104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/18(水) 21:44:11.00 ID:NyxJEUCoo




「鳥類はとにかく食うよ。
 ツバメは昆虫を主食にしているから、それに合わせた餌と量を採取しなくちゃいけない」

澪「……」

「ツバメの雛は生き餌じゃないと食べてくれないから、育てるのが難しいんだ」

雛「ぴぃ……」


姫ちゃんの手の中で鳴いている。


「キミにこのバッタの足を引き千切ることが出来る?
 バッタの命に遠慮していたらその雛は生きていけない」

姫子「……」

風子「……」


姫ちゃんがバッタを見つめている。
昆虫を平気で触れる女の子を私は知らない。姫ちゃんも例外ではないはず……。


姫子「冬、ちょっと預かってて」

冬「は、はい」

「……」

姫子「……」

風子「……」


冬ちゃんに雛を渡して、虫と向き合う。
恐る恐る手が伸びていく。その手が震えているのが分かった。

怖いんだと思う。私も怖いから距離を置きたいけど、それは出来なかった。
姫ちゃんを置いて逃げることは許されないと思ったから。


「……」

姫子「……っ」


男の人から受け取る。虫を持った手が震えている。
姫ちゃんはきっと、今の状態で精一杯だと思う。


105 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/18(水) 21:45:29.02 ID:NyxJEUCoo




「後悔してる?」

姫子「ぇ……?」

「その命を拾ったこと」

雛「ぴぃぴぃ」

姫子「……」

冬「……」

夏「……」

澪「……」


沈黙。


風子「……」

姫子「いいえ」

「……」


震えが止まっていた。その表情からは決意が見えたような気がした。

それだけじゃなく、相手に立ち向かう意思のようなものがあった。


「そうか……」

姫子「澪は下がっててよ」

澪「な、なぜゆえ……」

姫子「言葉おかしいよ。顔色も悪いし」

澪「だ、だだ……だ……」

姫子「大丈夫じゃないでしょ」

夏「あたしがやりますよ」

姫子「……」

夏「この中で度胸があるのあたしじゃないですか」

姫子「い、いいよ」

風子「あ……」

冬「逃げられました」


夏ちゃんの言葉に少し震えが戻った姫ちゃんからバッタが飛んで行ってしまった。


106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/18(水) 21:46:52.01 ID:NyxJEUCoo




「……」

姫子「あ、えっと……」

「いいよ、もう……」

姫子「え?」

「俺が面倒をみるよ」

姫子「……」

「キミ達、見たところ観光客じゃないよな」

風子「……」


私たちは機能性を重視した服を着ている。
動きやすくて丈夫な素材なので、お洒落をするには少し難しい。
特に姫ちゃんは変わった格好をしている。
ライダースジャケットとレザーパンツ、レースアップブーツ。


夏「で、それがなにかー?」

冬「ちょっと、なつ……!」

「自然を舐めている風でもないし、真剣に考えていたみたいでこの問題を放り投げなかったから、
 感心したついでにその雛は俺が受け継いで育てるよ」

姫子「いや……でも……」

「面倒だろ?」

風子「……」

澪「最初からそのつもりだった……?」

「まぁ、うん。すぐに手放すだろうと思っていたけどな……。
 俺には経験も知識もあるから信用してくれないかな」

冬「え、えっと……」

姫子「……」


差し出された手にどう対応していいのかと冬ちゃんが戸惑っている。
姫ちゃんの返答を待っているようだった。


107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/18(水) 21:49:32.17 ID:NyxJEUCoo




姫子「……」

「……?」

冬「?」

風子「姫子さん……?」

姫子「最初からそのつもりだった、ってどういう意味ですか?」

「え?」

澪「……」

姫子「わたし達は追い払われる為に啓発された、と」

「いや……。まぁ、違わないけどさ……」

夏「けいはつって?」

冬「気づかないでいることを教えて、より高い理解に導くこと……」

夏「ご高説を承ったと?」

冬「そういうのじゃないよ……」

風子「どうしたの、姫子さん」

冬「……」


冬ちゃんは何も返してくれなかった。


姫子「……」

「変わってるな」

姫子「?」

「その命を育てる為に必要な覚悟を一つ一つ教えたはずだ」

夏「偉そうに……」

冬「なつ……!」

姫子「はい、覚悟を知りました」

「その覚悟が生まれたってのも感心したし、驚いた。
 キミのような若さで芯のある女性に出会ったことがないから余計にな」

風子「……」

姫子「……冬」

冬「は、はい。……お願いします」

「うん。責任を持って面倒を見るよ。約束する」

姫子「信用できないからじゃないですよ」

「じゃあ、どうして躊躇った?」

姫子「……」

「俺に託せば話はすぐ終わっただろう……?」

風子「……」


どうしてかな、重い空気に包まれたような気分になる。


108 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/18(水) 21:51:22.43 ID:NyxJEUCoo




姫子「感情が無いから」

「え……?」

姫子「人と話しているのに、今あなたの手の中に命があるのに、
   まるで自分ひとりしかここに居ないような振る舞いをしているから」

「……!」


男の人の顔が険しくなった。


姫子「知識の無いわたしより、危険だと思っただけです」

「ッ!」

姫子「行こう、みんな」

冬「は、はい」

夏「……」

澪「……」

風子「……」

姫子「勝手で悪いですけど、託しましたから」

「……」




――…


幸福駅には廃線となった線路の上に車両がそのまま保存されている。

記念撮影をするために私たち4人は線路の上に並んでいる。

少し離れてカメラを構えているのは……。


姫子「はい笑ってー」

夏「笑えませんよ!」

冬「説明してください!」

姫子「いいね、冬もこういうノリで行こうね」

冬「は、はい。こんな感じですね!」

夏「こらこら、乗せられないでよ」

風子「……」

澪「聞かせてもらおうか……」

姫子「な、なにを?」


顔を逸らしてとぼけた顔をしている。

初めて見る態度だった。


109 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/18(水) 21:52:38.50 ID:NyxJEUCoo



風子「姫子ちゃん」

姫子「!」

風子「どうしたの?」

姫子「う、うん……」

澪「夏はあの人のやり方をどう思った?」

夏「え、えーっと……。あたし達、女性に嫌がらせしてさっさとどっかいけーって感じでした」

冬「……」

澪「うん、それは私も感じた。餌の与え方がダイレクトだったからな……」

風子「……」


私も同じ。わざわざ露骨な表現で姫ちゃんに伝えていたから。

真っ直ぐな表現じゃないと伝わらないであろう意味なのかもしれない。命が関わっているんだから。
自然の営みは直球で感じるから素直に表現できる。その逆もまた然り。

あの雛を育てられるくらいの知識を持っているなら、その表現方法は当たり前なのかもしれない。


冬「悪い人ではないと思いますけど……」

夏「まぁねー」

澪「丁寧に説明していたからな……」

風子「多分、相手が男性でも同じ説明だったと思う……」

姫子「……」

冬「はい、あの人は性別関係なく、誰にでもあんなやりとりをしたと思います」

夏「そうなのかなぁー」

澪「あの雛を育てるのが面倒だと教えている節もあったな」

風子「……うん」

姫子「なんだか、怖かったんだよね……」

澪「え……?」

姫子「感情が感じられなかったって言ったでしょ?」

澪「う、うん……」

夏「姫子さんのそれが引っかかっていたんですけど、あの人、一応愛想笑いしてたじゃないですか」

姫子「それはそうなんだけど、なんていうか……」


頭に手を当てて考えている。

姫ちゃんは怖いというけど、愛想笑いは感情表現の一部だと思う。


110 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/18(水) 21:55:08.48 ID:NyxJEUCoo




風子「……」

姫子「わたし達は5人がそれぞれ違う服を着てるでしょ?」

夏「はい」

澪「うん」

姫子「それは自分が選んで買った服、もしくは自分の為に買ってもらった服のはずだよね」

冬「そうですね」

風子「……」

姫子「上辺だけになるけど、その服を着ることでその人のらしさが生まれる。
   似合っている似合っていないは別として、ね」

澪「ふむ……」

姫子「でも、あの人は服を着ることであの人自身が消えているみたいだった」

夏「え?」

澪「うんー……?」

冬「えっと……?」

風子「……」


相変わらず例えが下手だよね、姫ちゃんは。


感情が無かったから怖いと感じた。

人と話をしている、ということは人と触れ合っているということ。
それにも関わらずひとりで居ると言い当てた。

らしさがないから消えるということ。


風子「愛想笑いでも笑えてないってことかな……」

姫子「うん。それ……」

冬「え?」

澪「……」

夏「あ……」

風子「目の前の人が大口開けて笑っているのに、頭の中では来世のこと真剣に考えられたら怖いよね」

澪「ヒィッ!」

夏「こわっ!」

冬「そんな感じですか?」

姫子「うん」

澪「聞こえない聞こえない」

姫子「いや、違うかな。嬉しいことを嬉しいと言えない、悲しいことを悲しいと言えない人だと感じた」

夏「でも、初対面じゃないですか」

冬「はい……」

姫子「高校時代に楽しいから笑う。それをそのまま表現している人がいたでしょ」

風子「うん……」

夏「あー、うん」


111 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/18(水) 21:56:25.48 ID:NyxJEUCoo




冬「そうですね、そう考えれば、悲しいかもしれませんね」

姫子「悲しさが積もって笑えていないのが怖いと感じた、ってことかな。
   勝手な私見で、わたしもよく分からないんだけどね」

風子「そっか……」

夏「それじゃ、気がかりも解消された事ですし、改めて幸福駅を見て周りましょうー!」

澪「聞こえない聞こえない」


そっか、姫ちゃんが気にかけていた理由はそれだったんだね

びっくりしたよ。あのやり取りの後に説明をしてくれないんだから……。

姫ちゃんが姫ちゃんじゃないみたいで……。


風子「……」


―――――


姫子「……」


わたしらしくなかったかな……。


姫子「わたしらしくなかった?」

風子「うん」


即答だった。
でも、風子もいつもの風子に戻った気がする。
さっきまでらしくない表情をしていたから、気になっていた。

らしくないわたしと風子。

それは新しい自分を発見したことなのかな……。


澪「姫子……?」

姫子「うん……?」

澪「どうかした?」

姫子「あ、えっと……あの雛を押し付けちゃっていいのかなって……」

夏「いいんじゃないかなー。あたし達より確実に育てられると思いますし~」

冬「……」

風子「託したんだから、信じようよ」

姫子「……そうだね」
 
澪「私が撮る?」


写真のこと。
わたしが持っているこのカメラはフィルム式で親父から借りてきた物。

112 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/18(水) 21:57:30.54 ID:NyxJEUCoo



澪もまだ写真を撮るのが趣味らしい。


姫子「ううん。わたしが撮るから……みんなもう一回並んで」

冬「はーい」

夏「よっろしくー」

風子「最初の一枚だね」

姫子「うん」

澪「撮ってなかったの?」

姫子「船の上で3枚撮っただけ。上陸してからが初めてだよ」

澪「……そっか」


短くなった髪をなびかせて翻す。

澪もわたしと同じ気分なのかな。

わたしは呼び止める。


姫子「……澪」

澪「うん……?」

姫子「新しい自分がさっそく見つかったよ」

澪「……」

姫子「……なんでもない」

澪「まだ姫子が知らない事がどこかで、姫子にしか出来ない事がどこかで、待っているんだ。
  新たな場所には何が待っているのか、楽しみだなっ」

姫子「――うん」


走っていく後姿に眺めていると、少しの不安と大きな期待が生まれた。
楽しみなのはわたしも同じ。


空を眺める。

そこにはどこまでも透けるような青空が、見渡せないくらいの広くて大きな空があった。


期待が予感に変わる手応えを合図に、



――――旅がはじまる。


113 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/18(水) 21:58:12.34 ID:NyxJEUCoo





姫子「すぅー……」


大きく息を吸って、旅の仲間達に視線を戻す。なぜか4人とも空を眺めていた。
わたしにつられたみたいだ。

面白いから、今を撮っちゃおう。


姫子「はい、チーズ」




カシャッ





シャッターが降りると同時にわたし達の旅が始まった――――




120 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/01(火) 22:09:41.48 ID:V8vPfQTUo




冬「駅名の縁起の良さから乗車券や入場券を求める観光客が後を絶たないそうです」

姫子「ふーん……」

澪「ひ、姫子は興味無いのかな?」

風子「ううん、興味はあるみたいだよ」

澪「よ、よかった……」

夏「姫ちゃんはじっくりと感慨に耽るタイプですからねー」

姫子「…………えいっ」

夏「あいたっ」


ビシッと夏の頭に軽い一撃を与える。


姫子「……」

冬「クスクス、久しぶりのやりとりですね」


夏がわたしのことを姫ちゃんと呼ぶと叩く、恒例だったやりとり。
ちょっと戸惑ったけどなんとなくやってみた。




澪「す、すごい量だな……」

風子「うん……」


駅舎の中と外に願い事が書かれた紙が埋め尽くされている。


姫子「願い事……」


願うとしたらなんだろう、とりあえず旅の安全かな……。


そのままわたし達は願い事も貼らずに元いた場所、雛を拾った場所へ戻ってきた。


姫子「……」

冬「いいところでしたね」

澪「線路側に出た時、景色が広がっていくようでよかった……」

夏「これぞ北海道って感じだったなぁ」

風子「広くて大きいよね」

姫子「……うん」


居る訳ないか。


121 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/01(火) 22:12:08.65 ID:V8vPfQTUo



冬「鐘も鳴らしたことですし、満足ですね」

澪「いい音だったな」

夏「鳴らしたの冬ねぇだけじゃん」

風子「夏ちゃんも一緒に鳴らせばよかったのに」

夏「い、いやー……」

冬「クスクス、夏には似合いませんから」

夏「冬ねぇ、それは自分には似合ってる、って言ってるんだけど?」

冬「あ、えっと……似合ってますよね!?」

澪風子「「 う、うん 」」

冬「あぁ、そうじゃなくって……っ」

夏「自分で言うかな」

風子「ふふっ」

澪「あはは」

冬「もぅ、なつ……!」

夏「あはははっ」

姫子「……」



夏がからかっているのを知って怒ってみせる冬。

恥ずかしいのを誤魔化しているだけだとみんな分かっているから、不思議な雰囲気に包まれる。

それは優しい雰囲気が生まれたと言っていいのかもしれない。これは冬が持つ特有の温かさ。


ずっと入院生活を繰り返していた冬。ずっとずっと自分の運命と闘っていた冬。

体が弱いことを苦にせず、ちゃんと向かい合って、普通の人が歩むそれとは違った道を進んで来た冬。

わたしだったら辟易してそれを他人に当たっていたかもしれない。
それほどの苦難・苦痛な道のりだったと思う。


122 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/01(火) 22:13:14.80 ID:V8vPfQTUo




わたしより少し低い位置にある、冬の頭に手を乗せて……。


姫子「――。」

冬「え……?」

姫子「なんでもない」

冬「……」


適当に誤魔化して冬達を置いていく。
自然と口から零れてしまっただけに、恥ずかしさがこみ上がってきた。

どうしよう、とっても恥ずかしい……顔が熱くなっていくのが分かる。
早く車へ行ってしまおう。


姫子「……っ」

夏「姫子さん?」

澪「どうしたんだ……?」

風子「姫ちゃんはなんて言ったの?」

冬「えっと、旅の始まりにはふさわしくないような……?」


わたしは冬の上にたくさんの幸福が舞い降りてくることを願った。




姫子「グッド・ラック」 10