346 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/01(土) 01:00:16.79 ID:CFhswu2Go



――…


朱鞠内湖から約3時間をかけて稚内港に到着する。
スムーズに走ることが出来て予定より早めに着けて良かった。


風子「急いで手続きしてこよう」

澪「そうだなっ」

夏「うんっ」

冬「はいっ」

姫子「んー……」


体を伸ばしている姫ちゃん。


風子「ほらっ、姫ちゃんも!」

姫子「出港まで30分近くあるから、余裕でしょ」

風子「それじゃ、20分かけて受付まで来てよ?」

姫子「意味が分からないけど、分かった。わたしも走るよ」


ターミナルへ入って受付へと足を進める。
姫ちゃんのバイクに乗せていた荷物は車の中へ一時収納してあるので、
持っていくのは軽い手荷物だけになる。

乗船手続きを済ませ、朝ごはんを買いに行くことに。


澪「カニ御膳だっ!」

冬「ほんとだ」

澪「これがカニ御膳か……よし」

夏「カニ御膳弁当なんて、セレブですね」

澪「買わないけどな」

夏「あれ?」

風子「よし、って?」

澪「確認しただけなんだ。おいしいと評判だったから」

風子「……そうなんだ」

姫子「わたしはサンドイッチ買ってくるよ」

夏「あたしもサンドイッチにしよ~」

347 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/01(土) 01:01:14.23 ID:CFhswu2Go



冬「わたしはおにぎりにしようかな」

風子「利尻昆布だね」

冬「はい、おいしそうです」

澪「カニ味のおにぎりもあるな」

風子「澪ちゃん、どうしてそんなに楽しそうなの?」

澪「いや、その……。行ってみたかったからな、最北端に」


そういえば、最初に北海道の地図を指した時、そう言っていたね。


澪「戻ってきたときに稚内駅を少し見ていきたい」

冬「それはいいですね。最北の駅ですから、なにか発見がありそうです」

澪「うん」

風子「それじゃ、私も昆布おにぎりにしようっと」


朝ごはんは軽めに取って、お昼は利尻で食べてもいいな。

そうこうしている内に乗船の時間になり、5人の短い船旅となる。


348 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/02(日) 23:34:43.68 ID:Ip3w1roro




ボォォォオオオオオオ


夏「陸が離れていくとわくわくする……」

冬「うん……、うん……!」

姫子「……とりあえず、どうしようか」

風子「寝てくるね」

澪「えっ!?」

夏「出航してすぐ!?」

姫子「そう言うだろうとは思っていたけど……」

風子「朝はやかったから……ふぁぁ」

冬「約二時間の航海です。いい仮眠になりそうです」


冬ちゃんも眠りたいみたいだね。

3人を残して私と冬ちゃんは船内へ。


風子「少しだけ荒れてるね」

冬「はい。夜中の雨が影響しているみたいですね」


太陽は顔を出さない曇りの天気で、少しだけ気分も晴れない。

客室へ入って毛布を被り、


風子「おやすみ」

冬「おやすみなさい」


私はあっという間に夢の中へ。



「お客さん、お客さん!」


誰……?


風子「うん?」

「と、到着していますよ」

風子「えっ、あ!」

「……」


気まずそうにしている乗務員さん。
私たち5人が並んで寝ていただけに、とても困っていたと思う。

深い眠りに入っていたみたい。

349 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/02(日) 23:39:25.27 ID:Ip3w1roro



冬「すぅー……」

夏「すぅ……」

姫子「……すぅ」

澪「ん……」

風子「はい、すぐに降ります」

乗務員「はい、よろしくお願いします」


最後まで引きつった顔のまま部屋から出て行った……少し恥ずかしい。

周りを見渡しても私たち以外には誰もいない。


風子「冬ちゃん、夏ちゃん」


二人を揺する。
朝早かったからしょうがないよね。


夏「あー……、もう着いたんですかぁ……」

冬「うん……」


なぜか冬ちゃんが応えている。


風子「姫ちゃん、澪ちゃん」

姫子「……あ…れ、着いた?」

風子「うん」

澪「2時間も寝ていたのか……」

風子「2時間?」

姫子「わたし達も出港してから、すぐにここに来たから……眠れるもんだね」

夏「さぁ、行きましょー」

冬「約束の場所です」


約束の場所。


冬ちゃんと夏ちゃん、二人の間には大切な約束があった。
それは、冬ちゃんが入院する前……小学校に入学する前の話。

二人のご両親は商社関連の仕事をしていて、いつも家に居なかったという。
長期間、家を空けることになり北海道の親戚に預けられる。

両親の居ないその旅行。
数日経ったある日、夏ちゃんがわがままを言う。

お父さんとお母さんに会いたい。

会えない寂しさ、心細さが幼い夏ちゃんの胸を締め付けたのだと思う。
そんな妹を優しく励ます姉。


夕陽を見に行こう。


二人を包んだ夕陽が綺麗で忘れられない。

稚内港へ向かう車の中で聞いたせつない話。

350 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/02(日) 23:42:05.74 ID:Ip3w1roro




――― 利尻 ―――



船から降りて、私たちは二人にその場所へと誘われる。


見渡しのいい崖の上。

広い海が見渡せる場所。


夏「こっちだっけ?」

冬「もう少し奥に行かないと……」

風子「小さい頃の二人がここまで来ることなんて、出来ないよね……」

澪「そういえば……」

姫子「……うん」

夏「……どうやって来たんだっけ、冬ねぇ」

冬「叔母さんと一緒に、だよ」


でも、ジンギスカンを囲んだ時はそんな話、少しも出てこなかった……。


姫子「夏、ひょっとして、詳しくは覚えていないの?」

夏「う、うん……。冬ねぇはここだって覚えていたみたいですけど」

冬「はい、覚えていますよ」

風子「どうして叔母さんは黙っていたのかな……?」

澪「……」

夏「そうだよね、黙っている理由が無いのに」

冬「わたしと、なつの二人の約束だから。
  叔母さんは見守っていてくれているんだよ」

夏「……そっか」

澪「約束、か……。それが今、果たせる訳か」

風子「……」


351 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/02(日) 23:44:29.43 ID:Ip3w1roro



約束が守られるのは幸せなこと。

それは、人と人を結ぶという固い繋がりを意味するから。

だから、人は約束を守ろうとするのだろう。


私は、破ってしまったけれど――


冬「いえ、今日は果たせません」

澪「?」

夏「そうだね、時間が違うから」

姫子「どういうこと?」

風子「……」

冬夏「「 ここで夕陽を見ることが約束ですから 」」



私たちに気を遣っているのかな。



風子「……その時が来るまで待っていようよ」

冬「いえ、わたし達は約束の場所へ来ることが重要なんです」

夏「そうそう、夕陽にはこだわっていません。
  小さい頃に見た夕陽をもう一度見たいのなら、またここへ来たらいいんです」

冬「……はい」

風子「でも、また次にここへ来れる保証なんてないんだよ?」

澪「ふ、風子……?」

姫子「……」

冬「それは……」

夏「正直に言いますけど、本当はあたし、まだ約束を果たしたくないんですよね」

風子「?」


どういうことだろう。

約束を守れるチャンスはそう何度もないと思う。
これからはきっと忙しい時間に追われていく。

この旅をするために、私は大学の授業をズル休みしてきた。
澪ちゃんも、冬ちゃんも、夏ちゃんも。
そして、掛け持ちで働いている姫ちゃんも。

私たち5人がそれぞれの時間を作ってきて、今ここにいる。


姫子「まだ果たしたくないって、どういうこと?」

夏「えっと……」

冬「……」


私の疑問を代弁してくれた姫ちゃん。


353 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/02(日) 23:48:12.22 ID:Ip3w1roro



夏「約束は果たされたらそこで、解消されちゃうじゃないですか」

澪「……」

夏「あたしは、また冬ねぇとここに来て、一緒に夕陽を眺めたいです」

風子「それは、冬ちゃんに甘えているんだよ」

姫子「……」

澪「……」

冬「……」

風子「今のこの時間を逃したら、次は無いかもしれないよ」

夏「……」


私はあえて、それを言葉にする。

お祖母ちゃんが原因で幼馴染との約束を破ってしまったことに辛い記憶として持っているから。

今、約束を果たせるのに、それを先延ばしにすることは冬ちゃんを待たせることになる。

本当は、いつでも果たすことができる夏ちゃんが少しだけ羨ましいのかもしれない。
それとも、私の悪い部分が出てきて、夏ちゃんを困らせたいだけなのかもしれない。


風子「……」

夏「そうですよ、あたしは冬ねぇに甘えているんですっ」


そう言って冬ちゃんと腕を組む夏ちゃん。
嬉しそうな、寂しそうな、少しだけ切なそうな、そんな表情を浮かべて。


夏「あたしのせいで冬ねぇを失うところだったから――」


それは、病院のベッドの上で冬ちゃんが命を落としそうになったとき。


夏「――冬ねぇをしっかりと掴まえていくんですっ!」

冬「……もぅ」

澪「……」

姫子「……」

夏「向こうの景色が綺麗に見えますよ、行きましょ~」

冬「……うん」

澪「……晴れてきたな」


私を置いて、何事も無かったように進んでいった。

それがとても嬉しかった。


風子「……ごめん、ね」


誰にも届かないくらいの小さな声で謝る。

あんなこと言うつもりはなかったのに。

夏ちゃんの強さに惹かれて、憧れて、嬉しくて、
色んな感情が私の視界を滲ませていく。


風子「……っ」


私は約束に囚われているのかな。

354 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/02(日) 23:51:33.95 ID:Ip3w1roro



ポンポンと背中を軽く叩かれた。


風子「!」

姫子「時々真面目になるよね、風子は」

風子「……」

姫子「それが風子らしさでもあるから、いいんじゃない?」

風子「そうだよね」

姫子「認めるの早いね……」


呆れ声の姫ちゃんに、背中を押された気分になった。

立ち止まってはいけないと私を支えてくれる。

私はこの旅で何を得られるのかな。


澪「あ、危ないぞ」

夏「平気ですって、落ちませんよ」

冬「夏、こっちに来て」

夏「大丈夫だって」


夏ちゃんが崖の端に寄り、身を乗り出している。


姫子「まったく、夏は……」


姫ちゃんがしようがないと言いながら進んでいく。




――リン。


あの鈴の音が、鳴り響いた。






― 落ちるよ。


「――え」






ビュゥウウウ


一陣の風が私たちの背中を押す

海の底を覗きこんでいる夏ちゃんの背中をも――


風子「夏ちゃんッ!」

夏「おっと……と……?」


柵のない崖の端で夏ちゃんはバランスを崩した

355 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/02(日) 23:54:44.02 ID:Ip3w1roro



夏「あっ……うわっ……」

冬「なつッ!」


足元にあった小石がパラパラと海へ投げ出される
夏ちゃんも小石と同じように崖の向こう側に放り出されようとしている


――落ちる



澪「――ッ!」


声にならない叫び


姫子「夏ッ!!」


傾きかけた体を姫ちゃんの手が追いかける


夏「ひ、ひめ――!」


落ち行く夏ちゃんの手を姫子さんは掴まえた


引っ張られてそのままの勢いで姫ちゃんの腕の中に引き寄せられる


夏「あ、あぶなかったー」

姫子「危ないって言われたでしょ」


右手を夏ちゃんの頭に乗せてため息を零している


冬「本当にすいません……」

姫子「わたしはいいけど、冬もだよ」

冬「う……」

夏「?」

姫子「あのまま冬が突進してたら、二人とも落ちてたから……気をつけて」

冬「……はい」

澪「はぁ……びっくりしたぁ」


澪ちゃんは座り込む。


夏「姫子さん、なんで動悸が激しいんですか?」

姫子「……今更ながら、緊張してきたから」

夏「温泉に入っているときも思ったんですけど、姫子さんって意外と――」

姫子「うるさいっ」

夏「いたっ」

冬「……もぅ」


軽くチョップをして、緊張した空気が解けた。

356 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/02(日) 23:57:00.93 ID:Ip3w1roro



風子「……」


私は、ここで、立ち尽くしている、だけ、だった。


昨日の、姫ちゃんの、ニアミス。

そして、今、夏ちゃんが、崖から、転落しようと、していた。


朝の、決意が、揺らいで、いた。




――♪


ダニー『保留されたリストかぁ、こんなものがあったなんてね』

モモ『……』

ダニー『あ、見て見て! モモ!』

モモ『……名前が消えていくね』

ダニー『モモが直接関わらないで帳消しになるなんて、珍しいよ』

モモ『そんなことないよ。人と人が繋ぎとめれば、運命は変わるから』

ダニー『そういうものなのかなぁ。簡単な話じゃないんだけどなぁ』

モモ『……よかった』

ダニー『姉の魂を運ばずに済んで?』

モモ『……うん』

ダニー『ねぇ、モモ』

モモ『?』

ダニー『あの子、様子が変だよ』

モモ『……』


――♪




死神が手招いているみたいだった。

命に関わること立て続けに起こっている。

あるいは、夢の出来事を示唆しているのかもしれない。


なんて、いくらなんでもそれはない。

馬鹿げた自分の思考を止める。

357 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/03(月) 00:00:04.65 ID:oS5apEg6o



風子「……」


お祖母ちゃんはこの世に留まっているのかな。
こんな私を心配しているのかな。

譲り受けたこの……時計。


風子「…………止まる番…だったんだ……」


さっきの鈴の音はそういうことだった。
また、止まってしまった腕時計。

譲り受けたのに、私は嫌だと言って身に着けることはなかった。
お祖母ちゃんに悲しい顔をさせた。

それからはその時が来るまで、笑顔を見ることはなかった。
その時が過ぎた今、永遠に笑顔を見ることができなくなった。

それが後悔に繋がった。

お祖母ちゃんはこんな私を見て、心配しているのかもしれない。
だから、この世に留まっているのかもしれない。

死神の声が聞こえるのはそういうこと……?
そうだとしたら……お祖父ちゃんの元へいけないのは私のせい……。


風子「それは、嫌だな……」


― あなたの祖母から預かってる言葉があるの
― だけど、今はまだ伝えていい時じゃないみたい


姿を見せないその声の主はそう言った。

大事な言葉なんだと思った。
だから、その言葉を受け取らなければならない。

この旅の中で、どこかにある答えを見つけて、安心させたい。

だけど、何を見つければいいのか、

五里霧中。

その四字熟語がぴったり当てはまる。

358 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/03(月) 00:03:47.28 ID:oS5apEg6o



風子「……」

夏「猪好きだよね、冬ねぇ」

冬「そんなことないよ」

姫子「猪……?」

澪「猪鹿蝶の役を揃えようとするんだ、冬は」

姫子「……なにそれ」

冬「あぁ、いい風が吹いてますよ~」

澪「誤魔化そうとしてるな」

夏「最初に覚えた役ってだけですよ、きっと」

姫子「…………へぇ」

冬「なんだか、語感が良いですよね」

夏「猪、鹿、蝶……そうかな」

澪「猪鹿蝶……。うん」

冬「イノシカチョウ」

姫子「……」


風子「……」



崖の上から水平線を眺める。
少しだけ荒れていた海が落ち着きを取り戻し、
雲で覆われていた空が蒼をのぞかせている。

そして、穏やかに雲は流れていき、太陽のヒカリが海の上に降り注ぐ。

暖かいような、涼しいような、柔らかい風が崖の上にいる私を吹き抜けた。


私は姫ちゃんたちとは距離を置いている。


早く見つけなければいけないと気付いたから、周りを気にしている余裕は無くなった。


―――――


わたし達とは距離を置いて、海の向こう側を眺めていた。

風子の表情に焦りや戸惑い、悲しみ、寂しさが表れている。
右手で時計を包んで、それでも瞳は何かを捉えるように真っ直ぐ見据えていた。


冬「ふぅさん、どうしたんですか?」

姫子「さぁ、よく分からない。風子は抱えているものを教えてくれないから」

夏「……自分からは言いませんよね、そういうこと」


聞き出せばいい、と夏に言われているような気がした。


澪「いい場所だなここは……」


澪の言葉を背中に、わたしは風子に歩み寄る。


姫子「グッド・ラック」 28

最終更新:2012年10月02日 10:25