33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/16(月) 20:09:37.17 ID:jhabFmV8o



リンスをかけておこう。
わたしに合わせて風子も同じくリンスをかけ始めた様子。


風子「……」ゴシゴシ

姫子「……」ゴシゴシ


わたしも体を洗いたいんだけど、風子が邪魔をしそうだな。

というか、絶対してくるから今は様子を見よう。


風子「……」

姫子「……」


ピチョン ピチョン


風子「…………」

姫子「…………」


どっちも動かない。よく分からない膠着状態が続く。
すると、背後から笑い声が聞こえてきた。


「クスクス」

「こら」

「だってぇ」

「……」


今のやりとりを見られていたみたいだ。
途端に恥ずかしくなってきた。顔が熱くなっていくのが分かる。


キュッ

ジャーー

風子「……」ゴシゴシ

姫子「……」


髪を洗い始める風子。

なるほど、終戦の合図だね。分かったよ。

と、気を許したと同時に手が伸びてきた!


キュッキュッキュッ

ジャーー

姫子「冷たっ、しつこいよ!」

風子「あはは」


笑ってるよ、なにがしたいのホントに……。
朝日を見に来たんじゃなかったの……?


姫子「……ハァ」

風子「……」ゴシゴシ

34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/16(月) 20:13:11.81 ID:jhabFmV8o




朝風呂ってこんなに疲れるものだったかな。

まぁ、いいや。暖かいお湯に浸かって朝日を眺めながら癒そう。


姫子「……」


脚から湯船に浸かっていくと徐々に温かさが体全体に広がっていく。
うん、いい湯加減。

わたしはそのまま腰を下ろす。
風子はそのままじゃぶじゃぶと窓際まで進んでいった。

窓が割合大きくなっているので、この位置からも外の景色が見える。
だけど、風子はもっと広く見たいんだと思う。

群青の空を白に染めていく太陽。
もう少し青を感じていたかったけど、しょうがないか。風子に付き合っていたせいだ。


「お姉さんたち、面白いですね」

姫子「はは……」


引きつってしまった。
高校生くらいの女の子、好奇心からか目がくりくりしていて可愛いと思った。


「すいません、突然失礼なことを」

姫子「いえ、気にしてませんから……」


隣で申し訳なさそうに謝る、この子の姉らしき人。

さっきのは子どもがよくやる、やられたらやりかえす、みたいなものだから恥ずかしい。

風子はわたし達を気にせずに外を眺めている。そんなに見惚れるくらい綺麗なんだろうか。
わたしも並んで朝日を浴びよう。風子はすでにヒカリを受けながらぼんやりしている。


「失礼ですがおいくつですか?」

姫子「あ、えっと、今年で21です」

「わぁ~、一緒だぁ~」

姫子「えっ!?」

「ん?」


びっくりしたぁ。てっきり4つか3つ下だと思っていたのに……。
それより、なにに驚いたのか不思議な顔をしているこの子になにか返さないと。


「お姉が割と若いもんだから驚いたんじゃない?」

「そうなんですか?」

姫子「……はい」

「よく言われます」

姫子「お姉……?」

「そう、この人の一つ下の妹なのアタシ」

姫子「……」


そうなんだ、逆だったんだ……。大きいリアクションしなくてよかった。

35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/16(月) 20:14:54.61 ID:jhabFmV8o




「で、あっちで静かにしているのがアタシの3つ上の姉」

姫子「……」


そういえば、この場にもう一人いたね。
体の向きを変えてそっちを見る。軽く会釈をされたから、つられて返す。
22歳の落ち着きには見えないな、この三姉妹には色々と驚かされる。


「お姉さん達はご旅行ですか?」

姫子「はい。これから北海道の道東を中心に見て回ろうと思っています」

「わぁ~、いいなぁ~」

姫子「……」


見た目だけじゃなくて、言動も幼く感じるな。

風子とは違う感覚。どっちかというと――


風子「姫子さん?」

姫子「ん?」

風子「……」

姫子「……」

「……?」


この人は? と目で問いかけている。紹介して欲しいみたいだ。

風子は呼び名を使い分ける。姫子さんと呼ぶときは社交辞令モードになったとき。
わざわざ使い分ける必要がわたしには分からないけど、本人は楽しいのかもしれない。


風子「……」

姫子「えっと……」

「?」

「ほら、お姉……朝日を拝みに来たんでしょ」

「うんうん」

姫子「……」


うなずきながら窓際へ移動する彼女。
名前を聞こうと思っていたところへ、遮らるように言葉が挟まれた。


「……」

姫子「……」

風子「……」


3人並んで静かになる。どうも空気がおかしくなったような気がする。
わたしだけかな。

36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/16(月) 20:18:12.68 ID:jhabFmV8o




「お姉は体が弱くて、入退院を繰り返していたんですよ。
 だから同年代より若く見られて、少し言動が幼稚なんですよね」

風子「……」

姫子「……」


そういう子とは接したことがあるから、なんとなく分かる。
これから会いに行く子がそうだった。だから、その子と感覚が似通っていたんだ。

この子が危惧している理由もなんとなく分かる。
それを理由に分け隔ててしまうことが嫌なんだろうな。

そう思って、同い年でありながら少し幼さを見せる子に近づいていく。


「……」

姫子「……」


見惚れている。
風子もこの子と同じ表情をしていたんだろうな。そう思うとなんだか可笑しい。


「キレイですね。イロノナイセカイ」

姫子「?」


どういう意味だろう。

夜は黒? 夕方は茜色? 昼は暖かい色? 色が無いってことは白?
白は色じゃない?


風子「太陽に反射した海が輝いているよ、光色」

「本当だ」

姫子「???」



わたしの隣に並んだ風子がイロノナイセカイに色を付けた。

その色を確認した彼女が笑っている。
イロを見つけたみたいでなんとなく嬉しい。

色の無い世界は寂しいと思ったから。



ガラガラッ

「おかあさーん、はやくー」

戸が開くと同時に女の子の声が響き渡る。


「ダメでしょ、大きい声をだしちゃ」

「だってぇ、おひさまが~!」

「はいはい、まずは体を洗ってからね~」


二人の親子がこの世界を支配したようだ。のんびりとした空気に包まれる。


37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/16(月) 20:20:01.20 ID:jhabFmV8o




「先にあがっているから」

「うん」


そう言って、長女さんは風呂場から出て行った。
それに応えた三女さんがこっちに、次女さんに向かって言葉を繋ぐ。


「アタシたちも出よう、お姉」

「うん。それでは」

姫子「……うん」

風子「……」


風子は軽く会釈をするだけだった。
わたしは視線を戻して、朝日に輝く海を見つめる。
光色なんて聞いたことなかった。


姫子「風子、光色って?」

風子「見たまんまだよ?」


分からないから聞いたのに……。



――…


グァングァン

コインランドリーを有効活用しておくと後々楽になる。と雑誌に書かれていた。

服を洗濯機に入れて待つこと20分。
節約を兼ねて風子と一緒に入れたのに、ここにはわたし一人。話し相手になって欲しかった。
ウォークマンか雑誌を持って来たらよかったな。手持ち無沙汰で時間を持て余している。


姫子「……ふぅ」


風子が何か持ってきてくれるのを期待していよう。


38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/16(月) 20:21:26.86 ID:jhabFmV8o




グァングァン

洗濯機から服を取り出して、そのまま乾燥機へ放り込んで回している。

結局風子は来なかった。まさか、一人で朝食を取っていたりしないだろうか。
さすがにそれはないか。
風子は基本的に意地悪だけど……って、


姫子「む……」


あそこに座っているのは風子なのかな?
いや、風子だ。なんでそこに座っているんだか……。



風子「……♪」

姫子「……」


視線を窓の外へ向けてわたしのウォークマンで音楽を聴いている。
一応、風子にも聴かせられるようにとクラシック音楽を入れていたけど、
こんな使い方をされるのは心外だなぁ。

背後に回って、そっとイヤホンを外す。


風子「!」

姫子「ここでなにをしてんの」


風子の肩が跳ねた。


風子「びっくりした……。のんびりと音楽を聴いていただけだよ」

姫子「一人で待っていたんだけど、話し相手くらい……」

風子「ごめんね」

姫子「謝って欲しいわけじゃないんだけどさ。
   風子、わたしがあそこでヒマを持て余していたこと気づいていたでしょ?」

風子「うん」

姫子「……」


しれっと頷く風子。脱力するわたし。

本当に意地悪だ、この子。
慣れてしまったから、特に嫌って訳じゃないけど……。


39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/16(月) 20:24:34.30 ID:jhabFmV8o




姫子「……」

風子「乾燥機に入れてどれくらい経つの?」

姫子「入れたばかりだから、あと20分くらいかな」

風子「20分後……」


そう言って、腕時計を確認している。

年季の入った腕時計。
時代には合わないらしいその時計を風子は大事にしている。
前に聞いた話では、亡くなった祖母が愛用していたとか。
その祖母も母から譲り受けた代物だとか。つまり風子の曾祖母から受け継がれた時計ということになる。

写真でしか知らない、その人からの贈り物。と少し切なそうに紹介してくれた。


風子「今、8時20分だから……、45分にレストランでいい?」

姫子「服を持っていってくれるの?」

風子「うん。それじゃ後でね」

姫子「……」


コインランドリーへ歩いていく風子。わたしのウォークマンを手にして。


姫子「別に、いいけどさ……」


時間の使い方を考えてみる。

特に思いつかないので、客室へ戻ろうと決めた。
その前に、コインロッカーから貴重品をまとめた鞄をとってこなくては。



客室へ辿り着く。歩いて見た限りでは乗客はそんなにいないみたいだった。この季節だから当然かな。
自分のベッドへ上り、荷物から携帯ゲーム機を取り出し、起動しようとしてやめる。
ゲームをしていたら20分なんてすぐ過ぎてしまう。そんな短時間ではろくに進まないから、別のことをしよう。


姫子「……」


ケータイの着信ランプが点滅している。
メールだろうと思って、開いてみる。2件のメールが届いていた。

『 行ってらっしゃい。
  気をつけてね。 』

和からだった。
しっかりしているようで、どこか抜けている彼女、真鍋和。
卒業してからも半年に一度の頻度で会っていた。
4ヶ月前にこの旅の話をしていたけど、


姫子「覚えていたんだ……」


気にかけてくれるのは嬉しい。

もう一件は風子だった。


『 ウォークマン借りるね。 』


時刻は30分前。
一応断りの連絡は入れていたみたいだ。これは事後承諾になるのかな。
というか、ここに置きっぱなしだったんだ。風子が気づいてくれて良かったのかもしれない。


40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/16(月) 20:28:23.04 ID:jhabFmV8o



姫子「……」


横になって天井をみつめる。

憧れていた大地へ航路は進んでいるのに、なぜか落ち着いている。
昨日、汽笛の音を聞いた時は柄にもなく気持ちが弾んだのに。
見送る彼女に手を振っている時、自分の心は期待に満ち溢れていたのに。

この静けさはなんだろう。
物思いに耽っていると、まぶたが重くなっていくのに気づく。


姫子「……!」


いけない……、眠ってしまう。
体を起こして窓を通して外を眺める。波打っている海が見えた。

イロノナイセカイ

その世界に迷いもなく色を付けた風子。
わたしは何色を付けることができるんだろう。

そんなことを考えながらベッドから降りる。


姫子「おっと……」


貴重品の入った鞄を置いていくところだった。
貸切状態といっても、貴重品をまた置き忘れるのはわたしの失態に違いは無い。

ちゃんと管理をしなければいけない。気を引き締めていかなくてはいけない。


姫子「気をつけよう」



船内を歩いて時間を過ごしているうちに約束の時間になっていた。

レストランの入り口へ辿り着く。

風子は居ない。
中を覗いてみても、それらしき人物は居ない。あの三姉妹も見当たらない。


ポケットからケータイを取り出して時間をみる。
8時50分。

窓に向けて備え付けられた椅子があるので座って待つことにする。

風子は時間を決めた約束には厳しいから、本人が遅れるのは珍しいと思った。
待つことにはいいらしい。待たせることが嫌だと。

水平線を眺めていると後ろから声が掛かる。


風子「ごめんね、姫ちゃん」

姫子「……来たね。行こうか」

風子「……」

姫子「……」


申し訳なさそうにしている風子。
5分くらいの遅れでは怒ったりしないのにね。


姫子「服、預かっててくれているんでしょ? ありがと」

風子「……うん」


なにを食べようかな。

42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/16(月) 20:39:02.10 ID:jhabFmV8o




朝ごはんを軽く済ませ、後は甲板でのんびり過ごすことにした。


時間は10時前、外へ出ると同時に太陽の眩しさに目が眩む。

風子は時間を気にしている。


―――――


今の時間は……あ、また止まってる。

お祖母ちゃんから譲り受けた腕時計。
今までは何事も無く時を刻んでいたのに、昨日から調子が悪い。
ネジを巻いているのに止まるってことはもう、時間が無いのかな……。


姫子「風子?」

風子「?」

姫子「どうしたの」

風子「ううん、なんでもないよ」


長年動いていた時計だから、その時が来たんじゃないかと胸をよぎった。
それを悟られまいと、姫ちゃんの言葉を自然に返す。




――リン。




風子「……!」

姫子「ね、船首まで行ってみようよ」

風子「う、うん……」

姫子「やっぱり船旅は長いね」


そう言って歩き出す姫ちゃん。
聞こえなかったみたい、あの鈴の音が。3度目の……、違う、4度目の鈴の音が。



姫子「夕方には着くんだよね」

風子「うん、あと6時間くらいかな」

姫子「そっか……」

風子「……」


私を吹き抜ける少しだけ肌寒く感じる風。
太陽の日差しはまだ弱くて、これから徐々に力を発揮するといったところかな。


43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/16(月) 20:43:54.37 ID:jhabFmV8o




潮の香りが心地いい。
この船が進む海の先に大陸があって、そこで私たちの友人達が待っているんだよね。
いやが上にも期待は高まっていく。


風子「……」

姫子「んー……!」


体を伸ばす姫ちゃん。

あと6時間かぁ……、空を仰ぎながら想いを馳せる。
今までのこと、これからのこと、卒業してから身に着け始めた腕時計のこと。

視線を下ろすと、姫ちゃんがどこかに視線を送っていた。


姫子「……」

風子「……」


あの人は……。誰だっけ。


風子「知り合い?」

姫子「ほら、朝に風呂場で出会った三姉妹の長女さんだよ」

風子「……」

姫子「一人で遠くを見てる……」


誰が次女で三女なのかは分からないけど。
あの、人を寄せ付けない雰囲気を纏った人が長女さんなんだね。

時間はまだあるから。これからどうしようかな。



――…



私と姫ちゃんの二人は昨日と同じようにデッキチェアにもたれて寝ていた。
起きた時には3時間も過ぎていたよ。朝早かったからしょうがないよね。


風子「……あれ」

姫子「……」ジャカジャカ

風子「動いてる……」

姫子「……」ジャカジャカ


音楽を聴きながら目を瞑って寝ている姫ちゃんは置いておいて。

止まっていた腕時計が今は再び時を刻んでいる。
ポケットから携帯電話を取り出して誤差を確認する。1時間と20分の時間がズレていた。


姫子「グッド・ラック」 4

最終更新:2012年10月02日 02:39