147 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/01(火) 23:01:29.98 ID:V8vPfQTUo



夏「えっと……、あたしちょっと自暴自棄になってた時があるじゃないですか……」

風子「……」


それは冬ちゃんが命を落しそうになった時の心の傷。

私は黙って進行方向を見据える。


夏「あの時……、なんで自分じゃないのか。っていつも思っていたんですね」

風子「……」

夏「だから、冬ねぇに対して、距離を、取っていた、訳で」

風子「……うん」


静かに耳を傾ける。


夏「それとあの人……ツバメと重なっていたんですよ……」

冬「ツバメさんも人と距離を取ってるってこと?」

夏「……うん。だってさ、あたしらの顔を全然覚えてなかったじゃん」

風子「……うん、そうだね」

夏「自分以外どうでもいい。というより……自分もどうでもいいって言うんですかね」

澪「?」

夏「自暴自棄より危ないって思ったんですね、あの時。だから気に障ったというかなんというか」

風子「……そっか」


確かに、姫ちゃんの言った通りだね。

自分を含めた周り全てを否定しているようで、怖い。


夏「でも、謝ろうとしたり、ヒナを育てたりと良く分からないんですよねー」

冬「……うん」

澪「誰の話をしているんだ?」

夏「ツバメですよ、ツバメ」

澪「ツバメ?」

風子「俗語で年上の女性に養われている男性だっけ?」

冬「そうですね」

夏「あはは、失礼かもしんないけど、おもしろいー」

冬「失礼だよ」

澪「あぁ、男やもめに取り憑くっていう……」

風子冬「「 それは影女 」」

冬「です」

澪「……あれ?」

ザザッ


話がひと段落したところに、無線機にノイズが走る。

先を走る姫ちゃんからの通信だね。

148 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/01(火) 23:03:08.79 ID:V8vPfQTUo




『応答して』

冬「はい、なんでしょう」

『ちょっと、冒険してみない?』

風子「冒険?」



―――――



姫子「そう、冒険」

『ただ今の時刻は、えっと……5時前ですよ?』


冬が注意を促す。


姫子「ランタンがあれば大丈夫だよ」

『……そうですか』


太陽が沈む前にテントを張り始めた方が楽に決まっている。だから冬が戸惑うのも分かる。

冬一人では判断できないだろうから……。


姫子「そっちで多数決して決めていいからさ。少し先で待ってるよ」

『了解です』


ノイズが走って無音になった無線機をしまいながら、太陽の位置を確認する。

和琴半島へはあと1時間もあれば着くはず。まだまだ今日は終わっていない、行ける。

みんなが楽しんで旅をするためにもやってみたい事は提案をする、というのがわたし達が決めたルール。

先を急ぐのも重要だから、反対されてもいい。


視線を降ろすと風子が運転する車が走ってきた。

バイクのサイドスタンドを立てて近づいてくる車に歩み寄る。
同時に助手席のウィンドウが下がって冬が顔を出してきた。


冬「賛成です」

姫子「あ、そう……」

風子「冒険ってどうするの?」


少し期待をしている表情が伺えた。


149 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/01(火) 23:04:49.42 ID:V8vPfQTUo




姫子「白藤の滝があるんだけどさ、行ってみない?」

澪「白藤の滝……」

夏「場所を知ってるんですか?」


澪と夏が降りてきて会議に加わる。


姫子「大体なんだけどね」

冬「そうですよね」

風子「初めて来たもんね」

澪「だから冒険なのか……」

姫子「そういうこと」

夏「時間押してますから決まったら即行動!」

姫子「よし、行こうか」


夏の掛け声で動き出すわたし達。

国道からはそんなに離れてはいないはず、ネットや雑誌で大体の位置は掴んでいる。
掴んではいるけど、やっぱりその場に立ってみないと分からない空気というものがある。

写真からは木々のざわめきは伝わってこない。地図の上からはデコボコ道があるかなんて分からない。

今、わたしはこの場所にいるから、憧れた大地にいるから、臨めば行くことができる。
写真や文字だけでは伝わってこない、臨場感ではない本物の空気に触れることができる。


心の中でそんな想いに耽っていると、


姫子「あ、あった」


白藤の滝と書かれた看板を見つけた。あっさり見つけることが出来た。


150 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/01(火) 23:10:45.26 ID:V8vPfQTUo




今回はこれで。
また中途半端に切ってしまいます。

気付いた方もおられると思いますが、今回『も』重たい話です。
軽くするためのクロスオバーです。

優しい死神モモが主役の しにがみのバラッド。 という作品です。

おやすみなさいませ。

153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/05(土) 22:28:55.18 ID:I25VY44mo




姫子「妖怪?」

澪「そう、影女」

風子「自然の中だね~」

冬「本当ですね、川の流れが凄いですよ~」

夏「ジャングルだ……」


先を歩く三人。

目の前の光景に一つ一つ感心している。


姫子「澪って怖い話とか嫌いじゃなかった?」

澪「う、うん。だけど、怖くない妖怪もいるそうなんだ」

姫子「ふ、ふーん……」

澪「……だから、怖く……ない」

姫子「……そう」


よく分からないけど。まぁ、いいかな。

今の太陽の角度では木々に囲まれたこの場所を暗くしている。
歩くには十分な明るさだから、平気なんだけど。

目的の滝までは整備されていて山歩きが苦手な人でも無理なく歩ける。


姫子「冬、大丈夫?」

冬「え? ……あ、大丈夫ですよこれくらい」


わたしの問いに振り返って笑顔で答える。
余裕を感じるので安心した。


風子「北海道の一つを味わっているって感じだね」

姫子「……うん」


風子が楽しそうに伝えてくる。

154 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/05(土) 22:30:22.30 ID:I25VY44mo



澪「一つ?」

姫子「北海道を堪能した項目ってやつかな。一つは料理、一つはこの自然ってとこ」

澪「……なるほど」

姫子「澪がお勧めする一つ、ってある?」

澪「そうだな……、やっぱり冬かな?」

冬「はい?」


冬が振り返る。


澪「ううん、なんでもない」

冬「……そうですか」

姫子「足元気をつけてよ」

冬「はーい」


わたしの注意に応えて進んで行く。


澪「北海道の魅力はやっぱりウィンターシーズンだと思う」

姫子「……」

澪「生まれてから高校まで過ごしていた土地とは全然……、
  いや、圧倒的に雪の量が違うから生活も変わってくる」

姫子「……うん」

澪「言うなれば文化が違うってことかな。
  外の極寒で厳しい環境とは対称的で、建物の中の温かさはとても魅力的だ」

姫子「……」


まるで別人のようだった。

2年間を通した生活でそれだけの視野を持つことが出来たんだ……。


澪「それでも、最初の冬は風邪をこじらせてしまって、大変だったけどな」

姫子「へぇ……」


自嘲気味に笑う澪。


姫子「北海道での生活はどう……?」

澪「うん……。一応、札幌圏内にも親戚がいるから安心しているところはあるけど、
  最初の数ヶ月は不安の方が大きくて、寂しさもあった」

姫子「……」

澪「なにより、頼っていた仲間がいなかったから……。私は本当の寂しさを味わったよ」

姫子「……」

澪「だけど、みんなを想っていたから乗り越えられた。乗り越えた先でまた新しい友達にも出会えた」

姫子「……!」

澪「それがとっても嬉しくて楽しくて、な」


前を見て笑う澪に力強さを感じた。

155 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/05(土) 22:33:33.33 ID:I25VY44mo



澪「風邪をこじらせた時なんだけど、一応買い溜めしておいた食料が3日分はあったし、
  ジッとしていればすぐ治ると思っていたんだ」

姫子「……」

澪「ところが、だ。4日、5日経っても治ってくれなくて……。
  病院へ行こうにも外は豪雪で、その光景を窓から見ているだけでわずかな力さえ奪われていったんだ」

姫子「……過酷だね」

澪「うん、本当に……。一応、暖房はつけていたけど、とても寒く感じた。
  そのままの状態で1週間経った頃、ついに食べる物が無くなった」

姫子「……」


笑って話を続ける彼女に驚く。


澪「ある意味クローズドサークルだ。
  今冷静に考えればタクシーを呼んで病院へ行くって手もあったんだけど」

姫子「動けなかった……?」

澪「うん。お湯を沸かすために台所へ行くにも遠く感じたから、
  その時はそんな思考回路すら止まっていた。
  布団の中でただひたすらジッとしていれば治るって……」

姫子「……」

澪「吹雪いている外の音を聞きながらぼんやりと天井を眺めていると、チャイムが鳴ったんだ。
  サークルの……、音楽サークルなんだけど、
  同じ1年の子が買い物袋を提げて、生きてるかどうか確認しに来たと言って来てくれた……」

姫子「……」

澪「私が1週間近く講義を休んでいるのを知ってわざわざ来てくれた」

姫子「……」

澪「番号もメールアドレスも知らない子だから、とても驚いた。
  バイトと課題で忙しくて、サークルに顔を出しづらくなっていた時だったから余計に……」

姫子「へぇ……」


それはとても嬉しかったに違いない。


澪「渡したらすぐに帰って行ったんだ。猛吹雪の中を、深い雪道を引き返して……。
  あまり話したことのない私を気遣って来てくれた。もらった果物を食べている間、涙が出そうだった」

姫子「……」


嬉しそうに、楽しそうに笑う。


澪「おかげで完治して、お礼を言ったんだ。その時に友達になれたよ」

姫子「……」

澪「病み上がりの私に雪合戦を挑んできたりする子だから、誰かさんに似て可笑しかった。
  それをきっかけに輪が広がっていった」

姫子「そっか……」

澪「外は極寒と呼ばれる冷たくも厳しい季節だけど、
  サークルでその子たちと一緒にお喋りをしている空間はとても温かいんだ」

姫子「……いいね」

澪「人はやっぱり温かい方が好きなんだなぁって、思った。これが私の言う冬の魅力」

姫子「……うん」

156 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/05(土) 22:37:25.08 ID:I25VY44mo



寒い中、温かさを求めるのは生存本能なのかもしれない。

だからといって、一人で温かい場所に居るのと、友人達と一緒に寒い場所に居るとでは、
やはり違う物なんだろうな。

わたしよりずっと先にいる澪にあの人の姿が重なった。
それはやっぱり、わたしが未熟ということなんだろう。
  

澪「ごめん、変な話をして」

姫子「ううん、考えさせられたし、納得した」

澪「納得?」

姫子「成長している澪を確認したってことかな」

澪「そ、そうか……」

姫子「なんか、羨ましいかも」

澪「……きっかけがあれば、それを望む気持ちがあれば、人はどこまでも行けると思う」

姫子「そうかな……」

澪「姫子は今、北海道に居る。これが事実だから」

姫子「……」


人生が道だとする。

わたしの道。澪の道がある。

人と出会うということはそれぞれの道が重なるということ。

そして、時間が経てば別々の道を進んで行く。

その道が重なって同じ時間を共に歩いているだけ、なのだろう。

道を振り返ればその人たちはそこに立っているのかもしれない。

想い出として。


やがては隣を歩いている澪も想い出になるのだろう。

少し前を歩いている、冬も夏も。

そして、風子も。


いつかは必ず来る別れ。それぞれの道を進むわたし達。

その時、わたしは成長できるのか。

高校三年間を共にした仲間達と別れた澪のように……。


姫子「……」

澪「風子たちは見えなくなるほど離れてしまったのか……」

姫子「……あのさ」

澪「うん?」

姫子「……寂しくない?」

澪「?」

姫子「えっと……」

澪「……」

姫子「仲間と別れるの」

澪「…………いや」

157 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/05(土) 22:38:41.43 ID:I25VY44mo




わたしの言葉を否定する。


姫子「強いんだ……」

澪「ううん。私はまだ弱いし、臆病なままだ」

姫子「……それはないよ」

澪「それを否定してくれるのは嬉しいけど、姫子は勘違いしていると思う」

姫子「……え?」

澪「会えなくなっただけで、別れた訳ではないんだ」

姫子「!」

澪「私のわがままで悪いけど、これからもずっと一緒にいてもらうつもりだ」


少し照れくさそうに笑う。


澪「あまり人に言うことじゃないと思うんだけど……」

姫子「?」

澪「バイトや課題で忙しいと言ったけど、そうじゃないんだ」

姫子「……どういうこと?」

澪「えっと、初めての一人暮らしやアルバイト、慣れない土地での生活は忙しくて大変だったのは本当だ。
  だけど、それが理由で……友達が出来ない……なんてことはないんだ」

姫子「……!」

澪「風邪をひいて心細い時に来てくれた彼女が北海道での最初の友人、それは1年目の冬」

姫子「……」

澪「春から冬まで顔を覚える人、覚えてくれる人はいても、
  気心知れる人が出来なかったのもまた事実なんだ」

姫子「……」


私はまだ弱いし、臆病なままだ


そう聞いたけど、やっぱりそれはないと思うよ、澪。

充分強いよ。

158 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/05(土) 22:39:39.00 ID:I25VY44mo




姫子「乗り越えたんだ……?」

澪「うん、高校三年間がわたしを支えてくれた」

「なるほど、いい話ですね」

澪「ヒァッ!」

姫子「なんで後ろにいるの」


振り返ると前を歩いていたはずの三人がいた。


風子「二人が話しに夢中になっていたから、木に隠れてやり過ごしたんだよ」

姫子「あ、そう……」


そうする必要性がよく分からない。


冬「一人暮らしの大変さを感じました」

夏「あたし達は二人暮らしなんで」

風子「そうなんだ」

澪「……」

姫子「澪、大丈夫?」


背後から声をかけられたショックで顔が蒼白になり固まっていた。


さらに10分歩いて目的地へ辿り着く。


159 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/05(土) 22:40:31.30 ID:I25VY44mo




――― 白藤の滝 ―――


ゴォォォオオオ

轟音と水しぶきを上げながら落下している。


冬「落差20メートルだそうですよ」

姫子「へぇ……」

夏「滝の周辺は肌寒いですよ、行ってみたあたしが言うから間違いないです」

澪「そうか……」

姫子「水流が岩に当たり砕けて霧になってるから、あっちは気温が落ちてるって分かるでしょ」

夏「行ってみたくなるじゃないですか」

風子「……」

冬「うん」


夏に同意して歩み寄ろうとする冬。


姫子「体冷えるからやめといたら」

冬「う……」


服を引っ張って足を止める。


夏「好奇心旺盛なんですよね」

風子「一緒だね」

夏「う……」

澪「水に勢いがあって、迫力あるな……」

姫子「力強いね」

冬「滝周辺の色が赤茶色になっているのは、雌阿寒岳から湧き出す白水川に硫黄が含まれているからだそうです」

夏「雌阿寒岳ってことは雄阿寒岳ってのもあるんだ?」

冬「うん、前に阿寒湖から望む写真を見せたと思うけど」

夏「忘れた。山なんてどれも一緒じゃん」

風子「うん。その通りだね」

姫子「それはそうかもしれないけどさ……」


山に興味がないのはしょうがないけど、なんとなく可哀想だと思った。

160 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/05(土) 22:41:46.24 ID:I25VY44mo



澪「北海道の山は季節毎に色が変わって面白いな」

冬「はい、夏は緑が生い茂っていて、秋は真っ赤に燃えて、冬は真っ白ですよね」

風子「ということは、春は桜色なんだ?」

姫子「そんなわけないでしょ」

夏「山一杯に桜を植えれば実現できそうですけど」

姫子「そろそろ行こうか」

澪「堪能した」

冬「もう一度だけ目に焼き付けます」

風子「私も」


ジーっと滝を睨む二人。


夏「行きましょう」

姫子「うん」


わたし達は二人を残してその場をあとにする。


161 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/05(土) 22:44:28.78 ID:I25VY44mo



夏「山が桜色になるなんて可能なのかな」

澪「低い山ならできそうだな」

姫子「……」


なんの話をしてるんだか。

でも、山一面に桜の花が咲いているところは見てみたい。

想像してみる。


姫子「……」

夏「澪さん、山で滑ったことあります?」

澪「あるよ。スノボが楽しかった」

夏「スノボ派ですか。あたしはスキー派なんですよ」

澪「友達が楽しそうに滑っていたな……」

夏「今シーズンは一緒に行きましょうよ!」

澪「いいな……。どっちで滑る?」

夏「旭川に来ませんか?」

澪「……いいかも」

夏「冬ねぇも行くと思いますし」

澪「冬も滑るんだ」

夏「何往復もできませんけど、それなりに動けますよ」

澪「分かった。秋ごろに連絡入れるよ」

夏「約束ですよ!」

澪「ふふ、うん。守るよ」

姫子「……」


うん、とても綺麗だな。

遠くから眺めるだけではもったいないので、その木々の中を歩いてみる。

道の両端に桜の木が並ぶ。

日差しは温かく、時折頬を撫でる風に乗って桜の花びらが舞う。

春の匂いと、桜の雨。


夏「姫子さん?」

姫子「……え?」

夏「どうしたんですか、一人黙りこくって」

姫子「桜の山を……なんでもない」

澪「?」

夏「春もいいですが、冬にも来ませんか?」

姫子「冬?」


来た道を振り返ってみると、風子と冬が並んで歩いている。

おしゃべりをしているみたいで楽しそうだった。


姫子「グッド・ラック」 13

最終更新:2012年10月02日 02:46