92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/18(水) 21:22:38.46 ID:NyxJEUCoo



澪「一度だけ、乗ってみたかったんだ」

風子「深夜バスに……?」

澪「……うん」

姫子「へ、へぇ……」

夏「あ、それ分かるかも」

冬「夏も?」

夏「うん。あの番組みてたらさ、どれだけのものかと思うでしょ」

風子「ということは、澪ちゃんもあの番組見てるんだ?」

澪「うん、旅番組として見てるよ」

夏「どうでした、深夜バスの体験は?」

澪「予想通り、眠れなかったよ」

風子「そうなんだ……」

姫子「ずっと起きてたんだ?」

澪「到着寸前に眠くなったんだけど……な。面白い経験だった」

夏「面白いんだ……」

冬「そうなんですかぁ」

澪「車を借りて、後ろの座席で仮眠を取ろうと思ったんだけど……」

冬夏姫子「「「 すいませんでした 」」」

風子「……」


電話をかけても、私と姫ちゃんは電源を落としていたから繋がらない。メールをしても返事がない。
冬ちゃんと夏ちゃんの番号は登録されていないから、こんな事態になってしまった。
気になって、心配で仮眠を取れなかった澪ちゃん。

ごめんね。


やっぱり、人を待たせることが怖い。



――…


勝手丼を堪能して、弾む足取りで駐車場へ向かう私たち。


夏「満足満足、勝手どーん」

冬「おいしかったぁ」

風子「いい天気だね」

澪「眩しい……灰になる……」

姫子「徹夜明けのテンションだね」

冬「太陽の光を浴びて灰になるなんて、まるで吸血鬼ですね」

夏「そんなツッコミいらないから」


澪ちゃんのテンションがおかしい。疲れもあるんだろうな。

車へと辿り着く。
冬ちゃん、夏ちゃん、澪ちゃん、私の4人はこの車で移動をする。
トランクにはテントと荷物が収納されているけど、ギュウギュウ詰めになっているね。
極力減らしたつもりだったけど、しょうがないよね。


93 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/18(水) 21:24:07.00 ID:NyxJEUCoo




澪「よし、行こうか」


ガチャ

そう言って運転席のドアを開ける澪ちゃん。


夏「いやいやいやいや」

冬「えっと、危ないですよ……?」

澪「え……」

姫子「澪が運転するのはダメでしょ」

風子「うん」

澪「な……」


みんなから警告を受けた澪ちゃん。
信じられないといった表情をしている。

危険だと思います。


夏「それじゃ、あたしが~」


ガチャ

そう言って運転席のドアを開ける夏ちゃん。


冬「ダメだよ」

姫子「仮免だっけ?」

冬「そうです」

夏「やってみただけー」

風子「澪ちゃんは卒業してから取ったの?」

澪「……うん」


94 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/18(水) 21:25:28.73 ID:NyxJEUCoo




姫子「……」


ガチャ

黙して語らず。運転席のドアを開ける姫ちゃん。


夏「……」

冬「……」

澪「……」

風子「……」

姫子「……」


バタン

表情を変えずそのままドアを閉める。


姫子「なにか言ってよ」

夏「ギャグ?」

姫子「……まぁ、うん」

夏「なにをしてんだろーって思いました」

冬「バイクをどうするのかなーと」

澪「ギャグだったのか……」

風子「……」

姫子「ぅ……」



みるみるうちに顔が赤くなっていく。両手で顔を覆った。

語らずに行動したせいで伝わらなかったみたい。私は気付いたけど。



風子「それじゃ行こっか」


ガチャ

帯広へ出発!


95 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/18(水) 21:26:33.94 ID:NyxJEUCoo




時折、左手に映る海を眺めながら車を走らせること30分。

天気も良くて景色も広々としていて運転するには最高のコンディション。
幅の広い道をスイスイと走らせる。

とても楽しい。

助手席で地図を眺める夏ちゃん。
後ろの席には冬ちゃんと、冬ちゃんにもたれて寝ている澪ちゃん。
今日は早めにキャンプ地へ向かったほうがいいのかもしれない。


夏「今の時間は、11時半だから……」

風子「……」

冬「……」

澪「」スヤスヤ

夏「到着は1時くらいですねー」

風子「お昼ご飯どうしよっか」

冬「帯広といったら、豚丼ですよ~」

夏「おぉー、いいね~」

風子「……」


また、丼ですか。

船で牛丼食べて、さっき勝手丼食べて、続いて豚丼……。

ううん、初日だから栄養つけたほうがいいよ。
うん、そうだよね。

なんだか自分に言い聞かせているみたい。


96 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/18(水) 21:27:37.50 ID:NyxJEUCoo




――…


途中で10分の休憩を挟むこと1時間半。

私たちは目的の場所へと到着しました。

幸福という名の駅から私たち5人の旅は始まるんだよね。



風子「とうちゃーく」

夏「楽しみになってきた」


ガチャ

一番手に降りる夏ちゃん。


冬「澪さん、起きてください、到着しましたよー」

澪「」スヤスヤ


余程疲れが溜まっていたみたい。
冬ちゃんが揺すっても起きる気配が無い。

よぉし、私が起こしてみよう。
澪ちゃんの耳元へそっと近づき――


風子「一枚……二枚……」

澪「」スヤスヤ

冬「……」

風子「三枚……四枚……」

澪「うぅ……」

冬「顔色が悪くなりましたね」

風子「五枚……六枚……」

澪「やめろ……バ……つ……」

冬「おぉ」

風子「八枚……九枚……」

澪「七枚…目は……どう…し……」

冬「律儀ですね」

風子「澪ちゃん、起きて」

澪「う……ぅん……?」

冬「おはようございます」

風子「おはよう」

澪「う、うん……おは……よ……う?」

風子「幸福駅に着いたよ」



97 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/18(水) 21:29:03.69 ID:NyxJEUCoo




――― 幸福駅 ―――



澪「ふぁ……」

姫子「第一声があくびなんだ……」

澪「中途半端に眠るとダメだな……顔洗ってくる」

風子「あ、私もお手洗い~」

夏「あたしも~」

冬「……」

姫子「……」

風子「先に行かないで待っててね」


―――――


姫子「待ってるよ」


そう伝えると三人は歩いていった。

目の前にある建物を一目見ただけで……。


冬「列車はこの駅を通過していた……」

姫子「……」

冬「今はもう使われなくなった駅……」

姫子「……」


冬が言葉に出して、この場所が持つ独特の雰囲気を伝える。


冬「わたしたちは、この場所から始まるんですね」

姫子「うん」


ようやくスタートラインに立てた気がする。

家から出た時、船に乗った時、北海道に到着した時、釧路駅を出発した時。

それぞれが旅の始まりと呼べたかもしれない。

だけど、この瞬間がわたし達5人の旅の始まり、なのかもしれない。


姫子「冬、手を出して」

冬「は、はい」


突然の要求に戸惑いながらも、手を広げて見せる。


姫子「掲げて」

冬「は、はい……」


冬の掲げた手にわたしの手を合わせて叩く。

ハイタッチ。


パァン

98 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/18(水) 21:31:26.11 ID:NyxJEUCoo




冬「……?」

姫子「なんとなく、儀式」


旅の始まりの儀式。


ただの気まぐれを目の前の女の子は感激したみたいだ。


冬「も、もう一度やりましょう!」

姫子「一度でいいじゃん」

冬「気が抜けていたんです!」

姫子「そう……」


視線を逸らして建物を眺める。


姫子「幸福……か……」

冬「姫ちゃんさん! もう一度です!」



鳴き声が聞こえた。



冬「姫ちゃ――」

姫子「しずかに」

冬「?」

姫子「……」


耳をすます。

声に誘われるように足が動く。


姫子「あっちかな……」

冬「どこへ行くんですか?」


好奇心からか、わたしのおかしな行動に疑いもせずに付いて来る。

駅舎の近くかな。


姫子「……」

冬「……」

「ぴぃぴぃ」


雛鳥がそこにいた。

建物に添って見上げると、案の定そこには鳥の巣があった。

巣の中には三匹。

地面には一匹。


99 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/18(水) 21:33:00.49 ID:NyxJEUCoo




雛「……」

姫子「……」

冬「落ちちゃったんだ……」




無頓着 無神経 不用意 不覚 不注意 迂闊 鈍感 軽薄 軽率 

要するに、わたしは馬鹿だった。




姫子「……」

雛「ぴぃぴぃ」

「待て」

冬「!」



命を拾ってしまった。

手の中にある小さな命、わたしは考えも無しにすくってしまっていた。



「……」

姫子「……」


わたしの行動を制止しようとした男の人。

わたしと似た格好をしているからこの人も同じバイク乗りだと分かった。



「どうするの、それ」

姫子「……」

雛「ぴぃぴぃ」



それと言われた命がわたしの手の中で鳴いている。

灰色の毛に黄色い嘴。



姫子「……」



落ちてきたであろう巣を見上げる。駅舎の軒下から複数の鳴き声が聞こえる。
この仔の兄弟達が元気良く鳴いていた。

梯子があれば届く高さ。

巣に戻すのが原理、わたしが取るべき行動のセオリー。

そうじゃないのかな、と視線を戻す。



100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/18(水) 21:36:30.88 ID:NyxJEUCoo




「……それが一番なんだけどな」

冬「ダメなんですか?」

姫子「……」



わたしの代わりに冬が訊ねる。



「……今はダメだな。見て、丁度帰ってきたみたいだ」

冬「……あ」

姫子「燕……」



一羽の燕が幸福駅周辺を大きく旋回している。この仔の親かな。
と、思っていると巣へ降り立った。

親鳥は巣の中にいる雛達に餌を与えている。



姫子「……」

雛「ぴぃぴぃ」



初めからこの仔が居なかった様に。

そして、飛び立っていく。

次の餌を捕る為に、お腹を空かせた子ども達の為に、親としての責任を果たす為に。



「自ら落ちたのかもしれない」

姫子「……」

「それとも、落とされたかもしれない」

冬「……!」



親鳥が世話を放棄したから、兄弟達が生存率を上げるためとか。

だけど可能性にしかすぎない。



「親鳥はヒナが病気やダニを持っていたら落とすことがある。
 まだ兄弟たちが巣に残っているってことは、つがいの雄が替わった訳でもないみたいだけど」

冬「……」

姫子「……」

「不運なことに、俺たちがここにいることを見られた。そのせいで親鳥は警戒している」

姫子「……」



空を一匹の燕が旋回している。今戻すのは危険なのかな。



101 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/18(水) 21:39:31.74 ID:NyxJEUCoo




「人間の掌でも雛にとっては寒いんだ。だからすぐに衰弱してしまう」

冬「……」

「もう一度聞くけど、それをどうするの?」

雛「……ぴぃ」

姫子「……」


問い質される。

手の中にある命。

制止されたのはこの詰問が待ち受けていたから。


わたしは咎められたのだろうか。

その男性から目を逸らすことが出来なかった。

その目からはなぜか感情を感じられなかったから――


―――――


姫ちゃんの真剣な表情。

対峙している雰囲気には見えないけど、今まで見たことがない表情をしているから向こうへ行けない。


風子「……」

夏「なんだか、近づけませんね……」

澪「……うん」







ダニー『ねぇ、モモ。あの雛、死んじゃうよね』

モモ『まだ分からないよ』

ダニー『どうかなぁ……』

モモ『……』







船の上で、熱いお茶を取る時に聞いた小さな男の子のような声。
あの時とは違って、なにを言っているのかは分からなかった。

どこから聞こえてきたんだろう。


102 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/18(水) 21:40:44.00 ID:NyxJEUCoo




風子「……」

澪「風子……?」

風子「え、な、なに……?」

澪「なにを……さ、探しているんだ?」

風子「う、ううん。なんでもないよ」

澪「そ、そうか……。急に辺りを見渡したから……驚いた……」

風子「……」

夏「澪さん、ふぅちゃんさん、姫子さんたち行っちゃいますよ」

澪「あ、うん……」

風子「……」



不安にさせちゃったみたい。

なんだろう、幻聴とか? そんなまさか、ね……。
もう一つ、女の子の声も聞こえた気がする。不思議な響きの声。


名も知らないであろう男の人。見た目は私たちと同じくらいだと思うけど、誰なんだろう。

その人を先頭に姫ちゃんと冬ちゃんは歩いていく。……どこに行くんだろう。


夏「姫子さんが手に持っている物ってなにか分かります?」

澪「いや……よく見えないな」

風子「……私も見えない」


私も澪ちゃんと同じく目を凝らしてみるけど、両手で包んでいるそれが何かは分からなかった。


3人が辿り着いたのは草の生い茂る一角。

男の人がその草を乱暴に蹴りだした。


風子「……!」

夏「いやいやいや、さすがに怖くなってきた」

澪「う、うん」


姫ちゃんと冬ちゃんに急いで駆け寄る。


103 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/18(水) 21:42:39.36 ID:NyxJEUCoo




夏「冬ねぇ!」

冬「あ、夏……」

澪「な、なにをして……?」

姫子「ちょっと、この仔をね……」

風子「鳥の雛……?」

姫子「そう、燕の雛……」

夏「で、あの人はなんなの?」

冬「餌を捕るって……」

夏「うん?」

澪「え、餌?」

姫子「うん。わたしが育てるって言ったから……」

風子「……詳しく教えてくれる?」

姫子「うん――」


巣から落ちた雛を姫ちゃんが救った。

目の前で虫を捕まえている男の人によって、選択を迫られた。

この雛を巣へ戻すことに葛藤が生まれた。

親鳥にもう一度捨てられるのか、それとも兄弟たちにもう一度追い出されるのか。

そのときに落ちて怪我をさせるかもしれない。

巣へ戻すのはそれを覚悟しなくてはいけない、と。

だけど、聞いている限りでは――


夏「誘導されたみたいじゃん」

冬「……」

澪「……」

風子「……」

姫子「……」

雛「ぴぃぴぃ」

「そうだな、答えを誘導したみたいだ。ほら、食え」


そう言ってピンセットで挟んだ虫を雛の口に入れる。

雛はそれをちゃんと食べた。


「親鳥の代わりに虫を集めて、口の中に入れる。これからこのバッタの足を引き千切るから見てて」

姫子「!」

冬「……!」

澪「うっ……」

風子「そ、そこまで……」

夏「ア、アンタねぇ!」

「バッタの足は硬いから雛の喉を突き破るかもしれないんだ。これもやらなきゃいけないことだ」

夏「……っ」

姫子「グッド・ラック」 9