200 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 23:15:37.12 ID:cZyQGuAxo



わたしの隣に風子。
風子が網の上で野菜を焼いている。

風子の隣には澪が座っている。
澪の目はもう覚醒していた。

澪の隣で冬が焚き火に薪をくべている。
冬の隣には夏。

夏はボンヤリと火を見つめていた。
夏の隣に燕ときて、わたしがいて、ひと回りして火を囲んでいる。



燕「キミたちは学生?」

冬「はい、旭川の大学に通っています」

燕「ふーん……」

姫子「わたしはフリーター。他は学生」

夏「他って……そんな、適当な」

澪「ホカホカだな」

冬「ツバメさんは?」

燕「……4回生だ」


と、年上だった。


夏「どこの学校?」

燕「……」

夏「そんなことどうでもいいか……」

冬「今年卒業なんですね」

燕「……いや、あと…2年もある」

風子「……」

姫子「?」

風子「姫子さん、ツバメさんに回して下さい」

姫子「うん」

燕「そのお皿からみるに、とても熟れているみたいだな」

夏「ツバメ、アンタのテントさ、雑だってよ」

燕「え……」

姫子「!」


温泉でわたしが言った事だ。


姫子「燕、質素な料理で悪いけど受け取って」

燕「う、うん。ありがと」


押し付けるように渡す。

わたしの発言だという事は隠したい。

雑だろうが何だろうが、一晩持てばいい話なので玄人ぶるのが恥ずかしい。

201 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 23:18:13.42 ID:cZyQGuAxo



夏「初心者?」

燕「……うん。キャンプの経験はそんなにないな」

風子「澪さん、どうぞ」

澪「ありがと……?」


社交辞令モード。

澪はさん付けに困惑している。


燕「こうやって、知らない人と火を囲むことに抵抗無いんだ?」

夏「……無いかな」

冬「夏、初心者でしょ」

夏「そうだった」

燕「……」

風子「私と姫子さんの二人でよくキャンプをしています。
   そこで出会った女性キャンパーと話をしたりしていますよ」

姫子「うん、女性同士気が楽だから。仲良くなった人もいるよね」

風子「はい、そうですね」

燕「……へぇ」

冬「夏、ツバメさんに渡して」


冬はコップを夏に渡す。


燕「なんだか、悪いな」

夏「これくらいのことを悪いと思わなくていいから、ヒナをよろしく」

燕「あぁ、動物関連にだけはしぶといから」

風子「……」

姫子「……?」


風子の視線が燕を捉えて離さなかった。

感情の無い表情にわたしは戸惑う。

202 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 23:20:22.07 ID:cZyQGuAxo



姫子「風子、どうしたの?」

風子「ううん……、なんでも。はい、冬ちゃん」

冬「ありがとうございます」

燕「キミ達、北海道生まれじゃないよな」

夏「うん、本州から移り住んでる」

澪「……」

燕「わざわざ内地から、こんなに寒い北海道に来たのか……」

風子「はい、夏ちゃん」

夏「ありがとうございまーす」

姫子「内地って?」

澪「北海道、沖縄から見て、本州をさす言葉なんだ」

風子「そうなんだ……」

姫子「沖縄に移り住んでいる友達も居るけどね」

燕「それは、面白いな」


ネタの尽きない友人たちが居る。


澪「一人は沖縄、一人は北海道。あとは……」

燕「……」

風子「はい、冬ちゃん」

冬「ありがとうございます。姫子さん、飲み物をどうぞ」

澪「あとは、……どこだろうな」

姫子「さぁ……。ありがと、冬」


澪が知らないことを聞かれても困るよ。


燕「面白いな、キミ達は……」


苦笑している。

炎に照らされた表情にわたしは少しだけ竦んだ。


風子「はい、姫子さん」


風子の声に救われる。


姫子「……ありがと」


わたしは、燕の表情に恐れを抱いた。


風子「楽しくなさそうに笑うんですね」

姫子「――!」

燕「?」


わたしが思っていた事を、風子は代弁してくれた。

203 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 23:25:24.01 ID:cZyQGuAxo



燕「……?」

夏「ツバメ、アンタだよ」

燕「え、……俺?」

冬「……」

澪「……」

燕「ごめん、よく分からない」


ここまで来たのなら、突き進んでみよう。


姫子「高校時代に、楽しいから笑う。それをそのままを表現していた人がいました」

澪「……」

姫子「だから、周りのみんなも楽しくなって、楽しいからずっと一緒に居ることができて、
   みんなが繋がっていくことができたのだと思います」

風子「……」

姫子「燕とは正反対の表情で笑っていました。
   だから、楽しくなさそうに笑っている、と風子は言ったんです。
   言葉と表情がかけ離れていると、わたしもそう思いました」

燕「……」


事務的に伝える。
その方がいいと思ったから。


夏「冬ねぇとあたしは双子。あたしは、生まれる前から冬ねぇの良い所を奪ってきた」

冬「……」

夏「いつもいつも、奪ってばっかりで、なにも返せない自分が嫌で嫌でしょうがなかった」

風子「……っ」

夏「だけど、姫子さん達と一緒にいて、中途半端な距離に居るあたしは人を、
  冬ねぇを傷つけているだけだと教えられた」

姫子「……」

夏「あたしは、冬ねぇから離れて独りで生きていくことを諦めた。  
  思い切って飛び込むことにした。だから、ここにいる」


夏が燕を見ずに、火を愛おしく見つめるようにして言葉を零していく。

火の中に二人の未来を思い描いているのかもしれない。


燕「……」

夏「ツバメ、アンタもあたしとの約束を守ったのはそういうことなんじゃないの?」

燕「――ッ!」

夏「さっきの行動と、今の行動。それは中途半端な距離だよ。
  あたしとアンタはなんとなく似ていたから言ったの。諦めろって」


夏の一方的な約束を守ったことに対してわたしへの拒絶。

それが中途半端な距離。

204 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 23:26:54.10 ID:cZyQGuAxo



燕「分からない。今日初めて逢った俺にそこまで踏み込んでくる理由が……」

澪「私、人見知りをするし、男の人は苦手なんですけど」

姫子「……」

澪「それはその人を知らないから怖いんだと思いました。  
  そして気付きました。
  他人を怖がっているなら、他人も私を怖がるだろうな、って」
  
姫子「……」

澪「でも、そんなことはない、怖くない、って言う自分もいて……」


燕とは違う苦笑。


澪「世界はとっても広いんだぞ、って教えてくれた人たちがいたから、
  そんなことはないって言う自分を信じていきたんです」

姫子「……」

澪「手を伸ばして触れた世界が暖かくて、心地良い世界だったから、
  これからも手をのばしていくんだと……思う」

燕「よく知らない人間ほど怖いはずだ」

澪「経験上、雰囲気で分かる」

冬「良い人か、悪い人かを判別できるんですね」

澪「うん」


言い切った。


風子「野菜を網にどんどん載せていくので、取って食べてくださいね」

夏「それじゃ、いただきまーす」

澪「いただきます」

冬「いただきます」

燕「……」

姫子「……」

澪「あ、結局、私なにもしてない」


どうでもいいことを思い出していた。

伝えるべきことは伝えたであろう。

あとは……。


燕「いただき…ます……」

姫子「……」

燕「……からいな」


確かに塩辛い。

もしかして……。


姫子「冬……、野菜になにかした?」

冬「はい。塩もみをしました」


朗らかに笑っている。

205 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 23:27:56.05 ID:cZyQGuAxo



姫子「夏……」

夏「目を離した隙にやられました」


風子を見る。


風子「……」


静かに首を振る。

風子は知らなかったみたいだ。

冬が料理に実験めいたことをすることに。


冬「砂糖も入れたかったんですけど」

澪「……」


澪は黙々と食べている。


燕「……」

姫子「……」


燕は皿の上にある野菜を見つめていた。

辛いから戸惑っているのか、それとも……。


姫子「旅なんだから、気楽に行こう」

燕「……」


なにも返してくれなかった。


燕「捨てに来た筈なんだ……」

姫子「……?」

燕「煩わしいから……、逃げてきた筈なのに……」

姫子「……」


聞かないほうがいいのかもしれない。

一人、思い悩む燕を今は触れずにいよう。


206 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 23:30:00.95 ID:cZyQGuAxo



姫子「明日の予定を立てようか」

夏「この辺りを周るのもいいと思いますけど」

姫子「北へ向かうのは決まってるから、
   この周辺を午前中に周って、午後から北へ。夜はその途中で泊まることにする。
   稚内に到着するのは明後日。という案はどう?」

澪「うん、明日に稚内到着は急ぎすぎる……。向かう途中にキャンプ場あるかな」

冬「朱鞠内湖キャンプ場がいいと思います。ここから約5時間ですよ」

風子「それなら、お昼ご飯を食べるのを早めにした方がよさそうだね」

夏「決定ですね。……ジャガイモ焼けたかな~」

冬「なつ、それじゃないよ」


焚き火の中にあるホイルを突く夏に冬は目を光らせる。


風子「チーズとバターがあります。それは開いてからのお楽しみです」

澪「そうか……。それは…楽しみだ……」


言葉に風格を感じさせる。

ジャガイモのホイル焼きがそこまで楽しみなのかな。

さっき言い切ったのもおかしいと思ったけど、やはり限界なのかな。


燕「……」

夏「ほら、食べて」


黙って箸を進めていた燕のお皿に夏がホイルを乗せる。


冬「なつってば……」

夏「だいじょうぶ、だいじょうぶ」

風子「はい、澪さん」

澪「ありがとう」

姫子「チーズかバターか……」


ホイルを一つ火の中から取り出す。

開いてみるとホクホクとしたジャガイモが顔を出した。

207 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 23:31:18.13 ID:cZyQGuAxo



姫子「チーズだ」

夏「当たりですね」

澪「私はバターだ」

冬「当たりですね」

燕「チーズ……」

夏「えっ!?」

冬「あれ……?」

姫子「どうしたの?」

夏「ツバメのは塩だけのはず……」

冬「……あ」

風子「私のはバターだよ」


火の中に残った一つのホイル。


冬「それ、なつのだね」

夏「……」

姫子「冬のは?」

冬「バターとチーズの大当たりでした」

姫子「そう……」


夏はハズレらしい。


初夏といっても、北国のこの時間は冷える。

だからこのホクホクのジャガイモがとても美味しく感じる。


澪「おいしい」

姫子「うん」

冬「おいふぃでふね」

風子「そうだね、アツアツなのがより美味しく感じるね」


冬と夏は半分ずつに分け合っていた。


夏「おいしいおいしい」

燕「……」

夏「そうだ、ここに向かう途中の話に戻るんですけど」

姫子「?」


車の中での話かな。


夏「あたしたちが摩周湖に行くとして――」

風子「明日、霧が晴れたら婚期が遅れちゃうね」

澪「……そうだな」


風子が夏の言葉を遮ったように聞こえた。

208 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 23:32:59.02 ID:cZyQGuAxo



風子「3年も婚期が遅れたら大変だよね」

冬「そうですね~」

燕「……」

夏「3年の間なにを育むんですか?」

風子「なにを育むと思う、姫子さん」

姫子「え、愛でしょ?」

夏「……」

澪「……」

冬「……はい」

姫子「あ――」


やられた……。

ナゾナゾの答えのように反応してしまった。


風子「……そっか」


風子の罠だった……!


い、いや、だいじょうぶ。

ここで恥ずかしがっては、余計に立場が苦しくなる。

平常心、平常心。


冬「愛ですよね」

姫子「~ッ!」


素敵な笑顔の冬……!

ダメだ、恥ずかしい……!!


夏「言い切りましたね」

澪「すごいな、姫子は……」

風子「うん、なかなか言えないよね」


くぅ……、言わせたの風子なのに!


燕「面白いな」

姫子「……?」


燕は苦笑いしていた。


―――――


ツバメさんは苦笑いをしていた。

だけど、さっきのような表情ではなかった。


風子「……」


火に照らされた姫ちゃんの顔が輝いているように見えた。

209 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 23:35:26.78 ID:cZyQGuAxo



燕「ごちそうさま」

姫子「あのさ、聞きたいことがあるんだけど……」

燕「……?」

姫子「あの雛はどれくらいで飛べるの?」

燕「二、三週間くらいかな」

夏「もうすぐじゃん。今月中には飛べるんだ」

冬「巣立ちを見てみたいな……」

風子「……」


ツバメさんの話を聞きながら沸かしたお湯が入った小さなお鍋を降ろす。
そして網を取って、コンロの中にある熾を取り出し、そのまま焚き火の中へ。


風子「よいしょ」


パキパキパキと薪が音を立てて燃え上がる。


火の粉が空へと舞っていく。

目で追っていくと、空に降り注ぐ銀色の光の雨が映し出される。


風子「綺麗……」

澪「……うん」


澪ちゃんも同じく空を眺める。

隣では姫ちゃんと夏ちゃんの質問にツバメさんが丁寧に答えているね。

冬ちゃんの声が聞こえない。


風子「冬ちゃん?」

冬「はい?」

風子「……えっと、しずかになったから」

冬「ふふ、楽しくて」

風子「……」

冬「さっきの、なつの言葉が嬉しかったので、今をじっくりと味わっていました」


私は夏ちゃんに視線を向ける。


夏「そんなに珍しいの?」

燕「あぁ、南部での繁殖は記録にあるけど、それより東にはあまり例がないんだ」

姫子「へぇ……、帯広の巣は稀だったんだ」

210 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 23:36:38.97 ID:cZyQGuAxo



風子「……」

冬「ツバメさんによる燕の講義ですね」

澪「ふぁあ……」


もしかして、

夢を見ている心地で。

驚くほどあっけなく。


姫子「澪、もう眠る?」

澪「うん、もう眠る」


親子のような会話だね。


燕「それじゃ、俺も失礼するかな。ごちそうさま」

夏「ヒナをよろしく」

燕「うん。おやすみ」

姫子「……おやすみ」

風子「……」

澪「みんな、おやすみ」

姫子「ほら、歯を磨いてこよう」

澪「……そうだな」

風子「後片付けは任せてよ」

冬「はい、わたし達でやりますから」

澪「明日、頑張る」

風子「姫ちゃんも疲れたんじゃない?」

姫子「わたしも早めに寝ることにするよ」

風子「うん」


疲れは残さないほうがいいよね。

わたし達3人で後片付け。


冬「ふぅちゃんさん、このお湯はなんですか?」

風子「そのお湯を使って洗い物をするの。
   汚れも落ちるし、冷たい水で洗うより楽でしょ?」

夏「なるほどぉー」


運ぶのが大変なんだけどね、しょうがないよね。


姫子「グッド・ラック」 17

最終更新:2012年10月02日 03:32