翌日 軽音部部室
唯「zzz…」
律「あちぃ…」パタパタ…
梓「イライラ…」
澪「はぁ…」
紬「ボケーッ」
梓「唯先輩!律先輩!それに…ムギ先輩までっ!!」
唯「ふぁっ…」
律「へ?」
紬「ボケー」
澪「ハァ…」
梓「あーいったい何度目に…もうすぐ合宿も…」
唯「あっ練習か!」
唯「やろうやろう!」
梓「えっと…」
唯「練習するんでしょ?やろうよぉ♪」
澪(天然の王道だな…)
ぎゅぎゃいいーーーん♪
唯「うん!ギー太も絶好調だね!」
律「かぁ~…。気合い入れますか~!」
梓(さっきのでモチベーション下がっちゃった…)
澪「よし!じゃあ…」
澪「…」
紬「ボケー」
澪「むぎぃ…」
紬「ハッ…」
紬「ご、ごめんなさい…」
澪「お前まで…ほんとに…」
唯「じゃあ…いっくよー!」
律「おう!」
澪「ふぅ…」
梓「よし…」
紬「…」
唯「すぅ…はぁ…」
唯(…)
唯(ダエーワの主に。)
唯「ギー太に首ったけ!」
軽音部部室前の廊下
さわ子「あの子たち、練習してるみたいですわ。」
校長「…」
桜高の校長は無口な男だ。細長い面立ちに眼鏡、頭髪は白髪。
けれど、その口端はわずかに緩んでいる。
小市民や善人といった言葉がよく似合う男だ。
さわ子「校長先生が見学なされるのなら、あの子たちも、今以上に熱が入りますよ。」
校長「…」
校長の口端はさらに緩む。
さわ子「ん、あら?」
さわ子は聞こえてくるメインギターと歌声に違和感を覚える。
おかしなビブラートがかかっている。
耳が良い、音楽をよく知った人間が集中しなければ、気付かないだろう。
微かに調和を乱すようなビブラート。
さわ子(f分の…あの揺らぎでは…ないわね…)
調和が崩れるわけではない。
さわ子(良い気分、少しずつ気分が高揚するわ…)
このわずかな乱れは、聞くものを惹き付ける。
アルコールや好きな菓子を『もうちょっとだけ…』、と欲求に負けて摘まんでしまう。
そんな感じだ、後をひくような。
校長「…」
よく見ると、校長の後ろ手の指が、楽曲にあわせて小刻みにうごいている。
さわ子(校長先生も楽しんでらっしゃる…)
さわ子(唯ちゃんて、やっぱり天才肌なのかしら?)
さわ子はそれ以上考えなかった。
ぎゅぎゅーー…ジャン!
唯「よぉっし♪」
梓(すごく…良かった…!)
澪「なんか…軽音部史上で一番良い出来だよ!」
律「…」
律は何もしゃべらず、潤んだ瞳で仲間たちを見やっている。
気分が高まっているのが傍目にもわかる。
紬(…)
紬は静かだった。
紬も、あの高揚感に触れたが、流されることはなかった。
高揚感とともに、体中を小さな虫が這うような、嫌な疼きを覚えたのだ。
その疼きに意識を集中すると、高揚感は全く無くなった。
同時に疼きも無くなった。
紬(どういう…こと?)
さわ子「お邪魔するわよっ!」
唯「あー!さわちゃん!」
校長「…」
唯「…と校長先生!?」
一瞬部室の空気が緊張する。温厚なオジさんだとて、校長は校長だ。
校長は無言で唯に近付くと、両手を優しく唯の両肩に乗せ、
ゆっくりと何度も頷きかける。目の端には、じんわりと涙が滲んでいる。
さわ子「すっごくうまかったわよ!!」
さわ子も幾分、興奮気味だ。
梓「やればできるんですよ!先輩たちは!!」
梓は唯たちに向かって、かなり失礼な言葉を口走る。
梓(軽音部に入って良かった♪)
律「う~…よいしょっと!」
律は気持ち良さそうに、伸び、をしている。
紬「…」
澪「ムギ?」
澪が紬の様子に気付く。
澪「どうしたんだ?考え事か?」
紬「えっと…」
紬はどう答えてよいか躊躇し、適当な話題で誤魔化した。
紬「一週間後、合宿でしょ、その事をね…」
律「合宿か~!聡も喜んでたぞ!みんなと一緒に行けるから!」
唯「憂も和ちゃんも楽しみにしてるよ!」
唯も話題に加わる。
紬は、憂、和、聡を誘ったことを思いだした。
紬「あんまり期待しないでね…」
紬は、校長が誘って欲しげに視線を向けてくるのが分かったが、
敢えて気にしないことにした。
澪「で、今回はどこの別荘になるんだ?」
紬は、まだ行き先を決めていなかった。
合宿やお泊まりの場所で、琴吹家の別荘を借りる際には、
行き先の最終的な選定を紬に委ねることが恒例となっている。
先日、久しぶりに先祖の墳墓に参ったことを思いだす。
あの辺りの、のどかで、そして好奇心をくすぐる風景と文物。
紬「奈良の…明日香村よ。」
紬は、そう答えた。
さわ子「へぇ…それはまた…情緒あふれるような…おいしい地酒が…ジュルリ」
律(校長センセの前で、よくそんなこと口走れるよな…)
梓「先輩!先生!合宿はですね…」
一方で、唯達の様子を伺っている『眼』があった。
ギー太が光を反射すると、その『眼』はギー太のボディに、ほんの一瞬映り込む。
あまりにも短い時間なため、人間の視力で捉えることは出来ないだろう。
文字通り、眼だけであった。
ギー太を仮宿としているようだ。
対ではなく、一つだけ。
けれど唯が、この『眼』を見ることができたとしたら、思いだすかもしれない。
なぜならこの『眼』は、あの夢の中、朽ちつつある竜、アーリマンの背後で
一部始終を見ていた『眼』なのだから。
最終更新:2012年09月23日 00:08