明日香村に向かうリムジンの中。


律「澪!どうしたんだよ!?」

澪「…」


澪は答えない。

斎藤は、紬が消えたことに強く責任を感じ、
ハンドルをきつく握り締め、目的地へ急ぐ。
カーブの曲がりにくさがもどかしい。

澪は思案していた。
あせっていることが傍目にもわかる。


澪(ムギが大王の祠堂を継ぐのなら…邪神に愛されてるのは…)


澪は、この、ゾロアスター教にかかわる顛末の大元を思いやる。


澪(唯があの聖典を手に入れてから…)


澪は、唯が発した言葉を思い出す。


澪(唯は…ザラシュストラが間違っているって…)

澪(ザラシュストラは、アフラマズダーの僕…)

澪(ザラシュストラが間違っているのなら、正しいのは…)


澪は思い至る。


澪(唯が…アーリマンに愛されている!?)

澪(なんで…でも…聡がおかしくなったことと関係があるって、ミスラが…)

澪(今、唯をムギの前につれていったら…いったい…)

澪(わからない!わからないよっ!!)




紬は、別荘に到着すると、管理人を急かして、
大きめのハンマーと斧、懐中電灯を用意させ、
再びタクシーで古墳に向かった。


古墳の横、すり鉢状の奇石の前に立つ紬。
片手にハンマーを持ち、足元に斧を置いている。

紬の周辺には、奇石を取り囲むようにしている仏像と猿石。
紬は瞼をそっと閉じ、そのまま十秒ほど、何かを念じるように眉間に皺を寄る。
そして、目を見開くと同時に、両手で持ったハンマーを奇石に向かって振り下ろした。
奇石はびくともしない。
紬は何度も何度も振り下ろす。
暗いため目視できないが、少しずつ、奇石の亀裂が深くなっていく。

最後の一撃のあとの、ズシンっという手ごたえとともに、
奇石はいくつかに破砕される。
懐中電灯を使って、奇石の破片を照らす紬。

破片をぬって、狭く空いている人工的な隙間が見える。
ハンマーで隙間を広げていく。紬の目の前に、ほとんど露わになったとき
その空間のなかには、油紙で包まれた細長い何かがあった。
油紙をも破るかの勢いで、紬は中身を取り出す。

中から現れたのは細長い鍵。
懐中電灯の明かりを反射し、淡い金銅色の輝きを放っている。
鍵には『枝』のような、ごく短い引っ掛かりが、
均等に三箇所にわたって生えている。
大きさは、錠の横長より若干短い。

紬は、懐中電灯で照らしながら、
錠の鍵穴に、細長い鍵を進入させる。
鍵が奥にまで届く感触がする。
そのまま錠の中で回転させる。
カチッ、という軽快な金属音とともに、鍵は錠の中で回転した。



その瞬間、錠から、まばゆい…
あまりにもまばゆい光が放たれる…


眩しさに耐え切れずに、数十秒ほどきつく瞼を閉じたあと、
紬はゆっくりと目を開けた。

目前には、円に翅が生えたような物体が、
全身から光を放って空中に静止していた。
あまりにもまばゆいのために、辛うじて見ることができるぐらいだ。

その物体は、錠に描かれていたものと
ほぼ同じかたちをしているように思われる。

少しの沈黙のあと、物体から、男性とも女性ともつかぬ
低音と高温をあわせた様な、尊厳さを漂わせる声が響いてきた。


『今ここに、祠堂の扉は放たれました。』


紬は、眩しさをこらえながら問う。


紬「あなたは…誰なんですか!?」


まばゆく輝く物体は、こう答えた。


『私はスプンタ・マンユ、アフラマズダーの分け身。
 そして、アフラマズダーの光です。』

紬「スプンタ・マンユ…アフラマズダー…」

『アフラマズダーは、良き因を司る、101の御名をもつもの。
 アフラの王、全てを治めるもの。私はその光。』

紬「なんで、なんでこんなことをするんですか!?
  かってに…仏像を動かして…」

『ヤザダの象りは、祠堂を継ぐ者を
 言祝(ことほ)ぎに参ったのです。』

『かつて、スピタマ家の者たちが、
 ザラシュストラの出生を言祝んだように。』

『〈言祝ぐ〉なんと良き言葉でしょう。
 あなたの家の名の由来でもある…』

『ザラシュストラと同じように、
 はるか昔のアーリアの王および女王のように、
 あなた自身が言祝がれる者なのです。』

紬「おっしゃっている意味が…よくわかりません…」

『あなたも見た筈です、おぞましい色と臭い持つダエーワを。
 あなたの友の一人をその背から唆し、淫らな思いを遂げさせようとした…』

紬「聡君の背中の…黒いボールみたいな…」

『そのとおりです。そしてかのダエーワは、
 アンラ・マンユの僕です。』

紬「アンラマンユ…アーリマン…」

『その名でも呼ばれています。
 そして、あなたの友の一人は、アンラ・マンユを魅了しました。』

『アンラ・マンユは、その娘を、その娘のフラワシ(魂)を
 己のものにしようとしています。』

『そしてあなたは、あなたの父母と同じほどに、友を愛する人。』

『そして、アンラ・マンユとその配下は打ち滅ぼされ
 ゲーティーグからメーノーグは解き放たれねばなりません。』

紬「それは唯ちゃんですか!それとも…
  りっちゃん、澪ちゃん…!?誰を…」


『それならば、ほら、その娘が来たようです。』


紬の目前には、唯たちの姿。


澪「ムギッ!!」

律「なんだ…あれ…」

唯「すぷんた・まんゆ!」


唯はそう叫ぶ。


『ツムギよ、見なさい。
 臆見の悪霊、タローマティを背負う、あれなる娘です。』


スプンタ・マンユの輝きが一層強くなった。
その瞬間、唯が背負うギータの内から『眼』が飛び出る。

タローマティは『眼』から人型の影へと形を変える。
大きさは唯の身長と同じくらい。

ローブをまとい、顔の半分をフードで覆っているように見える。
ギータから生えるように唯の頭上に浮かび、
一言も発せず、ただスプンタ・マンユの方を向いたまま。


『アナーヒターよ、来なさい。』


スプンタ・マンユがそういうと、スプンタ・マンユの日輪の部分から
小さな球状の物体が現れてくる。

小さな物体は、青みがかり透き通った、エメラルドグリーンをしている。
スプンタ・マンユの発する光と、己が発する輝きのために、
まるで強い光を当てられた宝石のよう。


アナーヒターと呼ばれた球体は、紬の傍らで静止する。
そして、ゆっくりと人のかたちを取り始めた。

球体だったときと同じ、青みがかり透き通ったエメラルドグリーン、
汚濁のまったくない、透明度がきわめて高い湖水のよう。

フードのないローブのようなものを身にまとい、紬と対している。
紬は、その顔かたちを窺うことができた。


紬「わ…たし?」


息を呑む紬。

身に着けているものこそ違うが、顔の作りから眉の太さまで
紬と生き写しであった。


『アナーヒターは、ペルシア大王家の守護女神でもありました。
 あなたによく似た顔かたちなのも、また当然でしょう。』


アナーヒターは黙ったまま、やさしく紬に微笑みかける。


『あなたは、ダエーワを魅了した、あの娘を救いたいですか?』

紬「…」


紬は、唯と、その背後のタローマティの姿に目を移す。


『アナーヒターを受け入れなさい、あなたのうちに。』

『我らとともに、ダエーワどもをタマーヴァンド山のくびきに。』

紬「タマーヴァンド山…?」

『天と地、メーノーグとゲーテーグ、の境。世界の中心。
 アフラマズダーとアンラ・マンユの境です。』

『幾度となく、ヤザダとダエーワの戦いの場となったところ。』


このやりとりを見やりながら、タローマティは思った。
ヤザダどももまた、我らと変わらずに狡猾、と。

しかし、タローマティの口端は少しばかりあがっている。
再びまた、合間見えることができるのだから。
永きに渡って相争ってきた、豊穣と信仰の守護女神、アールマティと。



唯は、紬が視線を自分に向けたことに気づく。


唯「ムギちゃんだめっ!!」


唯は、起ころうとしていることを直感し、紬にそう叫ぶ。

紬は再びアナーヒターに向き直ると、一度、頭を縦に振った。

すると、アナーヒターは微笑んだまま紬にゆっくりと近づいていき、
紬とアナーヒターの体は交わるように一つになっていく。


澪「どういう…こと…」


澪は眼前の光景を理解できないでいる。
律たちもまた同様にだ。


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