その夜、田井中家

律「ぷぅ…食べ過ぎた…」

聡「姉ちゃん!」

律「げふっ…なんだよ…」

聡「なんだよって…エヴァンゲリオンの劇場版のDVD見たがってたろ?
  今日借りてきたんだ。」

律「マジでか!?」

律「よし見るか!いざ居間へ!」

聡「おう!」


画面の中でなされる、エヴァンゲリオンと使徒の戦い。人と人とのたたかい。


リツコ『MAGIが…』


律「まぎ?」

律「どっかで…」

律「使徒…」

聡「みんな後ろに『~エル』がつくよね?」

律「ふ~ん…」

律「なんか…」

律(不思議な…)




田井中姉弟がヱヴァンゲリヲンを見ているそのころ…

奈良県某所 琴吹家地所


紬「ありがとう、斉藤。」

車から降りる紬。

斉藤「いえ…」

斉藤「しかしお嬢様、なぜこのような場所に…」


あたりは全くの野っ原。少し離れた所に小高い、奇妙に窪んだ小山がある。
ずっと昔の、有力者の墓だろうか?

紬はその小山に目を向ける


紬「あれも御先祖様のお墓なのよね?」

斉藤「はい、ニニギノミコトから数えて三十…」

紬「ごめんなさい、それはいいわ。」


墓に近付く紬。
近付くに従って悪寒を覚える。
それを御先祖に申し訳なく心中で許しを乞い、周囲に視界を凝らす。

その墓のまわりには奇妙な石像が多いのだ。


紬「お猿さん、鳥?ウサギ…蛙…台のような石。亀?たくさんあるわね。」

斉藤「この辺りにはとくに、猿石の類いが多ございます。」

紬「猿石…」

斉藤「ヤマト…日本の文物から見て、異質なモノ共です。
   一説では渡来人や異国の教えに関係しているとか…」

紬「異国の教え…か。」

斉藤「道教や…それに、まこと怪しい由緒ですがケン教のものとも。」

紬「ケン教、拝火教ね。」

斉藤「今日日は、ゾロアスター教ともパールシーとも呼ばれております。」


墳墓の前に立つ。
遠灯かりが紬の髪を微かに照らし、緩く輝く。

紬は、頭を垂れ手を合わせる。
後ろの斉藤も、それに倣う。
正面に向きなおると、紬は墳墓の横手にまわる。歩数で約二十歩。




紬「これね…」


紬の前には、すり鉢のような皿のような1m四方におさまる、半球をくりぬいた岩。

その岩の前に立つ。

半球の円周は、紬の手前で十cmほど途切れ、そこから地面に段々状のものが伸びる。


斉藤「まことに奇怪な岩です。盃のようにも見えますが…
   『口』が空いておりますゆえ、そうではないでしょう。」


紬はその『盃』の反対側にまわる。

風雨と年月で朽ちつつあるが、そこには
浮き彫られた、羽根(翅?)をそなえた何か、の図表があった。


紬「この図表…」

斉藤「羽根を持った何か、ですな。中央部分がひどく痛んでいますが…」

紬「ここに葬られている方の渾名は、確か…」

斉藤「『烏飼(からすかい)の臣』です。」

斉藤「これもまた奇妙な…」

斉藤「ハッ…御無礼を…」

紬「斉藤、いいのよ。」


紬(ずっと昔に、お父さんやお母さんとお墓参りに来て…)

紬(その時、この標(しるし)を見つけて…)

紬(お父さんは、烏飼っていうぐらいだから烏の彫り物だろう、って言っていたけど…)


紬(唯ちゃんは確か…)


唯『それ?〈あふらの王〉をでほるめした形なんだって。』

紬「アフラの王、アフラ・マズダ…」




同時刻 秋山家

自室でネットをする澪。

澪「ゾロアスター…」

澪「ふむふむ…」

澪「おそらくは紀元前六世紀ごろ…」

澪「スピタマ家に生まれウィーシュタースパ王の友となり…」

澪「いわゆるゾロアスター教の開祖、と言われる…」

澪「ふむふむ…」

澪「光と闇か…」

澪「次の作詞に生かせるかも…」カチッカチッ…

澪「ふむ…」

澪「…」

澪「ミスラ?」

澪「ヤザダの一柱…」

澪「唯が言ってたな、ヤザダは『天使』だって…」

澪「ヤザダはゾロアスター教における下位の神格…」

澪「ただし、ミスラの同教における地位は比較的高い…」

澪「ミスラはもともとアーリヤ人の神格であって…
  古くはヴェーダやヒッタイトの碑文にもあらわれ…」

澪「弥勒菩薩の原型で、古代ローマ時代には『ミトラ』として
  キリスト教と二分するほど教勢があり…」

澪「戦いと調停と光の神…」

澪「一言でいえば契約を司る神…」


もともと文芸部を志望していただけあって、
神秘性や秘教性を含んだネタに引き寄せられるタチである。


澪「アテネとかミネルバみたいな…」


律がその場にいたら、

『さすがナイスばでぃのビーナス様は…』

と馬鹿にしていただろう。


澪「ふむふむ…」カチッ


しかし。

〈次へ〉をクリックした後、澪の目に飛びこんできたのは、


ゴヤの『我が子を喰らうサトルヌス』であった。


澪「ヒイッ…!!」


ギョロ目の巨人が人型を半分ほど喰らい、血潮とともに口からぶら下げている絵だ。


サトルヌス、つまりクロノスは自分の子が己を凌ぐことを恐れ、
それがために食らう、という神話を題材にしている。


澪「う…ぅ…」


この手のモノが酷く嫌いな澪にとっては、まったくもって精神的ブラクラである。

とはいえ、椅子から飛び退きたいのだが、体が言うことを聞かない。


澪「う…うぅ…ぅぅぅ」


それに、視線を逸らしたいはずなのに、なぜか、逸らせない。

澪は画像横にある解説文を読む。


澪「く、クロノスは…『時間』に…まつわる神で…」

澪「ゼウス…以下…主要なオリュンポス諸神…の親神…です…」

澪「ゾロアスターの…宗教のにも…比較的に後の教えですが…」

澪「時間に…まつわる…親神が…あらわれます…」

澪「『ズルワーン』と…呼ばれる…その神は…」


澪「ズルワーン…」



澪「イスカンダル…大王の東征のころには…その存在が確立されており…」


震えや恐怖はいつの間にか止み、解説文を読み下る澪。


澪「イスカンダル大王…?」

澪「検索っと…」

澪「ヤマト…沖田……違う…」

澪「アレキサンドロスⅢ世大王…中東では『イスカンダルと』呼ばれ…」

澪「ふむ…」

澪「ズルワーン神のゾロアスター教における詳細な位置は、実際のところ、よく分かっていません。」

澪「というのは、ゾロアスター教自体がその時期や、
  おそらくは場所によっても、性格を異にするからです。」

澪「原始仏教と現代日本の仏教諸派が全く異なるように…」

澪「ザラシュストラのころ、イスカンダル大王のころ、
  ローマのネロ帝と同時代、そしてムハンマドと同時代とでは…」

澪「違った様相が展開されます。」

澪「さて、このズルワーン…」

澪「ズルワーンの属性として確実なのは…」

澪「原初の時間と関係しているということ…」

澪「それと…」

澪「『双子神』の親神であるといことです。」

澪「『双子神』…」

澪「アフラマズダーまたはオフルミズド、アーリマンまたはアンラ・マンユの…」

澪「親神であります…」

澪「ここで、なぜ私がゴヤの絵をこのページに掲載したかのか…少し解説します…」

澪「この絵はギリシア・ローマの神話をモチーフにしていますが…」

澪「サトルヌスとクロノスはもともと、別別の神格です。」

澪「サトルヌスは、ローマと、
  そしてもともとはエトルリアにおける農耕にまつわる神です。」

澪「エトルリア人はその神話のなかで、自民族の神々と
  ギリシアの神々を結び付けて考えるようになりました。」

澪「ネプテューンとポセイドン、など同じように…」

澪「サトルヌスとクロノスもそうです。」


澪「さて、この絵は先ほどの通り、
  ギリシア神話的にはクロノスの我が子喰い、と解釈できます。」

澪「しかし、これを原初的な意味から考えてみると…」

澪「再生と消滅の輪です。」

澪「サトルヌスは我が子を生み、喰らい、また生み、また喰らい…そしてまた生み…」

澪「農耕のサイクル、そして何よりも、自然と宇宙のサイクルを模しています。」

澪「そして、ゾロアスター教の教えにはこれと対照的な、そして見様によっては類似の、考え方があります。」

澪「『フラショ・クルティ』です…」


ここで秋山家の全電源と灯かりが落ちる。
一瞬にして真っ暗闇に。


澪「ヒィィィァァァ!!!」




澪ママ「ごめんごめん!」

澪ママ「冷房つけたままでホットプレートの電源入れちゃった♪」


階下から母親の声がする。


澪「プル…プル…」

澪「ママぁぁぁーー!!」



澪の頭の中には、『フラショ・クルティ』という言葉が引っ掛かかっていた。





フラショ・クルティ(フラショーカル)とも
参考:ペルシア神話辞典


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