館長「まず、鳥葬を発明した人々がどのよう者たちだったかについては分かっておりません。」

館長「けれで、メディア人、と呼ばれる、アーリヤ人の一種族で、
   古代ペルシア人と非常に近しい関係にある民族。」

館長「少なくとも紀元前七世紀には、
   そのメディア人が鳥葬の習慣を持っていたことは分かっています。」

館長「そのメディア人から古代ペルシア人に、鳥葬の伝統が伝わったようです。」

館長「これがいつ頃かも、よく分かったおりません。」

館長「鳥葬の意味については…」

館長「まず、鳥類と霊的存在、とくに善神との関わりです。」

館長「先ほども少し触れましたが、鳥は神の眷属、というのはよく聞く話でしょう?」

紬「はい。」

館長「中近東あたりには、犬や猛禽類を人々の守護者と見る向きがあったようです。」

館長「もう一つは、死体を好む悪神の存在です。」

館長「『ナス』、と呼ばれるその悪神は、羽根を有する小昆虫の姿であらわされ…」

館長「死体の穢れを周囲にまき散らし、拡散させると考えられていたのです。」

館長「これには、伝染病とと言う意味も含められています。」

館長「かと言って、火葬にするわけにもいきません。
   その理由を話す前に、もうすこし、ナスについて…」

館長「このナスは時代を経ると、アンラ・マンユ配下の大悪神六体の一つ…」

館長「『ドゥルジ』と同一の存在とされるようになったんです。」

紬「ドゥルジ…」


その名を口にすると、一瞬、先日のように、紬の体中を虫が這う感覚が襲う。


館長「『虚偽』、を意味します。」

館長「ではなぜ火葬にしないのか?
   それは、死体を火にくべることで、
   火が穢されると考えられたからです。」

館長「拝火教の名の通り、ゾロアスター教徒が、
   火に対して礼拝を行うのは、ご存じですね?」

紬「はい。」

館長「火は彼らにとって、スプンタ・マンユ、『聖霊』を意味します、の化身であり、
   アフラマズダーに帰属する存在でした。」

館長「鳥葬を行う際には、寸胴の円筒をくりぬいた形の祭壇の上に死体を安置します。」

館長「壁画の祭壇のような物と似てないこともないですが…
   先ほど言った通り安易な比定はしないほうがよく、
   また画のほうは円筒ではなく、どちらかと言えば半球ですし…」


紬は墳墓横の石造物を思いだす。あれも、どちらかと言えば半球だ。



斎藤「お嬢様。」


斎藤が声をかける。


斎藤「管理人との約束の時刻まで、二時間です。」


その日は午後に入ってすぐ、別荘の管理人と落ち合う予定になっていたのだった。
昼食もとらねばならない。


紬は、館長に頭を下げながら、


紬「館長さん、今日は色々とありがとうございました。」

館長「いえ、お役に立てたのであれば…」

紬「また何かありましたら…」

館長「どうぞどうぞ!お時間があるなら、会長や奥様もご一緒に!」

紬「伝えておきます♪」




翌日

京都駅 近鉄奈良線ホーム


唯「まだ来ないのかなぁ…」

和「まあ、気長に待ちましょ。」


唯達一行は明日香村へと向かうため、近鉄京都線のホームにいた。

一行は橿原神宮駅行きの列車を待っている。同駅で一度乗り換える必要があるのだ。


律「…」

聡「…」


田井中姉弟は、ベンチに座り込み、無線通信を使った対戦ゲームに興じている。


さわ子「やっぱ高いわ…近所のスーパーで買っとくんだったぁー!」


さわ子は、キヨスクでアルコールとつまみを買い終わった所だ。

澪は、明日香村ガイドを見ながら眉をつり上げて、思案顔だ。

半分タテマエだとしても、練習第一の澪には珍しい。


和「澪、何をなやんでるの?」

澪「四泊五日で練習入れたらさ、どれだけ見て周れるんだろ…」

澪「五日丸々使える和が羨ましいよ…」

和(基本的には勉強するつもりなんだけど…)


唯は本を右小脇に抱えて、言葉そのまま、左うちわをしている。

暑さに弱いだけあって、暑天のもとでは本を読む気にならないらしい。

抱えているのは、梓経由でこのまえ手に入れた『アーリマン讃歌』だ。

ギー太とともに背負ったリュックにも、何冊か入れてある。

梓と憂も澪と同じように、奈良県に関する情報誌を読んでいる。

こちらはグルメ雑誌だが…

梓はここ一週間、唯たちに一度もお小言を吐かなかった。

軽音部、とくに唯が遂に本領を発揮した!と信じるまでになっている。


信じているのだろうか?梓が?梓たちが?
その根拠の源は?



『カーシハラズングウイクィキュゥゥコゥ…』


アナウンスの声色が聞こえる。


唯「あっ来たみたいだよ!」


赤色の列車が入場してくる。
賑やかに列車の中に入っていく八人。

一行は、対面座席のある一画に席をとる。

進行方向、つまり橿原神宮方面を向いて、列車は右側のホームに停車している。

さわ子はホームと反対側の対面座席に座ると、前に梓と憂、横に聡をひっぱり込んだ。

すでに発泡酒500m缶二本を空けている。


さわ子「可愛い子ちゃんたちは…おねーさんとお話しましょーねぇ…ウフフ」


目が少し血走っている。

アーリマンのために弁解しておくが、これに関して彼の勢力に責任はない。



時刻は午前10時を少しまわったあたりである。


梓「ハァ…唯先輩が真面目になったと思ったら…」

憂「まあまあ、梓ちゃん…」

聡「ビクビク…」


さわ子たちと、通路を挟んでホーム側に、律と澪、唯と和が座る。


律「よくやるよ…」

澪「気にするな…」

和「ええ…」

唯「♪」


唯は座席に付くと、ギターのソフトケースからギー太を取り出した。


律「ゆい、おま…何やってんだ!?」

和「ここで演奏するわけじゃ…ないわよね?」

唯「可愛い子には旅をさせろっていうでしょぉ?」

唯「ギー太にも電車からの景色を見せてあげようと思うんだ♪」

律「…」

澪「プッ…」

和「まったく…唯らしいわね。」

唯「えへへ…」

憂(おねえちゃんかわいいよぉぉ…)


『カーシワラズングウ…』


発車を知らせるアナウンスが聞こえる。


唯「ギー太!電車が動き出したよっ♪」




さわ子「コップについでついでぇぇ…そそそそ!良い感じじゃない!」


さわ子は憂からもらった紙コップを使い、聡の手で発泡酒をお酌させている。

左手で聡の太ももを撫でることも忘れない。


聡「…///」


犯罪の匂いがする。


律「そーいやさあ、今日行く明日香村って、大昔は日本の首都だったんだろ?」


弟の危機を無視して、律が話しはじめる。


和「そうね、飛鳥時代って呼ばれる時代はそうかしら。」

和「というか、大王、つまり天皇の宮が置かれた場所だから、
  平安遷都まであちこちに移転してるわ。」

和「飛鳥時代は、敏達天皇もしくは推古天皇から持統天皇まで、約100年くらいね。」

唯「ウマコとかイモコとかエミシとか、変な名前ばっかだよね♪」

澪「昔の人からしたら、私たちの名前のほうが変だろ?」

唯「あっ…そうか。」

唯「ならなんで、明日香村あたりを都にしたの?」

和「そうねぇ…当然地の利とか、
  あと、当時最有力の豪族、蘇我氏の地盤だったとかってことらしいけれど。」

唯「ふーん…」



列車は平城京跡のすぐそばを通って、さらに先へ進む。

さわ子は両側に聡と憂、膝の上に梓をのせてセクハラし放題。

澪は風景を見ながら何かを書き取っている。

和は聞き手にまわって、律ととりとめのない話を。

唯は『アーリマン讃歌』の祈祷文に関する箇所を読み進めている。

人間の意識を、こちらに都合よく操作する、といういわゆる黒魔術のような内容である。

『アーリマン讃歌』の内容は、アーリマン自体に捧げられたものと、
配下の諸デーウァに捧げられたものに分けることもできる。

唯が現在読んでいる箇所は、『タローマティ』という大悪神、
それも女神だと思われる、への祈祷文だ。

唯はこの部分を読み終えると、小さな声で独り言ちた。


唯『タローマティ、臆見を司る君。』


あまりにも小さ過ぎて、誰も耳に止めなかった。

唯がその言葉を発し終えると、ギー太の中に住む『眼』の瞳孔が、数度収縮と拡大を繰り返す。


なぜそう発したのか、その理由は唯自体にもわからなかったし、
発したという事実さえ、唯の意識のはるか後方に消え去ってしまった。

ギー太の中の『眼』は、車窓を眺めているようにも思える。

車中ではもう、『眼』が動きを見せることはなかった。


けれど『眼』は、車窓を見ているのだろうか?
人の心見透かす、タローマティの目は?



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