唯は夢を見ている。
これは唯本人にも分かっている。


唯は何も身に着けず全裸のまま、朽ちつつある竜、
アーリマンの頭に乗っている。
いや、正しくは額に。

あまり腐臭も気にならない。

アーリマンは霧立ち込める水面から、体(たい)の半分を出している。

ダエーワの主の周りには六柱の君。


『嘘を司る君』ドゥルジは、アーリマンの右側すぐの空中にある。
醜悪な笑みを浮かべながら、ギョロギョロと忙しなくその一つ目を動かす。

ドゥルジの周囲には無数の、昆虫のようなモノが浮遊している。

よく見れば昆虫と人間、それも女性、のパーツを組み合わせたようなかたち。
蠅女、蜂女、蟷螂女…それ以外にも無数の種類がある。
大きさは昆虫のそれだ。


『悪思を司る君』アカ・マナフは
アーリマンの頭の上に浮かんでいる。

アカ・マナフの周囲には時折、旋風のようなモノが湧き上がり
竜の呻きのような音を発している。


『渇きを司る君』ザリチュと『熱を司る君』タルウィは、
互いに身体を絡ませあって、
アーリマンの左前足の付根そば、水面に浮かんでいる。

二柱のまわりの水面からは、微かに水蒸気が立ち上がっている。


『酩酊を司る君』サウルウァは、アーリマンの右後方を浮遊している。
かたちは球形のまま。


『臆見を司る君』タローマティはアーリマンの左後方を飛行している。

よく見れば、ギー太に住まう『眼』と左右対象、
つまり目頭と目尻が逆位置になっている。


唯はアーリマンの額に座していることに気付く。


『覚えたか?』


アーリマンは唯に問う。


唯『うん。』


唯は答える。


唯『心地良い。』

『そうであろう?』

『愛しいお前への贈り物だ。』


唯はアーリマンに問う。


唯『あのお酒?』

『いかにも。』


アーリマンは答える。


『〈酩酊〉に命じ、ハオマを贈った。』

唯『酩酊の君、ありがとう。』


唯は後方を向き、サウルウァにそう言う。

サウルウァ『礼にはおよばぬ…』

サウルウァは答える。


『我らのハオマは酔楽のハオマ。』

『ヤザダどもが水の如きハオマとは違う。』

アーリマン答える。


『ムギちゃんは楽しんでなかった…』


唯は言う。

アカ・マナフが口を広く。


アカ・マナフ『げに…あの娘は…』

『捨て置け。』

アカ・マナフ『…』


アカ・マナフは口を噤む。


『ユイ、お前は香しい。』


アーリマンは目を細める。


『愛しいお前に、面白いものを見せてやろう。』


アーリマンは続ける。

ダエーワの主はゆっくりと、水面を前に進みはじめる。

六柱の君もアーリマンに倣う。

しばらく水面を進むと、唯の視界に橋のようなものが見えてくる。


唯『あれは?』


唯が問う。


アカ・マナフ『あれこそ〈チンワトの橋〉。』


アカ・マナフが答える。

よくよく目を凝らせば、はるか左手のはるか先には、うっすらと陸地が見える。

その陸地に、チンワトの橋の一方がかかっている。

橋は陸地から延々と伸びている。先は見えない。


『あの橋のずっと先には何があるの?』


唯は問う。


『マズダーの園がある。』


アーリマンは答える。


唯『天国?』


唯は問う。


『いかにも。』


アーリマンは答える。


唯『あの岸の先には何があるの?』


唯は陸地のほうを指す。


『混合の地、生者の地だ。』


アーリマンは答える。


唯『この世?』


唯は問う。


『いかにも。』


アーリマンは答える。


唯『じゃあこの下は…』


唯ははじめて、水面の底を覗く。


水面の底には異形のモノがびっしりと澱めいている。

骸骨、腐りかけ、動物と人間が融合した何か、
異種同士が融合した何か。
一様に苦悶の表情を浮かべている。(表情が読めるモノに関してだが。)


唯『この下には何があるの?』


唯は問う。


『私が統べる場所』


アーリマンは答える。


唯『底までどれくらいあるの?』


唯は問う。


『底などありはしない。』


アーリマンは答える。

唯は頭を垂れ、哀しい顔をした。


『愛しきユイよ、顔をあげてくれ。』


アーリマンは言う。


『こやつらは報いを受けているのだ。』


アーリマンは続ける。


『…』


唯は何も言わなかった。


『あれを見よ、愛しきものよ。』


アーリマンは言う。

アーリマンが鼻先を伸ばした、その先、
橋がはじまるところには、光り輝く宮殿が建っている。


唯『あれは?』


顔を上げ、唯は問う。


アカ・マナフ『あれこそ〈ミフル〉の宮。』


アカ・マナフが答える。


唯『ミフル?〈ミスラ〉じゃなくて?』


唯は問う。


『ミフルは小さき〈ミスラ〉。アムシャスプンタが一つ、アールマティが僕。』


アーリマンは答える。


『ミスラは、わたしやマズダーとも違(たが)うもの。』


アーリマンは続ける。


唯『どういうこと?』


唯は問う。


『じきに分かろう。』


アーリマンは答える。


唯『ミフルは何をしているの?』


唯は問う。


『ほか二つのヤザダとともに、あの宮にて、死者の審判を行う。』


アーリマンは答える。


唯『審判?』

唯は問う。


『悪しきものと善きものを分けるのだ。』


アーリマンは答える。


『今、悪しきとされたものがチンワトの橋を通る。』


アーリマンは続ける。


宮殿の出口から男が出てくる。年齢や容貌は判断できない。

男はチンワトの橋を進んでいく。進むほどに橋の両側が狭くなっていく。

そしてあるところで渡りきれずに、水面に転落する。

アーリマンは続ける。


『見よ、善きとされたものがチンワトの橋を渡る。』


宮殿の出口から別の男が出てくる。

先ほどの男と同じく、年齢や容貌は判断できない。

男はチンワトの橋を進んでいく。進むほどに橋の両側が広くなっていく。

そしてやがて、男の姿はマズダーの園の方向に消えていった。


唯『わたしも死んだら、あの橋を渡るのかな。』


唯は呟く。


アーリマン『愛しいお前にはミフルの宮すら潜らせぬ。
そのときには、ユイ、お前のフラワシ(魂)を我が色に染め、
ただひとり麗しいダエーワとしよう。』


アーリマンは目を細める。


唯『憂も一緒がいいな。』


唯は呟く。


アーリマン『ならば合わせて、我が麗しき娘としよう。』
唯は、それから一言も発せず、チンワトの橋を渡る死者の姿を見つめていた。

『香しい。』


アーリマンは呟く。


ここでタローマティは気付く。
後方にいるはずのサウルウァの姿が
いつの間にか消えていることに。



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