188 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 22:52:00.92 ID:cZyQGuAxo



車の前にて相談。
時間が押しているので少し焦ってしまう。


風子「8時を過ぎてます」

姫子「……うん」

夏「大きいお店は検索にかかるんですけど……」

冬「近くにはなかったよね」

澪「食べないで寝ようか」

姫子「それは澪の最優先事項ってだけでしょ」

風子「できるだけ一日三食は欠かさないほうがいいよ」

澪「うん、……そうだな」

夏「北海道特有のコンビニがありますけど、行ってみます?」


わたしと風子はまだ入っていないコンビニ。

さっき止まったコンビニは全国展開している。


姫子「行ってみようか」

風子「そうだね」


とりあえず、そこへ行ってみよう。

買出しに梃子摺るとは思わなかった。



走ること十数分。


夏「楽しかったー!」

姫子「そう、良かった」


ヘルメットを外しながら楽しそうな顔をしている夏にわたしも嬉しくなる。


風子「ここが……」

姫子「北海道にしかないコンビニ……」

夏「いえ、他の県にもあるらしいんですけどね。
  24時間営業じゃないのがいいですよねー」


さっそく店内へ。



「いらっしゃいませー」


店員の出迎えは変わらない。

だけど、店内配置が見慣れないので軽くカルチャーショックを受ける。

こういう違いを知ることが楽しい。

189 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 22:53:19.56 ID:cZyQGuAxo



冬「明日の朝ごはんも買っていきましょうか」

風子「そうだったね、忘れていたよ」

姫子「磁石って壊れたらどうなるの?」

夏「……ん?」

姫子「えっと、なんとなく」

夏「磁石って壊れるものなんですか?」

姫子「……さぁ」


どうなんだろう。

とりあえず、さっきは口にしなくてよかった。


澪「ジサクには砂鉄が付くんだぞ」

姫子「言えてないよ。磁石ね」

風子「砂鉄……懐かしい……」

夏「最近見ませんよね」

冬「離れた場所にいるから」


店内を散策しながらのやりとり。

もっと他に話すべきことはあるんじゃないだろうか。


風子「キャベツとタマネギを確保」

夏「もやしも確保」

姫子「網だから……焼けないよ」

夏「もやしを放流します」

澪「あぁ……もやし」

冬「残念ですね」

澪「……うん」


落ち込むほど好きだったらしい。

190 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 22:54:56.27 ID:cZyQGuAxo



澪「冷凍みかんはどこだ?」

姫子「澪、もう寝た方がいいんじゃない?」

澪「……どうして」

姫子「なんだか、夢遊病みたいだよ」

澪「……」

姫子「否定してよ」

夏「お肉が無いですよ」

冬「ほんとだ……」

風子「かまぼこ……っと」

姫子「こら」

風子「はい」

澪「ふふっ」


食べたいなら別にいいけど、戻すってことはそういうことだったらしい。

澪と風子は疲れが一回りして楽しそうだ。
テンションがハイになっている。


お会計をするためレジへ。


夏「結局タマネギとキャベツだけ…かぁ……」

店員「キャンプですか?」

姫子「はい、そうなんですけど、足りなくて……。近くに無人販売所はありませんか?」

店員「ありますよ。和琴半島ですよね?」

風子「そうです」

店員「それなら、道を戻られる途中の右手側にあると思います。
   ペンションの手前なので注意して下さい」

澪「ありがとうございます。お礼にバナナ一房とパンを買っていきます」

冬「お願いします」

店員「ありがとうございます」

姫子「それ明日の朝ごはんだから、お礼になってないからね」

澪「……」


目をシパシパとさせている。

乾燥しているらしい。


代金を支払い、外へ出る。


姫子「お待たせ」

風子「行こうか。暗いから見落とさないようにしないとね」

夏「売り切れてないことを祈りましょう」

澪「思い立ったが吉日。さぁ、行こう」

冬「行きましょう」


買出しは毎日思い立つものだと思うけど。

191 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 22:56:36.09 ID:cZyQGuAxo



――…


少し走って、無事に見つけることができた。


ヘルメットを脱ぎながら、先に到着していた風子たちを眺める。

なにをしているんだろう。

3人で品定めをしているのかな。


夏「どうしたの?」

冬「見て、虫がいる」

澪「カマキリだ」

姫子「本当だ……」

風子「……」


風子の持つペンライトがその姿を照らす。

暗闇の中に存在する異形な姿に少し後ずさってしまう。


姫子「……っ」

夏「野菜は買わないの?」

風子「うん……」


風子がカマキリだけを照らして動かない。


姫子「風子?」

風子「あ、うん……。あのね、私は昔、触れたんだよ」

冬「このカマキリをですか?」

風子「うん。虫なんて平気だった」

夏「触る機会が減っていくから、それに比例して拒否反応が沸いてくるんじゃないかな」

風子「そうだね……」

姫子「……」


カマキリから、野菜へ方向を変える。


姫子「なにか想い出でもあるの?」

風子「うん、あるけど、それは火を囲んでから聞いてくれる?」

姫子「……うん」

冬「……」

夏「残っててよかったですね、ピーマンとジャガイモ」

澪「ニンジン」


なんとか種類は揃えることができた。

急いで戻ろう。

澪が心配だ。この場に人参は無いから。

192 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 22:58:14.21 ID:cZyQGuAxo



――…


キャンプ場へ戻ってきた。

作業を分担するために班を分ける。


姫子「わたしは火を起こしてるから」

風子「それじゃ、私は材料を切ってくるね」


夏と冬は風子に付いて行って……。
澪は、


澪「私も火を起こして消す」

姫子「……」


そっとしておく。


わたし達のテント場へ着くと燕さんが待っていた。


ツバメ「やっと来たか」

姫子「……」

澪「……火だ」


火を焚いていた。

その火を貰うことにしよう。

わたしはそのままテントの中に入り、バーベキューコンロを取り出す。


ツバメ「?」

姫子「……これは、少人数用のコンロ」

澪「これに薪を入れるんだな」

姫子「違う。火のついた炭、熾を入れる」

澪「おき……。そうか、赤く燃えた炭を熾というのか」


初めてみる子供のようなリアクションをしている。


ツバメ「さて、と」

姫子「……燕さん、どこへ?」

燕「……」

姫子「燕さん?」

燕「……ん? あ、俺か……なに?」


今の間はなんだろう。


姫子「どこへ……行くのかなって」

燕「雛の餌を取ってくる。俺の飯はいいから」


そう言って去っていった。

火を貰ってもいいかと、言葉を紡ぎそこねた。

193 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 22:59:32.43 ID:cZyQGuAxo



姫子「ま、いいか……」

澪「……」


隣で瞼が半分降りている澪を確認して、わたしは仕事にとりかかる。


姫子「失敗したなぁ……」


炭に火がつくには時間が掛かるので、つけてから買出しに行けばよかった。
火を起こす作業が無くなった分、時間短縮になってはいるけど……。
でも、それは燕さんが居てこそ成り立つ段取りだ。

結果論で物事を考えてもしょうがないか。


パキパキパキと薪が燃える音が響く。

暗闇の中で赤く火が燃えている。


澪「……」

姫子「……」


わたしと澪はその火をジッと見つめていた。


10分くらい経った頃、風子が走ってきた。


風子「……っ」

姫子「?」

風子「……た、大変!」

澪「ど、どうした?」

姫子「どうしたの?」

風子「……ッ」


焦りを落ち着かせるためか息を整えている。

わたし達は息を呑んで言葉を待つ。

194 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 23:01:54.71 ID:cZyQGuAxo



風子「クッシーがいたの!」

姫子「……」

澪「クッシー?」

姫子「……」

風子「……ダメ?」

姫子「うん、ダメ」

風子「そっか……」

姫子「風子、燕さんが居ないことを確認したでしょ?」

風子「……うん」

姫子「その間があったから、ワザとらしかった」

風子「間がなければ騙せたのに、惜しかったなぁ」

澪「クッシーって?」

姫子「屈斜路湖に住む恐竜」

澪「え!?」

姫子「だから、嘘なんだって。惜しくもないからね、風子」

風子「……。炊事場が狭くて時間が掛かってるよ」

姫子「こっちも、もう少し時間が掛かるかな」

風子「分かった」


そういうなり踵を返して走っていった。

わたし達の他にもキャンプ利用者が居るのでそれはしょうがない。


姫子「澪、待ってるの退屈だったら音楽でも聴く?」

澪「うん、聴きたい」

姫子「待ってて」

澪「……」


テントの中へ入って鞄からウォークマンを取り出す。

澪に合う曲は……、なんだろう。


姫子「はい」

澪「ありがとう。あ、これって高校の時に使ってたウォークマン?」

姫子「そう。わたし、物持ちがいい方だから」

澪「そうか……。大事にしてるんだな」

姫子「そういう訳じゃないけどね。適当に入れてあるから」

澪「うん」


イヤホンを耳にかけて操作している。

195 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 23:06:46.99 ID:cZyQGuAxo



澪「あ……」

姫子「?」

澪「懐かしい曲だ」

姫子「……」


お気に入りの音楽が重なるのは嬉しいこと。
澪の表情がわたしを喜ばせた。


澪「can't you see? time to say goodbye.」


両脚の膝を立てて、その上に頭を乗せたまま目を瞑って聴いている。

訳は確か、

分からないかい、お別れの時間さ


焚き火の中にある炭を確認すると白く変色していた。
取り出してコンロに移して、うちわでパタパタと扇いで火のまわりを早める。

すると火の向こうから人の気配が近づいてきた。


「こんばんはー」

「お二人っすか~」


うっとおしい。


姫子「違います。わたし達は相手に出来ませんので、他を当たってください」

「連れないね~」

「いいじゃん、一緒にキャンプしようずぇ~」


事務的に、相手を見ずに、興味は無いと伝える。


姫子「すいません。迷惑です」

「うっわ、きっつー」

「京都の盆地よりへこむぜ~」


寒い。


燕「なにか用?」

寒い男「ちっ、野郎連れかよ」

アホ「なんだよ、行こうぜ」

寒い男「誰だよ、キャンプ地は出会いの場だって言ったの」

アホ「北海道まで来たのに……」


袋を持った燕さんが居た。


196 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 23:08:34.85 ID:cZyQGuAxo



姫子「それは?」

燕「雛の餌。自動販売機の光に寄せられて虫が集まってくるから一網打尽だ」

姫子「……なるほど」

燕「……じゃ」


そう言って去ろうとする背中に声をかける。


姫子「雛のお礼にどうですか」

燕「要らない」


とりつく島がなかった。


~♪


携帯電話の着信メロディが流れる。

よく知る曲の序奏だった。

燕さんの携帯電話から鳴っていた。


燕「……」


歩を止めて、ディスプレイを眺めている。


気になった。


姫子「後で持って行きますから」

燕「?」

姫子「些細なお礼ですけど」

燕「……ハァ。要らないって言っただろ」


わたしを見ずに、そう呟いた。

メロディが止まった。


気になった事を訊く。


姫子「その曲の和訳されたタイトルを知っていますか?」

燕「……?」

姫子「……」

燕「……たしか、〝さよならを言う時〟 だったか」


それは、英語の訳。


燕「言っておくけど、気に入っているから登録した訳じゃないんだ」

姫子「?」

燕「俺の罪だ」

姫子「――ッ」



197 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 23:10:48.40 ID:cZyQGuAxo




高校時代に音楽が好きになった。

音楽の持つ魅力を教えてくれた人たちがいたから、その延長でたくさんの曲を聴いた。

その時に出会った曲の一つだった。

この曲をネットの動画で見たわたしは、感動に包まれた。


壮大なオーケストラの演奏、二人の男女が織り成す美しいハーモニー。


心を鷲掴みにされた。

この曲がとても素敵だと思ったから。


二人の歌声は大きなホールを呑み込んでいた。

言葉では到底表現出来ないであろう時間を大きな拍手で応える観衆。

その場面を見ていると、わたしもその場で聞きたいという想いが強くなった。


だから、この曲を好きになった。


だから、この曲を罪の象徴と捉えている目の前の人の寂しさに胸が苦しくなった。


こみ上げてくるものを抑え切れなかった。



姫子「……っ」

燕「!」


一滴、わたしの頬を伝う。


姫子「……!」


あわててそれを拭った。

素敵な曲を共有している事が何よりも嬉しかったのに、

それを、拒絶されたことにショックを受けたのか。

それとも、燕の持つ冷たい心に哀しくなったのか。


後ろからわたしを追い越した人影が燕に襲い掛かる。


198 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 23:12:06.92 ID:cZyQGuAxo



夏「アンタねえッ!!」

燕「!」


燕の胸倉を掴む夏。


夏「なにやってんのよ!」

燕「……!」

姫子「ちがっ、違うよ夏!」


後ろから夏を引き剥がす。

それでも掴みかからんとする夏の勢いを止めるのに必死だった。


夏「アンタの境遇なんて知らないけど! それを理由に他人を傷つけるなよッ!」

姫子「夏ッ!」

燕「……」

夏「独りで生きてるって顔してるのが気に入らない!」

燕「……」

夏「近い人を傷つけてるだけだっての!」

燕「……」

夏「この世で独りって顔してんなよ!」

燕「……」

姫子「……」


わたしは何も言えなかった。


冬「お待たせしました~、ご飯にしましょう~」


背後から届いた、冬の間延びした声。のんびりとした空気が生まれた。


冬「どう…したんですか……?」

姫子「……夏、違うからさ」

夏「……あたしはどっちでもいいから、……アンタの好きにすればいい」

燕「……」

夏「独りで生きていくのは諦めろ」


そう言って、わたしから離れていく夏。


わたしは燕を見ることができなかった。

199 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 23:14:03.14 ID:cZyQGuAxo



風子「よいしょっと。さ、焼こうよ」

冬「は、はい」

澪「あ、準備できたんだ」

夏「澪さん、音楽聴いていたんですか」

澪「うん、姫子から借りたんだ。……姫子?」


後ろから声がかかる。

今までのやりとりを聞いていなかった様子だ。


姫子「女性だけなので、気まずいと思いますけど」

燕「おまけに、今日会ったばかりだな」

姫子「……旅は道連れともいうから」

燕「……」

澪「旅は道連れ、世は情け…ねぇ……。ブフッ」


澪のクールな姿勢は崩壊していた。

だけど、少しだけ気分が楽になった。


燕「……」

姫子「お好きにどうぞ」


後は燕に委ねる。

雛の話が聞きたかったけど、無理強いも出来ない。


冬「夏はこのホイルだったよね」

夏「違う、違うよ」

澪「?」

冬「ホイルの中にじゃがいもが入っているんですね、夏は皮を剥く作業に手を抜いたんですよ」

澪「……なんと」

夏「これは当たりハズレっていう遊び感覚であって」

姫子「わたしが焼こうか」

風子「ううん、私に任せていいよ」


ジュージューと野菜が焼ける音。

木が燃える独特の匂いに包まれながら、なんともいえない充実した気持ちになる。

重厚な雰囲気が、凝縮された時間がここにある。


これは受け売り。



燕「ここに座るけど、いい?」

夏「なんであたしの隣なの」

燕「いいスペースだから」

夏「……あっそ」



姫子「グッド・ラック」 16

最終更新:2012年10月02日 03:31