359 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/03(月) 00:07:10.67 ID:oS5apEg6o



風子「……」

姫子「なに、見てるの?」


いつもの風子なら、見たままのことを言う。
海とか空とか水平線とか、具体的な事は言わずに、大まかに、適当に。


風子「考え事してたから、なにも見てないよ」

姫子「……なにを、考えてるの?」

風子「昔の事」

姫子「そう……」


こっちを見ずに、淡々と呟くように言葉を吐き出す。


夏「さて、どこでお昼を食べるか予定を組みましょう」

風子「もういいの?」

夏「うん。あたし達は北海道に住んでいて、何度でも来ることができるから」

風子「……そうだね」

冬「……」


冬が穏やかな顔で頷く。


澪「暖かな記憶、だな……」

冬「……はい、そうです」

夏「あぁ、もういいから、次行きましょー」

風子「……」

姫子「えっと、この時間だと……」


フェリーの時刻表を確認していると、少し離れた箇所に一羽の鳥が空から降り立った。


姫子「あれは……?」

冬「ノビタキという野鳥ですね」

夏「スズメに似てる」

冬「季節によって羽の色が変わる鳥で、越冬するために南へ渡る鳥です。
  海外へ渡っていく鳥ですが、少数が八重山諸島に残るそうですよ」

澪「……本当に、よく知ってるね」

冬「利尻に来るということで、少し調べていたんです」

風子「この花も分かる?」

姫子「白くて可愛いね」

澪「本当だ、可愛いな」

冬「チョウノスケソウですね。花言葉は、家庭の徳、だったと思います」

風子「家庭の徳……」

姫子「……」


敷き詰められた茎に少しだけ背を伸ばして咲く白い花。
その小さな花を風子はじっとみつめていた。

360 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/03(月) 00:12:50.96 ID:oS5apEg6o



夏「サロベツを通る時に見た花、エゾカンゾウも良かったですねー」

冬「黄色やピンクのハマナスも良かったね」

姫子「急ぎで戻ることになるけど、いいかな?」

夏「どういうこと?」

姫子「ここで少しゆっくりしていると、丁度良い時間に船に乗ることが出来るよ」

澪「……ん?」

夏「急ぎで戻るのにゆっくり? よく分かりません」

姫子「えっと、ね……」

風子「……稚内でお昼を取った方が後の行動も楽に決められるよ」


視線は花を捉えたまま、わたしの言葉に補足をする風子。


冬「急いで稚内に戻るけど、船の出港までは時間があるからここでのんびりできるよ。ということですね」

姫子「そういうこと」

夏「そうしますか。澪さん、あっちからの景色も良いですよ。北海道が見えます」

澪「ふふっ、そうか」

姫子「ここも北海道だけどね」

冬「利尻富士にも登ってみたいですね」

姫子「山登りか……」

夏「冬ねぇは体力つけてからねー」

風子「……」


それから、風子は表情を出さなくなった。

夏が話題を振ればちゃんと応えてはいるけど、心ここにあらずなのは誰が見ても分かった。


わたし達は時刻通りに港へ到着。
冬と夏の約束は延期され、わたし達は利尻島をあとにする。


ボォォォオオオオオオ


澪「船出っていいな。旅の始まりって感じで……」

姫子「……うん」

夏「あの夕陽って、季節は何時だっけ?」

冬「夏だよ」

夏「……そっか、そうだよね」

冬「今度は冬に来ようか」

夏「雪道が大変だっての」

冬「大丈夫だよ」

姫子「冬の夕陽は綺麗だろうね」

澪「……うん。あの場所から見る夕陽はきっと綺麗だ」

風子「……」


冬に北海道へ。
なんて本気で考えてみてもいいかもしれない。

361 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/03(月) 00:16:22.45 ID:oS5apEg6o



風子「姫子さん、今の内に休んでおいた方がいいと思う」

姫子「そうする」

夏「え、まだ寝るの?」

姫子「うん、……まだ寝足りないからさ」

澪「そうだな、私も眠りたいかも」

夏「行きの船で2時間も寝たのに……」

冬「ふぅさんは、どうします?」

風子「私は……起きてるよ。時間になったら起こしに行くから」

夏「あたしもここにいるんで、ごゆっくり」

姫子「分かった」


夏と風子を残して、わたし達3人は船内へ。

扉を閉める前に、風子を盗み見る。


風子「……」


甲板で去り行く島を眺めている。

姫子さん、か。


起こす時、悪戯なんてしないだろうな。

そんな余裕が感じられない。

子どもの様な、してやったり顔が見られないのは、少し寂しいかもしれない。

毛布を被りながら、そんなことを考えていると、


冬「姫ちゃんさん、ふぅさんのこと教えてくれますか?」

姫子「……え?」


隣でわたしの心を覗き込むかのような視線を向けてくる冬。
いきなりで、間の抜けた反応をしてしまった。


澪「聞きたい」

姫子「澪まで……?」


布団を被って、天井を眺めながら3人並んでいる。

変な風景だった。

362 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/03(月) 00:18:27.93 ID:oS5apEg6o



姫子「風子が身に着けている腕時計、あるよね」

冬「はい」

姫子「その時計、亡くなった祖母から譲り受けたものなんだって」

澪「……」

姫子「祖母の母、つまり風子の曾祖母からネジを巻き始めて、時間を刻んでいたんだけど」

冬「けど……?」

姫子「風子が、時間を止めてしまったんだって。そう聞いた」

澪「時間を……」

姫子「それがどういうことかは、分からない。今、話していい事かどうかも、分からないよ」

冬「…………たまに、時計を包むようにして、辛そうな表情をしていますよね」

澪「うん」

姫子「……」


事情を知らない冬達でも、それは気付くものなんだね。

それがなんだか、頼りになるようで、わたしの心は不思議と落ち着いた。


姫子「それと、昔交わした約束が関係しているみたい」

澪「約束?」

冬「……」

姫子「風子は、他人が約束の時間に遅れても気にしないのに、
   自分が遅れてしまうと、とても申し訳なさそうな顔をする」

澪「……」

姫子「約束を破ってトラウマになっているのかもしれない」


余計なことを言っていると思う。

友人の心の傷を、本人が居ない今、わたしが曝け出している。

363 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/03(月) 00:19:59.57 ID:oS5apEg6o



冬「利尻島で、夏に言ったのはそういう事だった訳ですね」

姫子「うん」

澪「そうか。抱えているものを言わないって、それだったんだな」

姫子「そういうこと」


風子はこのことを自分からは言わないだろう。

そんな風子を見て、冬と夏、澪が心配して風子を気遣い、
この旅が味気ないものになってしまうのは風子が望むものではないと思う。

それなら、わたしが悪者になってでも、風子の弱いところを曝け出す。

それでわたしと風子の関係が壊れるなんて、微塵も思わないから。

わたし達は、仲間だから。


澪「……」

冬「……」

姫子「……」


静寂が訪れる。


風子も、わたしと同じように思っていてくれるといいな。

なんて、照れくさいことを考えながら瞼が重くなっていくのを、受け入れて……眠りに就く。


364 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/03(月) 00:22:04.15 ID:oS5apEg6o



――…


「姫子さん」


声に呼ばれて、わたしの意識は少しずつ覚醒していく。


姫子「……ん」

夏「ほら、冬ねぇ」

冬「……もう朝?」

夏「昼だっての」

澪「……あれ?」

風子「あと、10分くらいで到着するよ」

澪「あれ?」

姫子「……どうしたの?」

澪「今……夏?」

夏「夏ですよー」

冬「ふぁあ……」


夏がややこしいことを言っている隣で冬があくびをしている。

なぜかあくびは移る。


姫子「ふぁ……」

夏「夏がどうかしたんですか?」

澪「いや……、少し愉快な夢を見ていたんだ……」

冬「愉快?」

風子「甲板で待ってるね」

姫子「……うん」


澪の話を聞かずに、一人で先に行ってしまった。

気にならないのかな。

365 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/03(月) 00:23:32.28 ID:oS5apEg6o



姫子「どんな夢?」

夏「気になる」

冬「はい」

澪「さっきの場所で、夕陽を眺めているんだ」

姫子「……へぇ」

夏「……そうですか」

冬「……」

澪「大晦日なんだ……。ありえない顔ぶれで、なんだか楽しかった」

姫子「冬、布団畳むから貸して」

冬「あ、お願いします」

夏「荷物はこれくらいですよね」

澪「正夢にしよう」


なぜかわたしの袖を引っ張って楽しそうにしている。


姫子「え? わたしもいたの?」

澪「そうだ、風子も夏も冬も……、とにかくみんなだ」


夢は見た本人が一番楽しいわけで。

だから、そのテンションで話をされてもついていけなかったりする。
今が正に、その状況。


次は稚内駅だから、澪の楽しい、にしばらく付き合うことになるのかもしれない。

367 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/04(火) 23:28:06.76 ID:YD73mxJ0o



――― 稚内駅 ―――


澪「ここが……!」

夏「最北端の駅……」

冬「ここから北に線路は無い……。
  なんだか、旅の情緒が感じられますね!」

風子「……うん」

姫子「……」


盛り上がっている3人には悪いけれど、わたしは相棒のチェックで忙しいから気持ちを合わせられない。


澪「か、カメラ借りていいかな……!」

姫子「どうぞ」

澪「すぐ戻ってくるから!」

冬「わたしも行きます!」

夏「あたしも!」


澪に連れられて、冬と夏が駆け出していった。

駅前には、わたしと風子が残される。


姫子「風子は行かないの?」

風子「……うん」


風子は街灯にもたれて駅を眺めていた。

わたしは相棒のチェックを続ける。


姫子「……」

風子「……」


なんだか、風子がわたしの言葉を待っているような気がする。

稚内駅の話題でも振ろうか、と悩んでいると、
一枚の小さい何かがタイヤに飛びついた。


姫子「?」


拾ってすぐに気付く。これは――


「うっわー! 無くしちゃった!!」

姫子「……」

「大事なものなのに!」

風子「……」

「うーん、しょうがないか……」

姫子「……え」


諦めの早さに呆気に取られてしまった。

368 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/04(火) 23:29:46.74 ID:YD73mxJ0o



姫子「大事なものってこれですか?」

「うん? そう、それ! 危ない危ないヤバかったー!」

風子「!」


大きな声に少しわたしと風子は圧倒されて怯んでしまう。

タイヤに飛びついた物を持ち主に渡す。


姫子「バンドをやっているんですか?」

「いやいや、やってないよん」

姫子「???」

「あー、これは貰い物でね~。財布の中から飛び出して行っちゃって、あっはっは!」

風子「……」


豪快に笑うこの人になんとなく、親しみを覚える。

どうしてだろうか。


「ありがとね」

姫子「い、いえ……」

風子「ライブで貰ったピックですか?」


風子がなぜか興味を持ったようだった。


「ちょいと前にね、旅仲間から貰った代物なのよ。曰く付きってヤツ?」

姫子「曰くの使い方間違えてますけど」

「あっはっは! ナイスツッコミ~」

風子「……」

「おねーちゃーん!」

「おねぇちゃぁん!」

「こっち、こっち! お姉ちゃんはここですよー!」


小学校中学年くらいかな、女の子と男の子が姉と呼んだこの人に駆け寄ってくる。


「可愛いでしょ~、私の自慢の妹弟なんだ~」

姫子「……」

「目に入れても痛くないんだよね、偶に痛いけど」

風子「……」

妹「お仕事おつかれさま」

「ただいま、徹夜で疲れちゃったよ~」

弟「かばん持つよ!!」

「お、気が利くようになったね~」

姫子「……」


微笑ましいやりとりに、自然に心が緩んでいくのを感じる。

この子達は心から姉を慕っているのだろう。

369 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/04(火) 23:32:48.08 ID:YD73mxJ0o



弟「帰ったらポテチ作って!」

妹「お姉ちゃんはお仕事で疲れているんだから、ワガママ言っちゃダメ!」

弟「え~!」

妹「え~、じゃない!」

「作ってあげるから、ケンカしちゃだめだよ~」

妹「もぅ! すぐそうやって甘やかすんだから!」

「むくれないの」


妹の頭を撫でようと手を伸ばしたその時、


妹「!」

「あっ、どうして避ける!?」

妹「そういうのは卒業したの」

「猫かあんたは……」


素早い身のこなしで掌を軽く避けた。
もう姉離れの時なのかな。


「くっくっく、ネコかぁ。懐かしいにゃ~」

弟「さぁ、帰ろう~」


まだ姉離れの時ではないらしい弟は、姉の手を嬉しそうに握っている。


「あ、そんじゃあね~」

姫子「……それじゃ」

風子「それでは」

「いい旅を~!」

妹「……」


妹は空いている姉の片手にそっと手を重ねていた。


姫子「ふふっ、まだ姉離れは出来なさそうだね」

風子「……うん」


楽しそうに歩いていく3人の後姿に惹かれるものを感じる。


風子「……なんだか、小説に登場した人物に出会ったような、そんな不思議な気持ち」

姫子「だからかな、なんとなく他人とは思えない印象があったのは……」


風子の言葉に納得してしまう。
どこかで会ったかのような気持ちになったのは、あの人の持つ特有の雰囲気に惹かれたからかもしれない。

370 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/04(火) 23:34:13.24 ID:YD73mxJ0o



夏「お待たせしましたー」

澪「そう簡単に逢える訳ないか……」

冬「誰にですか?」

澪「いや……なんでもない」

風子「どうして、旅の途中だって分かったのかな……」

姫子「バイクの装備を見たから、かな」

風子「……そうだね」

冬「夏がおいしいお店を見つけたので、そこに入りましょう」

姫子「お店を探してくれたんだ?」

冬「観光ガイドがありましたから」


一枚の紙を差し出してきたのは、稚内の観光ガイドだった。


371 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/04(火) 23:36:16.64 ID:YD73mxJ0o



――…


店員「空いているお皿、お下げしまーす」

澪「ごちそうさまです」

夏「あと、お茶もお願いします」

転任「はい、少々お待ちくださいませ」

姫子「美味しかった」

冬「蟹の爪が入っていましたね」

姫子「うん。美味しかった、原野ラーメン」

風子「……」


美味しかったと、二回言ったのに風子は拾ってこなかった。


冬「サロベツの料理だそうですよ」

姫子「らしいね。朝に走った道を思い出したよ」

冬「片方は海岸で、もう片方は原野でしたね」

姫子「うん、両方見ながら走るのは気持ちがよかった」

風子「……」


風子はしずかにお茶を啜っていた。


店員「失礼します」

風子「あ、私にもお茶を……」

店員「はい」

夏「……澪さんはどうしてウェイトレスを?」

澪「楽しそうに仕事をこなしている店員さんを知っていて、
  私もやってみたいと思っていたんだ」

夏「そうですかぁ」

澪「夏はホールをやりたいと思わないの?」

夏「あたし、接客が苦手なんですよね」

冬「人見知りしますから」

澪「私もするけどな」

夏「だから、少し凄いなって思うんですよ。……やってみようかなぁ」

店員「はい、どうぞ」

姫子「……どうも」


温かいお茶を両手で包む。

暖かい場所がここにあった。

372 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/04(火) 23:39:26.97 ID:YD73mxJ0o



姫子「どうだった? 稚内駅は」

澪「うん……」


わたしとは違った景色がみられたかもしれない、と興味があった。
澪はとても楽しそうにしていたから。


澪「旅の始まりの場所であり、終わりの場所なんだと思ったら素敵な場所に見えた」

姫子「……そう」

夏「澪さん、駅のホームに降りていましたけど、何をしたんです?」

澪「空の写真をな……撮った」


わたしのカメラを借りていたけど、空の写真を……。


姫子「ホームの様子じゃなくて、空なんだ?」

澪「なんとなく、な」

姫子「ふぅん……」

風子「お手洗いに行って来るね」


スッと立って、歩いていく風子。

稚内駅での出会いで、少しだけ和らいでいた表情だったのに、
少しだけ歩いた公園で、一段と思い悩んでいるようになった。


姫子「さっきの公園で、なにかあった?」

夏「稚内公園……?」

澪「えっと……」

冬「九人の乙女の像、氷雪の門がありましたよね」

姫子「……あぁ、そっか」

夏「……?」

冬「なにか心当たりがあるんですか?」

姫子「……」


風子のことを訊いている。

みんな、旅仲間を心配していた。


姫子「その二つは戦争で亡くなった人たちの慰霊碑だよね」

澪「……」

夏「……」

冬「……」


戦争。

今を生きるわたし達には遠く、現実味の無い言葉。


今、世界のどこかで起きている現実。

昔、この国で起きた悲惨な出来事。

映画や本などを通してみても、それをノンフィクションとして捉えるのは難しい。


姫子「グッド・ラック」 29