402 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/19(水) 23:40:28.91 ID:GhIMPtKUo



――8年前の春


私が小学校を卒業した次の日に、祖母が倒れたという報せが入る。
母と急いで支度をして、父と連絡を取り、私たちは祖母の暮らす土地へと向かった。

数時間かけて病院へ辿り着き、そこで私たちが目にしたものは、
出入り口から歩いて出てきた祖母の姿だった。

母と父が困惑していると、一緒に出てきた従兄弟のお兄さんがこういった。


転んで怪我をしただけだから。


今なら解る。
その言葉がどれだけ母と父を安心させたのかを。

だけど、あの時の私は解らなかった。
その、怪我をしただけ、という言葉がどれだけの意味を持っていたのかを。

だから、私の姿を見て喜んだ祖母に嫌悪感を抱いてしまった。

約束を思い出したから。
幼馴染との大切な約束。
別々の中学へ通い、離れることになる私たちがその時交わす約束。


また、逢おうね、と。


高校入学式の日にここでまた逢おうね、と。
再会を誓う約束が交わされるはずだった。
私たちなりのけじめをつけて、お互いが成長した姿を見せ合う。
大人が聞いたら笑われそうな約束。

だけど、私たちは真剣だった。

少なくとも私とっては、とてもとても大事で、宝物のように輝かしいものだったから絶対に守りたかった。

403 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/19(水) 23:46:35.16 ID:GhIMPtKUo



小学校を卒業したはずなのに、まだまだ子供だった私は、笑顔で近づいてくる祖母に怒りをぶつけた。

お祖母ちゃんなんか大嫌いっ! って。

祖母の 軽い怪我 のせいで約束が守れなかったという事実に感情を抑えられなかった。


初めて拒絶されたことに、祖母はただただ驚くだけ。

私も自分の声の大きさに驚いた。

母の、 まだ子供だから気にしないで。 という言葉で、落ち着きそうだった感情がまた溢れ出した。

父から携帯電話を奪うように借りて、幼馴染のお家に電話をして泣いて謝った。


約束を守れなくてごめんなさい。
ずっとずっと一緒にいたけれど、最後にこんな別れになってごめんなさい。
約束を交わせなくてごめんなさい。
約束を破ってしまってごめんなさい。

そして、こころのどこかで、祖母に酷い事を言ってごめんなさい。と、謝ったつもりでいた。

色々な感情が沸いては吐き出した。
ちゃんとした説明も出来ないまま電話を切る。

私の怒りは収まらず、いつまで経っても不機嫌のまま。

そんな私を見かねた母が祖母に約束の件を伝えたのかもしれない。

すまなさそうな表情で持ってきたのがこの腕時計だった。

中学の入学祝に、と渡されたけれど、それがご機嫌取りのようで見向きもしなかった。



私は子供だった。



家に戻り、次の日、幼馴染たちの家を訪ねたけれど留守で顔を合わすことも出来ず、そんなすれ違いが何度も続いた。
春休みに一度だけ会ったけれど、私が落ち込んでいるのをみて、幼馴染たちは、気にしないで、の一言だけ伝えた。
こういう時の私は周りが見えないことを知っていたから、そっとしておいてくれていた。

中学へと進学して、新しい生活でお互い忙しくて、新しい環境に馴染むために頑張るようなり、
ずっと一緒にいられた幼馴染たちとの時間は、遠い時間の彼方へと流れ去った。

年に2回の里帰りも、中学に上がってからは1回になる。

もう、以前の様に祖母と会話を交わせなくなっていた。
一言二言、言葉を交わすだけで、気持ちや感情を伝えることは無くなった。


それが大人になるという事だと、そう信じていたから。


祖母が身に着けていた時は、皮が所々剥がれ落ちたベルトだったけれど、
私に譲った時は新しく変えていて、可愛らしいデザインになっていた。

ずっと時を刻みつけていた腕時計。


――それが今は止まっている。


404 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/19(水) 23:48:59.58 ID:GhIMPtKUo




モモ『あなたの祖母から預かっている言葉があるの』

「――え」

モモ『 またね。 』

「――ッ!」

モモ『……』

「そ、それだけ……!?」

モモ『うん』

ダニー『本当にそれだけだぞ』

「な……なんで!」

モモ『あなたなら、その言葉の意味が解るんじゃないの?』

「わ、解らない……! な…なに……それ……!」

モモ『あたしもそれ以上の言葉は預かっていないの』


スゥゥ


色が褪せていく様に、周りの景色に溶け込んでいく様に、白い姿をした少女が消えていく。


『見守っているのはあなたの祖母、一人だけじゃないよ』


――リン。





405 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/19(水) 23:51:28.26 ID:GhIMPtKUo



風子「……!」


不思議な響きの声を追うように、鈴の音が鳴った。


靄が少しずつ晴れていき、幻想的な世界は終わりを迎える。


風子「……」


結局何も無かった。
何も得られなかった。

どこまで行っても変わらない。この先、傷が癒えるまで待つしかない。
癒えるというより慣れる、に近い気がする。
痛みに慣れる。それを成長と呼ぶのかな。


風子「……」


踵を返すと、一つの影が視界に入った。



風子「え……」



立花姫子


彼女がそこにいた。



「……」


彼女は私の視線に気付かず、幻想的な世界に目を奪われている。


私は彼女にこの場所を教えていない。

個人で自由に動ける時間を作った彼女がどうしてここにいるのか、理解できなかった。


風子「……どうして」

姫子「ん? あ、あぁ……もういいの?」


近くまで寄った私に気が付いて、少し驚いている。


風子「どうして、ここにいるの?」

姫子「風子の後を追ってきたから」

風子「どうして?」

姫子「心配だったから……」



気持ちをどう整理したらいいのか、分からなかった。

嬉しいのと、哀しいのと、切ないのと、焦りと、……まだ燻っているあの時と同じ怒りと。


406 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/19(水) 23:55:07.86 ID:GhIMPtKUo



だから、言葉に出していた。


木々に囲まれた湖のほとりで、大自然の中、私は彼女に寄りかかるように。


風子「聞いて欲しい……ことが……あるんだけど……」

姫子「?」

風子「この腕時計……のこと……」

姫子「うん」


彼女は私の目をまっすぐ見て、頷いた。



譲り受けたその日から、ネジを巻かずに収納棚の奥に眠らせていたこの腕時計。


高校を卒業した春に祖母は旅立った。


進学する大学へ気持ちが動いていたとき、母から連絡を受け、あの時と同じように祖母の住む家へ向かった。


白い布団の上で横になっている祖母を見て、母は泣いた。

私は呆然と見つめるだけで、事態を受け入れるのに必死だった。


白い布を取り、最後の対面をすることになった時、

安らかな寝顔に、私の胸は痛みを増し、少しずつ 死 という言葉の意味を理解していく。

胸の上で結ばれた両手に触れてみたけど、冷たくて、かつての温かさは無くて、私の喉が痛くした。

私はその場から離れて、息を潜めて泣いた。




後悔が生まれた。




なんで、温かい手に触れようとしなかったのか。

どうして、もっと色んな話をしようとしなかったのか。


祖父が亡くなって寂しそうにしていたのに、どうしてなにもしなかったのか。

いつも見守ってくれていたのに、なぜ気付かないでいたのか。



永遠の別れの時、私はそれに気付いた。




407 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/19(水) 23:57:03.24 ID:GhIMPtKUo



いつしか、私は泣いていた。


風子「気付くのが……遅かった……っ」

姫子「……」

風子「あの手に触れて……いたかっ…たのに……っ」

姫子「……風子」


そっと温かさに包まれる。

メガネを外して、涙を拭っていた私は硬直する。


姫子「優しい人だったんだね」

風子「――ッ!」


彼女の腕に力が入り、私の心が春のヒカリに包まれたような穏やかさが生まれた。

だから、甘えた。


風子「優しく……なんって……ない……っ」


いつも祖母は私にだけ意地悪をしてきた。


風子「いつも……驚かされてっ……騙し…てっ」


従兄弟には普通に接して、私にだけに意地悪をしてきた。


姫子「風子と一緒だよね、それ」

風子「ち、違う…よ……っ!」


引いていた涙がまた溢れ出してくる。


姫子「違わないでしょ」


祖父が亡くなって、それが身を潜めると同時に、私も寂しさを覚えた。


風子「優しい人なら、最後に またね。 なんて言わない……!」


そんな言葉を遺さない。


姫子「……?」

風子「あ……」


色んな感情が混ざり合って、彼女には解らない事まで口走ってしまった。


姫子「そっか……」

風子「……?」


体を離して、落ち着いた声で彼女は言葉を紡ぐ。


姫子「旅立ったお祖母さんは、風子にまた逢おうと約束したんだよ」

風子「……っ、……どうしてそう言えるの……! だって……生きてる人と死んだ人は交わらないっ!」

408 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/20(木) 00:00:00.83 ID:4HX1iNoco



最後の最後の意地悪だった。

私はよくからかわれた。ふざけられて、おちょくられて、冷やかされて、茶化されて。

本気で怒って おばあちゃんのバカっ! と叫んだ事もある。

だから、私には分かる。

最後の最後に、叶えられない約束をした祖母の意地悪が。

預かっている言葉があると聞いたとき、私がどれだけ楽しみにしていたのかを知らないだろう。

だから、行き場の無い怒りを彼女にぶつけてしまう。


風子「お祖母ちゃんの性格を知らないから! そんなこと言えるんだよ!」

姫子「……!」

風子「あの人は、私に意地悪をして楽しんでいたんだから……!」

姫子「……」


言葉に出して気付く。


姫子「風子と同じ。……でしょ」

風子「――!」


人に言われて初めて気付く。


祖母にからかわれた時のあの恥ずかしさ。

祖母にふざけられた時のあの憤り。

お祖母ちゃんにおちょくられた時の苛立ち。

お祖母ちゃんに冷やかされた時の気の沈み。

お祖母ちゃんに茶化された時の煩わしさ。


そして、そのあとに謝りながら頭を撫でてくる仕草。 


ごめんね、風子。

それだけで、許してしまった。

私は子どもだったから。



409 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/20(木) 00:10:11.58 ID:4HX1iNoco



彼女が同じように私の頭を撫でてくる。


姫子「わたしは、難しいこと知らないけど」

風子「う……っ、うぅっ……」

姫子「風子と別れた後でも、また逢えると信じてる」

風子「うぅ……ぐすっ…………ぅぅ……っ」


拭っても拭っても涙が止まらない。

彼女の優しさを感じて、お祖母ちゃんの優しさを思い出して。


姫子「たとえ、今生の別れになっても」

風子「ぐすっ……っ……」

姫子「いつか、どこかで逢おうよ。ね、風子」

風子「うぅっ! ぁああっ……!」


後悔の念は消え、寂しさが生まれる。


葬式の日から、後悔しか感じなかった。

もっと早くに気付いていられれば、お祖母ちゃんに寂しい思いをさせずに済んだのにって。


風子「ごめんね……っ! ごめんね…おばぁちゃん……!」


お祖父ちゃんの傍で大人しくしていた風子は、お祖母ちゃんによって掴みどころの無い子にされた。
母はそう言った。

私にはお祖母ちゃんの 意地悪 が受け継がれている。



風子「さ…っ……さよう……なら……っ」



意地悪をしても許してくれる友達を作りなさい。



お祖母ちゃんが子どもだった私に教えてくれた大切な言葉。


風子「さようなら……っ……お祖母ちゃん……!」


私は別れを告げていた。この言葉が届くと信じて。

また逢えると信じて。




優しい風が私を包み、肌を撫でていく。


心の中に初夏の鮮やかな空気が満たされていく。





ただ、風が吹いている。




410 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/20(木) 00:12:46.93 ID:4HX1iNoco



――…


気恥ずかしさを吹き払うように、穏やかな風が私の前髪を揺らしている。

かんだ鼻が痛い。


風子「ぐすっ……」

姫子「落ち着いた……?」

風子「……うん」

姫子「ほら、好きなの選んで」


紅茶とオレンジジュースのペットボトルを差し出される。


風子「……ありがと」

姫子「いいって……」


オレンジジュースを取った私に驚いているみたい。


風子「?」

姫子「紅茶を取ると思ってた」

風子「小さい頃にいつも飲まされていたから」

姫子「オレンジを?」

風子「うん。子どもはこれ飲んでいなさいって」

姫子「……子供、ね」

風子「炭酸飲料は絶対にダメだって。自分は飲んでいたのにね」

姫子「……そっか」


遠い昔の思い出。


風子「ねぇ、姫ちゃん」

姫子「……うん?」


紅茶を飲むのを遮るように話しかける。
聞きたいことがあった。


風子「どうしてここに居るって分かったの?」

姫子「……」


私が行ってみたい場所は、誰にも言っていない。

幼馴染たちにも、姫ちゃんにも。
心に留めておいた私の我侭だった。


姫子「風子さ、わたしと行きたい場所を探しているとき、たまに目が輝いていたんだよね」

風子「……え?」

姫子「それはもう、子どものように」

風子「む……」


冗談めかして、笑いながらの言葉に不思議と悔しさが沸いた。

411 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/20(木) 00:14:18.68 ID:4HX1iNoco



姫子「バレバレだよね。食い入るように見てるんだから」

風子「……」


負けているような気分なので強引に話題を変える。


風子「今生の対語って分かる?」

姫子「いきなり話題を変えるね。…………えっと」


突然の話題にも付き合ってくれる。


今生はこの世を指す言葉。


姫子「他生……だよね」

風子「うん。袖触れ合うも他生の縁。の他生」


前世、今生、来世。
今生で袖が触れ合うほどの僅かな縁だけど、前世では深い間柄だったのではないか。
そして、この縁は来世へ紡がれるであろうという諺。


姫子「……それがどうかした?」

風子「来世で会えるってことなのかなって」


姫ちゃんが私に言ってくれたこと。


姫子「それって、仏教の輪廻転生だよね」

風子「……うん」

姫子「そうなのかもしれないし、違うのかもしれない。言ったでしょ、難しいことは分からないって」

風子「……」


来世に辿り着けば分かることかな。


風子「前世で、私と姫ちゃんの関係はどういう間柄だったのかな」

姫子「さぁ……」


興味無いみたい。


風子「姫ちゃんはお姫様で」

姫子「車に戻ろうか」


私を無視して歩いていく。

412 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/20(木) 00:16:14.21 ID:4HX1iNoco



駐車場に辿り着くと、車に持たれながら携帯ゲーム機で遊ぶ3人の姿が目に入った。


夏「倒せない……」

冬「サポート役のキャラクターが説明してたのに、カットするからだよ」

夏「進めれば分かると思ったんだけど……」

澪「あ、分かった。魔法を使うんじゃないか?」

夏「魔法のコマンドありませんよ?」

澪「そうか……」

冬「うーん」



姫子「あの3人は?」

風子「夏ちゃんと冬ちゃんは隣国の双子姫。澪ちゃんは舞妓さん」

姫子「風子は?」

風子「町娘」


知床まで来てくれたことに、嬉しくて胸がいっぱいになる。


澪「あ……」

夏「来ましたね、それじゃカムイワッカに行きますか」

冬「……」

風子「どうして……?」


ここまで来てくれたのだろう。


夏「呉越同舟ですよ」

冬「それ、使い方間違ってるよ」

夏「そうなの?」

冬「その舟は仲の悪いもの同士が乗っているんだよ」

夏「そっか……あたし達、仲は悪くないですもんね」

澪「……」

姫子「……」

風子「……」

夏「え……なんで黙るの……」

冬「わたし達は仲良しだよね」

夏「あぁ……ちが……くない…けど……そうじゃない、違う」


気持ちを真っ直ぐに表現し、ニコニコしている冬ちゃんに心がくすぐられる。

413 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/20(木) 00:17:31.32 ID:4HX1iNoco



澪「ご飯、ごちそうさま」

風子「ううん」

夏「どうして、ここに来たかったの?」

風子「雑誌で読んでてとても行きたかったからだよ」

冬「どうして、指さなかったのですか?」


最初に行きたい場所を地図で決める時……。


風子「我侭かな……と思って……」

澪「あの時、釧路指してなかった?」

風子「……あれは」

姫子「……」


面白いかな、って思いました。


姫子「コムケから大体3時間くらい……か……」

風子「朝の道だから快適だったね」

冬「一度、網走に戻らないといけないですよね?」

風子「レンタカーは乗り捨てだから、平気」

夏「高くつくんじゃない?」

風子「そうなんだよね。帰ったらバイト探さなきゃ」


そう言って姫ちゃんに視線を送る。


姫子「じゃあ、書店のバイトでもする?」

風子「お願いします」

姫子「まだ空いていたらね」

夏「早くカムイワッカにいこうよ」


夏ちゃんが急かしている。そんなに温泉に入りたいのかな。


風子「知床五湖はみていかないの?」

澪「そうだな、少し観ていこうか」

冬「人が増えてきましたね」

姫子「……うん、早く廻ろうか」

夏「そういえば、知床って熊が出るんだよね」

姫子「運が悪ければね」


私はもう一度、知床の自然を満喫できることになった。



姫子「グッド・ラック」 32