135 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/01(火) 22:38:14.19 ID:V8vPfQTUo




ブォォオオオオ


帯広から出発すること1時間と少し。

ハンドルを持ちながら左腕を確認。時計は4時を指している。

助手席には澪ちゃんが、後ろの座席には夏ちゃんと冬ちゃんが座っている。


澪「平野から抜けて緑が多くなってきたな」

風子「うん、木々が鮮やかで気持ちがいいね」

澪「あぁ…いいな、ここは……」

風子「澪ちゃんが寝ている間、海を見ながら走っていたんだよ」

澪「そうか、太平洋が見えたのか」

冬「姫ちゃんさん、見えなくなりましたね」

夏「はやいなー」


姫ちゃんは私たちより先を走っている。あまり遠く離れてはいないと思うけど……。


風子「バイクで走ってるのが気持ちがいいのかもしれないね」

冬「そうですね、後ろに少し乗っただけですけど、楽しかったですよ」

夏「あー、はやく運転したいなー」

澪「ふふ、冬は免許取らないの?」

冬「はい、学校と通院で時間が取れないので」

夏「……」


運転は控えるように指示を受けているのかな……。


澪「通院してるの?」

冬「あ、月に一度の定期診察ですよ」

澪「そうか……」

風子「体は大丈夫?」

冬「はい。……あ、あまり気兼ねしないでくださいね」

風子「……うん」

夏「一応あたしも見てますから、無理はさせませんよ……」

風子「……」



夏ちゃんの声に力が入っていなかったような気がする。



――リン。


136 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/01(火) 22:40:11.42 ID:V8vPfQTUo






モモ『……』

ダニー『どうしてあの場にニコルがいたのかなぁ……』

モモ『アンも居たってことだよね』

ダニー『そうだよ』

モモ『リストに載っていないよね、あの男の人』

ダニー『うんー……、ないねー』

モモ『……』

ダニー『どういうことなんだろ、ボクにはぜんぜん分からないよ』

モモ『……でも、あの人から匂いがした』

ダニー『ふーん……、じゃあそういう事なんだよね』

モモ『……』

ダニー『死んじゃうってことでしょ』

モモ『まだ分からないよ』

ダニー『だって、モモは――』






――――え。


男の子の声から零れるとても信じられない言葉。それを聞いて背筋が凍った。



夏「だって、冬ねぇってばあたしがいいって言ってんのにその記事を読ませようとするんですよー?」

澪「あはは」

冬「読んで欲しいから勧めただけですよ」

澪「うん、分かる」

夏「あんたのカレシじゃないんだから嬉しそうにしないでよーって言ったら、静かになったんですよ」

澪「な、夏? それは言ってはいけないことじゃないのか……?」

夏「あたしもヤパーって思ってたら、開き直ったんですよ」

冬「いいんです。わたしが勝手に憧れて、勝手に応援するんですから」

澪「……うん、そうだな。いいぞ、冬」

風子「……死神」

夏「で、いつの間にかそのルポライターの人をあたしがカレシって呼ぶようになったんですよねー」

冬「なんだか、恥ずかしいですよね……」

澪「冬らしくていいんじゃないかな……。……風子?」

風子「……みんな、聞こえた?」

夏「え?」

澪「聞こえない聞こえない」

冬「なにをですか?」

風子「男の子の声なんだけど……」

137 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/01(火) 22:41:59.49 ID:V8vPfQTUo



夏「怪談話ですか?」

澪「くかー」

冬「澪さんが狸寝入りを……、聞こえませんでしたよ?」

風子「…夏ちゃんも……?」

夏「はい。……って、顔色悪いですけど、ふぅちゃんさん?」

冬「大丈夫ですか?」

風子「……」



死神に取り憑かれてるってこと……?

なんで、なんで、なんで?



冬「夏、姫子さんに連絡して」

夏「うん」

澪「風子、大丈夫?」

風子「……うん」

『どうかした?』

夏「ちょっと休憩したいんですけど、コンビニか公園があったら入ってくれませんか?」

『えっと……』

冬「はい、お水です」

風子「う、うん」

澪「……」

『左手にコンビニがあるからそこで』

夏「了解です」

冬「風子さん、左手にコンビニがあるそうなので、そこで休憩しましょう」

風子「……うん」



お祖母ちゃんから譲り受けたこの時計が止まったり動いたり……。

それはこの旅の暗示なのではないかと、頭の片隅においやっていた懸念だった。

いやだよ……。


138 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/01(火) 22:43:40.28 ID:V8vPfQTUo




姫ちゃんがいる駐車場に入ってエンジンを止める。


風子「……」


車から降りて少し離れた場所へ歩いていく。


少しだけ一人でいたかった。


姫子「風子?」

風子「ごめんね……。ちょっと、休んでくるね」

姫子「……うん」

夏「……」

冬「……」

澪「……」



風子「……いやだ」


腰を下ろして深くため息を溢す。

時折聞こえていた声が私に恐怖を植えつけた。


死神。


それを口にしたのは男の子の声、
その声に応えていたのは女の子の声、
二つの声が聞こえる時に聞くのは鈴の音。




理由が分からない。分かったら、私が? それともこの中の誰かが……?

考えたくないのにとても嫌な単語が浮かんでしまう。


風子「なんで……」


なんだってこんなことを……。

なんで、なんで、なんで聴こえたの。

なんなの、あの声は――


139 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/01(火) 22:45:19.93 ID:V8vPfQTUo







モモ『ダニエル……』

ダニー『いやいや、ボク知らないよ』

モモ『どうして聴こえているの?』

ダニー『モモがやったんでしょ』

モモ『人のせいにしないで』

ダニー『じゃあ離れればいいじゃん。人間との距離が近すぎるんだよ、いつもいつも』

モモ『……』

ダニー『あのお祖母さんと約束したから? そんなの死神のモモが守る義理はないんだよ?』

モモ『……』

ダニー『それに、モモのお節介であの子が戸惑ってるじゃんか』

モモ『……分かった。離れる』

ダニー『分かればいいんだよ。ようやくボクを仕え魔として見てくれたんだね、嬉しいよ』

モモ『でも、約束は守るよ』

ダニー『全然分かってないよ!』






風子「……」


やっぱり、時計は止まっている。

鈴が鳴るとそれが合図のようにお祖母ちゃんの時計は止まったり、動いたりしている。

さっきも、聞こえたから……。止まる番だったんだ……。


140 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/01(火) 22:46:28.18 ID:V8vPfQTUo







― 聞こえる?

「ッ!?」

― あたしは命を司る者。

「――ッ!」



ハッキリと響く声。不思議な響きの声。

声の主は見えない。



― あなたの祖母から預かってる言葉があるの。

「――え」

― だけど、今はまだ伝えていい時じゃないみたい。

「……」

― あなたを困らせるつもりも、この中の誰かの命を運ぶつもりもないから。

「……」

― 安心して。

「……」

― その時が来たら、伝えに来るよ。それじゃ。

「あ……」


――リン。


鈴の音色。小さく、微かに、空に溶け込むように、鳴った。





141 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/01(火) 22:47:55.97 ID:V8vPfQTUo




冬「風子さん?」

夏「大丈夫ですか?」

澪「……」

姫子「……風子」


気がつくとみんなが覗き込んでいた。


風子「だいじょうぶ。ごめんね、心配掛けて」


安心したのか、笑ってしまった。心配掛けていたのに、不謹慎にも笑ってしまった。


冬「……」

夏「……」

澪「姫子、コーヒー買いたいから付き合ってくれないかな」

姫子「う、うん……。飲めたっけ?」

澪「うん、ブラックでおいしいやつを教えて欲しい」

姫子「……いいけど」


二人は並んで店内へ入ってく。


優しい女の子の声、その声で不安は拭われた。
不思議と信用できた声。

お祖母ちゃんが伝えたかったことってなんだろう……。

その時がいつなのか分からないけど、少し楽しみかもしれない。

安心できた。


142 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/01(火) 22:51:29.99 ID:V8vPfQTUo




風子「んー……っと」

夏「少し時間が押してるなぁ」

冬「そういえば、テントを張るスペースが無いってことは……」

風子「ど、どうなんだろう……」

夏「うーん、まだ初夏だし、キャンプシーズンに入ってないから大丈夫だと思うけど」

冬「でも、週末だよ」


ドルルルルン


一台のバイクがコンビニの駐車場へ入ってくる。
あれ、あの人って……。






アン『まだリストに載らないのか』

ニコル『はい、まだのようです』

アン『チッ、面倒だな。無視してもいいんだが……どうしてアイツがいたのか気になる』

ニコル『……変わり者の死神〝ディス〟のことですか?』

アン『……』

ニコル『……』

アン『コイツの死の匂いは本物だ。載ったらすぐに教えろニコラウス』

ニコル『分かっています、マスター』

アン『望み通り死ねる時も近いだろう。オレに狩られた魂はあの世へ逝けやしないが』

ニコル『……』

アン『楽しみは後だ。次に行くぞ』

ニコル『はい』







音が響いたような気がした。


冬「ツバメさんだ……」

夏「あ、ほんとだ……」

風子「ツバメさん?」

「?」

冬「はい、雛鳥の親ツバメです」

「キミ達……誰?」

夏「若年性健忘症かぁ」

「失礼だな……」

風子「……」


今の夏ちゃんは失礼だったと思います。

143 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/01(火) 22:53:18.01 ID:V8vPfQTUo



夏「だって、アンタと会ったの今日の昼だよ?」

「……会った?」

冬「幸福駅で……」

「あ、……あぁ」

風子「……」


思い出したみたい。
そんなに経っていない時間なのに、
雛を通じて出会ったから、それなりの印象があると思っていたのに。
私たちのことは忘れていたみたい。


夏「ヒナは?」

「バイクに乗せてるけど……」

夏「見ていい?」

「今開けると元に戻すのが面倒になるから遠慮してくれ」

夏「ケチだなぁ」

「……」

冬「……」

風子「……」


やけにつっかかる夏ちゃん。口が悪くなったのはどうしてだろう。


「じゃ、じゃあな」

冬「あの、ツバメさん」

ツバメ「ん?」

冬「あのバイク……ホーネットに載ってる荷物はキャンプ用ですか?」

ツバメ「そうだよ。って、誰がツバメだ」

夏「反応したじゃん」

ツバメ「……昔のあだ名…というか、……つい…な」

風子「?」


嫌な思い出でもあるのかな、表情に影が落ちたような……。


夏「この道を走ってるって事は、屈斜路湖?」

ツバメ「あぁ、そうだけど」

冬「……」

風子「……」


不穏な空気が流れる。そうしたのは男の人、ツバメさんの声のトーンが下がったから。


144 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/01(火) 22:55:44.94 ID:V8vPfQTUo



夏「じゃあさ、先に行ってあたしらの場所取って置いてよ、和琴半島でしょ?」

冬「なつ!」

ツバメ「なんで俺が?」

夏「いいじゃん、あたし等もキャンプするんだけど、ちょっと間に合いそうにないんだよねー」

風子「……」

ツバメ「知らないな、そんな都合は。それに和琴へ行くなんて言ってないだろ」

夏「えー、じゃあ和琴にすればいいじゃん」

ツバメ「五月蝿い、俺に構うな」

風子「!」


思いきり不愉快そうな声を出した。それははっきりとした拒絶。


夏「待ってよ、アンタが幸福駅で取った態度、許せないんだよね」

ツバメ「……?」


話は終わりというように店内へ向かおうとした足を夏ちゃんがまだ引きとめる。


夏「言葉で言えば分かるでしょ、女性にさせることじゃないよね」

ツバメ「ヒナから見れば、餌を与えてくれる存在の性別なんて問題にならないんだが?」


射るような二人の視線。夏ちゃんが本気で何かを伝えようとしているのが分かる。


夏「追い払うような言動だったじゃん」

ツバメ「……」

冬「……」

風子「……」

夏「あたし達を追い払うために理念を通そうとしたのが気に入らないって言ってんの」

ツバメ「……」

夏「あんたさ、人をなんだと思ってんの?」

ツバメ「……!」

冬「夏、もう止めて」

夏「……」

ツバメ「キミの言うとおりだ。俺は追い払いたいがために、ああいう態度を取った。不快にしたなら謝る」

風子「……」

夏「別に、あたしはいいですけどー」

ツバメ「悪か――」

「なにしてるの?」

ツバメ「……?」

風子「あ、姫子さん」

姫子「?」

ツバメ「――!」


振り返ったツバメさんの肩がビクッと震えたような気がする。

145 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/01(火) 22:56:54.19 ID:V8vPfQTUo



姫子「あ……」

ツバメ「え、えっと……じゃ」

風子「?」


そそくさとツバメさんはバイクに跨って走り去って行った。


夏「なにあれ?」

冬「もぅ、夏があんな言い方するから」

夏「えー、あたしが悪いんじゃないでしょ」

風子「ううん、夏ちゃんだよ」

夏「うーん、あ……お手洗いに行ってきます」

姫子「やっぱり、あのホーネット……」

風子「どうしてあの人……ツバメさんは逃げるように去って行ったのかな?」

冬「うーん……」


顎に手を当てて姫ちゃんの顔をジッと見つめる冬ちゃん。仕草が可愛いです。


姫子「どうしたの、冬?」

冬「姫ちゃんさんが怖いのかもしれませんね……」

風子「……どうして?」

冬「顔が強張っていましたから」

姫子「……なにそれ」


でも、なんとなく分かるかもしれないな。

悪さをしている子供が親に見つかったような、
教え子が先生に怒られる時のような、
苦手な人と会った時のような反応だった。

ツバメさんが抱えていることの核心を突いたのか、それとも……心の傷に触れたのかもしれない。

146 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/01(火) 22:58:52.00 ID:V8vPfQTUo



澪「風子、私が運転するから任せてくれ」

風子「え……?」

冬「眠気は無いんですか?」

澪「あぁ、バッチリさ」

姫子「……苦手なコーヒーを飲んで気分が晴れたって」

澪「うん、大丈夫だぞ」

風子「……」


表情が爽やかだね。

うん……ありがとう、澪ちゃん。


風子「大丈夫だよ。私が運転するから」

澪「いや……でも……」

姫子「別の理由で任せられないよね」

冬「……」

夏「お待たせしました、行きましょうー」

風子「ちょっと気分が悪くなっただけだから」

澪「え……」

風子「ありがとう、澪ちゃん」

澪「……え」


澪ちゃんの心遣いを胸に受け止めて、私は運転席へ乗り込み、エンジンをかけた。

再び向かうは和琴半島へ。

冬ちゃんが助手席、後ろに夏ちゃん、澪ちゃんの配置になっています。



車を走らせること30分、腕時計は5時前を指している。

気になっていることを夏ちゃんに訊ねてみる。


風子「あの時、どうして当たったりしたの? 夏ちゃん」

夏「だって、腹立つじゃないですか、人を人として扱わないなんて」

澪「……?」

冬「……」

風子「よく分からない……けど……?」

夏「あ……うん。……えっと」


ルームミラーで夏ちゃんを見ると、視線は助手席で地図を眺めている冬ちゃんへ向かっていた。


姫子「グッド・ラック」 12

最終更新:2012年10月02日 02:45