澪は弥勒菩薩に手を合わせて拝したあと、お堂の階段を降りて外に出る。


紬「澪ちゃん!」


ちょうどそのとき、紬が駆け寄ってくる。


紬「澪ちゃん、良かった…」


紬は安堵の表情を浮かべる。


澪「ごめん、ムギ、心配かけて…」


澪は、聡のことを思い出す。


澪「…」

紬「澪ちゃん?」

澪「聡はどうした、あれから…」


澪は、ためらいがちに切り出す。

紬「さっき澪ちゃんが飛び出したあと、すぐ斉藤にお願いしたんだけど…」


申し訳なさそうな表情を浮かべる紬。


澪「さっき…?」


澪は訝しく思う。ミスラとはたっぷり数時間、対していたはずだ。


澪「さっきって…私が飛び出してから三時間以上は経ってるはずじゃないか?」


澪は一層怪訝な表情になる。ミスラとのあれは全て幻だったのだろうか?


紬「澪ちゃんが飛び出してから、五分ぐらいしか経っていないわよ?」


紬は、ショックで澪が混乱しているのだろう、と考えた。


まだ中学生とはいえ、聡は澪に馬乗りになり、澪は上着がはだけ下着を露出し、
そして気絶した聡の膨れた…
そこまで考えて紬の顔は一気に赤くなる。
とにかく、澪を母屋に連れて帰り、休ませないてあげないと。紬はそう判断した。
あの黒い物体のことも、とりあえずは後回しにして。



紬は澪と一緒に母屋へ帰った。澪は聡の様子をうかがおうと、
彼が就寝している部屋へ向かったが、中から啜り泣く声を聞き、
また、明日に延ばそうという逃げもあったので、話をするのは止めにした。



一方、結局その日には、管理人が帰ってくることはなかった。
斎藤の話によると、電話でその旨を伝えてきたとのこと。

そして次の日。



次の日の朝になっても管理人は帰ってこなかった。
午前中を使って練習に励む。

そして、その日の正午過ぎ、管理人はくたくたに疲れた表情をして帰ってきた。
訳を聞けば、昨日だけでかなりの仏像や文化財が被害にあったとのこと。

唯たちは管理人を労いつつ、その話を聞く。


管理人「ほんとにもう、どこの罰当たりな連中が…」


管理人が疲れきった様子で話す。


管理人「ここ一、二週間、仏像の窃盗が増えてた、という話はしたと思いますが…」

管理人「今日分かっただけで、最近盗まれた仏像の半分の数も、
    昨日だけでやられちゃって…」

律「仏像って…そんなにいいお金になるんですか?」


不謹慎や表情をしつつ、律が質問する。


管理人「重文(重要文化財)もいくつかあったからなあ~
    値段なんかつけられないもんばっかりだよ…
    しかも仏様だよ!罰当たりな…」


管理人は繰り返し犯人への憤りを洩らす。


和「でも、重要文化財であるなら、見る人が見れば
  盗品だって気付くんじゃないですか?」


和が率直な疑問を向ける。


管理人「どうもおまわりさんや学芸員さんの話だと、
    盗品を流通させる組織があるらしくて、
    しかもひどいことに、専門家が一枚噛んでる場合もね…」

管理人「それに…」


管理人は続ける。


管理人「盗られた仏様は、都が明日香村にあった頃作られたやつから、
    最近作られた真新しいのまで、
    手当たり次第なんでもかんでもですよ…」

管理人「それに、猿石や奇石も何個無くなってまして…」

管理人「最低でも4、50キロもあるやつをですよ!」

管理人「なのに不審者の目撃例は一度もない…」

管理人「ほんと、先週の22日に3体もやられてから…
    いったい何の因果か…来月はお盆だってのに…」

澪「今月の22日っていうとたしか…」

管理人「日食でちょっと騒ぎになってた日だよ。曇ってたけどね…
    とにかく、またしばらくは見回りを強くしないと…」

澪「日食…」


唯(そういえば『あべすた』もらって何日かして…)

唯(あの夢を初めてみた日だ…)


管理人「お嬢様たちも十分注意してください。
    犯罪者なんてみんな一緒。
    人にいつ危害を加えるかもしれません。」



そのあとすぐ、昼食をとった後、一行は橿原市へ向かう。
大和三山、つまり、畝傍山、耳成山そして天の香具山に登るために。


畝傍山には福原神宮駅に車を止めて、徒歩で登山する。
標高約200mの山だ。
大和三山や少し離れて葛城山や三輪山など、大和地方の山々は、
古来より、歌に詠まれたり、信仰の対象となったり、神話の舞台であったりと、
人々の想像を掻き立ててきた。

山頂は木々がややまばらな林になっており、三角点が設置してある。
ここから、周辺の見晴らしを楽しむ一行。

北北東に耳成山、東北東に天の香具山が見える。
大和山々間の距離は約3kmである。
南東方向に目を見ければ、飛鳥の盆地が広がる。


律「疲れた…40分も登山するとは…はあはあ…」

律「さとし!!じゅーすをこれにっ!」

聡「…」

律「さとし!?」

聡「…」


うな垂れて、暗い表情の聡。一言も発しない。


唯「澪ちゃん!あれが耳成山と天の香具山なのぉ?」

澪「…」


少し思いつめた表情の澪。


唯「澪ちゃん?」

澪「あ、ああ、あれがそうだぞ…」

唯(なんか…こころここにあらず…?)

斉藤「平沢嬢、あちら南西に見える高い山が葛城山、
   大和三山の向こうに見えるのが三輪山でございます。

斉藤「葛城山山頂から大和三山を経て、三輪山までは、
   南西から北東に沿って、直線状にならんでおるのです。」

唯「へぇ~」


斉藤が唯に周辺の山々の説明を行う。


さわ子「耳成山と天香具山…100m級の小ぶりの山が近くに二つ…
    憂ちゃんくらいね!キリッ」

憂「…/////」

梓「先生セクハラです!!そしてバチあたりですよっ!!」



紬「じゃあ、シートを敷いてお茶にでもしましょう。」

斉藤「ではさっそく…」

和「あ、手伝います。」

澪「…」


澪は何かを決心した様子で聡に近づく。


澪「さとし、あの大きな木の影、ちょっと来てくれ…」

聡「みお…ねえ…?」


聡を、そこまで誘導する。





澪「…」

聡「…」


聡は、黙って頷いたまま。
澪にミスラの言葉が思い出される。
一度、深く深呼吸をする澪。

そして。


澪「えいっ!!」

聡「っ!?」


澪は聡を思いっきり抱きしめた。
聡の顔が、澪の豊かな双丘にめり込む。


少しの後、澪は再び聡の体を離し、両手を聡の肩に置く。


澪「このまま、お前と気まずい関係になるのは嫌だから…」

聡「澪ねえ…」


聡は顔を上げる。


澪「おまえは、律の弟で、それで…私の弟みたいなものでもあるから…」

澪「ずっと、私の弟でいてくれ!」

聡「澪ねえっ!」

澪「だから、お前を異性としてみることは、
  無理だ、お前が大きくなったとしても…」

聡「え…」

澪「弟みたいな存在とそういう関係になるなんて、
  近親なんとかって言うだろ?」

澪「はっきりいって、生理的に無理だ。」

澪「いつまでも、可愛い私の弟でいてくれ!」

聡「ガクッ…」


地面に突っ伏す聡。



澪は聡の頭をぽんぽん撫でながら、皆のところに戻ってくる。
しょんぼりと、うな垂れている聡。


唯「あれ、みおちゃん?どこ行ってたの」

澪「たいしたことじゃないさ。な、聡?」

聡「…」


唯は澪の顔を見る。さきほどと違い、
晴れ晴れとした表情をしていた。

そして、実は一部始終を察していたさわ子は思った。
聡君、オカズには当分困らないわねっ!、と。


さて、山頂でのティータイムを楽しんだ一行であったが、
時間を取りすぎてしまったため、
他の二山に登ることを諦め、帰路につくことにする。



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