互いに相手を傷つけあう、
スラエータオナを持つ紬とアジダハーカ。
唯はそれを力なく見つめる。
タローマティ『安心するがいい…ダエーワの主が勝ち…
お前を…我らと同じ…ダエーワの一柱と…してくださる…』
唯は何も答えない。
そのとき、不思議な音色が響いてくる。
mazdayast~Angrayast~♪
唯『ギターみたいな音と…この歌声…』
唯『澪ちゃん!!』
唯が叫ぶ。
アーリマンと紬が争うその真下で、澪が歌を歌っている。
手には、琵琶のようなシタールのような形をした楽器。
色や模様ははネルガルの鎧によく似ている。
澪『puthra…zur~van…vispa~♪』
手馴れた手つきで、弦楽器のようなものを弾き鳴らす澪。
すると、争っていたヤザダやダエーワが動きを止め始める。
瞳を閉じて、ぴくりとも動かなくなっていく。
アムシャスプンタやドゥルジたちも同様である。
動きがどんどん鈍くなってゆく。
スプンタ・マンユ『この…うたは……』
アーリマン『父母の…胎に…おったころの…』
スプンタマンユ『胎の…波音の…ごとく…』
唯『どういうことなの!?』
唯は、タローマティに尋ねたが、タローマティも、
そしてアールマティも、空中に静止したまま、ぴくりとも動かない。
澪『dushma~taca…duzhuxtaca duzhvarsh~taca~♪』
スプンタマンユ『永劫の…父の…うた…』
アーリマン『くぅ…眠りにつけと…ユイ…おまえの…』
紬も瞳を閉じ、空中で静止したまま。
アーリマンは続ける。
アーリマン『フラワシが…何度か巡ったとき…また…』
そして、アーリマンもスプンタ・マンユも活動を停止した。
同時に、急速に地上へと落下する紬。
澪『あっムギっ!!ネルガル頼むっ』
そう澪が叫ぶと、澪の持っていた楽器の模様が剥げるように別たれ、
戦士の姿をとると、間一髪で紬を受け止める。
澪『よかった…』
澪の持っていた楽器は、いつの間にかベースの形になっている。
澪は紬を抱えているネルガルのもとに駆け寄る。
紬は、アナーヒターと合一する前の、人間の姿に戻っている。
目は閉じたままだ。
澪「ムギ…」
ネルガル『案ずるな…疲れきって、意識を放しているだけだ。』
ネルガルはそう答える。
唯「澪ちゃん!どういうことなの!?」
唯も駆け寄ってくる。
澪「『ズルワーンの子守唄』を歌っただけだ。」
唯「ズルワーンの子守唄…」
澪「ダエーワの主と…アフラの王のための子守唄…」
澪「ミスラに教えていただいたんだ。
ズルワーンの胎内にいるころ、二柱が聞いていた歌があるって。
胎のさざなみを曲にしてさ。」
唯「そうなんだ…」
そういうと唯は、周囲を、
視界に入るだけの、タマーヴァンドの裾野に広がる草原を見渡す。
ヤザダもダエーワも、アーリマンもスプンタマンユも静止している。
おそらく、どこかで、アフラマズダーもであろう。
唯「ダエーワの…主…」
唯は哀しそうな顔をして、眠りについたアーリマンを見つめる。
澪は、唯がどのような思いを抱えているのかわからない。
澪は、ネルガルに言う。
澪「ネルガル、私たちを元の場所にお願いします。」
ネルガル『心得た。』
澪「あと、私たち三人と、律たちや、少しでも関係した人たちの記憶から
今回のことに関することを、全て消してください。
できれば仏像と石像も元の場所に…」
唯「えっ…」
ネルガル「よいのか?」
澪「唯。」
唯は再びアーリマンを見つめる。
唯「…」
唯は答えない。
澪「ゆい、今回のことは忘れたほうが良いんだ。」
唯「…」
澪「死んだときに、唯が望むなら、唯が望んだようにすればいい。
でも、今は、私たちは人間だから。」
澪はミスラの言葉を思い出す。
本当のところは、人間が死んだら、どうなるのかはわからない。
魂となるのか、ミスラの言うとおり無限回、生を繰り返すのか。
唯「わかった…よ…」
唯は俯いたまま、そう答える。
澪は、紬を肩に担ぐと、ネルガルに向き合う。
澪「ネルガル、ミスラに、ありがとうございましたと、
伝えて下い。」
ネルガル『承知した。しかし、ミスラは仰られるだろう。
今回の結果をもたらしたのは、お前が決めたからだと。』
澪「…////」
すこし照れる澪。
澪「じゃあ、お願いします、唯。」
唯「うん…」
唯は、アーリマンから目をそらすと、ぐっと瞳を閉じる。
目尻がかすかに微かに珠がつく。
ネルガル『では、参るとしよう。』
もし、私が死んだとき…そのとき…私がのぞむなら…
最終更新:2012年09月23日 00:29