538 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/28(金) 19:09:04.32 ID:+dEPnVKoo



姫子「捕まえた」

燕「見せて」

姫子「ほら……あ」


跳ねて飛んでいってしまった。


姫子「ぅ……!」


手の平に変な液体が……!


燕「言っただろ、消化器官のウィルスだって。あんなの食べたら消化できなくて苦しむ」


ポケットからティッシュを取り出して手を拭いてくれた。


姫子「それじゃ……どうするの?」

燕「獣医に薬を貰ってるから、それを与える」

姫子「……」


いつも経験している意地悪さとは別に、他人にこういうことをされると気分は良くない。


姫子「最初に言ってよ」

燕「勝手にやるって言い出だしたのはそっちだろ」


結構性格が悪いな。

違う、お互い様……だ。


姫子「……」

燕「……」

雛「ぴぃ……」


頭を抑えて無理やり口を開かせてそこから薬を注入している。

こういうのって、素人が出来ることなのかな。


姫子「獣医目指してるの?」

燕「……いや…………」


どうして手馴れているのか。聞いていいことじゃないみたいだ。


燕「よく、動物を手当てしていたから、その延長上で慣れているだけだ」

姫子「……」


触れてもよかったのかな……。燕のことがよく分からない。

分からなくて当然だと思い直す。出会ってからたった一日分しか話をしていない。

539 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/28(金) 19:10:51.03 ID:+dEPnVKoo



「あれ……ひょっとして……」

姫子「あ、光……」

光「姫子さん!? どうしてここに!」

姫子「風子に勧められてね。何か企んでいたっぽいけど……」

光「はぁ……そうですか」


良かった。
出会えた。


燕「……?」

姫子「どうしたの?」


辺りをキョロキョロとしている。


燕「今、鈴の音が鳴らなかった?」

姫子「聞こえなかったけど……」

光「私も聞こえなかった。……私、邪魔ですか?」

姫子「余計な詮索しなくていいからね、本当に」

光「はい、すいません」


どうして謝るのか、それはわたしが軽く睨んだから。


姫子「そこ、車通るから自転車ごとこっちに入って」

光「あ、はい」

燕「大荷物だね」

光「全財産なんで」



ブォォオオオ



姫子「……」


酷い音を立てた車が走ってくる

胸騒ぎがした


雛「ぴぃぴぃ!」

燕「どうしたんだ?」

雛「ぴぃぴぃぴぃ!!」


バタバタと暴れるヒナ

飛ぼうと必死に羽をばたつかせているように見える

540 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/28(金) 19:13:47.15 ID:+dEPnVKoo



光「?」

姫子「どうしたの?」

燕「分からない、大きい袋か入れ物ないか?」

光「えっと……袋……袋……」

雛「ぴぃ!」


ヒナは燕の手から離れる



ブォォオオオオ


燕「あ――!」

姫子「ま、待って――!」


自分の足では立てないから

代わりに羽を

翼を一生懸命

届かない空を目指し

太陽に向かって

ばたつかせて


向かう先は道路


車が迫る

わたしは

どうしてあの時


ヒナを



すくってしまったのだろう




燕「あぶない!」

姫子「――ッ」



ブォォォオオオオオ!!!!


雛「ぴぃ――」



―――――――――――― グチャ


541 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/28(金) 19:15:19.01 ID:+dEPnVKoo



命が目の前で消えた



残ったのは


肉の塊 赤い血 尖った骨




さっきまで生きていたヒナが


あっけなく 死んだ



光「う――!」

姫子「あぁ……あ…………ぁ……」

燕「……」



わたしは燕に引っ張られて助かった

引っ張られたからヒナに手が届かなかった


燕「見るな」


わたしの視線が手によって閉ざされる


ナニガ悪カッタノダロウ


幸福駅ですくったとき


燕に預けたとき


ここで再会したとき


わたしがヒナを育てると言ったから――



燕「命あるものはいづれ死ぬ。それが早いか遅いかの違いでしかない」

光「そんな言い方……」

燕「これでも医療を……学んでいた。だから命の尊さも分かっているつもりだ」

姫子「……」

燕「気に病むな。俺たちもいづれ、死ぬ」


理解できない。

それは諦めの言葉でしかない。

542 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/28(金) 19:18:21.56 ID:+dEPnVKoo



ヒナの死骸を手で運ぼうとしている。


姫子「どこへ……」

燕「墓を作る」


すれ違いざまに聞いた言葉は不快になるほど落ち着いていた。



穴を掘って、ゆっくりとヒナを下ろし、埋めた。


わたしと光も手伝った。


燕「……」

光「……」

姫子「……」


手を合わせて祈る。




安らかに眠れるよう祈る。






たった数時間。


これほど気持ちの落ちが激しい経験は数えられるくらいしか無い。






光「あの仔はきっと空を飛べています」



光の声。


たったそれだけで、救われた気分になる。

燕と二人でいたら、どうすればいいのか解らないだろうから。



燕「……」


音を立てずに立ち上がって歩いていった。

その後姿が――――怖かった――



どうしてこんなことになったのだろう


そればっかりが頭の中でグルグルと回っていた

543 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/28(金) 19:19:52.52 ID:+dEPnVKoo



光「姫子さん」

姫子「……?」

光「あの人、危ないですよ」

姫子「危ないって……?」


なんとなく気付いていたけれど、聞いてしまった。


光「……最悪、」




――死ぬかもしれない。



姫子「待って!」

燕「……」


光の言葉に体が反応していた。


姫子「どこ、行くの」

燕「…………」


応えない。

言葉を忘れたように、わたしの存在を忘れたように
淡々とヘルメットを被って


ドルルルルン


姫子「待って! 待ってって!」


わたしの声が聞こえないように

エンジン音を高鳴らせて


ドルルルルルル


走っていった



姫子「――ッ!」


纏っている空気が尋常じゃない


心臓が嫌な音を立てる

544 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/28(金) 19:21:00.68 ID:+dEPnVKoo



振り返って自分のバイクに向かう

その時、周りの視線に気付いた


「……」


好奇な目


別の世界に紛れ込んだかのような気分になる


姫子「ッ――!」


歯をくいしばる


「が、がんばれー」

「がんばれよー」


痴話喧嘩と勘違いしているのだろう


だけど、


姫子「……っ」


ドルルルルン


少しだけ背中を押してくれた




追いつくのか


追いついてどうするのか


おせっかいだけでは済まない



視界に捉えた


走って 追いかけて


信号でようやく距離を短く出来た


後ろで青になるのを待つ


向こうも気付いているだろう


走って 走って 走って


右へ左へ


走って 走って

545 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/28(金) 19:21:35.19 ID:+dEPnVKoo



どれほど走っただろう



名も無い峠のみはらしのいい広場


そこでバイクを止めた


やっと聞いた言葉は



燕「おまえも、死ぬぞ」


その一言だった。

546 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/28(金) 19:24:30.82 ID:+dEPnVKoo



姫子「暑い……」


季節は初夏。


自動販売機で飲み物を二つ。


姫子「ほらっ」


乱暴気味にお茶を投げる。

あんなに楽しくない走りをしたのは初めてだったから、八つ当たりした。



姫子「ヒナが……死んで、どう思ってるの?」

燕「それを訊くだけのために、ここまで来たのか?」

姫子「……燕、死にたいの?」

燕「どうしてそうなる?」

姫子「わたしが後ろにいるけど、振り切ろうとしなかった。
   むしろ、気遣うような運転だった」

燕「……」

姫子「納沙布の駐車場と、この行為がちぐはぐでよく分からない。
   だけど、出会った時の空気と変わらない。だから訊いた」


事務的に話している。これは防衛反応。


姫子「答えてよ。ヒナが死んで、どう思ってるの?」

燕「死神」

姫子「――え?」

燕「俺は、祖母に死神と呼ばれた」

姫子「――」


声を失った


両親を亡くしたこと

祖父を亡くしたこと

尊敬する兄を亡くしたこと


全て死神の自分が招いた現実だと 言い放った


燕「だから、おまえも死ぬ。タンクの傷、あれが証拠だ」


少しでもタイミングがズレていたら

わたしはこの世にいなかったかもしれない

それも、燕のせいだと


姫子「なに、それ」

燕「呪いって知ってるか」


次から次へと、非現実的な言葉が出てくる

547 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/28(金) 19:26:33.05 ID:+dEPnVKoo



燕「死んだ兄に子供が生まれる」


下を見ていたら心が折れそうだから

空を見るようにしていた


燕「祖母に言われた。この子にまでなにかあったら、おまえを赦さない」


身体が冷えていく


燕「今まで奪ってきたから、当然だ。だから逃げてきた」


いままでずっとひとり


燕「動物の手当ては上手くいった、だから獣医が天職なのだと思っていた」


そのヒナも


燕「その希望も失った」


気がついたら地面を見ていた


燕「キミはおせっかいだな」


立ち上がる気配を感じる

そのまま行ってしまう


燕「気をつけてくれ」

姫子「――待って」


自然に呼び止めていた


燕「もう無理だ。気力も沸かない」



燕「医学を志していた身だ。自ら絶つってことはしない」



燕「どこかで、生きていくよ」


それは嘘


姫子「――オーロラ」


大気の発光現象


姫子「北海道で見えるらしい」


ヒカリを探せば、希望が見つかるかもしれない


燕「知ってる。けど、近年のそんな報告はない。今年もそれは見られないだろう」


行ってしまう

548 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/28(金) 19:28:05.56 ID:+dEPnVKoo



そのまま行かせていいのか


姫子「待って、そのお茶の借りを返して」

燕「……」


機転の利かない頭だ


燕「待ってて」


財布を取り出した


そのお金を受け取らなければいい

受け取るまでナニカ考えなくては


そのまま行かせる訳にはいかない

ナニカ ナニカ ナニカ


燕「ほら」

姫子「……」


燕もわたしの意図に気付いている


燕「ここに、置いていくから」

姫子「……」




時間切れ




目の前に広がる景色にイロが失われていく

向こうの山が黒く

空が白く

小さい建物が灰色に

下に広がる緑の彩が褪せていく


手すりにもたれて


わたしの無力さに絶望して



燕「離れろッ!」

姫子「――え?」

549 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/28(金) 19:29:53.18 ID:+dEPnVKoo



パキッ


乾いた音が近くで鳴った


持たれていた手すりが割れ


わたしの体が放り出される


下は数メートル離れた地面


痛いではすまないだろうな


視界がゆっくりゆっくりと動いていく


「――姫子!」


声の主に悪いことをしたと思った


また苦しめてしまうのだから


どうしてわたしはこうも間が悪いのかな


死ぬわけにはいかないけどどうにもならない




燕――ゴメン。





自由落下


落ち始める


走って飛び込んできた


姫子「――?」

燕「――!」



燕の身体に包まれる


意味がないのに

燕まで死ぬ


どうして


こんなことに――



―― チリン!


鈴の音が鳴った

550 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/28(金) 19:33:30.54 ID:+dEPnVKoo



ゴォォォオオオオオ!!!



突然の強風


崖の下から上に 崖の方から吹かれる風に押されていく
下は地面ではなく木の傍までわたし達は流れていた


燕「――ぐっ!!」


木に手を伸ばす
捉まえられれば地面に落ちたときの衝撃は軽くなる


そんな幸運あるだろうか





―― チリンチリン!





バキッ!


姫子「――!」


燕が木の枝を掴んだ


バキバキバキバキッ!!


燕「ぐ…ぁ……!」



二人分の重みで枝が軋みを上げる


バキィッ!!


嫌な音を立てて枝が折れる



落下が続く



ギュウウウ


燕に強く抱きしめられる


自分を犠牲にしてでも守ろうとしている


わたしの身体は硬直して動かなかった




ドサッ

551 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/28(金) 19:34:53.90 ID:+dEPnVKoo



強い衝撃


燕「――っ」


声にならない声



姫子「ぅ……!」


痛いけど、

わたしより燕の方がダメージが大きい

右手が酷い

木が刺さって葉っぱもくっついている



姫子「つば……め……!」


燕「」


姫子「いっ……!」


身体を起こすと激痛が走った

それより


姫子「つば…め! つばめ!!」

燕「」


反応しない

ぐったりとしている


痛いけど、わたしの身体は動く

早く助けを呼ばないと


見上げた空はあまりにも高く

空よりも低い場所にある崖の上も嫌になるほど高く感じた


姫子「だれ……か……!」


声が届いて


姫子「グッド・ラック」 42