44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/16(月) 20:48:04.34 ID:jhabFmV8o




時間を合わせるためネジを操作する。

ゼンマイ動力だから電池は必要ないので、毎日欠かさず巻いていた。
いままでずっと時を知らせてくれていたのにな。

アナログ式の時計。
曾祖母が購入してから70年くらい時を刻んでいることになる。

正確には63年。私が7年間もの時を止めてしまったから。


風子「時間を止めるなんて凄いな……。なんて」

姫子「……」

風子「……全然凄くないよね」

姫子「……」ジャカジャカ


まだ頑張って動いてくれる時計をゆっくりとなぞる。
ベルトはお祖母ちゃんが交換してくれたから、綺麗で鮮やか。
昔はこの鮮やかさが嫌だった。
子供が大人ぶっていたから、この良さに気付かなかった。


風子「よいしょ」

姫子「……」ジャカジャカ


テーブルにあるペットボトルを取って、水分補給。
寝ている間に少し汗をかいたので体を潤す。

ペットボトルと入れ替えに雑誌を取る。
姫ちゃんが愛読している雑誌。
3週間前に発売された新刊。
偶然見つけた時の姫ちゃんのテンションが高さは凄かった。
そんな姿を見たのも久しぶりだった。2年ぶりだったかな。

不定期に発売されているから、分からないでもないけど。
もしかしたら、私のいないところでもテンションの上がる時があるのかもしれない。


風子「ねぇ、姫ちゃん」

姫子「……」ジャカジャカ

風子「……よっ…」

姫子「……」ジャカジャカ


目一杯に姫ちゃんがかけているイヤホンに手を伸ばす。
デッキチェアから降りずに耳から外すのが目標。


姫子「なにしてんの?」

風子「負けた」

姫子「勝ったんだわたし……」

風子「この雑誌って不定期で発売でしょ?」

姫子「うん」

風子「前の刊って、発売されたのいつくらいなの?」

姫子「卒業して3ヶ月くらい後だよ」

風子「それじゃ、ちょうど2年くらい前だよね」

姫子「うん……」

風子「見つけたときのテンションどうだった?」


45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/16(月) 20:51:11.84 ID:jhabFmV8o



姫子「どうだったって……。そりゃ、嬉しかったけど……」

風子「これを買った時と同じくらいにはしゃいだ?」

姫子「別にいいでしょ、そんなこと……」

風子「……」


そう言ってイヤホンをかけ直す。
そうかぁ、はしゃいだんだね。


雑誌を読む。

うん。姫ちゃんが好きなだけあるな。
筆者が体験したことをストレートに書かれている。私たちには勉強になる内容。


風子「ふむふむ……」


書き手が女性だから共感できる箇所もあるし、男勝りの行動力にも驚かされる。
天真爛漫な彼女を私も憧れている部分がある。

時計を確認すると時刻は午後2時、7分前……。
まだまだ余裕がある。のんびりしていよう。


風子「あれ……?」


隣に居る姫ちゃんを確認する。居ない。
そのうち戻ってくるだろうから続きを読もう。


前に読んだ、白川郷の記事が印象に残っている。
そこに住む人と一緒にご飯食べたり、学生と話をしたり、綺麗な写真が添えてあったり。
ここにもいつか行こう、と姫ちゃんと約束をした。記事の内容は夏だったから私たちは秋に行こうって。

ふと声が掛かる。


姫子「風子、お昼ご飯食べないの?」

風子「あ……、忘れてた」

姫子「ほら、売店で見繕ってきたよ。おにぎり、サンドイッチ。好きなの取って」

風子「ありがと~」

姫子「もう少しで見えてくるかもね」

風子「釧路?」

姫子「うん。北の大地。楽しみだな」

風子「うん」


そう言いながらサンドイッチを口にする姫ちゃん。
おにぎりの包装紙を開けながら、わくわくしてきた自分の心を落ち着かせる。


風子「いただきまーす♪」

姫子「テンション上がってきたね、風子」

46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/16(月) 20:52:51.85 ID:jhabFmV8o



――…


えっと、ゴミ箱はどこかな。

船内を歩いているけど中々みつからない。
自動販売機のところにあったような気がするけど、その販売機もどこにあったか覚えていない。

やっぱり、見たものを記憶できるくらいの集中力は持っていたほうがいいよね。
小さなロスが大きく予定を遅らせることに繋がるかもしれない。
計画が遅れるとその分だけ、周れる場所が減るということだから。
姫ちゃんに迷惑をかけるのは嫌だから。


風子「あ、あった……」


ゴミを放り込んで、時計を見る。
到着予定時刻の1時間前。そろそろ大陸が見えてくるかもしれない。
甲板に急ごう。姫ちゃんと大陸発見を味わいたい。


扉を開けて甲板に足を踏み出そうとした時――




――リン。




また聞こえた。

耳の奥で鳴るように、遠く離れた場所から響いてくるように、
幻聴のように、儚げに、幽かに、弱く、小さく、確かに鳴った。

音の主を探そうとした時、姫ちゃんに呼ばれる。


姫子「風子ー!」

風子「はしゃいじゃって……」


ケータイのカメラで今の姫ちゃんを残しておこうかと思ったけど……。

見えてきたんだ、北の大地が!


姫子「うわ、凄い……!」

風子「わぁ……!」


夢の続きを見ているかのような感覚。
姫ちゃんと私は、ずっと憧れていたんだ。

あの大地を。


―――――


あの大地を。

風子とわたしは、ずっと憧れていた。

47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/16(月) 20:56:05.43 ID:jhabFmV8o




とても憧れているルポライターがいる。
その人が一番最初の旅に訪れた場所が北海道だった。
船で釧路港から入り、バイクと共に道東から道北にかけて走ったらしい。

らしいというのは、その北海道の旅を記事にしていなかったから。
どうして知っているのかというと、その人と出会って直接聞いたから。
断片しか聞いていなかったので、細かいことは知らない。

出会って最初の印象が人懐っこい人だと思った。
明るくて笑顔を絶やさなくて、
それでいて背負っているものが大きいのに、そんな自分を見せることは無くて。

それがこの人の強さなんだと知った時、とても惹かれてしまった。
天真爛漫な人柄に憧れてしまった。

それからその人が書いた記事を読み始めた。
親父の趣味がバイク関連だったので、載っている雑誌を探すのに苦労はしなかった。

身近にある宝物に気づかない過去の自分に教えてやりたい。
でも、あの時に出会わなかったらそれもただの文字列だったのかもしれない。
それはそれで悲しい。

そんなことを考えていると風子から声がかかった。


風子「姫ちゃん、一人で大丈夫?」

姫子「うん、バランスも悪くないから大丈夫だよ。このまま船から降りるよ」

風子「おっけぃ」

姫子「わたしの分の手荷物お願いね」

風子「これくらい大丈夫だよ」

姫子「じゃあ、降りたら駐車場にいるから」

風子「うん。すぐ見つけるよ」

姫子「……」

風子「……」


姫子風子「「 それじゃ、後で 」」


二人の声が重なって、笑いあう。
とても気分がいい。

風子は別の出口に向かう。歩いて降りるためだ。
わたしはここ、車両甲板から降りる。

もう一人の相棒と共に。

あの人もここから降りたんだろうな。
一台のバイクと共に。
今のわたしと同じ気分なんだろうか、と想いを巡らせる。

48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/16(月) 20:58:21.86 ID:jhabFmV8o




ドッドッドッドッドッ

周りのバイクのエンジン音がわたしの胸に振動を与え、共鳴する。

驚いたことに他にもライダーがいた。
この人数は船のどこに居たのだろう。

ゆっくりと扉が降りていく。

外の景色が見えた。すぐそこは北の大地、北海道だ。
胸が高鳴る。

車が下りていくのを確認して、ヘルメットを被る。
そして、鍵を差込み、エンジンをかけた。


ドルルルルン

姫子「……」


いけない。気が急いで落ち着かない。
一番最初にこの船に乗ったから、降りる時は一番最後になる。
お預けを食らっているみたいだ、この感覚は。

あ、バイクが降りはじめた。

いよいよだ。いよいよ……。


姫子「……ふぅ」


一つだけゆっくりと息を吐く。

足を地面から離して、アクセルを少し回す。


ドルルルルル

姫子「……」


ゆっくりと、着実に進むわたし達。


排気ガスで充満した船内から外へと流れ出す。

船から降りると同時に長い船旅が終わったことを認識する。


新鮮な風が吹いている。

実感がまだ沸かないけど、ここは憧れた大地なんだ。



姫子「すぅ……」


深く空気を吸うことで体全体にそれを浸透させていく。




着いた。




49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/16(月) 21:00:29.62 ID:jhabFmV8o






――― 北海道 ―――




空は快晴。旅の始まりには最高のコンディション。

もう一度、息を吸い込む。


姫子「……すぅ」


忘れられそうに無いくらいの最高な気分――


「姫ちゃんさーん!!!」

姫子「ごほっ」


不意をつかれてむせてしまった。
人が気分に浸っているのに……。

広い場所へ移動し、バイクを止める。
ヘルメットを外しながら彼女の名を呼ぶ。


姫子「冬、久しぶり」

冬「お久しぶりですっ!」

姫子「……」

冬「おぉー、かっこいいですよー!」


髪をショートにして、活発な印象を与える女の子、斉藤冬。
一つ下で高校時代の後輩になる。わたしが所属していたソフト部のマネージャー。
卒業後、旭川の大学へ進学したので会うのは冬達の卒業式以来になる。

彼女も体が弱くて入退院を繰り返していた。言動が幼いのはこの子の個性。
でも、偶にわたしよりも達観した表情になることがある。


冬「どうかしたんですか?」

姫子「ううん。久しぶり、会いたかったよ」

冬「は、はい……私もです」

姫子「……」


少し恥ずかしそうにしている。1年で人はそんなに変わらないものなんだろうな。

友人との再会に早くも来てよかったと思う。


姫子「風子と会った?」

冬「はい」

姫子「どこ?」

冬「あっちで座ってますよ」

姫子「……」

冬「急ぎの用でもあるんですか?」


とりあえず予定はないから、急ぐ必要なはい。
風子は時間を気にしているんじゃなくて、時計を気にしている。

50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/16(月) 21:02:59.77 ID:jhabFmV8o




「あー、疲れたー」

「……」

「こんにちは。ようやく着きましたね~」

姫子「そうですね。長い船旅でした」

冬「……」

「それじゃ、ここでお別れですね。ごきげんよう~」

「じゃーねー」

「……」

姫子「そ、それじゃ」

冬「どちらさんですか?」

姫子「船で出会った人たちだよ」

風子「名前は聞いたの?」

姫子「長女の万葉さん、次女の栞さん、三女の沙夜さん」

風子「……そうなんだ」

冬「……」

姫子「移動しようか」

冬「そうですね。えっと、どうしましょう」

風子「本当にいいのかな?」

冬「はい。お母さんもそのつもりですから」

姫子「助かるよ」


冬達のお母さんの姉妹にあたる方が釧路で暮らしているらしい。

初日のこの時間ではキャンプ地を探すのも大変になる。
風子と相談した時はビジネスホテルか民宿にでも泊まろうという事になっていた。


冬「本当に来てくれたんですねぇ~」

風子「もちろん~」

姫子「……」


嬉しそうな冬に嬉しそうに返す風子。

冬達が参加するにあたって、初日はその家へ宿泊してはどうかとお母さんに勧められた。
わたしと風子は冬のご両親とも面識があるので甘えることにした。

テント用具はこのバイクに装備してあって、航海中に何度もチェックをしたんだけど、
明日まではそれらの用具は待機ということになる。

風子と二人で準備したから、大丈夫。


51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/16(月) 21:04:17.45 ID:jhabFmV8o




「おひさしぶりです」

姫子「お久しぶりです。今日はお世話になります」

風子「お世話になります」


冬のお母さんに二人で軽く挨拶を交わす。


母「姫子さんは後からついて来るということでいいのね?」

姫子「はい」

冬「お願いね、お母さん」

母「はいはい。さ、乗ってください風子さん」

風子「はい。あ、姫子さん」

姫子「?」

風子「ちゃんと付いて来てね」


風子が言う台詞じゃないでしょ。笑ってしまいそうだったけど。


姫子「それじゃ、後で」


―――――


風子「それじゃ、後で」


姫ちゃんと声を重ねて車に乗り込む。
助手席には誰も居ない。
冬ちゃんは後ろの座席に乗るんだね。姫ちゃんを観察するためだね、分かるよ。


母「荷物少ないですね、後で送ってもらうんですか?」

風子「いえ、これで全部です」

母「まぁ、女性の荷物にしては足りないと思いますが」

風子「かさばるのを避けました」

母「なるほどです」

風子「……」


ギュルルルルン

ガチャガチャ

エンジンをかけてサイドブレーキを下ろす。一連の動作が慣れていてカッコイイ。
マニュアルトランスミッションだ。

隣でシートベルトをしている冬ちゃんになんとなく違和感を感じる


冬「……」

風子「……」


目でなにかを訴えてるね。分かった、私もシートベルトしておくよ。

カチャ


母「では、しゅっぱ~つ」

52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/16(月) 21:06:24.00 ID:jhabFmV8o




北海道で一番最初に見る縦型の信号機にて一旦停止。
姫ちゃんはどうかな、と確認するために身を翻す。

いたいた、表情がヘルメットで分からないけど、ちょっと羨ましいな。
後ろに乗せてもらったことがあるけど、風を受ける感覚が気持ちが良かった。
ヘルメットは二つある。ここでも乗せてもらうつもり。


冬「……」


隣で冬ちゃんが姫ちゃんに手を振っている。
それを返す姫ちゃん。律儀だよね。

そうか、北海道をバイクで走るんだ、姫ちゃんは……。

いいな。



釧路を走る。

とても不思議な感覚を味わっていた。
知らない風景を、知らない場所を、知らない人たちが暮らしている街を私は眺めている。

隣町ではない、遠く遠く離れた街だからかな。

心がムズムズしてくる。



母「……」

ガチャガチャガチャ

ギアチェンジが様になっていて左手がカッコイイ。
私も一応免許を持っているけど、オートマチックの経験しかないんだよね。


冬「あ、そっか。姫ちゃんさんのためにも制限しているんだ」

風子「?」


冬ちゃんが独り言のようにつぶやいていた。

後方を確認すると、姫ちゃんの運転するバイクがいる。不思議な光景。


53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/16(月) 21:07:54.28 ID:jhabFmV8o




母「はい、到着でーす」

ガチャ


サイドブレーキを引いてお母さんは冬ちゃんに確認する。


母「ちょっとお買い物してくるから、準備よろしくね」

冬「うん。分かった」

風子「ありがとうございました」

母「いえいえ~」


お礼を言って車から降りる。ちょうど姫ちゃんも到着したみたい。


ドルルルルルル


姫子「ここでいいの?」

冬「はい。あ、先にガレージに入れてください」

姫子「?」

冬「お母さんが買い物に行くので」

姫子「そっか。うん」


エンジンを止めて、バイクから降りる。ヘルメットを外しながら一息をつく姫ちゃん。


姫子「……ふぅ」

風子「どうだった?」


トランクの荷物を降ろしながら尋ねる。


冬「よいしょっ」

姫子「うん。まずまず」


そんなこといいながらも口が緩んでいる。楽しかったんだね。


姫子「わたしも買いたい物があるので、乗っていってもいいですか?」

母「いいわよ~。それじゃ行きましょうか」

姫子「はい。あ、荷物お願いね風子」

風子「うん。任せて」

母「よいしょっとぉ」

冬「気をつけてくださいね」

姫子「?」


疑問符を頭に浮かべながら車に乗り込む姫ちゃん。なるほど、と納得する私。



ブォォオオオオオ



姫子「グッド・ラック」 5