唯「今日、鳥取でムギが唯と殴りあいをして永遠の愛を誓った」



丑三つ時をとっくに過ぎた頃。
当然の如く鳥取砂丘は闇に包まれていた。


ムギと唯は鳥取に旅行へ来ていた。
そこまでは良かった。
しかしセーブ役のいない二人きりの旅行で欲望のレベルが上がり、
ちょっとやそっとじゃ満たせなくなって気が付いたら夜の砂丘に迷い込んでしまう。


唯「はぁ……寒いよ……」


唯が震えるのも無理はない。
今日3月25日の現在の気温は4度。
旅行の為にこしらえた春コートでは砂丘の風は寒風は防ぎきれなかった。


唯「もう歩けないよ」

紬「唯ちゃんこんな所で寝たら大変な事になっちゃう」

唯「でも前すら見えないんだよ……こんなんでどうするのさ」

紬「それは……でも」


砂丘で遭難した時の対処法などカシマシ高校生が知る由もなく、二人は途方に暮れていた。


唯「あー! だれだー砂丘に来たいって言い出したのはー!」


砂丘へ行く事は旅行前に二人で決めた事だ。
しかし唯が場を和ませようとして発したこの言葉が発端となってしまった。


紬「……ごめんなさい。でも唯ちゃんだって砂丘に行きたいって言ったじゃない」


ムギはこの状況下で冗談を真に受けてしまう。
が、唯はそれに気付けなかった。
暗闇で表情も見えなければ強い風で声も霞んでしまう。
仕方がなかった。


唯「んもームギちゃんのせいだぞっ♪」

紬「唯ちゃんだって来たいって言ったでしょう!?」

唯「ふえっ!?」

紬「今日ここに来る前だって予定にない所見に行きたいって言ったの唯ちゃんじゃない!!」

唯「そ、それは……」


初めて怒りを露わにする紬。
それに動揺した唯は上手く受け答えが出来ずにいた。

どんな時でも友達を怒鳴ったりする事のない紬だったが、
遭難と極寒と暗闇の恐怖で心が限界だったのだ。
加えてこの状況では相手の心も読めない。


唯「でもムギちゃんも行きたいって言ってたし……」

紬「どうしてこんな事になっちゃたのよ!? もういやぁ!」

唯「落ち着いてよムギちゃん!」


ムギは繋いでいた手を振りほどいて尚も起こった。
唯が憎いわけではなかったが、極度のストレスで自制が効かない。


唯「ダメだよムギちゃんっ!」

紬「いやっ! 放してっ!」


そう言って乱暴に腕を振るい、そして……

切れた唇は闇にまぎれ、音は強風にかき消された。
ただ、衝撃だけはムギの腕に伝わった。


紬「あ……」


唯ちゃんのどこかを殴ってしまった。
それに気付いて理性を取り戻した時、
腹部に強い衝撃が襲う。


紬「ごふぉっ!?」


砂の山に倒れ込んだ時、それが唯の腹パンだという事を鈍痛で理解した。
あの唯ちゃんが腹パン? それもこの暗闇の中で正確に?
紬は激しく混乱したが、暗闇でも正確な攻撃が可能と分かるや否やすぐに体勢を立て直した。
砂丘に長時間いたせいで体中が砂だらけだったり、お腹が空いたり、疲れたりしていたが、
今は何より疲れて足が重い事を恨んだ。
これでは攻撃を避ける事が出来ない。


紬「くっ……」


見えない恐怖は唯がたまたま追い風に乗ってたまたま腹パンした事を気付かせてくれない。


唯「……」


唯は奇妙な感覚に包まれていた。
アクシデントとは言えムギを腹パンしたというのに、何処か気持ちがすっきりしているのである。
元はと言えば自分が原因を作ったのに。
そう思ってはいたが、流石の唯もこの過酷な環境に体も心も悲鳴を上げていた。
こんな時に怒鳴られては唯でも心をかき乱される。
そして頭に浮かんだのは今までムギと過ごしてきた日々。
……の中で自分でも気付かないような些細な苛立ちだった。
それが積み重なってしまい、風に後押しされ、ムギの腹に指の第一関節が振れた時、
唯の心が怒りに支配されてしまった。
渾身の力を込めて拳を数センチ突き出した。


寸勁。
発勁の技法の一つである。


平たく言えばあったまってしまった二人は、格ゲーで連コするかのごとく殴り合いを始めた。
相手が見えなければ距離を限界まで詰めればいい。
手さぐりで相手を探しあい、ようやく見つけた手を力強く握った。
残った片腕で恐らく顔があるであろう場所に拳を突き出す。
三回に一回は手応えがある。
自分の一撃が相手の骨に響く感触。
それだけを頼りに砂丘デスマッチは続いた。

双方が痺れを切らして掴み合っていた手を離して両手で殴り掛かった。
激しい攻撃の末、片方のフックが顎を砕き、そのまま砂丘の山を転がってしまう。
フックを放った方もよろけて砂丘の山を別方向に転がった。


紬「げはっ……はあっ……あ、が、ペッ!」


紬は体力を根こそぎ使ってしまったが、
そのおかげで怒りは綺麗に無くなっていた。
多少の満足感に浸りながら、初めての殴り合いで味わった鉛の風味を心に刻んだ。

クールダウンするにつれて段々今の状況を思い出してきた。
幸い気温は4温度なので冷静になるのに時間はかからなかった。
寒い、暗い、怖い。
ふりだしに戻ったが、大事なものが足りない。


紬「……唯ちゃん? ねえ、唯ちゃんどこ?」

紬「ゆいちゃん! 返事して! 唯ッちゃん!」


歩けば足は埋もれ、声をあげれば砂を噛む。
月と星以外何もない世界で尚、紬は諦めない。

初めて本気で唯とぶつかった事で、紬にもあった些細な苛立ちや思いを出し切った。
全てをぶつけて、最後の最後まで立ち向かって来た彼女も、自分に対する不満をぶつけていただろう。
そうして全てを出し切った私は今、心の底から唯ちゃんを欲している。
本当の心の奥底を見せ合った彼女に、紬は今までにない想いを――


紬「お願いっ! 私に今までの事を謝らせて! それから、私の気持ちを聞いて欲しいのっ!!」

紬「唯ちゃん! ねえ! ゆいちゃあああん!!」





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紬「ゆいちゃぁん……いういちゃああああん……!」■■■■■■■■■■■■■■■■■■
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暗いよ■■何も見えないよ■■怖い■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
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紬「げほっ……ゆ、いちゃ……ごほっ! ゆ゛いちゃあああん!」■■■■■■■■■■■■■
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紬「ゆ……い……」■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
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歌声も途絶え■■月は薄れ始め■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
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砂丘にはもう誰も……■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
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■■■■■■■■■■■■■■■■ムギ■■■■ちゃん■■■■■■■■■■■■■■
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紬「ゆい……ちゃん?」

紬「どこ!? どこにいるのっ!?」

■■■■ここだよ……■■■■■■■■ムギちゃん■■■■■■■■■■■■■■■■■

紬「ゆいちゃん! ゆいちゃああああん!」

  「……ム……ちゃん」

紬「唯ちゃん! ごめんねっ! 私がどうかしてたのっ! 謝るからっ!」

  「私こそ……ごめんね……でもムギちゃんの気持ち……伝わったから……!」

紬「私もっ! 唯ちゃんの気持ち伝わった! だけど……それでも言いたい事があるのっ!」

  「私もだよ……ムギちゃん……!! ムギちゃん!!!」

紬「唯ちゃん! ゆいちゃん!!!」



紬「唯ちゃん……!!」

唯「ムギちゃん……!!」


お互いの声を捉えて一直線に突き進む二人。
闇に覆われても、前が見えなくても、
山を越えれば二人を遮るものはない。
ここは鳥取の、砂丘なのだから。


紬「あっ……!! 唯ちゃん!?」

唯「ムギちゃん……ムギちゃん!!」


手と手が触れ合う。
今度は憎しみではなく、相手を思い遣る感情が流れ流されてゆく。


紬「私ね、唯ちゃんの事が好き! これを言うまで死ねないって思った!」

唯「私もだよ! 拳で私のダメな所を全部語ってくれた!
  私の事を全部曝け出しても、それでも私を求めてくれた!」

紬「唯ちゃん……!」

唯「ムギちゃん……!」

紬「もう離さないから……いつまでも……愛してるよ」

唯「私も……愛してる」


月に照らされ、目を閉じて、そっと絡まる。

今日の鳥取は曇りのち雪。

砂の上に溶けた雪が降り積もる。


END