時刻は5時を少し過ぎたあたりであった。
琴吹家のリムジンは飛鳥盆地を南に下る。
車内では、おしゃべりするもの、風景を楽しむもの、たそがれるもの、
と、各々、悠々とした時間を過ごしていた。

夏場のこの時刻は夕昏がそろそろ降り始める時刻である。
紬は、ふと、いま通っている車道の風景を思い出す。
先祖の墓、『烏飼の臣』の墳墓のすこし手前だ。

紬は、通りかかったついでに、皆を墳墓に案内することにした。
ゾロアスター教が大好きな唯ならば、
少ない可能性だとしても、あの程度のものであれば、喜んでくれるだろうと思って。


墳墓は林に囲まれた、周辺の道からは視認しにくい場所にある。
斉藤は、墳墓の入り口に車を止めると、鍵のかからない門柵を開け、
一行を墓域へと誘導する。


澪「あれが、ムギのご先祖さまの…?」

紬「皇族方や大豪族の古墳に比べたら、ほんとうに小さなものだから…」

和(さすがね…千年以上前のご先祖様の話題でも謙遜するのね。)

唯「ねえ!?てっ辺に上がってもいい!?」

梓「先輩っ!それって死者に対する冒涜じゃ…」

紬「いいのよ、あずさちゃん。観光地にある古墳なんてほとんど、
  上に登れるようになってるでしょう?」

梓「はぁ…」

紬「そのまえに、みんなに、特に唯ちゃんに見てもらいたいものがあるの。」



そして紬は一行を、墳墓横、すり鉢形の奇石近くに案内する。
再び足取りを向ける一行。
しかし、十数歩ほど進んで、木々等の遮蔽物から、
奇石の姿が露わになったとき、一行は、歩みと、そして思考を止めた。


紬の目が、驚きと、得体の知れないモノへの恐怖によって、見開かれる。
奇石の周辺を半円形に囲むようにして、
十数体の仏像や猿石が佇んでいたからである。

夕闇は少しずつ、古墳の影と黄昏の色を、『諸仏の象り』に投げかけていた。


紬は、重力に逆らって全身の鳥肌が立ち上がるのを感じた。
いったいこれはなんなのだろうか??


律「これって…え、なんだよ…なんなんだ…よ…」

和「これは、もしかしなくても…」


和は、そう言った。皆既日食の日以来続いていた仏像の盗難事件。
そして、紬のご先祖の墓の近くに多数の仏像と猿石。


澪「いったいだれが…」


澪の頭をある直感がよぎる。
ミスラの言っていた…


唯は少し近づいて、仏像と石造を眺めた。
仏像は、観音菩薩、弁天、日天、火天…
石造はすべて、『ヤザダ』を象ったものであった。

唯の頭を疑問が駆け巡る。


唯(ダエーワの主が?でも、仏像も石造もみなヤザダだ。)


観音菩薩と弁天はアナーヒターと、
日天はフヴァレ・クシャエータと、火天はアータルと同源である。


唯(どういうこと?)


唯の背後で、ギータの内に住まうタローマティは、はじめて『眼』を閉じていた。
そして、その『眼』を開こうとしなかった。
タローマティが何を思っているのかは分からない。


紬「え、ど、どうすれば…」


珍しく取り乱す紬

和「とりあえず、まずは警察よ。」


そのときである。

斎藤の携帯電話のバイブレーターが鳴る。
電話に応答する斎藤。


斎藤の通話の様子により、相手は紬の父親と思われ、
しかも、何やら込み入った事情があるよう。。
一分ほど会話をし、電話を切る斎藤。

紬に伝えるべきか少し思案した後、
紬の傍に寄り、耳打ちをする。


斎藤(お嬢様、だんな様からお電話が…。○○市の琴吹博物館が
   盗品流通に加担した容疑で家宅捜査を受けていると…)


紬は、一昨日に訪れた博物館を思い出す。


斎藤(同博物館の倉庫の中で、十数体の仏像が発見されました…)




渋る斎藤を急かさせ博物館まで急行させる。
皆を別荘に送る時間すら惜しかった。
唯達を乗せたリムジンは法定速度ギリギリで目的地へと進む。

博物館の前に着くと、紬と斎藤を先頭にして、
正門前で立番中の警察官に事情を話し、内部に通してもらう。

倉庫の中では、実況見分が以前進行中であり、
館長や所属学芸員の姿があった。そのすぐ傍で立ち会っていた。


紬「館長さん!」

館長「お嬢さん…」

捜査官「こちらは?」


訝しげに、指揮をとっている捜査官が問う。
館長は紬の素性を捜査官に説明する。


捜査官「会長のご令嬢とはいえ、現在この博物館はもとより、
    それ以上広く嫌疑をかけざるをえない状況です。
    捜査の障害にならないようお願いします。」


丁寧な口調だが、少々の威圧感をもって紬に注意を促す。
紬たちは少し離れた場所から、捜査の進捗を見守ることにした。
倉庫の広さは、バスケットボールコート一つ、30m×15mぐらい。

縦長の部屋に垂直な形で、棚が何列か並んでいる。
仏像は、その一角、倉庫の入り口から右側に向かってやや奥に、
ギチギチと詰められるような形でおかれている。やはり半円に近い形に。

紬は半円に佇む仏像の中心に目を移す。
そこの部分の棚は、金属製で二段にわかれている。

下の部分には、みかん箱くらいの箱、
白色で仏具等を梱包するときに使うようなものが二つおかれている。

上の段にはやはり、下の段にあった箱と同種のものが一つ、
そして、もう一つ、煎餅箱ぐらいの大きさの箱がある。

紬はすぐに、その箱の中にに入っているものを思い出した。
あの、奇妙な形の『錠』、『大王の祠堂』の錠だ。

紬は呟く。


紬「大王の…祠堂の…」


それは澪の耳に届く。


澪「!!」


澪は思い出す。


澪(ミスラがおっしゃった…大王の祠堂…)

澪(大王の祠堂を継ぐもの…アナーヒターの守護を受ける娘…)

澪(ムギが!?)

澪(でも、あれは白昼夢…じゃなくて幻じゃ…)


澪の頭は混乱し始める。


斎藤「お嬢様、ここにいらしましても…」

紬「ごめんなさい、もう少し…」


紬の眼差しは、仏像が描く半円の中心を見つめて動かない。

捜査の邪魔になるだろうからと、さわ子が促して、
唯たちは博物館のロビーに引っ込む。

紬は斎藤も下がらせ、倉庫の片隅で実況見分を見守る。
そして、何かを決意したような表情をみせる紬。

そして紬が倉庫に入ってから三十分が過ぎたとき、
捜査員たちが仏像の押収をはじめた。

最後の一体が運び出されるまでに、さらに二十分、
館長は、捜査指揮者の後に続いて倉庫の入り口近くまで進み、
『大王の祠堂』の錠がある棚は死角になる。

紬は、棚に近寄り、錠の入った箱の蓋を音を立てぬように開け、
和紙を静かに剥ぎ、布に包まれた錠を手に取る。
そして、それを後ろ手に持ちかえる。

胸の中で呟く紬。


(館長さん、お父さん、斎藤、ごめんなさい…)


錠の入っていた箱がもとのまま、元の場所に置かれていることを
もう一度確認する紬。

そして、布に包まれた錠を後ろ手に持ったまま、ゆっくりと入り口に近づき、
捜査員たちや、彼らと話し込んでいる館長をやり過ごす。

紬は、唯達のところに戻ると、トイレに行く胸を伝えて、
そのまま館外に出、携帯電話でタクシーを呼び出す。

紬の表情は一層、思いつめたものになる。




五分ほどでタクシーが到着する。


運転手「えっと、琴吹さん?」

紬「はい!行き先は…」

紬「…にお願いします。なるべく至急!」


紬は、運転手に明日香村の別荘の住所を伝えた。




そして、紬がタクシーで去ってから二十分後。


唯「ムギちゃんおそいね…」

律「ゆい、ほっといてやれよ…」


疲れた表情で返す律。

澪は一段と疑念を深め、紬の所在を確認するために女子トイレに行く。
当然、紬の姿はない。


澪(ムギ…どこに…)


そのとき澪の頭の中で、仏像の出現した場所二箇所と
大王の祠堂とその継承者と、という概念が結びつく。


澪「ムギの…ご先祖の古墳!!」


澪は唯たちのもとに駆け戻ると、斎藤を急かして言う。


澪「斎藤さん!今すぐ明日香村に戻ってください!
  ムギが…!!」



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