1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/15(日) 09:43:46.80 ID:45Owf8ybo




「くれぐれも、お気をつけて」


わたし達を見送る大人びた表情の彼女。

これからの期待を言葉に込めて、しばしの別れを伝える。


「うん。行って来るね」

「行ってきま~す」


船に向けて歩き出す。

わたし達の旅が始まる――


「旅、か……」

「楽しみ~♪」




2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/15(日) 09:45:51.47 ID:45Owf8ybo




わたしの相棒は二人。

一人は隣に並んで歩く彼女。

レンズの奥で輝く瞳が歳には不釣合いだと思う。
それが彼女の最大の長所であり魅力である。


「どうしたの姫ちゃん?」

姫子「……高校を卒業して二年。もう二十歳だよ、わたし達」

「そうだね」

姫子「……その呼び方はどうかな、と」

「嫌じゃないでしょ?」

姫子「決め付けないでくれるかな」


変わらない。

長く伸びた髪をそのままにしていても、時折子どものような表情を見せる彼女。
卒業してからも付き合っているから、その変化に気づかないだけなのかもしれない。

そんな彼女に何度も助けられているけど、それを改めて実感すると少し気恥ずかしい。


姫ちゃん

この呼び名を浸透させたのは、平沢唯。
高校三年生の時に席が隣だった女の子。
軽音部のギターとボーカルをしていた、元気で周りを楽しませていた女の子。
ここ最近会っていないけど元気にしているかな。


3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/15(日) 09:47:06.10 ID:45Owf8ybo



「姫ちゃん?」

姫子「な、なに?」

「辛そうな顔してる。せっかくのこの傷心旅行が――」

姫子「傷心なんてしてないよ」


遠慮なく言葉を遮る。
勝手に傷心させないでくれないかな、と少し呆れる。

人を困らせては楽しんでいる節があり、今のように隙を突いてはからかってくる。
彼女のそうした意地悪に付き合っていると、してやったりとした顔をされるのでなぜか悔しくなる。

そうはさせまいとした今のどうでもいい攻防の一端。
他人には説明しても理解できないだろうこのやりとりは卒業してからもずっと続いている。


「……」

姫子「……」


よし、勝った。

思い通りに話が進まなかったからつまらなさそうな顔をしている。
勝ち負けを気にしている時点でわたしも子どもかな。


姫子「風子、ガム食べる?」

風子「……」


特に意味もなくキシリトール配合のペパーミントガムを差し出してみる。
これを食べると彼女はくしゃみが出るそうだけど、よく分からない。
自分で言うくらいだから本当なんだろうけど。


風子「ありがとう」

姫子「そろそろ出発だね」

風子「うん」

姫子「あ、あっちに梓がいる。船出までいてくれたんだ」

風子「ホントだ。……っ…」

姫子「行ってくるねー!」

風子「ひっくしゅん!」


梓「行ってらっしゃーい!」


小さな体で大きく手を振る彼女、中野梓。
高校時代、軽音部でギターを弾いていた一つ下の女の子。
唯の話は彼女を通して時折聞いているから、心配はしていない。
わたし達と唯が繋がっていられるのは、梓のおかげ。

風子と同じくらい梓とも付き合っていられるのは、とある人のおかげ。

4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/15(日) 09:48:44.80 ID:45Owf8ybo




ボォォォオオオオオオ


風子「出船の合図だよ」

姫子「うん」



汽笛が鳴る。

わたし達を乗せた船がゆっくり、ゆっくりと陸から離れていく。
それと同時に心が弾んでいくのが分かる。

まだ手を振っている梓に同じように応える風子。
彼女からそれが移ってくるのかもしれない。


風子「お土産期待しててねー!」

姫子「……」


5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/15(日) 09:50:17.62 ID:45Owf8ybo




高橋風子

彼女とは高校三年の春に出会った。
それまでは顔と名前すら知らなかった存在なのに、今こうして並んでいられるのが不思議だと感じる。


―――――


立花姫子

彼女とは高校三年の春に出会った。
それまでは面識がなかった。
それなのに、こうして並んで梓ちゃんに手を振っているのが不思議に感じる。

姫ちゃんとこうして付き合っていられるのは、梓ちゃんと、とある人のおかげ。


6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/15(日) 09:51:07.96 ID:45Owf8ybo



風子「……」

姫子「……とりあえず、どうしようか」

風子「寝てくるね」

姫子「えっ!?」

風子「朝まで楽しみで眠れなかったから……ふぁあ」

姫子「……」


姫ちゃんが絶句している。
この日が来るのを楽しみにしていたせいで、昨夜は一睡もできなかったんだよ。だから今はただ眠りたい。
船旅は長いからいいよね、眠りたい時に寝てもいいよね。


姫子「せめて陸が見えなくなるまでここに居たら?」

風子「……」

姫子「ほら、あっちにデッキチェアがあるから」

風子「そうしようかな」


去り行く大陸、迫り来る大陸。

旅雑誌にそう書かれていたのを姫ちゃんのおかげで思い出した。

だけど、気が抜けたせいか、とても眠りたい。



風子「見えなくなったね……」

姫子「そりゃ反対方向みてるからね。……ちょっと待ってて」


そういうなり甲板から姿を消してしまった。

7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/15(日) 09:52:24.99 ID:45Owf8ybo




風子「……」


ニャーニャー

海鳥が飛んでいる。
後でなにかあげてみよう。
なにがいいかな……。


………

……




アツイ。

暑い、熱い、熱い、暑い。


風子「あつ…い……!」

姫子「まだ初夏と言っても、この日差しはアツイよね」


隣のデッキチェアにもたれながらなにかを手にしている。
なんだろう、偶に読んでいる小説かな、それとも愛読している雑誌?
視界がぼやけているから確認できない。
メガネをかけていないからだよね。

いつ外したっけ……?


風子「……?」

姫子「あ、メガネならそこのテーブルにあるよ」

風子「外してくれたんだ」

姫子「まぁ、一応」


姫ちゃんがよく読んでいる雑誌だね。
航行中の体験談が記されていた本。私も貸してもらって読んだ事がある。

姫ちゃんはその記事を書いたルポライターを慕っている。

8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/15(日) 09:53:38.96 ID:45Owf8ybo




風子「タオルケットもありがとう」

姫子「んー……」

風子「ふぁあ……」

姫子「……」

風子「どのくらい寝てたの?」

姫子「…………んー?」


私の声が届いていないみたい。文字に入り込んでいる時の姫ちゃんはいつもこうなる。
日差しが強いとはいってもここは海の上なので冷たい風も吹いている。
半袖で寝ていては体が冷えてしまうから、風邪を引かないように持って来てくれたんだ。暑かったけど。

とりあえず、左腕の時計を確認してみる。


風子「あ、まだ4時間しか経っていないんだ」

姫子「……んー」

風子「……」

姫子「……ん?」

風子「……」

姫子「あれ、……4時の割には太陽の位置が」


ウソなんだけどね。
姫ちゃんはこういう些細な悪戯に引っ掛かってくれるから面白い。

だけど、2時間も寝ていたなんて驚いたな。それほどに熟睡していたみたい。
私もなにか読み物を取ってこよう。

あ、ケータイで確認してる。今のうちに移動しておこうっと。


風子「私も読み物を取ってくるね」

姫子「……やられた」


9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/15(日) 09:54:52.53 ID:45Owf8ybo




――…


すでに陽が沈む時間帯だけど、私と姫ちゃんは真逆の空を眺めていた。
他の乗客は、夕陽の沈む空を見るため反対側に集まっているのに。

そう、私たち二人は天邪鬼。


姫子「……夜が始まるね」

風子「……うん。夕陽が沈んでいく向こうは終わり、暗闇が覆っていくこっちは始まり」

姫子「夜行性じゃないんだから」

風子「結局4時間も寝てしまったから、逆転しちゃったかも」

姫子「初めからそんな調子で大丈夫なの?」

風子「うん、もちろん。大丈夫。はい。絶対平気」

姫子「そんなに強調されると逆に不安になるから」

風子「……そう簡単にはイルカの群れとは出会えないよね」

姫子「このあたりでそういう話聞かないから、希望は持たないほうがいいよ」

風子「見てみたいなぁ」

姫子「まぁ、ね」


たまに思う。
姫ちゃんは他の誰よりも女の子なんじゃないかって。
幼馴染のなっちゃんと英子ちゃんにそれを聞いてみたら驚かれたけど。


姫子「そろそろ冷えてきたね。お腹も空いたし、中に入ろうか」

風子「うん、そうしよう」


10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/15(日) 09:56:08.03 ID:45Owf8ybo




甲板から移動する。
二人で本を読み終えた後、船内を散策したからなにがどこにあるのかは分かる。分かるよ。


姫子「あれ、レストランってどっちだっけ」

風子「こっちだよ」


先導して歩く。

歩く。

歩く。




ジャジャーン

ババババババー

姫子「ゲーセンじゃん」

風子「うん」

姫子「してやったりな顔してるけど、間違えたんならそう言ってよ」

風子「間違えました」

姫子「途中で案内版あったの気付かなかった?」

風子「え……」

姫子「じゃあ、行こうか」


そう言いながら勝ち誇った顔をする姫ちゃん。

やられたよ。
知ってて私の後に付いてきたんだね。


こういう無駄なことに付き合ってくれる人はそうはいない。


最短で結果に辿りつく事が大切だ。と、テレビで名前をすぐに忘れそうな偉い人が言っていた。

それが大人である、と。

名前は……なんだっけ。

11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/15(日) 09:57:01.03 ID:45Owf8ybo




姫子「この時間だと他のお客で埋まっているかもね」

風子「そうだね」


高校三年の一年間で、私に付き合って遠回りをしてくれる友達がたくさんできた。
あの時間が楽しかったから、今の時間も楽しい。


姫子「なにを食べようかな」

風子「カレーと、ライス」

姫子「それ、一つにしていいんだよ」

風子「そうだよね」

姫子「……」

風子「でも、牛肉とうどんを足しても牛丼にはならない。……うん」

姫子「……風子?」

風子「なに?」

姫子「どうしてテンションが高いの、というか徹夜明けのテンションが今更上がってきた?」

風子「ううん。ただ、登山をするなら足元にある花にも目を向けていきたいよね」

姫子「……うん」

風子「頂上だけを目指すのも大変だなぁって、そう思っただけだよ」

姫子「……そっか」


ずっと前に姫ちゃん自身が言っていた言葉。
今の反応では覚えていないようにみえるけど、どうなのかな

あ、いい匂い。


「いらっしゃいませー」

姫子「……そんなに混んでもいないんだ」

風子「牛丼をお願いします」

「はいよー。そっちのお姉さんはー?」

姫子「天ソバを」

「かしこまりましたー。席に運ぶからこの番号札をもって座っててねー」

姫子「どうも」

風子「はーい」


父と母と子供二人の四人家族、カップル、男友達らしき三人組。
一人で食事を取る女性、お髭を生やした男性。
色んな人たちが思い思いにここで休んでいる。


12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/15(日) 09:58:33.31 ID:45Owf8ybo




姫子「この席でいいよね」

風子「うん。……あ」

姫子「どうしたの?」

風子「お水セルフサービスみたい。とってくるね」

姫子「うん、よろしく」




カチャ

コップをセットして、
このボタンを、押す。

コポコポコポコポ

熱いお茶もあるんだね。
姫ちゃんはどっちがいいかな。

両方もって行けばいいよね。

カチャ

このボタンが熱~いお茶だね。

コポコポコポコポ

湯気が凄いな。熱そうだから気をつけて……。







「あつっ!」

― ……――。

「うん。だいじょ――」



「……?」







あれ、今のはなんだろう。

大丈夫か? って訊く男の子の声が聞こえた気がしたけど……。


13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/15(日) 10:00:35.62 ID:45Owf8ybo




空耳だったのかな。


姫子「どうしたの?」

風子「ううん、なんでも。熱いお茶と冷たい水、どっちがいい?」

姫子「お茶を貰おうかな」

風子「どうぞ」

姫子「ありがと」

風子「どういたしまして」

姫子「……」

風子「窓の風景は海だけだよね」

姫子「うん。……あっつ」

風子「熱いから気をつけてね」

姫子「早く言ってね」

風子「……」

姫子「何か見えるの?
   真っ暗だから外の景色なんて見られないと思うけど……」

風子「うん。そうだよね」


窓から外を眺めていた。姫ちゃんの言うとおり外は太陽が沈んだ暗闇の世界。
灯を放っているのはこの船だけなんだろうな。

遠くからこの船をみたら、ポツンと浮かぶ光の玉なんだろう。

想像したら少し怖くなってしまった。


「はい、天ソバおまたせー」

姫子「あ、どうも。いただきます」

「はーい。牛丼もうちょっとで来るからねー」

風子「……」

姫子「……」


料理は見た目じゃないとは言うけれど。
牛丼は期待できないかなぁ。なんて、失礼かな。

あれ、どうして牛丼を頼んだんだろう……勢いかな。


「牛丼おまたせー。ごゆっくりー」

風子「いただきまーす」

姫子「……」モグモグ



こ、これは。


風子「普通の味だね」

姫子「まぁね」


私と姫ちゃんは普通の味がする夕食を黙々と食べた。


14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/15(日) 10:02:38.26 ID:45Owf8ybo




風子「ごちそうさまでした」

姫子「ごちそうさまです」

「はいよー」


代金を支払い、客室に戻る。明日の準備をしよう。

歩いていると他の乗客もちらほらと見えたのでなんとなく安心する。


風子「もし、この船に誰も乗っていなかったらどうなるかな」

姫子「船が止まる」


うーん……。
興味ないみたいだから、この話題は止めておこう。
後でしよう。


風子「お風呂は後でいいよね」

姫子「うん。食べ終わってすぐより、1時間後くらいがいいかも」

風子「そうすると、入浴は8時だから……、乗務員さんに何時まで入れるか聞いてくる」

姫子「じゃ、先に戻ってるよ」

風子「うん」



姫ちゃんと別れて一人で船内を歩く。

向こうに家族連れが見える。子どもが走っているのを両親が暖かく見守っている。
いい光景だと心から思える。

朝が来ないで、この時間が続けばいいと思ってしまった。
それが叶えば、子どもはいつまでも無邪気なままで走り回れる。
父と母は一緒に並んで子どもを愛おしく見つめられる。

だけど、時間は流れて朝は必ず来てしまう。
いつか、あの子どもも私と同じ歳になって、違う世界を見ることになるんだろうな。

時間は止まらないから貴重なんだって教えられた。
だからいつまでも変わらない時間が続いて欲しとも願ってしまう。

掌で腕時計を包む。

まだ初日なのに、どうしてこんなこと――



姫子「グッド・ラック」 2