琴吹屋敷左裏 弥勒堂前


『アエーシュマ』の石像から、影色の男性器が
ゆっくりと生え出るように現れ始める。


男性器のようなものが石像から体(たい)をひねり出すほどに
アエーシュマが持つ棒状の武器が闇の中に溶けていく。


それに従い男性器のようなものは、タールのような黒光りする光沢を帯び始める。

それが石像と完全に分離したとき、アエーシェマの手には何もなかった。

その物体は黒光りするまま、
蛇のように体(たい)を左右にくねらせ、琴吹屋敷の方へ向かう。

琴吹屋敷の北端に接触すると、壁沿いに東へ少し這い、
屋敷の北東の角を経て、少し南へと移動する。


黒光りする物体は、換気扇の通気穴から湯気の出ている所で一旦静止したあと、
その場所から壁を垂直に登り出す。

あいもかわらず蛇のような動きだ。
そのまま、通気穴から屋敷の中へ入り込む。


台所では前掛けを垂らした屋敷の管理人が、
器用な手先で、緩やかに煮たつ鍋から灰汁(あく)をとっている。


管理人の真上を、男性器のようなものが進む。
そしてそれは床に降り立つと、
そのまま、台所の中央にあるテーブルへ向かう。


テーブルの上にあるのは、大きめの盆、何品目かをすでに盛り付けてある皿、
そして蕎麦焼酎の入った一升瓶。


黒光りする男性器、サウルウァの欠片は
一升瓶の栓の、ほんの小さな隙間を通って、中身の蕎麦焼酎に入り込む。

蕎麦焼酎に没入していくに従って、『酩酊の君』の欠片は、中身と同化していった。




琴吹屋敷母屋 居間


管理人「よっこらしょっと。これで全部です。」


居間のテーブルに配膳が済む。管理人を手伝っていた憂と梓も席につく。

テーブルの上には大和煮のようなもの、山菜のお浸し、味噌汁、
鮎の焼き物、小魚の佃煮…その他数品、が並んでいる。

田舎の家庭でよく食べられている品々なのだが、
盛り付け方や色つやが目で見て非常に美しい。


「「「いただきまーす!!」」」


唯達は料理に手をつけ始める。


唯「はぐっむぐっ…」

唯「おいしいぃぃぃ!!」

唯「もぐっ…がつがつ」

さわ子「うんうん…これは素晴らしいわね!」

律「旨いっ!」

澪「お昼の蕎麦も絶品だったけどこれも…」

管理人「そう言ってもらると、作りがいがあるってもんです。」

紬「管理人さんは昔、うちの料亭で板前さんをしてらしたのよ。
  定年を迎えられた後に、お父さんが、このお屋敷の管理をお願いしたの。」

管理人「まあ、そういう次第でして…」


管理人は額を掻きながらそう言う。

夕食はどんどん進む。


澪「律、魚はもっと綺麗に食べれるぞ!聡はもっと野菜を食べなさい!」

律「いや限界だってこれ以上食べるとこないから!」

聡「ちゃんと食べてるって!」


田井中姉弟の世話を焼く澪。


紬「ほんとにおいしいわ!こんなご馳走どれぐらい振りかしら!」

和(価値観が私たち庶民と真逆なのね…)

さわ子「モグモグ…」


さわ子は口数が少なくなっていく。


梓(先生の静かだ…猛烈に嫌な予感がする…)

憂「おねえちゃん口のまわり…」


携帯のタオルで唯の口まわりを拭く憂。


唯「あひがとういぃ!あ、おひゃわりおねはいしますっ!」

管理人「はいはい…おっと、あれを忘れてた…!」


台所に向かう管理人


台所から戻ってきた管理人は右手に小盆、左手に蕎麦焼酎の一升瓶をもっている。


さわ子「待ってましたぁぁ!!!」


突然立ち上がり、歓喜の声をあげるさわ子。


梓「やっぱり…はぁ…」


大きな溜め息をつく梓。


管理人「はい、たんとお食べ♪」

唯「あひひゃとおひゃいまふ!!」


管理人は唯に茶碗を手渡す。


管理人「あと、この蕎麦焼酎、明日香村産ではないんですが、
    すごくおいしいんで、是非に。」


さわ子に色のついた切子硝子のコップを手渡す。



さわ子「すいません…気を使わせてしまって…ニヤニヤ」

さわ子「…あら、管理人さんと斎藤さんのコップは?」

管理人「私はもう少ししたら、自警団の見回りに行かないといけないんで
    今日は遠慮します。
    最近はホントに仏像泥棒が多くて…」


唯は、昼間の管理人との会話を思いだす。


斎藤「山中先生のお気持ちは嬉しいのですが、私は全くの下戸でして、一滴も…」


斎藤も丁重に辞退する。


管理人は一升瓶の栓を空ける。

その瞬間。
得も言われぬ香しい芳香が居間に広がる。

極上の蕎麦を口に含んでいるのかと錯覚するほどだ。

さらに、果物や、バニラのようなハーブとは全く違った、不思議な、
そして大変に惹きつけられる、甘い香りが重なる。


さわ子「なんて素晴らしい…」

唯「いいかほりー…」

澪「すごい…」

和「焼酎のイメージ、ガラリと変わったわ…」

管理人「こりゃこりゃ…なんて…!」

管理人「一昨日、試しに空けたときはいつもの匂いだったんだが…
    2、3日で別の酒になるほど熟成するとは…」

管理人「人生の半分以上を料理とともに生きてきましたけど、
    こんなことははじめてですよ…」

さわ子「と、とにかく味わってみないことには…」

さわ子「さっそく…!!」



一方、紬は鼻を強く押さえ、顔を一升瓶から背けていた。

あまりにもおぞましい臭いがする。
虫が湧き湿気でカビが群がった蕎麦から作れば、
このような臭いになるのでは、と感じるほどだ。


斎藤「お嬢様いかがされました?」


斎藤が気遣わしげに、紬に声をかける。


紬「だ、大丈夫よ、アルコールの臭いになれてなくて…」


紬はそう答える。
しかし、紬は不安だ。皆と違ってなぜ自分だけ…


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