373 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/04(火) 23:40:22.91 ID:YD73mxJ0o



戦争と風子を結ぶもの、それは戦後を生き抜いた祖父、祖母。


姫子「……」

澪「……」

夏「……」

冬「……」


澪、夏、冬は何を想っているのだろう。

黙りこくってしまった。


わたしはもう一度、温かいお茶を両手で包み、今ある暖かさに有難味を感じる。


風子「どう、したの……?」

姫子「ううん、なんでも」


風子のマネをしてみる。


風子「……そう」


空気を察知したのだろう。

椅子に座りながらわたし達の間に生まれた違和感を肌に感じているようだ。

その空気を振り払うために、話題を変える。


姫子「やっぱり、行きたいよね、宗谷岬」

夏「行くべきですよ!」

冬「はい! 行きましょう!」

澪「ここまで来たら、行くべきだな!」

風子「……」


次の目的地は宗谷岬に決まった。

374 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/04(火) 23:43:36.57 ID:YD73mxJ0o



――― 宗谷岬 ―――


冬「北緯45度31分14秒。海を挟んで43キロ先にはサハリンの島影が見えます」

夏「あ、ほんとだ」

冬「あのモニュメントは高さ544メートルで――」

姫子「北極星の一稜を型どった三角錐をデザインしたものだよね」

冬「……はい」

澪「日本の最北まで来たか……」

風子「……」

姫子「さいほくにきた、ってね」

夏「?」

冬「音読みと訓読みをかけているんですね、姫ちゃんさん」

姫子「……うん」

夏「……あ……うん……なるほど」

澪「……」

風子「……」

冬「……えっと」

姫子「……」


とても気まずい雰囲気になる。


夏「や、やっぱり観光客が多いなー」

冬「有名な場所だから」

澪「そうだな。バイクが多かったから、旅人の人気スポットなんだろうな」


モニュメントへ歩いていく3人。


風子「……ふぅ」

姫子「……」


風子が小さく溜息を零す。

わたしも3人を追うように進んでいく。


風子「ごめんね、姫子さん」

姫子「……」


なにに対して謝っているのか……なんとなく分かる。。

自分の気持ちにけじめをつけることができなくて、
様々な感情がグルグルと胸の中を回っているのだろう。

375 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/04(火) 23:44:59.43 ID:YD73mxJ0o



風子「……」

姫子「……」


右手の掌で包む時計。

心の傷となる大事な約束。

その間にいる祖母。


冬、夏、澪、わたし。

今、この旅の時間を壊しているのではないかという心苦しさを感じているはず。


大人なら、スッパリと割り切ってしまえるのだろう。

子どもなら、思い悩んで、誰かが訊くまで抱え込むのだろう。


わたし達は敢えて風子には訊ねることはしなかった。

風子からの言葉をただ待っているだけだった。



姫子「風子が抱えているものが何かは分からないけどさ、
   見つかるまで一緒に探そうよ」

風子「……」

姫子「この旅が最後って訳でもないんだから」

風子「……でも」

姫子「……」

風子「この5人で……旅をするのは……最後……だと…………思う……」

姫子「……」


確かにそうかもしれない。

未来のことなんて誰も分からない。


風子「このままだと……時間を…………潰しているだけ……になる……」

姫子「わたしはそうは思わないよ」

風子「…………どう……して……?」

姫子「楽しいから」

風子「……」

姫子「それに、この時間が失われるわけじゃないでしょ?」

風子「……」

姫子「……」

風子「……」

姫子「……」


返事は無かった。

376 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/04(火) 23:46:51.59 ID:YD73mxJ0o



雲に隠れて顔を出す。太陽がそれを繰り返している。

日差しを受けては影に入る風子がなぜか儚く見えた。


風子「時間は失うものだよ」

姫子「……」

風子「私とお祖母ちゃんの時間は、永遠に去っていった」

姫子「……!」


昨日、わたしは一歩間違っていれば、今の時間を失っていることになる。

風子はそれを示唆している。


風子「どうして、今なんだろう」

姫子「……」

風子「大切な時間なのに、ね」

姫子「……じっくり考えなさいってことじゃない?」


止めた。

風子の抱えているものを一緒に背負わなければいけないと思い込んでいた。
風子が自身で答えを見つけなければならないのなら、とことん探してもらおう。

寄り添う必要は無い。

わたしと風子は行き着くところ他人なのだから。


姫子「きっと、今がチャンスなんだよ」

風子「……そうかな」

姫子「よく分からないけど、正しい答えなんてないと思う」

風子「……」

姫子「たとえ間違っていたとしても、それは悔いにはならないよ」

風子「時間は戻らないのに?」


今、風子は戸惑っているんだ。

取り戻せない時間があることを知っているから。

この旅を大切にしたいという気持ちと、
この旅でなにかしらの答えに辿り着きたいという意思。

それらが渦巻いている。

今までの自分と決別をする為に。

377 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/04(火) 23:48:26.36 ID:YD73mxJ0o



わたしの知る限り、風子はそういうところで器用じゃない。


姫子「時間は戻らないけどさ……なんていうか」

風子「……」

姫子「これからも……風子と……友達で……いられれば……」

風子「……」

姫子「ずっと……その……」

風子「……」

姫子「支えあっていけるかな……なんて……」

風子「……」


自分でも恥ずかしい事を言っていると自覚している。

高校時代ならそれもよかったのだろう。

この台詞はさすがに照れる。


姫子「……」

風子「……」


いつもならからかってくるけれど、今はそれも無かった。


姫子「行こう」

風子「……」



雲に遮られていた太陽がヒカリを照らし出す。




冬、夏、澪、3人が待っている場所へわたしは歩き始める。


初夏の心地よい風と、柔らかな日差しが少し曇りがちだったわたしの気持ちを晴らしていく。


この旅が終わって、北海道から離れる時のわたしはどんな自分になっているのか、楽しみになってきた。


きっと何かが得られるのだろう、今のわたしの気持ちがそう告げていた。




旅はまだまだ続くから。




378 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/12(水) 20:38:57.95 ID:EN5LpQ9ho




― ―  高橋風子  ― ―


立花姫子

彼女とは高校三年の春に出会った。
その年の秋まで言葉を交わしたのはほんの数回。
どれも用事を伝えるだけで、感情を伝えたことはなかった。



時間は戻らないけど

これからも風子と友達でいられれば

ずっと支えあっていける



そう言ってくれた。
いつしか彼女は私にとってかけがえの無い存在になっていた。
高校三年生の春には思いもしなかった時間がここにある。





それなのに私は、この時間を潰そうとしていた――





姫子「北方領土か……」


海の向こうを眺めて姫子さんが呟く。

その先にあるのは樺太。
かつて、この国で起こった戦争。その爪痕が今もなお解決されないでいる。

連想されるのは戦後を生き抜いた、祖父と祖母の強くて暖かい精神だった。


夏「戦争か、ピンとこないなぁ」

澪「うん。それはいいことなのかな」

冬「……」

風子「ピンとこなくていいんだよ」


私は戦争で失った命を知らない。


姫子「どうして? 悲惨さを知ることで回避しようとする気持ちが生まれるでしょ?」

風子「うん。お祖母ちゃんの言葉なんだけどね――」


私が子どもの頃に聞いた言葉。

畑で採れた野菜を洗いながら聞いた、生涯忘れることが出来ない言葉。


風子「――もっと学校で勉強していたかった、って」


私は目を閉じる。

皺が深くて、優しくて暖かい笑顔を、瞼の裏に映しながら言葉を紡ぐ。


風子「ただ、その一言だけだったけど、色んな想いが込められているように感じた」


優しくて暖かい笑顔の裏には、悲しくて、寂しそうなイロが隠されていた。

379 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/12(水) 20:42:08.11 ID:EN5LpQ9ho



風子「お祖母ちゃんは疎開して田舎に移った身なんだ」

夏「……」

冬「……」

澪「……」

姫子「……学校で、友達と一緒に勉強をしていたかった。ってことかな」


お祖母ちゃんから聞いたその言葉を私も同じように解釈した。

生まれ育った土地から戦火を逃れる為に離れ、辿り着いた場所でお祖父ちゃんと出会った、と母から聞く。

それは一緒に育ってきた友人達と別れて来たということ。


冬「戦争がなければ、風子さんのお祖母様は、
  学校で楽しい時間を過ごせていたのかもしれませんね」

夏「うん、きっとね」

澪「……うん」

風子「私がそれを聞いたのは、小学校6年生の夏だったんだ……」


みんながお祖母ちゃんの抗えない寂しさを感じ取ってくれたようで、不思議と嬉しかった。

嬉しくて視界が滲むけれど、涙は零さない。


風子「畑で採れた野菜をね、洗っているときに聞いた言葉……」


声が震えそうになるけど、涙は零さない。


風子「野菜を洗う手がきれいだった。しわしわで、皮が厚くて、何十年もそうしてきた手」


思い出して、心が締め付けられるけど、涙は零せない。


風子「家族を守っていた……暖かい…………しわしわの手に……触れたかった……」


私は叶えられない願いを言葉に出していた。

堪えるのが限界に感じたとき、背中に暖かさを感じた。


風子「!」

姫子「風子って名前、お祖母さんが名づけてくれたんだっけ?」

風子「う、うん」

夏「由来はなんですか?」

冬「……」

澪「……」


見守ってくれたお祖母ちゃんはもう居ないけれど、代わりに、私を見守ってくれる友人達がいる。

380 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/12(水) 21:01:11.86 ID:EN5LpQ9ho



風子「大空を駆け抜ける強い風のような、海を抱きしめる優しい風のような、
   そんな子になるように、って」

夏「……」

冬「……」

澪「風の子、か」

姫子「……」


永遠は刹那に去っても、風はいつか生まれる

その言葉も貰ったけれど、それはまだ理解できていない。


風子「戦争の悲惨さを学ぶより、戦争の無い未来を信じて、楽しんで生きていた方がいいって、
   お祖母ちゃんは教えてくれた」

姫子「でも、人は過ちを何度も繰り返してるよね」


そう。
今も世界のどこかで戦争が起きている。

お祖母ちゃんが教えてくれたことに、私も姫子さんと同じ言葉で返した。

テレビドラマで俳優が使っていた台詞だから、覚えたままを使った。

姫子さんとは違って、その言葉の意味を理解していなかったけれど。
悲惨さを伝えていかないと、人はまた争いを繰り返すのではないか、という疑問。


風子「人の考えは千差万別だから、ワタシの言葉だけを真実として受け取るなって、返してくれた」

冬「……」

風子「後半の意味が分からなかったけどね」

夏「……あたしも少し分からないかな」

澪「……」

姫子「分からなかった。ということは今は分かるんだ」

風子「……うん」


人と人は必ず衝突する。

それはお互いの主張が大事だから避けられない。

どっちも正しい、どっちも間違っているなんてことは沢山ある。


風子「例えば、ここにいる5人の考えを尊重すること」

姫子「……それはお祖母さんの教えだよね」

風子「…………そうだね」


姫子さんに指摘された私の言葉はお祖母ちゃんの言葉を言い換えただけだった。

私自身がみつけた考えでは無い。


姫子「今の風子自身が見つけたその真実はあるの?」

風子「……無い……かな」

381 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/12(水) 21:02:59.18 ID:EN5LpQ9ho



戦争のことだけじゃない。

状況によって物事の良し悪しは変わってくる。


風子「……私は、そこまで深く考えていなかったみたい」

姫子「……」


だから、この旅の途中で、
お祖母ちゃんの時計が動かなくなった事実をどう受け止めていいのか分からない。

受け止め方が分からないからといって、かけがえのない今の時間を潰していいのかも分からない。

解からない事だらけで、進んでいかない自分が少し、嫌だ。


風子「……」

夏「うーん、まさかここで戦争について考えるなんて思ってもみなかったなー」

澪「……そうだな」

冬「……」

姫子「……」




なんで、こんな話をしてしまったんだろう。

戦争の話なんて、楽しい旅には相応しくないのに。




風子「ごめんね、こんな話しちゃって……」

夏「えっと……」

澪「……」

冬「風子さん……」

姫子「……何を謝っているのか知らないけど、観光しにここまで来たわけじゃないでしょ」

風子「……」


溜息交じりに諭される。


姫子「お祖母さんの教えを風子が受け継いでもいいでしょ。たとえ、戦争を経験していないとしても」

風子「……!」

姫子「考えすぎて頭が固まってるみたいだよ、風子」

風子「……」


その通りだね。

なにをやっているんだろう、私は。

382 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/12(水) 21:04:22.89 ID:EN5LpQ9ho



姫子「みんなに明日の事で提案があるんだけどさ」

夏「提案?」

澪「?」

冬「なんですか?」

風子「……」


観光しにここまで来たわけじゃない。

その言葉の意味が理解できないでいる。


姫子「明後日まで、だよね。この北海道の旅は」

夏「そうですね」

冬「明々後日のお昼までに釧路駅発の列車に乗ればいいんですよね」

澪「うん」

風子「……」



地元に帰ってからも、こんな風に思い悩むのかな。



姫子「だから、明日一日は個人で行きたいところに行こう」

風子「――!」


胸がザワザワと嫌な音を立てた。


夏「別行動ってことですか?」

姫子「そういうこと」

澪「今日泊まる場所によって変わってくるな」

姫子「うん。だから、今日はコムケでどうかな?」

冬「コムケなら網走が近いですから、移動に必要な足は心配ないですね」

姫子「うん。……風子はどう?」

風子「……」


独りで悩めと、突き離されたような気分になった。


姫子「……風子?」

風子「あ、うん。いいと…思う……」

夏「じゃ、決まりー!」

冬「網走かぁ」

澪「……」


ダメだな…………私は……。


383 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/12(水) 21:06:04.77 ID:EN5LpQ9ho



――…


コムケに向けて車を走らせる。


夏「流氷かぁ、いいなぁ、見てみたいなぁ」

冬「うん。見てみたい」


後ろの席でオホーツク海を眺めながら夏ちゃんが目を煌かせている。

冬ちゃんも助手席で同意をしながら同じ姿勢で眺めている。


澪「ガリンコ号に乗って海上を進むんだって」

冬「あ、知ってますよ。砕氷船ですよね」

夏「さいひょう?」

澪「そう、氷を砕きながら進むんだ」

夏「うわぁー、楽しそう~」

冬「この海に渡ってくるんだね」

澪「……見てみたいな」

風子「……」




――…


『これがクッチャロ湖?』

冬「そうですよ。冬には白鳥が舞い踊ります。白鳥の湖です」

『ふーん……』

夏「反応薄いな、姫子さんは。だからいつも澄まし顔になってしまうんだよ」

『聞こえてるよ、夏』

澪「姫子は薄情だな」

夏「白鳥と薄情っ! あっはっはは!!」

冬「ツボに入ったようです」

『あ、そう』

風子「……」



姫子「グッド・ラック」 30

最終更新:2012年10月02日 10:26