227 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/19(土) 23:29:29.77 ID:orfFVqjIo



姫子「掌に、ごめんね、と文字を書かれたり……」

夏「謝るなら書くなよって流れかな」

燕「……」

雛「ぴぃぴぃ」

姫子「……寝てはダメだよ、って起こされたり」

夏「寝ている人に……」

燕「……そうか」


今までこんな話を他人にすると、

え、あの大人しそうな子が……。

と驚かれるんだけどな。
社交辞令モードとのギャップの差が大きいから余計に。


それより、どうしようかな。

よし、炭で落書きをしよう。

夏か燕が焚いた火に近寄り炭を探す。

ついでに燕の手の中にいる雛を確認する。


雛「ぴぃ」

燕「……」

夏「どうしたんですか?」

姫子「なんでもない」


見つけた。


屈んで、燃え尽きた炭を人差し指でなぞる。


夏「その燃え尽きた炭でなにを?」

姫子「……顔にらくがきをする」

夏「白い炭が付いてしまいますね」

姫子「……」


説明口調っぽい夏に少し違和感を感じる。

なんだろう。


まぁ、いいや。

テントの中に入り、まだ寝ている風子に静かに近づく。


風子「……すぅ」


そぉーっと、人差し指を伸ばす。

228 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/19(土) 23:31:15.81 ID:orfFVqjIo



風子「最後のはしてないよ」

姫子「うわっ!」


パチッと目を開いた風子。一種のホラーのようだ。


風子「過去を改竄してはいけないよね」

姫子「……」


驚いたわたしの心臓はドクドクと脈打つ。

起きてた……!


風子「あ、姫ちゃんの右頬に髪の毛がついてる……」

姫子「え……?」

風子「取るね」

姫子「いや、いい――」


風子の口元が緩んだのを見て気が付く。が、遅かった。

わたしの右手人差し指は頬に触れていた。

見えないけど、炭が付いた。

手で払ったら広がりそうだから、鏡で確認して拭かなければいけない。
我ながら面倒なことをしてしまった……。


姫子「早くに起きてたんだ」

風子「うん」

姫子「夏と打ち合わせしてたんだ……」

風子「うん。そうだよ」


くぅ……。また手の平で踊らされた……!


夏の説明口調で気付けた筈なのに。

負けた。


姫子「……」

229 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/19(土) 23:32:28.65 ID:orfFVqjIo



テントからもう一度出る。

わたし達のテントを横切ろうとした澪がいた。


澪「おはよう」

風子「おはよう、よく眠れた?」

澪「うん。ぐっすり……と。……頬に白いの付いてる」

姫子「うん、知ってる。おはよう」

澪「おは…よう……?」

夏「やりましたね」

風子「うん。バッチリ」


二人の間に余計な信頼関係が芽生えていた。


冬「おはようございま~……姫ちゃんさん」

姫子「うん、顔洗ってくる」


昇る太陽を確認して、洗面所へ向かう。



誰も付いてこないってことは、みんな起床してからの準備を済ませているということ。

最後まで寝ていたのはわたしだけだった。


洗面所へたどり着く。
他に利用者がいないうちに済ませよう。


姫子「……っ」


ジャブジャブと顔を洗う。
冷たい水の温度がわたしの意識をはっきりとさせてくれる。

清々しい気持ちだ。
さっきまではどことなく、納得のいかない気持ちだった。
風子に遊ばれたせいで。


浮かれているのだろうか。

230 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/19(土) 23:33:24.52 ID:orfFVqjIo



焚き火へ戻ると甘い匂いが漂っていた。


姫子「?」

冬「どうぞ、座ってください」


黒くてトローリとしたものが鍋の中に入っている。
冬が楽しそうにかきまぜていた。


夏「チョコフォンデュですよ」

姫子「……チョコレートなんて買った?」

風子「チョコはツバメさんからいただきました」

澪「最初はミルクを温めていただけ、だったんだけどな」


なるほど。
そこへ冬がチョコレートを投入したのか。


姫子「……チョコ、ありがと」

燕「昨日のお礼だから気にしないでくれ。……一応、非常食として渡したんだけどな」

雛「ぴぃぴぃ」

夏「さっそく使ったけどね」


よくみると、切られた果物がいくつか並んであった。
さくらんぼ、みかん……なつみかんかな。
パイン、バナナ、いちご。
どこからこれだけの量を……。


姫子「これは、どこから?」

風子「昨日食材を切っているときにおしゃべりしたお姉さん方がいて、
   その方達からいただきました」


今さら社交辞令モードになっても意味がないと思ったけど、それは置いておくとして。


姫子「そっか……」


風子は風子で旅の出会いがあったということ。

わたしにも出会いがあった。

今日も見知らぬ誰かに会えるのだろうか。

軽く言葉を交わすだけでもいい。

船の上でそうしたように、コンビニでいつもとは違った店員とのやりとりのように。

旅は人生の縮図とはよく言ったものだ。

231 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/19(土) 23:34:45.95 ID:orfFVqjIo



そんなことを冬の作業をみつめながら巡らせていた。

鍋を網の上から降ろし、適度に切られた果物をチョコレートで包んでいく。


姫子「……わたしが起きる前に朝食の準備は終わったんだ」

冬「はい、澪さんと一緒にフルーツを切りました」

澪「昨日はなにもできなかったから」


みんなが動いている間、わたし一人が寝ていたんだ……。

よくない傾向だと思う。みんなに甘えすぎかもしれない。


夏「はい、澪さん」

澪「ありがとう」


夏が澪に朝食を渡す。

甘そうだ。


燕「さて、と……」

スッと立ち上がった。
いつの間にか燕の手の中にいた雛は箱の中に納まっている。

箱の中から声がしないのは、お腹が膨れて満足だからなのかな。


夏「せっかくだから、食べていけば?」

燕「……」


熟思黙想。
だっけ、十分に考えて、考えを巡らせることの四字熟語。


232 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/19(土) 23:36:04.16 ID:orfFVqjIo



姫子「朝ごはん用意してるの?」

燕「いや、飴玉やチョコレートで済ますつもりだ」


必要最小限の食事なのかな。
果物にチョコがかかっているのに抵抗があるのかもしれない。


姫子「冬、パンも買ってたよね」

冬「はーい」


わたしの意図を察知したのか、パンを取り出す。


燕「おせっかいだね、キミは」

姫子「……」

夏「……」


そうかな、と火を見つめながら思う。
たしかに、昨日の夜に燕に掴みかかった事はわたしもびっくりしたけど、
夏はおせっかいという性格でもないような……。


姫子「……」

燕「……」

夏「いや、姫子さんのことですよ」

姫子「……え?」

風子「あ、冬ちゃん……」

冬「なんでしょう?」

澪「パンにもチョコがデコレートされたな」

燕「いや、気を遣わなくてもいいよ。それ、くれるかな」

冬「あ、はい。どうぞ……」

風子「どうぞ、姫子さん」

姫子「う、うん。ありがと」


準備が整って、


夏「いただきまーす」


夏の合図でわたし達も食べ始める。


カカオの香りとかすかな苦み。
それと同時に甘くとろけていく食感。
噛み締めるといちごの酸味が口の中で広がった。

233 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/19(土) 23:37:33.08 ID:orfFVqjIo



――…


朝食の片付けも終わり、テントもたたんで車に乗せた。

周りのテントの方々を見ると、まだゆっくりとしている。


夏「あれ、アンタ、片づけないの?」

燕「どうしてだ?」

姫子「……」


わたし達が撤収作業をしている間、燕はどこかへ行っていた。

テントはそのまま建てられている。



夏「さっき、ふぅ……子さんとこの辺りの名所の話をしていたでしょ?」

燕「うん……、そうだけど」

夏「……あ、いや、なんでもない」

燕「???」

姫子「……」


わたしが起きる前の話かな。


燕「うん?」

夏「なんでもないって」

冬「一緒に周ると思ってたんだ」

夏「ちがっ」

風子「これからの予定を話していただけだよ」

姫子「……ふぅん」

澪「準備できたよ」

冬「行きましょうか」


それぞれ荷物を持って、駐車場へ歩き出す。

わたしはバイクを押して。

同じく、燕も。


向こうから三人組が歩いてくる。

すれ違う。


「おはようございます」

風子「おはようございます」


あれ、知り合いなんだ。

ぐったりしていて妙な格好をした女性。
その人を心配そうにしている男性。
風子と話をしている女性の三人組。

234 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/19(土) 23:38:48.13 ID:orfFVqjIo



「うぅ、呑みすぎた……」

「どうしてそこまで飲むんですか」

「眩しいのきらい~、肩貸して恭介~」

「ちょっと成美! あ……そ、それでは…」

風子「は、はい。さようなら……」

夏「本物の吸血鬼ですね」

澪「……そうだな」

冬「大変そうですね、京香さん」

風子「うん……。でも、楽しそうだよね」

冬「そうですね~」

澪「えっと、誰かな?」

姫子「朝のフルーツの人たちだと思う……」

澪「そうか、お礼を言えばよかったな」

姫子「うん、そうだね」

燕「……」


袖触れ合うも他生の縁、か……。


風子「京香さんは探偵事務所を守っているそうですよ」

姫子「ふーん……」


もしかして、調査かな。


姫子「調査に来たのかな」

風子「キャンプをしに来たそうです」

姫子「あ、そう……」

燕「それじゃ、元気で」


駐車場に辿り着いた。


そうか、わたしも夏と同じ気持ちになっていた。


燕とわたし達は雛を通して繋がっていたから、ここでお別れだという事実が薄れていた。


冬「気をつけてください」

燕「あぁ……」

夏「転ばないように」

燕「……うん」

澪「えっと、お元気で」

燕「うん」

風子「良い旅を」

燕「……」


一時、躊躇う。

235 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/19(土) 23:40:01.70 ID:orfFVqjIo



燕「分からないな、俺の旅なんて」

夏「それがアンタの旅なんでしょ」

燕「……考えてみる」

姫子「……雛の事、よろしく」

燕「任せてくれ」


バイクに跨って、ヘルメットを被る燕。


燕「あ……」


ヘルメットを外し、


燕「久しぶりに楽しめた……のかもしれない」

冬「そうですか、よかったです」

燕「さよなら」

夏「じゃあね」

澪「さようなら」

姫子「さよう…なら……」

風子「バイバイ」


ドルルルン


ドルルルルルルル


テントをそのままにしているってことは、雛の餌でも取りに行ったのだろう。


燕はそのまま走り去って行く。

最後の最後まで笑うことは無かった。


わたしには彼の抱えているものが分からなかった――



―――――



私には彼の抱えているものが分からない。

けど、姫ちゃんのおせっかいで、少しだけ抱えているものを降ろせたようにみえた。


姫子「風子」

風子「うん?」

姫子「なんで、バイバイなの?」

風子「えっと……」


なんとなく。

予感。

236 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/19(土) 23:40:44.23 ID:orfFVqjIo



澪「グッド・バイ」

姫子「!」

澪「さよならを言う時、なのにな」

姫子「それを言わなくていいって!」

風子「なんの話?」

姫子「い、いや、なんでもないよ」

澪「別に、からかっている訳じゃ……」

姫子「わ、分かっているけど、恥ずかしいからさ」


あたふたしている。面白い。


風子「グッド・バイ…か……。
   どういう意味だろう」

姫子「……」


あ、からかってはいけない事みたい。

やめよう。

でも、裏付けになったね。



冬「さぁ、わたし達も行きましょう」

風子「うん、行こう」


昨日は移動に時間を掛けてしまった。

今日は、たくさん周っていきたいな。

先ず最初は温泉へ。朝風呂っていいよね。


時刻は7時。

さぁ、新たな旅を始めよう!



237 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/19(土) 23:42:44.43 ID:orfFVqjIo




――― コタン ―――



和琴半島からそんなに離れていない温泉へ到着。

車を降りながら考えてしまう。

ここは混浴なので、うーん……。


冬「どうしたんですか?」

風子「水着に着替えるべきかなぁ」

冬「あ、そうですね」

澪「……」

夏「朝から温泉に入るなんて贅沢~♪」

澪「夏は、嬉しそうだな……」

夏「さっぱりとしたいだけなんですけど~♪」

澪「……うーん」

姫子「ねぇ、女王蜂って知ってる?」


突然どうしたのかな。

昨日の夜、昆虫の話をしたからその話の続きかな?


冬「知ってますよ、蜂の巣の女王様ですね」

姫子「昆虫じゃなくて、えっと……北海道をバイクでツーリングする人の事を指す言葉が、
   ミツバチ族と呼ばれているんだけど」

澪「どうしてミツバチ?」

風子「蜂の羽音とバイクの排気音が似ている事からだよ」

澪「ふむふむ」

姫子「そう、その女王となる人を女王蜂って言うらしい」

夏「……それがどうしたんですか?」


温泉へ向かいながら姫ちゃんの話に耳を傾ける私たち。


姫子「今年も女王蜂が来ているって……、小耳に挟んだからさ」

風子「ふーん。アイヌ民族資料館の裏に露天風呂があるそうだよ」

夏「さっさと入っちゃいましょう」

澪「男の人がいませんように、男の人がいませんように――」

姫子「うん、どうでもいい情報なんだけどさ」

冬「今年もってことは、毎年来ているという事……。貫禄のある人なんでしょうか」

姫子「そうだね。……正直、その人についてはどうでもいいって部分はあるんだけど、
   こういう話が流れているってことは面白いと思った」

冬「そうですね」


姫ちゃんの話を笑顔で返している冬ちゃんはいい子です。

238 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/19(土) 23:44:02.54 ID:orfFVqjIo



脱衣所は男女別に分けられている。

人気が無いので安心。


夏「まだ誰もいませんでしたよー」

澪「そ、そうか。良かった」


偵察に行っていた夏ちゃんの言葉で安堵の胸をなでおろしたみたい。

今のうちだね。


みんなで外の空気に触れる。

肌寒いので急ぎ足で温泉へ向かうことになる。


風子「わぁ……」

冬「太陽に反射してキラキラしてますね」


湯気が沸き立つ温泉の向こうに屈斜路湖が広がっている。

大きい岩が温泉の真ん中にあって、男女を隔てているけど……意味が無いよね。


冬「冬には白鳥を眺めながら温泉につかれるそうです」

姫子「へぇ……、いいね」

風子「……」


白鳥の湖。


澪「……ふぅ、少し熱めなんだな」

夏「本当だ……、熱いかも」

風子「湖で体を冷やしてくる人もいるみたいだよ」

夏「のぼせそうになったらそうします」

姫子「静かでいいね……」


長い時間のんびりしていたら疲れそうなので早めに上がらないといけないのが残念。


「お邪魔するね」

風子「……」

澪「……!」


いつの間にか背後に人が立っていたので、内心驚いた。

澪ちゃんが起こした波が広がっていく。


夏「スタイルいいなぁ」

冬「夏ってば……」

「うん? ありがと」


……いいなぁ。


姫子「グッド・ラック」 19

最終更新:2012年10月02日 03:37