『ユイ、お前は麗しい。』
『ゆえにだ、わたしは悲しみ、また喜ぶ。』
そういうと、アーリマンは突然涙を流し始める。腐敗液と涙の混じったものが滴りおちる。
『麗しきものが老い、また朽ちるのは、わたしの喜びであり、悲しみなのだ。』
アーリマンは言う。
『これからはお前は…』
『些細なことで、お前と同じイマの末どもと争い…』
『男と契りその子を孕み…』
『より多く、またイマの末どもと争う…』
『最後の一息をはきだすその日までだ。』
そのとき、アーリマンの右側を這う、爬虫類と人型が混ざった物体が口を挟む。
『失うべくされた幸福を追ってなんになろうか?』
すると、爬虫類と人型の物体から別の声が発せられる。
『熱いぞ…苦しみとは灼熱の炎で炙られるよう。』
爬虫類の部分から突然、亀のような頭が現れ、そう口を挟む。
爬虫類と人型が混じったような物体は、
実際は二柱のダエーワが共生している姿だったのだ。
唯は人型のほうを指して、
『ザリチュ、渇きを司る君。』
ザリチュ『いかにも。』
続いて爬虫類のほうを指して、
『タルウィ、熱を司る君。』
タルウィ『いかにも。』
『もう一度言おう。』
アーリマンが再び話し始める。
『ユイ、わたしは、お前が気に入った。』
『今の世はグメーズィシュン(混合)の世。』
唯『めーのーぐ(精神、天上)、と…げーてーぐ(物質、地上)…の?』
『いかにも。』
『かつて、わたしのみで…世界を統べていた日々が懐かしい。』
『だが今は、我が〈はらから〉と勢を分けている。』
唯『アフラの王と?』
『いかにも。』
『しかし、混合の世のほうがより麗しい。』
『お前は、マズダーか私かを選ぶ自由がある。』
『両方ともを選ぶ自由もある。我が〈はらから〉は承知しないだろうが。』
『また、私とマズダーとも拒絶する路もある。』
そう言うと、アーリマンは口をつぐんだ。
唯は何も答えない。
アーリマンは数回瞬きをした後、その細く、極めて長い尾を弛ませた。
そして竜は、尾を唯のからだへ、ゆっくりと伸ばす。
唯の体のまわりを螺旋状に、竜の尾が絡み付く。
唯は無表情のまま動かない。
絡み付いた尾が、また弛んだ後、一気に緊張し、唯の体に直接触れる。
唯の体に尾が触れた瞬間、唯の身に着けているものは、全て消滅してしまう。
全裸になっても、唯は表情を変えない。
形の良い小振りな胸を、
胸にある二つの印を、
小さく可愛らしいへそを、
女性器の入り口の上にある小丘を、
適度に張り出した尻を、
竜の尾が這う。
『麗しい。』
アーリマンは目を細める。
赤黒く腐り、所所骨の見える尾と、血色の良く張りのある唯の体は、
まことに対照的。
その時である。突然、唯の体に、暗く影のような人型がまとわりつく。
舌や男性器のようなものが、人型から無数に伸び始める。
その中の一つは、唯の女性器の入り口に、その先をあてがい、そして、一瞬弛む。
唯は表情を変えない。
『ひかえよ。』
アーリマンが感情を込めぬ声で言う。
アーリマンの声に反応して、人型はすぐさま唯の体から離れ、
空中で球形のかたちをとる。
唯はその球を指して言う。
『サウルウァ、酩酊を司る君。』
サウルウァ『いかにも。くちおしや…』
アーリマンはまた数回瞬きをすると、ゆっくりとその尾を唯の体から取り払い、
みずからの背後に控えさせた。
それとともに、唯は再び下着とパジャマに包まれる。
『ユイよ、わたしはお前が気に入った。』
アーリマンは、もう何度目かの、その言葉を繰り返す。
『決するのはいつでもよい。
サオシュヤントが我が体を、まさに傷つけんとする、その時でも構わぬ。』
パチッ…
『ユイよ、わたしはお前が気に入っている。』
『弦を奏で、歌を謳ってくれ。』
『わたしのために。』
パチパチッ…
ベッドの上で瞬きをする唯。
唯「ゆめ、だった…の?」
唯「デーウァ…ううん、ダエーワの主が…」
ベッドから上半身を起す唯。
枕元を見る唯。
アヴェスターが無造作に開かれている。
塩辛をこぼしてしまったあのページだ。
翅を有する人物が竜を、アフラマズダーがアーリマンを踏み付けている絵である。
夢に出てきたアーリマンは、絵のそれと非常に似ているが、
全く同一というわけでもない。
唯「なんなんだろ…」
唯「ダエーワの主、ホントに哀しそうな表情してた…」
穴の空いた目を持つ、アーリマンの顔を思いだす。
唯「…」
唯「とりあえずもう一眠り♪」
唯はまた、眠りにつく。
唯は先ほどの絵が微かに変わっていたことには気付かなかった。
アーリマンの目から涙が流れていることに。
最終更新:2012年09月23日 00:06