175 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 22:27:42.90 ID:cZyQGuAxo



夏「移動しましょう! 移動! ここはダメです!」

冬「夏……」

澪「……」


澪ちゃんが目を擦っている。

眠りたいみたい。


風子「どうしましょう、姫子さん」

姫子「夏、どうしてここはダメなの?」

夏「この人がいるからですよ!」

ツバメ「……」


キッと睨む。ううん、表情は見えないけど、そう感じるんです。

思いっきり敵意をむき出しにしているんです。


辺りを見回すと、ポツンポツンと一定範囲でテントが建っていて、
私たちのテントを二つ並べると肩身が狭くなりそう。


冬「夏、ツバメさんに言ったよね。場所を取って置いてって」

夏「あれは……!」

姫子「え?」

風子「……言ったね」

ツバメ「……嫌ならしょうがないな」

夏「だから、嫌だって言ってんじゃん!」

ツバメ「まぁ、好きにしてくれ」


そう言ってテントへ入っていった。


176 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 22:29:34.86 ID:cZyQGuAxo



澪「……眠い」

姫子「夏、どういうこと?」

夏「え?」

姫子「場所取りを頼んでいたの?」

夏「えっと……うん」

姫子「……」

冬「場所を取っていてくれた人にあんなこと言っちゃダメだよ」

夏「……」

冬「夏のお願いを守ってくれたんだよ。
  わたし達が来なくて、そのまま待っていたらどうするの?」

夏「あんな押し付けを守っているとは思わないじゃん……」

冬「お礼は言ってもあんなこと言っちゃダメだよ」

夏「だって……」

冬「……」

夏「姫子さんに酷いことしてたじゃん」

澪「……」

風子「……」


その姫ちゃんはテント設営に取り掛かっていた。


姫子「よいしょっと」

風子「もう一つの建てるね」

姫子「こっちはわたし一人でいいから、一通り出来たら手伝って」

風子「うん」


姫ちゃんが建てているのはツーリングテント。
バイクと並べて設営が出来るので丁度いい。
私と二人でよく過ごしているテント。

これから建てる、もう一つは冬ちゃんたちが用意したテント。

177 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 22:31:44.33 ID:cZyQGuAxo



風子「これは、Aフレーム型テントだね」

冬「そうなんですか」

澪「……」

夏「……」


立ったまま目を瞑っている澪ちゃん。

大人しくなった夏ちゃん。


風子「夏ちゃん、澪ちゃんを起こして。すぐに買出しへ行こう」

夏「……うん」

冬「わたしにも指示を下さい」

風子「まずは説明からね。
   これはムーンライトテントとも言って、
   月明かりの下でも素早く建てられるとても便利な仕組みなんだよ」

冬「へぇ……。よく知ってますね」


そうだね、私のテントじゃないのにね。

骨組みを取り出して組み立てます。


風子「こうやって引っ張るの。ポールの中にゴムが入っているので……」

冬「ふむふむ」

姫子「風子、シート敷いてないよ」

風子「敷いといてー、なんちゃって」

冬「?」

風子「……っ」


ギャグが通用しないって恥ずかしい……。


風子「夏ちゃん、澪ちゃんはそのままでいいからシートをお願いね」

夏「はーい」


少し自分を取り戻したみたい。


風子「こうやって、繋げる」

冬「分かりました!」


そう言ってもう一つのポールに手をつける冬ちゃん。


178 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 22:33:29.70 ID:cZyQGuAxo



夏「ふぅちゃんさん、敷きました」

風子「それじゃインナーテントをその上に被せておいてくれるかな」

夏「方向はどうします?」

風子「そうだね……、姫ちゃんのテントと出入り口を合わせるようにしよう」

夏「朝日とか気にしないでもいいんですか?」

冬「東は向こうです」

風子「そうだね……」

夏「朝日に起こされるのって嫌かなーって」

風子「嫌?」

夏「うーん……。どうなんだろ」

冬「経験無いから分からないですね」

風子「夏はともかく……。サマーはともかく、この季節は気持ちがいいと思うよ」

夏「そうなんですか」

風子「朝早くて夜も早いのがキャンプだから」

夏「そうですね、ぐうたら寝ているわけじゃないですもんね」

冬「うんうん」


お喋りをしながら組み立てる。

楽しい時間は過ぎるのが早い。


風子「こうやって建てて、と……。冬ちゃん、ここを見て」

冬「これが固定用金具ですね」

風子「そう。ここにシートを取り付ける部分をセットするの」

夏「了解ですっ」


そう言って反対側へ跳んでいく。

冬ちゃんも跳ねて行った。

どうしよう、みんなで建てる作業が楽しい。


風子「よいしょっ」


インナーテントを吊り下げ用フックにかける。

腕を伸ばしても届かない、思いっきり背伸びをする。


風子「~ッ」


カチと引っかかる音が鳴る。

よし、かかった。


179 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 22:34:50.19 ID:cZyQGuAxo



最後に、フライシートを被せて終わり。

向きは、こうかな?


風子「えっと……」

澪「あれ?」

風子「?」

澪「……いつの間に建てたんだ?」

冬「澪さんが寝ている間にですよ」

澪「何を言っているんだ、寝ていたわけが……え?」

風子「寝ていたみたいだね」

澪「立ったまま……!?」

夏「最後にこれを被せるんですね」

風子「そうなんだけど、……ちょっと待っててね」


えっと、北向きだから、こうかな。


姫子「順調だね」

風子「ね、姫ちゃん、フライシートなんだけど」

姫子「……うん、合っているんじゃないかな。被せてみよう」

風子「うん」

冬「あ、全員で完成させると気持ちが盛り上がりますね」

夏「うん、やったぞーみたいな達成感」

澪「最後だけで、恐縮だけど……」

姫子「よっ……と」


バサバサとテントが形を成していく。

方向は正しかった。

これで私たちのお城が完成。


姫子「複雑な形だから分かりにくいね」

風子「でも合ってた……。凄いね」

姫子「自画自賛ね」

風子「凄いね、私」

姫子「風子、こっちも手伝って」

風子「しょうがないなぁ」


ツーリングテントを一人で建てるのは大変だよね。

180 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 22:37:05.05 ID:cZyQGuAxo



夏「どうするんですか?」

冬「教えてください」

澪「うん」


三人は手伝う気満々だった。


姫子「それより、貴重品以外の荷物を運んでおいて」

風子「買出しから帰ってきてすぐご飯だからね」

夏「あ、そうか」

冬「分担ですね。行ってきます」

澪「うん」


三人は車へ歩いていった。


姫子「澪はどうしたの?」

風子「立ったまま寝ていたから、朦朧としているんじゃないかな」

姫子「あ、危ないんじゃない?」

風子「二人が付いてるから大丈夫だよ」


ツーリングテントのフライシートを被せながらのやりとり。

姫ちゃんは一人でここまで設営できたんだね。

凄いね。


姫子「……」

風子「……」


テントとフライを固定する為、フライの四隅あるプラスチックのフックをテントに引っ掛ける。

姫ちゃんの要領が良かったのでスムーズに作業ができる。
慣れている私には朝飯前です。


風子「こっちは終わったよ」

姫子「うんー……」


あ、ペグ打ちがまだあったんだ……。


風子「まだ終わってないよー」

姫子「うんー……?」

夏「振り分けはどうします?」

風子「そうだねー……」

冬「姫ちゃんさん達の荷物ですっ」

姫子「うん、ありがとう」


あ、姫ちゃんのとこは終わったみたい……。

181 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 22:39:05.63 ID:cZyQGuAxo



ツバメ「早いな……」

風子「?」


バイクを押しながら声をかけるツバメさん。


冬「どこかへ出かけるんですか?」

ツバメ「うん、弁当を買いに」

姫子「……え」

風子「え……」

夏「……」

冬「……」

澪「ん?」


私たちの間に冷たい空気が流れる。


ツバメ「な、なに?」

夏「なにって……、キャンプで弁当って……」

姫子「人それぞれかな……」

風子「そうだね」

澪「?」

冬「なにか、あったんですか?」

ツバメ「――ッ!」


――どうしたんだろう。


夏「キャンプに来て弁当って……。キャンプの醍醐味を9割5分見失ってるなぁ……」

冬「そうですよ」

ツバメ「――そっちか」

姫子「……」

風子「……」

澪「野菜に塩をかけるだけで……うん」


澪ちゃんがおかしい。

それより、一瞬だけ、ツバメさんの空気が張り詰めた。

182 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 22:41:27.81 ID:cZyQGuAxo



ツバメ「別にいいだろ」

夏「良くないよ、隣で虚しく弁当食べられたら嫌だっての」

姫子「……確かに。聞いちゃったから、気まずいね」

ツバメ「き、気まずいのか」

冬「少し遅れますけど、ご一緒にどうですか?」

夏「えぇー!?」

ツバメ「……」

風子「……」


冬ちゃんと同じ事を考えていた。と、思った。
夏ちゃんはどうしたいのか分からないなぁ。


澪「あ、ユーフォーが見える」

ツバメ「いや……」

姫子「ほら、行こう」

風子「そうですね、急ぎましょう」

ツバメ「遠慮しておくよ」

冬「なにかの縁かもしれませんよ」

ツバメ「……」

冬「すいませんが、お留守番お願いしますね」

夏「えぇー……」

姫子「ほら、行くよ澪」

澪「ユーフォーじゃなくて月だった……」


澪ちゃんはもう、どうでもいいのかもしれない。
眠ることが最優先なんだね。

早く買出しをしよう。



―――――



眠たそうな澪。

早く買出しをしなくては。


姫子「はい」

夏「やった!」


ヘルメットを夏に渡す。

後ろに夏を乗せて走り出す。


ドルルルルル

ザザッとノイズが走る。


『澪さんが寝ています』

姫子「起こして」

183 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 22:42:44.78 ID:cZyQGuAxo



キャンプ場からはそんなに離れていない場所へたどり着く。

そこは混浴じゃない露天風呂。


フラフラと歩く澪を引き連れて脱衣所へ。


夏「急げ急げ~♪」

冬「……ふぅ」

風子「露天風呂っていいよね」

澪「……」

姫子「ほら、澪」


澪の手を引っ張る。


ガラガラッ

ガラス戸を開くと湯気の立つ温泉がそこにあった。


かけ湯で体を温めて、ゆっくりと湯へ浸かる。


夏「あちっ」

冬「ゆっくり……ゆっくり……」


おそるおそる足を入れていく冬。

夏は急ぎすぎてびっくりしていた。

風子は……。


風子「あぁー、いい気持ち~♪」

澪「……うん、いいな」


澪も少しは覚醒したみたいだ。


夏「テントで弁当ってありえない」

冬「まだ言ってる……」

夏「ありえないでしょー」

姫子「まぁ、ね」

風子「……」


キャンプへ来て、それはないだろう。と、わたしも思った。


184 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 22:44:46.05 ID:cZyQGuAxo



風子「姫ちゃん、気付いた?」

姫子「なに、が?」

風子「……」

姫子「?」


なんだろう。

あの人のテントが雑だったことかな。


姫子「テントのこと?」

澪「ごめんな、寝てた」

姫子「それは別にいいよ」

風子「……」

冬「テントがどうしたんですか?」

姫子「あの人のテントさ、わたし達と同じツーリングテントだけど、雑だったんだよね」

夏「初心者ですよ、初心者」

冬「夏もでしょ」

夏「……」

澪「気持ちよくて疲れは取れるけど、同時に眠くなるな……」

姫子「違った?」

風子「ううん、なんでもない」


話の流れではあの人のことかと思ったけど、違ったのかな。

まぁ、いいかな。


冬「ツバメさんのリクエスト聞いてないね」

夏「いいっていいって、キャベツの芯だけでも喜ぶって」

姫子「あの人、燕って名前なの?」

冬「あ、えっと――」

風子「そうだよ」

姫子「ふーん……」


変なの。

燕という名の人が、燕の雛を育てるなんて。

変じゃなく、当然の成り行きなのかもしれない。

所謂、必然。

185 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 22:46:59.42 ID:cZyQGuAxo



夏「そういえば、姫子さんはカレシ作らないんですか?」

姫子「……どうしてそんなこと聞くの?」

夏「帯広で豚丼を食べた後に思い出したんですよ」

冬「帯広には伝説があるそうです」

風子「伝説?」

夏「そうそう、それを思い出した」

冬「二人でダイヤモンドダストを見ると幸せになれるっていう伝説です」

澪「人と人を結ぶ伝説ってたくさんあるんだな。どの伝説も素敵だ」

姫子「ダイヤモンドダスト……ね」

夏「それで、どうして作らないのかなーって」

風子「……」

姫子「……」

冬「?」

夏「あれ、地雷でしたか?」

姫子「そうじゃないけど」

風子「聞かせてもらいましょう、姫ちゃんの恋愛観」

姫子「別に、大した理由じゃないけどさ」

冬「理由があるんですか?」

姫子「うーん……」

風子「ほらほら」

姫子「急かさないでよ」

澪「……」

夏「言いたくないならいいですけど」

姫子「なんとなくね、周りやテレビの情報を見たり聞いたりしてると、冷めてしまう」

風子「……」


くっついたり離れたり。

それは壊れた磁石のように。


姫子「バイトの子たちの話を聞いてても、そんなものか、って思ってしまう」

夏「……」


たぶん、わたしが本気になれないだけ。

一生懸命になれないだけ。

人を好きになることに魅力を感じないだけ。

恋に恋する人たちを見てきたから、本気で恋をしている人を見たことがないから。

ただ、それだけ。


姫子「ただ、それだけだよ」

夏「そうですか……」

冬「……」

風子「……」

186 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 22:47:51.06 ID:cZyQGuAxo



ジャブンと音がした。


澪「ぶくぶく……」

姫子「……なにしてんの」


澪がうつ伏せになっていた。


夏「寝てる!」

冬「澪さん!?」

澪「ぶくぶく」

風子「あはは」

姫子「笑い事じゃないって!」


急いで駆け寄り、顔を上げさせる。


澪「ごほっ」

姫子「なにしてんの!」

澪「……極楽極楽って感じだった」

姫子「洒落にならないから!」


本当に洒落にならない。

もう限界なのだろう。


冬「びっくりしました……」

夏「で、出ましょうか」

風子「そうだね」

姫子「ほら、行くよ」

澪「うん」


もう少しのんびりしていても良かったけど、
さっさとご飯を食べて、今日はもう早く寝てしまおう。

疲れを残すのは良くない。

187 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 22:50:10.40 ID:cZyQGuAxo



湯から上がって、体を纏う水滴を拭う。
そして服を着る。


姫子「ほら、ボタン掛け間違えてるよ」

澪「んー?」


若干不機嫌になってるような……。


夏「子供を躾けるお母さんみたいですね~」

風子「そうですね~」

冬「あ、ドライヤー忘れてしまいましたね」

姫子「髪痛むかな……」

風子「テントに運んじゃったからね」


小型発電機があるけど、テントに戻らないと使用できない。

外の気温は少しずつ下がってきているので乾くまで時間が掛かる。


姫子「しょうがないか……」

夏「じゃ、行きましょう」

澪「待って」

風子「?」

冬「どうしたんですか?」

澪「フルーツ牛乳を飲んでないぞ」

姫子「ここには売店が無いよ」

澪「そんなわけないだろう」

夏「なんか、酔っ払いみたいですね」

風子「澪ちゃんが酔っ払うとこうなるのかな」

姫子「いいから行くよ」

澪「あれは大切な行事……」

姫子「分かるけど、今は諦めて」

澪「そうか……」


手を引っ張って温泉をあとにする。

手が掛かるな。


姫子「グッド・ラック」 15

最終更新:2012年10月02日 03:29