276 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/06/05(火) 21:35:19.36 ID:8hjPKLcEo



夏「ごちそうさまでしたー」

姫子「それじゃ――」

由美「ねぇ、姫子ちゃん」

姫子「はい……?」

由美「あなたの言う、旅ってなに?」

姫子「え……?」


わたしの言う、旅。
旅の意味を訊いているのかな。

由美さんが立ち上がって、わたしと同じ目線になる。


姫子「…………えっと」

由美「私ね、ある理由があって、逃げてきたの」


言い淀んでいるわたしを察して、由美さんが話し出す。


由美「逃げてきたから、事故の拍子に記憶が飛んでしまったのね、きっと……」

姫子「……」

由美「私は教科書通りの人生を歩んできたから、まっすぐに歩いて来れたわ」

姫子「……」

由美「教科書に書かれていることを自分の物差しにしていたの。
   だから、自分に自信が持てなかったのね。
   そんな自分だから、立ち向かう自信が無いから、私は逃げ出したの」

風子「……」

由美「でも、その事故にあったバイク乗りの人と少しだけ交わって、自分に自信を持つことができた。
   逃げてきた現実に正面から向き合えるだけの勇気を貰った」

澪「……」

由美「それが私の旅になった」

冬「……」

夏「……」

由美「あなたの旅は?」

姫子「……」


意味なんて考えたこと無かった。

でも、わたしも不安があったのかもしれない。
漠然とした不安。

だから、強くなりたかった。

後ろでわたしを励ましてくれた澪のように、澪達のように。

だから、旅に出たかった。

何かが得られるかもしれないという期待を持って、北海道へ来た。

277 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/06/05(火) 21:37:40.44 ID:8hjPKLcEo



姫子「探している場所があるんです」

由美「そこは?」

姫子「正直、まだ分かりません。
   だから、求めている場所を探しているのかも」

由美「……」

姫子「今のこの時間も、そのうちに忘れられていくのだと思います」

由美「……うん」

姫子「だから、新しい時間を見つけるために旅をしている」

由美「……」


抽象的な表現だらけだ。
由美さんに伝わっていないことがはっきりと分かる。
表情がそう言っていた。

わたしも今の自分に自信が無い。


由美「ね、これからどこに行くの?」

風子「えっと、朱鞠内湖へ……」

由美「それなら、向かう途中にある層雲峡へ行かない?」

夏「ん?」

冬「どうしてですか?」

由美「いいところなのよ~。ね、寄り道して行こうよ♪」

風子「えぇっと……」

澪「……」

姫子「……」


わたしの言葉は伝わったのかな。


由美「少しだけ、私と旅をしましょ」

姫子「?」


278 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/06/05(火) 21:39:44.34 ID:8hjPKLcEo



駐車場へ辿り着く。

由美さんの車はオープンカー。どうしてか、澪が助手席に乗るみたいだ。


澪「オープンカーに乗ってみたかったんだ」


嬉しそうにキラキラと光を放っている。
テンションも上昇しているみたいだった。

それとは裏腹に、わたしの心は再び沈んでいく。


姫子「……」


赤いタンクに一線の縦傷。

倒した地面に大きめな石があって、その石がわたしの相棒に傷をつけていた。
地面を気にしている場合じゃなかったけど……。

やっぱりへこむ。


風子「姫ちゃんっ」


バシ……と、
叩かれるというより、背中に手を添えられる感覚。
澪よりは手加減されていた。


姫子「勲章ということにしようかな」

風子「男の子なんだ?」

姫子「性別は無いよ」

夏「……」


夏に怪訝な顔をされた。

いい加減に気持ちを切り替えよう。情けないにも程がある。


チリン。


風子「あれ……?」

冬「鳴りましたね」

姫子「?」

冬「姫ちゃんさん、鈴を見せてくれますか?」

姫子「……うん?」


ポケットから取り出す。


チリンチリン。

279 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/06/05(火) 21:45:43.93 ID:8hjPKLcEo



ブォォオン


由美さんの車が排気音を通して呻りをあげる。


澪「さぁ、行こうか」

由美「車に乗ると人が変わるタイプ?」

姫子「いえ、楽しいと人が変わるタイプ」

由美「なるほど」

夏「それじゃ、ふぅちゃんさん行きましょ~」

風子「はい、行きましょう」

冬「起きたのかな……」

姫子「うん?」

冬「あ、いえ。それでは後で」


チリン……。


姫子「……?」


鈴を揺らしてみる。


……。


鳴らなくなった。


姫子「まぁ、いいか」


鈴を胸のポケットにしまう。


バイクに跨って、エンジンをかける。


ドルルルルン


アクセルを回す。


バァン!


姫子「気をつけるから、これからもよろしく」


そっと声をかけて、わたし達は走り出す。


280 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/06/10(日) 23:24:47.68 ID:O1mKhtT1o




――― 層雲峡 ―――


約1時間のドライブ。

由美さんの車に続いてわたし達も駐車場へ。

渓谷が美しいことで有名な場所。
予定にはなかった行程だけど、こういうのもいいと思う。


由美「あ、風子ちゃんたちも来たわね」

澪「やっぱりオープンカーはいいですね」

由美「乗った事あるんだ?」

澪「はい。演奏に乗せて、アメリカ西部を走りました」

由美「?」

姫子「そういうノリで演奏したそうです」

由美「気分の話だったのね」

澪「そうです」

風子「おまたせしました」

夏「銀河の滝、ねぇ……」

冬「写真でみたことあるよね」

夏「うん、だから期待はしないでおこうかな」

風子「消極的だね」

夏「滝は近くで見てこそだと思うんですね」

由美「そんなことないわよ、温泉も有名なんだから」

姫子「……」


滝のアピールしないんですね。


風子「これからどうするんですか?」

由美「そうね、お決まりのコースを行ってみましょう」

夏「お決まり?」

由美「大函、小函をみながら銀河、流星の滝まで下っていこう」

澪「流れる星か……」

姫子「……」


由美さんはここに来たことがあるのだろう。

率先して歩いていく。

281 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/06/10(日) 23:27:16.45 ID:O1mKhtT1o



冬「ここが大函ですね」

由美「そうよ」

風子「……あ」

姫子「……」


目の前に川が流れているけど、その中にごみを見つけてしまった。
なんだか、悲しくなる。

川の向こうが断崖となっていて自然の偉大さを感じる。
ところなんだけど、ごみが邪魔をして少し損をした気分になった。


由美「どんどん進みましょ」


先へ進んでいくとトンネルへとさしかかる。
ここを抜けないといけない。


澪「……嫌だ」

由美「確かに、このトンネルは怖いわねぇ」

夏「この金網は通行人の安全の為に作られたんだろうけど……」

風子「それがかえって恐怖感を与えるよね」

澪「怖い」

由美「あら、テンションがガタ落ちね」

姫子「これは、わたしも怖いかも」

冬「真っ暗ですね」


わたしと澪がまごまごしていると、先を歩いていた冬がそのまま突き進んでいく。
その後を由美さんと夏が続く。


風子「怖いね~」

澪「……」

姫子「……」


風子も続いていく。
ここを通り抜ければ絶景が待っているんだ、行こう。


姫子「澪、行くよ」

澪「……」


ザッ、ザッと足を鳴らして歩く。
わたしに続く、澪の足音が聞こえなかった。

振り返ると困り顔で立ち往生していた。

しょうがない。


姫子「ほら」

澪「……うん」


澪の手をひっぱる。

わたしはおせっかいかな。

282 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/06/10(日) 23:29:38.94 ID:O1mKhtT1o



トンネルの中を通ると、特有の静けさと肌寒さがまとわりつく。
それに加えて崩落の危険性もあるから怖い。


澪「~っ!」

姫子「痛い痛い」


澪の両手がわたしの右手をギュウっと握り締める。
違う意味で早く抜けなければいけない。
怖かった気持ちがどこかへ飛んでいた。

暗闇を抜け、光の中へとたどり着く。


姫子「目を開けてもいいよ」

澪「……ふぅ」


4人が待っていた。


夏「やっと来た」

姫子「おまたせ」

冬「いえいえ、それじゃ進みましょう」

由美「退屈なら、花札でもしようって話をしていたところだよ」

姫子「花札?」

由美「こうみえてもおねぇさん、強いのよ~」


そういって歩き出す由美さん。
つられて夏達も歩き出す。


冬「失礼ですが、由美さんはおいくつですか?」

由美「26歳よ」

冬「すごいですねぇ、その歳で先生なんて」

由美「ふふ、ありがと」

姫子「……」


わたしも冬に同意する。
自分の道を進んでいるなんて、凄いことだと思う。


由美「でもね、2年前よ」

風子「?」

由美「26だったのが、ね」

夏「おねぇさん、ねぇ」

由美「なによぉ」

夏「いいえ、別に」

由美「あなたたちもいずれそうなるんだからね!」

風子「……」

姫子「……」


その歳に、わたし達はどうしているのだろう。
ふと、そんなことを考える。

先のことばっかりで、目の前が見えていないような気がする。

283 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/06/10(日) 23:31:39.41 ID:O1mKhtT1o



由美「さぁ、ついたわ」

澪「駐車場?」

夏「あ、向こうに見えますよ、滝が」

姫子「あれが流星の滝……」


150メートルの絶壁がそそり立つ、美しい自然がそこにはあった。
岩体が柱状になっていて、その間から滝が流れている。

これは、絶景。


由美「力強い線になっていて男らしいことで、男滝とも呼ばれているそうよ」

澪「流星の滝がいいな」

夏「そうですね、男滝って、なんだかなぁって」

風子「観光地として改めて名づけたのかな」

姫子「……そうかもね」


広い駐車場に、小さな景勝地。
そして、ごみ。

神の子池のやりとりが思い出される。

人が集まることはこの場所にとってそれは良いことなのか、
悪いことなのか、わたしには判断できない。

けど、この地に来たからには、最大の敬意を払おうかな。


姫子「……うん」

由美「ふふ」

姫子「?」

由美「向こうにある銀河の滝はね、女性のようなはかなさから別名、女滝となるのよ。
   夏ちゃんが流星で、冬ちゃんが銀河かな?」

夏「はいはい、どうせあたしは気が強くて意地っ張りでぶっきらぼうですよー」

姫子「そこまで言ってないでしょ」

冬「滝の高さはどのくらいあるんですか?」

由美「えっと、銀河が120メートル、流星が90メートルだったかしら」

風子「本当に、日本じゃないみたい」

澪「……うん」


しばし見とれるわたし達。


「あー、みてみて、ゆう君~!」

ゆう「はぁ、美しいね。弘子、君には敵わないが」

弘子「もぉ~、ゆう君ってば」

ゆう「あはは、本当のことを言ったまでさ」

夏「うーん、絵に描いたようなバカップ――」

姫子「さて、行こうか」

夏「ふぐぐ」


余計な一言を防ぐ。
あのカップルにはいつまでもそのままでいて欲しい、と勝手に願う。

284 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/06/10(日) 23:34:20.22 ID:O1mKhtT1o



わたし達はその場を引き返す。
夏と冬に引っ張られた澪を確認してからトンネルを通過し、駐車場へと戻ってきた。


二台のバイクを並べて、男性二人がなにかをしていた。
よく見ると、ガソリンを分け合っているようだ。


姫子「給油しておこうか」

風子「あ、そうだね」


向かう途中にあるはず。
ガソリンスタンドの位置は昨晩の内に把握してある。


由美「それじゃ、朱鞠内湖へ行こうか」

夏冬「「 え? 」」

由美「うん?」

澪「一緒に行くってこと……ですか?」

由美「ダメ?」

姫子「……」


みたところ車にはテントが装備されていなかった。

冬と夏を別けたテント配置にすれば、スペースは空くかな……。


由美「冗談よぉ」

姫子「……」


真に受けてしまった。


夏「変なこと言わないでよ」

由美「じゃあ、私が花札勝負に勝ったら付いて行っていい、ってことで」

夏「付いて来たいならそう言えばいいじゃん」

由美「だってぇ、遊びたかったんだもん」

夏「だもんじゃないっての」

冬「それじゃ、一局だけ」

由美「時間無いでしょ?」

冬「あ……」

風子「……」


風子が時計を確認する。


風子「2時7分だね……」

夏「悪いけど、先を急ぐから」

由美「うん」


笑顔の彼女に、少しだけ寂しさを感じる。

ここでお別れなんだ。

285 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/06/10(日) 23:37:37.78 ID:O1mKhtT1o



夏「じゃあね、楽しかったよ」

由美「私も。じゃあね」

風子「さようなら」

由美「さようなら」

冬「……」


冬は静かにお辞儀をする。


由美「途中で風邪なんかひかないいように」

澪「由美さんも事故にはお気をつけて」

由美「ふふ、りょーかい。あなたたちもね」

澪「ふふ、はい」


額に右手を当てて敬礼のポーズを取る由美さん。
澪も同じく敬礼を返している。

二人にはどこか繋がっているものを感じた。


由美「姫子ちゃん」

姫子「……?」


真剣な表情の由美さんにわたしは少し戸惑う。


由美「さっき聞いた姫子ちゃんの言葉、ね」

姫子「……」


アイスを食べた後にわたしが言ったことの返し、なのかな。


由美「あの言葉、あなたの言葉じゃないわよね」

姫子「――!」


核心を衝かれる。


由美「誰かから譲り受けた言葉、じゃないかしら」

姫子「ッ!」


的を射ている。

どこか抜けている彼女から教えられたことだった。

大人びている彼女から聞いたことだった。

あの言葉はわたしの言葉ではない。


アスファルトの地面をみつめてしまう。

286 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/06/10(日) 23:41:27.79 ID:O1mKhtT1o



由美「どうして俯くの?」

姫子「……?」

由美「あなたは、あなたの旅をすればいいだけのことじゃない」

姫子「あ……」

由美「というか、しているでしょ?」

姫子「……」


風子が隣にいて、澪がいる。

夏と冬がいる。

旅の仲間がいる。


姫子「うん」

由美「ふふ」


嬉しくて笑いながら返事をしたわたしをみて、由美さんは微笑む。

まるで子供をみているような、そんな笑みを浮かべて。


―――――


まるで子どもの成長を見守るお母さんのような、そんな表情の由美さん。

姫ちゃんはなにかを見つけたみたい。


由美「それじゃ、私もガソリンスタンドまでいこうかな」

夏「さっき別れの言葉交わしたじゃん!」

由美「まぁまぁ、細かいこと気にしないの。行きましょ」

冬「クスクス」

姫子「ふふ」

風子「……」


私たちもそれぞれの配置へ。

287 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/06/10(日) 23:44:30.65 ID:O1mKhtT1o



澪「あ、私が運転するよ」

風子「?」

由美「風子ちゃんもこっちの助手席に乗る~?」

冬「わたしもいいですか?」

由美「いいわよ~、おいでおいで」

夏「それじゃ、あたしも~」

澪「え……」

風子「えっと、後でね」

澪「え……ぁ……」


澪ちゃんは一人で運転することになった。


2ドアのオープンカー。

二人が先に後部座席に乗って、私が助手席へ。


風子「時間があるなら、キャンプをご一緒しませんか?」

夏「花札ならそこでやろうよ」

由美「あ、ごめんねぇ。実をいうとね、夜には旭川に居なくちゃいけないの」

冬「残念ですね……」

由美「そうね~」


シートベルトを装着、と。

焚き火を囲んで色々と話を聞きたかったな。


由美「行くわよぉ~」

夏「安全運転でお願いね」

由美「任せなさいって」

風子「……」


ブォンブォォン


エンジンが鳴り響く。
姫ちゃんと澪ちゃんを確認すると、準備が出来たみたい。


太陽の光が心地いい。


私たちは層雲峡をあとにする。


姫子「グッド・ラック」 23