしたの?」

『わたしじゃないんです、用事があるのは』

姫子「?」


じゃあ、夏?


『姫ちゃんさん、人と人が出会うって奇跡だと思いますよ』

姫子「???」

『はい、どうぞ』

『う、うん……』


誰かに代わろうとしている。
男性の声だけど……駄目だ、予想がつかない。

585 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/29(土) 18:28:46.83 ID:AmXg8dhyo



『もしもし』

姫子「も、もしもし」

『あれから、身体の異変は無かった?』

姫子「ど、どれから?」

『名前を言ってください』

『あ、あぁ……えっと、俺の名前は――』

姫子「……つば……め?」


やけに落ち着いているわたし。


『あ――うん』

姫子「……」


回復するって信じていた。


姫子「どうして冬と一緒なの?」

『旭川の病院に通院してるから、鉢合わせしたんだ』


声が落ち着いている気がする。


姫子「……そう」

『言っておきたいことがあったから、彼女にお願いしたんだ』

姫子「?」

『キミに、伝えたいことがあったから』

姫子「……」

『崖から落ちたあの日、俺は白い死神に会った』

姫子「――!」


風子から聞いた死神と同じだと直感的に悟った。


『そこで、兄と会って話をしたんだ』

姫子「……」

『とても……怒られた。周りを傷つけたこと、キミに生死の狭間に落としたこと』

姫子「……うん」


それは当然だ。わたしもあの時、腹を立てていたんだから。



でも、良かった。

586 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/29(土) 18:32:24.12 ID:AmXg8dhyo



『俺の分まで生きろって言ってくれた』

姫子「…………うん」

『意識を戻して、目を覚ましたら、義姉さんがいて、婆ちゃんがいた』

姫子「……」

『義姉さんからキミのことを聞いた』

姫子「あ……」

『?』

姫子「どうして今まで連絡をしなかった……?」


怒気を帯びた声になる。


『ごめん、なんというか。これ以上、俺に関わらないほうがいいと思っていたんだ』


世話になった看護師、北上さんから連絡は受けていたけれど、あまりにも身勝手で怒りが沸いた。


『それを彼女にも同じように説明したら、怒られた』


代わりに怒ってくれたんだ、冬……。


『少し、一人語りになるけどいいかな』

姫子「……うん」


燕を支えてくれる人ができたのだろうか。



『キミがツバメのヒナを拾ってから、俺の運命は変わった』


――あの時まで自分の命を呪っていたんだ。

人を死なせてしまう運命の中にいるようで、苦しかった。

だけど、ヒナがキミと、キミ達に出会わせてくれた。

ヒナを通して、旅の中で出会った人たちもいる。

小さな出会いだけど、

いつもひとりじゃなかった――


『気付けないほど小さな幸運だけど、それを見つけることが出来た』


姫子「……っ」


『ありがとう、姫子』


姫子「――ッ!」


一滴、わたしの頬を伝う。

587 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/29(土) 18:36:34.60 ID:AmXg8dhyo



良かった。

ひとりじゃなかったんだ。


『キミは恩人だ』

姫子「……すぅ……はぁ」


深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。


『それじゃ、これで』

姫子「あ……訊きたいことがある」

『なに?』

姫子「燕のお祖母さんとはどうなの?」

『……あ、えっと……』


まだ確執が……。


『俺が獣医になるのを認めてくれた』


良かった。あれ……今の間はなんだろう。


『昔住んでいたとこの隣人が、亡くなった父と同業者なんだけど、その娘が獣医でさ――』


なんの話?


『その獣医の先生とこでバイトとして働かせてもらってるんだ』


あぁ、繋がった。


姫子「病院の跡取りは……?」


『婆ちゃんの跡取りは、俺じゃなくその……隣の家がエリート家族で、息子、ソイツが候補になってる。
 昔は嫌な奴だったんだけど、彼女が出来て性格が変わった』


饒舌だな……。こんなに喋る人だったんだ。


『その彼女がキミと面識のある看護師さんなんだ』

姫子「へぇ……驚いた」

『うん、俺も驚いた』


世間は狭いんだと実感した。


『それと、最後にもう二つ』

姫子「?」

『死神の周りを一羽のツバメが飛んでいた。黒猫が言うには、恩返しをしたって』

姫子「……」


黒猫……。

588 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/29(土) 18:38:28.26 ID:AmXg8dhyo



姫子「あのヒナは空を飛べたんだ……」

『うん。メルヘンチックだけど……。それと、俺の名前は、ツバメじゃないよ』

姫子「――は?」


突然のことに間の抜けた声が出た。


『本当の名は――』

姫子「え、燕って自己紹介――したっけ?」

『いや、してない。あの時は――』


え――?

わたしはずっと間違えた名前を呼び続けていたんだ……。

なに、これ。とっても恥ずかしい……。


風子「顔赤いけど、告白でもされたの?」


確か、和琴の温泉で――


「あの人、燕って名なの?」

「あ、えっと――」

「そうだよ」



――そうだよ。


って言ったのは風子。


二年越しに人の名前を間違えてると気付くなんて……!


風子「話を盗み聞きしていたけど、ツバメさんでしょ?」

『もしもし……?』



なんだろう、この二人に凄く腹が立ってくる。



姫子「風子っ!」


ビシッ


風子「いたっ!?」

姫子「燕の名前ツバメじゃないって知ってたでしょ!?」

風子「知ってたけど……どうしてチョップ?」

姫子「あ……確かに」


これはただの逆恨みだ。

589 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/29(土) 18:44:26.88 ID:AmXg8dhyo



風子「もうあだ名みたいなものだったから……実名も知らなかったし……」

姫子「で、でも……!」

風子「叩いた罰として、ツバメさんにも同じことしてきて」

姫子「――は?」


つまりチョップをしてこいと……言ってるの?


風子「まだ、ただいま、って聞いてないよ」

姫子「え……?」

風子「姫ちゃんの一人旅、まだ終わってないでしょ?」

姫子「…………」

風子「なんて……ね」


終わったつもりでいた。

あの三日間の出来事は、わたしを潰そうとした。

潰れなかったのは、支えてくれた人たちがいたから。
折れそうな心を支えてくれた友人達がいたから。

みんなに恩を返すつもりで頑張った。


姫子「わたしは……どうすればいい?」


代わりにわたしが北海道へ行けば、旅の続きを始めれば、今まで頑張ってきた時間を潰すことになる。

和には忙しい時間の合間に論文を見てもらった。

いちごにも手伝ってもらった。

信代にも春子にも、エリにも……。


風子「選んだ方を信じて。私もそうしてきたから」

姫子「……分かった」


『……』

姫子「もしもし?」

『ふふ、待ってますね。もう一度代わります』

姫子「冬?」

『…………どうしたの?』

姫子「色々と、許せないことがあるから」

『……うん。キミには酷いことをたくさんした』

姫子「叩きに行っていい?」

『……え?』

姫子「……」

『……あぁ。罰は受ける。罪は償う』

姫子「……じゃ」


プツッ


590 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/29(土) 18:48:40.05 ID:AmXg8dhyo



姫子「……」


季節は秋。


北海道の道を走るには厳しいかもしれない。


だけど、あの終わり方は自分でも納得がいかないものだった。



風子「それじゃ、姫ちゃんの相棒の鍵を返してもらいにいこうか」

姫子「あ――」


忘れてた。


あげたものを返せって、恥ずかしいな……。


風子「あげたものを返して欲しい」

春子「ん?」

姫子「ちょ……! 風子!」

風子「そういうことだよね」

姫子「言い方ってあるでしょ!」

和「なにかあった?」

姫子「え?」

いちご「……姫らしくなった」

姫子「……?」

エリ「最近、というか、北海道から帰ってきてからの姫子は、魂を取られたようで、
   なんだか物足りないなぁって気持ちでした」

信代「私もそう思ってた」

姫子「……」


そんな風に見られていたんだ。
全然気がつかなかった。

591 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/29(土) 18:50:55.82 ID:AmXg8dhyo



春子「そういうことなら、はい。返す」

姫子「……ごめん」

春子「いいって、バイクより姫子の方が大事。……って風子が言ってた」

風子「言いました」

エリ「風子さん、バイク持ってないでしょ~」

和「苦しいわね、春子」

春子「恥ずかしい……」

いちご「……バイクに乗って、どこへ?」

姫子「…………忘れ物を取ってくる」

和「そう、気をつけてね」

姫子「和、いちご、ごめん」

いちご「……わたしより、和に」

和「私よりいちごに……ってことは気にしていないということね」

いちご「……うん」

姫子「明日、電話で辞退の連絡するから」

和「えぇ、それだけは忘れないでね」

姫子「うん。必ず。……みんな、ありがとう」

春子「え、今から!?」

姫子「早く行かないと雪が降るから、それに、時間が経つと許してしまいそうだから」

信代「よくわからないけど、まぁ、気をつけて」

エリ「安全運転だよ~?」

姫子「うん! 帰ってきてから話すから!」


気持ちが走って、足を動かしてしまう。




家に帰って、荷物を積めて、テント……?

押し花のしおりも持っていこう。

色々考えながらバイクに跨り、ヘルメットを……と、その前に。


姫子「グッド・ラック」 45